第27話 竜殺しの英雄
隕石の村で、転移魔法陣の発動に巻き込まれた二人、ふるちんとカルラは、気がつくと岩肌に囲まれた隘路にいた。
ところどころ、魚の骨が散らばっている。どうやら川の涸れ果てた谷のようだ。
「どこだ、ここ」
どこからか吹いてくる風に、ふるちんのスカートがはためく。
魔法陣で来たはずなのに、帰るための魔法陣も、道案内の標識もない。
「変なの。これじゃあ一方通行じゃん」
「長く使われなさすぎて、故障してたのかもな。それで座標を間違えたとか」
「えっ、そういう仕組みなの。電話だって、両方に電話機がないと通信できないでしょ」
「なるほど。俺は転移システムってのは、大砲に人を詰めて飛ばす類だとばかり」
「そんな一方的なシステムだったら、めちゃくちゃ不安定だね」
「だから使われなくなって久しいのかも」
「それで道案内なんかも朽ち果てちゃったのかな」
これ以上考えても仕方がないとカルラはぷるぷると頭をふった。
「マップで見る限り、大きな谷の底ね。街はなさそう。どっちにいけばいいのかな。ふるちん、登れる?」
小さくうなずくと、ふるちんは収納から盗賊道具のかぎ爪をとりだしだ。
片腕で岩肌にとりつき、ぐっと体を持ち上げたとたん、岩が崩れた。
とんとんとバランスよく地面に着地する。
「もろすぎだな」
「ふるちんでも、だめかー」
「さすがに片手じゃ無理っぽい」
仕方なしに二人は適当に歩き出す。気配と音に敏感な、盗賊と音楽家が、そちらの方がなんとなくにぎやかそうに判断したのだ。
きっと何かがある。
しかし、ビースト化したドロフネによって、右手首を失ったばかりの少年盗賊ふるちんにとっては、こうして足場の悪い場所を歩くのも、バランスをとるのに体力を地味にケズられていく難作業だった。
「まさか、眠ってた魔法陣がいきなり起動するとはなあ。いままで妙にリアル方向に作り込まれた世界だと思ってたけど、やっぱりゲームなんだな」
「油断した。ごめんなさい」
「カルラのせいじゃない。楽譜があったら、普通演奏するもんさ」
気落ちする吟遊詩人の頭を、よしよしと背伸びをしてなでてやる。
「うー弟のくせにお兄ちゃんぶって」
懐かしい感触に、カルラの脳がとろけそうになる。
――これ、やばい。ステータス異常攻撃だ。
「あ、いまぴりっときた」
静電気で聴覚が増幅されたのか、カルラの鋭敏な感知能力が、かすかに群衆の声をとらえた。
プレイヤーだけが使えるレーダーマップに目を凝らすと、見落としそうなくらい小さな建造物が映っている。
「街ってほどじゃないけど、とりあえず行ってみよう」
曲がりくねった道は、王都の四頭立ての馬車でも、余裕ですれ違えそうなくらい広い。
今はすっかり乾いているが、雨が降れば大量の水が流れ、大河になるのだろうと、ふるちんは考えていた。
間違えても、ここで野宿してはいけない。
不意に谷が広がった。
サーバーの管轄が切り替わったのか、イベント圏内に入ったのか、突然、耳を打つ獣の咆哮と、鬨の声が耳を貫く。
「うわ……ドラゴン?」
ゲームの世界とはいえ、信じられない光景だった。
真鍮色の巨大な竜がブレスを吐きまくり、それに向かって谷の上にいる武装集団が、投げ槍や、矢で応戦しているのだ。
かなり離れているはずなのに、ふるちんの顔にまで熱気と、砂ぼこりと、銅鑼の音が吹きかかる。
ドラゴンが尾を打ち振るうたびに、石つぶてが飛んでくる。地味に痛い。
砦の攻撃はドラゴンに致命傷を与えなかったが、ドラゴンも形勢不利とみてか、じりじり後退しはじめた。
野生動物にとって、わずかな病気やケガでも死に直結する。天空の王者たる竜であってもそれは同じ認識のようで、生命リソースを割いてまで、人を喰らう気はなかったのだ。
矢もブレスも互いに届かない距離まで離れると、竜はくるりと背中を向けた。
「え、こっち来るの?」
そう、砦を背にしたということは、つまり、帰り道はふるちん達のいる側だった。
砦の連中も、ようやく危険な谷に紛れ込んでいる二人の旅人に気付いたようで、さかんに「逃げろ逃げろ」と声をあげ、ドラゴンの注意をひこうと、さっきとはうってかわって、挑発的な散発攻撃を始めた。
ヨロイも服もてんでバラバラな集団ではあったが、ドラゴンが何をすれば不機嫌になるの熟知しているようだ。
それでも真鍮色のドラゴンは、目の前の二人を、ピクニックを阻まれた八つ当たりとしてか、あるいは手頃な弁当と思ってか、じろりと睨むや、大口を開けた。
「カルラ、演奏! 鎮静化!」
「やってるるっる、効かないいい」
愛用のリュラで演奏するも、すっかり気が動転しているせいか、本来の効果を発揮しない。
長く王都に引きこもりだった彼女は、グランドマスターの称号を得ていても、冒険者としての胆力は新人以下だったのだ。
しかし、これだけリアルな没入型のRPGである。大迫力でドラゴンに近寄られたら、体が動かないのも当然だろう。
「カルラ走れ。俺が食い止める」
ふるちんは左手だけでマジカル仕込み杖を抜いた。刀身が曲がっていたので、余計に苦労した。
心臓が早鐘を打ち、右手首の傷口が痛む。
「だ、だめだよ、ふるちん戦闘スキルないじゃん。魔法だって知らないじゃん」
「死んだら強制ログアウトできるかもしれない。そしたら、運営にバグレポートたたきつけて、すぐ戻るよ」
「でも、ふるちんがドラゴンに嚙まれたら、めちゃくちゃ痛いんだよ。胃酸でじわじわ溶かされたら、ショックで本当に死んじゃうかもなんだよ」
「う、そういう死に方はイヤだなあ」
死んだらどうなるかは一度試してみたいが、ダメージ軽減が無効化されている少年盗賊には、リスクが計り知れないのも困りものだ。
「でも、二人死ぬよりはマシだ」
「だったら二人で死んだほうがいいよぉ。一緒にやりなおそう。ふるちんのリアルの連絡先、教えてえ」
カルラはすっかり諦めモードになっていた。
――王都や村じゃあ、ずいぶん頼りがいのあるお姉さんキャラだったけど、ずいぶん変わるもんだな。
カルラの動揺ぶりに、かえって、ふるちんは冷静になっていく。
「不思議だな、今なら、なんでもできる気がする」
開き直りからくる全能感だろうか。運値が、最高に高まっているような心持ちだった。
ぐわっとドラゴンがひと口にしようと顔を近づけたとき、ふるちんは盗賊のスキルを最大限に発揮して、高く跳躍した。
顔を踏みつけ、そのまま駆け抜け、首筋まで這い上がると、無意識に仕込み杖の刃を一閃する。
【クリティカルヒット!】
突然、目の前にメッセージが表示され、今までにない手応えがあった。
一刀両断、届くはずの短い刃が、ばっさりとドラゴンの首を打ち落としていたのである。
◆ ◆ ◆
砦では、小規模な宴が催されていた。
ふるちんたちの歓迎と、ふるちんの勝利を祝ってである。
「おまえ魔法使いなんだろ? なんでそれでドラゴンの首を倒せるんだよ」
「しかもバリカタ装甲の真鍮ドラゴンだぞ?」
「いや、まあ、偶然……かな」
まさに偶然、一生に一度あるかないかを運を引き当てたのである。
ふるちんが無意識に使った「クリティカルヒット」は、そもそもドロフネの持つスキルであった。
思いつくとすれば、ドロフネがそれを放つ瞬間に、盗みとったのだ。
――まさか盗賊が、相手のスキルを盗めるとは思わなかった。条件はいろいろあるんだろうけど……。
ふるちんの乏しい知識で想定していたゲーム性が、根底から引っ繰り返された。
同時に、ふるちんが選ばれた盗賊という<ruby><rb>職業</rb><rp>(</rp><rt>クラス</rt><rp>)</rp></ruby>が、使いようによっては、おそるべき可能性を秘めていることに体が震える。
「おまえさんたちの言ってた村のことだけど、鳥を放っておいたぞ」
この砦を守護する隻眼の将が、酒ビンを片手にやってきた。
「一両日で、王都に着くだろうから、明後日には、村にも事情が伝わるはずだ」
「助かる」
「しかし、王都の警備隊長様と知り合いとはな。スゴ腕なはずだ」
ふるちんはミリオンのことを王都の治安を守る小隊長とばかりと思っていたが、砦の荒くれ者たちの評価を聴くかぎり、はるかに権限の強い重職であるようだ。
「ってことは、見かけによらず、いけるクチだろう? まあ、呑め呑め」
しきりに未成年に酒を飲ませようとするこの者は、ブルイアスと名乗った女丈夫である。
背も高く筋肉もあるが、長く伸ばした金髪や、出るところは出ているスタイルから、男臭い砦の紅一点となっていた。
あまりに行動がガサツなせいで、山賊の女首領という感じであったが。
砦は領主の公認のもと、義勇兵によって構成されており、竜たちが地上に上がってくるのを長年阻止しているのだという。
「だったら、ぴっちり谷をふさいだらいいんじゃないの?」
「それだとドラゴンが諦めて、監視の届かないところから出ちまうだろう? やつら、本気を出したら、ちったあ飛べるんだぜ?」
「ああ、それで、わざと弱そうな場所に砦を構えて、なんとなかりそうなギリギリな戦いをしてるんだ」
みすぼらしい砦に籠もる山賊に見えたのは、作戦の内だったか。
「警戒させないように見かけの装備も貧相にしてるが、連中の練度と士気は一流だよ」
仲間を自慢するときのブルイアスは、目に見えて上機嫌である。
ようやくブルイアスから解放されたところで、座ったまま眠りこけてるカルラの隣に戻る。
「ふるちん、ふるちん」
小声でカルラがささやく。実は寝たフリだった。
「ブルイアスのこと?」
勘で尋ねる。初顔合せでカルラが小さく驚く仕草を見せたのが気になっていたのだ。
「うん、彼女の名前……四英雄の一人と同じなんだ」
「うへえ、すごいのが、へんなところにいるもんだ」
四英雄とは、カルラの兄がシナリオだけ書きためていたRPG『百王の冠』で、世界を救うという最強パーティーの中核である。
曰わく、ゲーム開始直後から四英雄たちは最強の存在なので、そのゲームでは経験値稼ぎという概念がほとんどないのだという。
曰わく、強いてバトルシステムを活用するなら、ゲーム中に話しかけられるNPCは誰でもパーティーに組み込めるので、彼らを手当たり次第に育て上げて、おそるべき強キャラだらけの国家を作ることもできるのだとか。
実は、四英雄の一人にはすでに出会っている。
王都の警備隊長にして、ふるちんの雇い主。
先日は副王から一軍を任されようとしていたボーイッシュ少女ミリオン・オーガナーである。
「でも、兄貴のシナリオじゃあ、ブルイアスってのは、無骨なオジサンだったはずなの」
「てことは、ユーザー受けを狙って性別を変更したか、実はオヤジさんがいて、その名を継いだか」
タイミングをみはからって本人から聞き出してみようと、ふるちんは請け合う。
「設定通りだったら、ブルイアスの魔法剣は、堅さだけなら最強よ。あらゆるドラゴンのウロコを貫くんだ。幾つかの覚醒イベントが必要だったから、まだ使いこなせてないかもだけど」
「それって対ラスボス要員ってこと?」
「ラスボスは誰だか知らないんだけど、うん、四英雄はみんなそれぞれ得意分野があって、誰一人が欠けてもシナリオをクリアできないはず。彼がいなくても、そこらの中ボス相手に、苦戦するとは思えないけど」
よほど、なめなめプレイをしなければ、四英雄をパーティーに組み込んで死者が出ることはありえないらしく、ほとんどRPGのフリをしたアドベンチャーゲーム仕様だったらしい。
「あの筋骨隆々なねーちゃんなら、親戚一堂、めっちゃ強そうだな。四英雄の一人が混じっててもおかしくなさそうだ」
「実はブルイアスの正体は男で、何かの事情であの姿をとって可能性もあるわね」
「おいおい、ずいぶん飛躍したな」
「兄貴は、シナリオをあたしに読ませては、その反応を楽しんでたの。だから、変なタイミングでヒネりを入れてくるクセがあって。当時はギリシャ神話とか読みまくってたせいか、性別変更もわりと普通にあったのよ」
「え、じゃあ、俺がこの格好されてるのも、シナリオの内?」
ふるちんは、魔術の師によって着せられた「魔法少女趣味全開」「フリル満載」のドレスをつまんで見せた。
「その格好で、クエストが有利に働くケースは、わりと多いと思う。ゴロツキになめられて、かえって余計な戦闘が発生するかもだけど、盗賊姿よりは有利なはずね」
「そのうち、いろいろドレスアップするのが攻略法とか言うんじゃないだろうな」
「そういう遊び心は、兄貴の趣味じゃないけど……あたしたちは、まだこのゲームの基本コンセプトを知らない。いろいろなことが未体験。だから、思いついたものは、すべて可能性としてキープしておくのは懸命ね」
「ああ、そうしておく」
「明日からどうする? この砦は王都からだいぶ離れてるから、徒歩で村に戻るのは何週間もかかりそう。道中も危険っぽいし」
「そうだな、ミリオンに連絡がつけば、馬車は無理でも、馬と護衛くらい頼めそうだし、王都に行く馬車があるなら、相乗りさせてもらいたい」
はたして、道が整備されていない状況で、その馬車とやらはどれくらいスピードが出るのか疑問であったが。
「でも、ただ帰るのは、もったいないわね。わざわざ飛ばされたからには、何か重要なイベントがありそうだもの」
「そうだな、音楽神の神殿から、あんな谷底に転移させた時点で、クエストの匂いがぷんぷんしてる。いきなりドラゴンが出てきたのは驚いたけど、もしかしたら、本来もっと高レベルな状況で発動するはずだったのかもしれない」
「クローズド・ベータテスト中だもん。ゲームバランス無茶苦茶だからね」
ひとしきり話あって落ち着くと、ようやく砦の様子が整理されてきた。
まず不思議だったのは、この砦がいつもドラゴンと戦い、ブレスを吐かまくってるはずなのに、焦げ目一つない木造だったことだ。
「ここらの岩はもろくて建築には向かん」
仲間全員と乾杯を終えた女傑ブルイアスが、上機嫌な赤ら顔で皿をもってきた。
「ほら、ベリーの盛り合わせだ。ここいらの特産だぞ」
赤や黄や青の色とりどりに盛られた干し果実だ。
ひとつとって食べると、おそろしく酸っぱい。
それでいて疲労が抜けるような感覚の後、じわじわと甘味が追いかけてくるのだ。
「これはクセになるな」
つまんで食べては、目と口をすぼめる少年に、ブルイアスは目を細めて笑みを浮かべる。
「この砦の木材、なんか特別な泥とか塗ってるのかな」
ふるちんの愛らしい仕草に、防衛機密に関わるかもしれない質問にも、ブルイアスは躊躇なく応える。
「砦に使ってる木は、もともと燃素の少ない木材を選んで、しかも燃素をすべて吸い出してあるんだ」
「ねんそ……?」
炭素のことだろうか。
「ああ、ふつうのやつらは知らねぇか。オレも学者先生に何度も説明させて、ようやく理解したくらいだからな。いいか、世の中の素材は、二種類ある。燃えるものと、燃えないものだ」
「ん……? そう……なのか?」
「そりゃまあ、他にも分け方はあるぜ? 重いものとか、軽いもの、食べられるものと、食べられないもの。だが、燃えるかどうかってのは、おそろしく科学的な分類なんだ」
ご大層に「科学」という言葉が出てきた。この中世ヨーロッパを思わせるような世界で。
「ものが燃えたら軽くなるだろう? あれは熱で燃素が抜けちまったからだ。だから、魔法なり錬金術なりで、先に燃素を追い出しちまえば、もうその木は燃えようがない」
うーんと、ふるちんはクビをひねる。
「まあ、あんたは賢そうだから、そのうち理解できるさ」
解せぬ。
ここまでリアル指向で攻めてきた世界観に、突如として疑似科学的な何かが割り込んできたのだ。
「もしかして俺たち、このゲームの本質を見誤ってるんじゃあ」
クローズド・ベータ(仮) ~懐ゲー知識でサバイバル!?~ モン・サン=ミシェル三太夫 @sandy
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