第4話「変異」

 アリアはかつて、なんとなく大学へ行き、なんとなく一年でやめた。シェリルも同じだった。二人はそれぞれ仕事を見つけ、アリアはそれを失い、シェリルは未だ続けている。そして、今アリアも先輩と同じ観測兵となった。


 雲をつかむように心もとなかった。


『デイ、聞こえるか?』


 いきなり隊長の声がしたので驚いて「ひえっ」と叫ぶアリア。前を歩いていた爺さんが睨んできたが無視する。


『いま幻信で話しかけてるんだけど』


「なんですか幻信って」辺りを見渡すが、隊長の姿はない。


『まあテレパシー的な。通話ができると仮定して、実際にそうしている行為。それはいいとして、武装したようだな』


「はい、しかしこれからどうすればいいのか皆目。少々やり方が荒っぽいわよ」


『これが我々観測兵軍の手法だよ。正体の分からないファントムを倒すにはどうすればいいか? こちらも正体不明な手段で対抗する。不鮮明、未解決こそが俺たちの武器なんだ。とりあえず分かったふりをしておけば実際に分かったことになるから安心するんだ。それでは。オーバー』


 通話は切れた。


 何もすることがないので公園へ行ってベンチに腰掛け、鳥などを見ているうちにアリアの内部に不可解なイメージが浮かんだ。


 周囲は砂漠で、体高五百メートルはあろうかという巨大なライオンがこちらを見下ろしている。

 そのライオンは、近年塩分を控えめにしたほうがいいという風潮があるが実際はたんと摂取したほうがいいというアドバイスをしてくれるのである。


 この白昼夢はなにかと考え、アリアは気づいた。これが自分のファントムではないか。

 己の魂魄に宿った幻影、それが嵐を脳髄に巻き起こしているのである。


「なるほど」と一人つぶやいてアリアはすべてを把握したような気になった。


「すいません、助けてください」と、そのとき話しかけてくるものがあった。

 地味な少年だった。彼は右手に蟹を持っている。

 いや、蟹を持っているのではなく、彼の右手首から先が蟹と化していた。


「それは一体」


「朝起きたらいきなりこうなっていたんです。どうにかしてください。あなたは観測兵の人ですよね? こういった怪異は観測兵に頼めばどうにかしてくれると学校で習いました」


「そういえば私も習った気がするわ。でもこれは……切除するしかないわね」


「そんな殺生な」


 逃げようとする少年の腹に掌底での一撃を加え、蹲ったところで手首を押さえて潮の刃を一閃。


 蟹は切り落とされ、そのままどこかへ這って行った。


「解決したかに見えますが僕の手がなくなりましたよ」


「そこらの薬屋に行って〈蟹手〉に利く軟膏を買い求めるのよ。それを塗れば生えてくるわ」


「分かりました、ありがとうございます、観測兵さん」


 少年は去っていった。あとはどうなるか知らない。未来は濃霧の中。

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