蔦が這って、今にもレンガが崩れてきそうな外観の別館、一階最奥の百四教室。そこで待っていた井岡は、俺がやった赤いアコギを手にして、教室のど真ん中の机に腰かけていた。井岡のほうが俺よりも赤が似合っていたので、なんかいいことした気分だ。扉を開けた音で俺に気づいたのか、顔を上げた井岡が照れたようにはにかんだ。そういやバッティングセンター以来、今日が初対面だった。そんな井岡に兄からのお下がりの旧式ウォークマンを渡す。


「やる」

「は?」


 一瞬にしてなんだこいつみたいな顔をして、でも素直に受け取った井岡に、つづけてボタンの説明をしてやる。まあボタンにかいてある通りなんだけどな。


「ホームで曲リストが出るから、あとはふつうに再生マークを押せばいい」

「へえ」


 説明してやりながら出てきた曲リストをながめて、井岡は驚いたように眉を跳ねあげた。


「ねえ、これ、こないだ私が好きだって教えたやつ」

「おう。おまえ再生機器は持ってなくてもさすがにイヤホンは持ってるよな? あとついでに文化祭でやる予定のやつも入れといた」


 聞いているのかいないのか、目を丸くしたまま黙ってリストを見ていた井岡が、再生ボタンを押して、あ、と小さく声をあげた。


「飛鳥くんの声だ」

「うんまあ歌った。いちいち音源拾ってくるの面倒くさかったし、なんかそういう気分だったから。ディスクで渡してもよかったけどおまえ、音楽は動画サイトで聞くっていうからウォークマンに移したわ」


 ゆっくりと首をかしげた井岡は、次の瞬間、こらえきれずといったふうに、へにゃりと笑った。


「え、すごい。めっちゃうれしい」


 ふへへ、と顔が崩れっぱなしの井岡に、ほうほうおまえは本家より俺のほうが好きかそうかそんなに俺の歌が好きかそうかふーん? みたいな気持ちになった。とても得意である。


「これでいつでも聞けるだろ」

「え、なにが? 飛鳥くんの声をってこと? なんじゃそら」


 俺の言葉にまたすぐ呆れた顔になった井岡に向かって、なんだよ俺が歌うの好きなくせにと笑い返した。


 もしかしたら毎日耳を塞いで泣いているのかもしれないおまえのことを考えていたら、いつのまにかギターを抱えていた。持ってないっていうから練習用のやつをやったし弾き方も教えているけれど、まだ一曲しか弾けないんじゃ塞ぎ切れないかもしれないおまえの耳に、できるだけしんどいものが入らないよう。俺が歌うのを好きだというから、おまえの耳を俺の声でうめてやれたらと思って。


 なんでかずっと、おまえは俺の歌を聞いたら泣き止むような気がしている。

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