教室の入り口から一筋のオレンジの光が漏れ出ている。向こう側には久世飛鳥と井岡瑞希がいる。


 鮎川の言葉にそれでも、と歯を食い縛った春から二ヶ月後、こんな形であっさりと思い知らされることになるとは思わなかった。


 額を寄せ合う後輩二人はよく似ていた。癖のある黒髪も、特異な性質も、外側にいる人間から見れば彼らの類似点は明らかだ。そして見つめ合う後輩二人のあいだに俺の居場所はない。


 俺は彼らとは遠いところにいて、俺がいなくなっても彼らの世界は回っていく。そのことが不思議とすとんと胸に落ちてきた。認めてしまえば案外簡単に、最後の未練は消えていった。残ったのはただ祈りのみ。


 久世飛鳥はこれから大きな舞台へと羽ばたくだろう。俺はそこまでいっしょに行くことはできないけれど、あいつはきっと行きたいところまで行ける。どうかそのとき、彼が変わらずにいられますように。いつまでも思うままに歌っていられますように。


 青春を懸けたことが、いつかリズムが取れなくなってしまう日が来ることが、息が詰まるほどに苦しい。俺はいつかメトロノームの刻んでいたリズムも、ドラムの叩きかたも忘れてしまうだろうか。おまえの歌が聞こえなくなって、まともにリズムも取れなくなって、完全に失ってしまう、そんな未来が怖い。


 持っていたって何者にもなれないとわかっていても、手放すのがどうしても嫌で、夢中になって注ぎ込んだ日々が消え去っていくようで、そうして必死になっておまえが身に付けたものは全部無駄だったんだぞっていわれるのが怖くて、しがみついていた。けど、今は大丈夫な気がしている。


 おまえの歌が聞こえる限り、俺はおまえの歌声が耳に満ちていた瞬間を一生忘れないだろう。髪を黒く染めても、この日々が遠く思い出に変わったとしても、おまえの歌が聞こえる限り、俺はおまえといっしょにいられた日々を忘れない。ドラムの叩きかたも、たぶん。俺の青春はおまえと共にあった。


 世界が変わってもずっと、久世飛鳥に歌い続けてほしい。遠くはなれた場所に行く俺の元まで、いつだってその歌声が届くほど、大きくなってほしい。そうしていつまでも、おまえの歌が俺の耳に響いていますように。


 歌いたいと願うおまえのこれからが、この先もずっと輝き続けることを祈っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Midnight Eagle Eye 祈岡青 @butter_knife4

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ