第25話 ドロブネの正体

『わ、爆発したぞ』


 〈少年盗賊〉兼〈魔法男娘〉ふるちんは、柵の向こうが炎に包まれるのを見た。

 爆風で、髪とスカートがはためく。


『地獄犬の最後っ屁かもなー』


 獣使いビーストマスターのじんたが、チャットで答える。

 ギルド員だけが集まったグループチャットだ。

 遠方の島にいる彼女に、村の現状は見えていないが、次々と動物に関するアドバイスを提供してくれる。


 この地獄犬、この村には、たびたび来ている。と言っても、夜に森をさまよい出てくるのは、せいぜい数日に、一匹か二匹だ。

 キノコに寄生された頭はまともに機能せず、塀を乗り越える知恵もない。人に飼われていたときの記憶のあるのか、不思議と門から入ろうとして、柵の周りをウロウロする。

 これまで夜番の村人は、ただそれを柵向こうから突き殺すだけで良かった。


『でも、あの犬のやっかいなのは、毒性のある胞子でねー。早めに殺さないと、どんどんまき散らされるよ』


 まともに浴びると肺がやられるし、風で村の中に入り込めば、作物にも害が出る。

 だが、犬が死ねば、すぐに胞子は活性を失う。


『で、死にかけたとき、最後っをするんだけど、これが引火性の高いガスでね。だからって、どんだけ松明とか火の元に注意しても、ダメ。あいつら興奮すると、後ろ足のツメで火花を散らすのよ。それでボーンって』


 ツメが鉄分を含んでいる模様である。


 名前表示オールネームでは、村人らしい名前は見あたらない。

 地獄犬たる〈マイコニ・ベーシック・ドッグ〉や、ケモノの名だけが表示されていた。

  

「まさか、いまので村の連中は全員、死んだのか?」


 いや、一人、用心棒のドロフネの名が紛れていた。

 柵の近くで馬をとめ、飛び降りる。柵に寄る。

 ドロフネが、柵の外で戦っていた。


「おい、あんた何やってる! 柵の中に入れ!」


「ふるちん殿でござるか」


 振り返らず、サムライ姿の男が答える。


「他の村人は!」


「ここは拙者一人のほうが都合が良いので、別の門に応援を頼んで候。ふるちん殿も、ここはそれがしに任されよ」


「なんでわざわざ柵の外にいるんだ、中に入れ」


「先ほどから聞こえてくる、不思議な音楽は、カルラ殿でござるか。こやつら、それですっかり大人しくなり、柵に寄らぬのでござるよ」


 なるほど、ドロフネは刀を持っているばかりで、槍がない。

 いや槍があっても、こう柵から離れた位置をブラブラ歩かれると、仕末しにくい。

 だから、彼は柵を乗り越えて戦っているのだが、いくら鎮静化カーミングを効かせても、攻撃した直後はそれが切れる。そこで、最後っ屁を放たれるのだ。


「胞子も放屁も、それじゃ危険だろう。弓とかないのか。あんた、弓もいけそうじゃないか」


 少なくとも武士のことを「弓取り」と呼ぶほど、一時代の武士のメインウェポンは弓矢であった。なので、ふるちんも、このドロフネが心得があるように思えたのである。


「この村に使い手はおらぬので、弓そのものが、どこにもござらん」


「槍くらいは、あるだろう。ちょっと探してくる」


「こちらは結構。ふるちん殿は、とにかく遠くへ!」


 助太刀を断るドロフネの声には、奇妙な焦りがあった。

 何かを隠すように背中を向ける態度は、今日会ったばかりの少年にも、不自然さは明白である。


「オッサンどうしたんだ。まさかケガでも」


 危険な場所から子どもをかばって死ぬ大人。そんなシチュエーションが、ふるちんの脳裏によぎった。

 治療用の初級ポーションくらい持たされている。こんなところで格好をつけて死なれたら、村を守るクエストも、王都で学校を作る計画も台無しである。


「かすり傷でござる。気遣いは無用」


 心なしか、ドロフネの背中が揺れている。


「それよりも、今宵は満月。血に飢えた拙者の刀が、貴殿に及ぶのを恐れるのでござる」


 冷たいものが背中を走り、ふるちんはとっさに名前表示オールネームを実行。

 赤い。

 赤い名前が表示されている。

 ドロフネの名が、殺人者の色で表示されていた。


 全身像ペーパードールを開く。

 職業欄がおかしい。


『ボーパル・バニー?』


 あえて訳するなら「鋭利なウサギ」であろうか。

 遠い南の孤島からグループ・チャットでつながる調教師じんたから、すぐさま反応がある。


『ありゃりゃ、そいつぁ怖い名前だね』


『知ってるのか、じんた』


『手元の辞書……あーUIユーザーインターフェース上の辞書だけど、即死攻撃を持ってる激ヤバなモンスターってあるんだ』


 獣使い《ビーストマスター》だけが閲覧できる資料があるらしい。


『「ウィザードリィ」ってRPGに、そんなモンスターいた!』


 カルラがまた別のゲームの名前を持ち出した。


『名前が変わってるってことは、変身する種族――おそらく人狼ライカンスロープの一種じゃね? オオカミじゃなくて、ウサギちゃんだけど』


『今日は満月だしね。お月見にはピッタリかもー』


 はじめて村に来たときに見た赤ネームも、ふるちんたちに警戒して、彼が変身しかけたのだろうか。


『気をつけろよ。おそらく変身を完了したとき、そいつの人としての理性は消え失せる』

『バーサクモードか』


 そんなアドバイスを受けている間に、みるみるドロブネの背中は筋肉を増して盛り上がり、頭部には長々とした耳が伸びていく。

 ただ、両手の指だけは健在なのか、刀を取り落とすことはなく、野獣じみた動きで、爆炎をものともせず犬を屠っていき、ついには表示されているモンスターの名前は消え失せてしまった。


「おっさん、すげえじゃねぇか」


 ふるちんが近寄ると、ドロフネがふりむく。ゆったりした着流しだから脱落を逃れているが、衣服の下は、全身を覆う灰色の体毛と、人間離れした筋肉である。

 両目はらんらんと血の色で、ところどころ、返り血で真っ赤に染まている。


「あれー、やっぱ戻ってきてない? おーい、おっさーん」


 刀を肩に担ぎ、ヨダレを垂らすケモノの相貌には、人としての理性が見受けられない。


『カルラさ、このオッサンの事情、村の人は知ってると思う?』

『どうだろねー。普通、隠してると思うよー?』

『じゃあ、俺たちこのままが逃げたら、ちょっちヤバい?』

『人のいるところまで追いかけてきそうだからねー』


 ドロフネは、ひょおと空中高く跳躍し、柵を乗り越えて着地した。


『俺がオトリになって、変身が解けるまで引っかき回しとく。カルラは鐘楼を降りて、野獣の残りがないか見回ってくれ』

『先に、そっちの応援に行こうか? 近づけば、鎮静化カーミングも効くかもよ』

『いや、残敵の掃討が優先だ。クエストがまだ完了していない』


《クエスト:村を襲う敵を撃退せよ》

  達成率 九○%


 ふるちんの眼前には、そう表示されている。

 残り一〇%が、討ちもらしの地獄犬なのか、目の前の怪兎ドロフネなのか分からない以上、警戒はゆるめられない。


「さあ、オッサン。鬼ごっこを始めようか」


 見習い魔術師の格好はしているが、彼の本来の素性は盗賊シーフである。俊敏性を活かして逃げと防御に徹すれば、その間に、カルラが残り一〇%を解き明かしてくれるはずだ。


 しかし。

 余裕をもって避けているはずが、思いの外、血を流すはめになっていた。


「やべー、回避スキルが、ガンガン上がってるー」

 

 少年盗賊がまともに刀と戦うのは、これが初めてだ。

 どこを狙われていたのか、剣先が通り過ぎるまでわからない。上段に構えていても、そのまま脳天に振り下ろされるとは限らず、中段に構えたからといって、胴に来るわけもない。

 当たり前だ、そんな分かりやすい剣術などあり得ない。


 それでも少年は「どうせゲームなのだから、構えに合わせて、絶対的に都合の良い防御があるはずだ」と信じて、仕込み杖で抗しようと頑張っていた。


「だめだ、レベル差がありすぎて、読みあいのできる状態じゃない」


 刀は、ふるちんの懸命な回避にあわせて、瞬時に変化していく。一振りでは終わらず、命からがら間合いを引き離すまで、コンビネーションが続くのである。

 振り下ろされたはずの刀が、一瞬で跳ね上がり、斜めに走り、ときには片手で突きが入る。


――これが戦場で生き残ってきた剣なのか。


 それでも少年がまだ生きているのは、刀という武器が、うさぎ型のモンスターにふさわしくないためであろう。あふれる筋肉のせいで脇が締まらず、ごつい指先に握りも甘く、それがドロフネの持ち味を殺している。


 武士もそれに気付いてか、おもむろに刀を鞘に納めると、それを灌木に立てかける。

 すうっと素手で構え、口元に、鋭い牙が光る。

 ふっとその姿が消える。


 《ふるちんは、くびをはねられた!》 


 突如、そのメッセージが表示されたまま、ドロフネが目の前で静止していた。

 世界も停まっている……ようだ。


「また、過集中モードか?」


 王都の食堂で遭遇した、すべてが静止する世界。

 ふるちんの思考があまりにも早すぎて、周囲が時間停止しているように感じられる状態だ。


「しかし、このダイアログは何だ?」


 カルラから聞いた「クリティカルヒット」というヤツかもしれない。いわゆる「会心の一撃」だが、ゲームによっては、どれだけ体力があっても一発で死に至る即死攻撃だ。


「これって、俺の首が飛ぶの、確定済みってことだよな」


 一部のRPGやシミュレーションゲームでは、チャンバラやドンパチをする前にすでに勝敗が演算済みであり、状況が不利に見えたからリセットしても、実は手遅れというものがある。

 逆に知力の高い参謀が「必ずや見つかるでしょう」と、すでに決した計算結果に基づいて諫言してくれるゲームもあるのだが。


「さすがに首をはねられたら、俺、死ぬよな。死んだら強制ログアウトってなら、逆に嬉しいくらいだけど、リアルでもショック死するかもって話だし、ちょっとなあ」


 確定した未来。

 それを覆せるだけの何かができるだろうか。


 例えば、業務中にアプリケーションが停止したとする。画面には、「不正な〇〇により〇〇は停止しました」と表示されているが、実は背後では、まだアプリが動いており、データを保存できたりする。

 だが、それに気付かず、ダイアログの「はい」など押そうものだが、アプリは本当に終了してしまうのだ。


「もし、今がそんな状態なら。このダイアログが、確定した未来を示すのではなく、死亡処理の前後を誤った、ただの先走りであってくれれば」


 目の前にあるのは、ウサギ人間の手刀。

 だが、ふるちんはまだ生きている。

 わずか1フレームでも、回避する隙が残されているのなら、それに賭けたい。


 スキル表をあさって、使えそうなスキルをとにかく発動しまくる。

「スキル:俊足」

 ぎゅいぃぃん。

「スキル:超回避」

 ぎゅいいいんんん。

「スキル:窃盗スティール

 ぎゅいいいいいいん……ぷぽっ。


「さすがに……窃盗スティールはダメか。あの手刀が武器扱いで、取り外せたらラッキーだっただが」


 多くのスキルは、一度使うと、一定時間は再使用できなくなるようだ。いわゆる待機時間リキャストタイムというものだ。

 ふるちんのスキルリストも、文字がグレーアウトし、その横に膨大な数字のカウントダウンが始まっていた。

「1:00:59……あと1時間は使えないってことだな」


 意を決して時間停止を解いた瞬間、ふるちんは地面を転がった。

 小柄な少年盗賊の首があったところを、怪兎の指先が通り過ぎていた。


「あっづぁああああ!」


 一瞬だけ遅れてやってきた激痛に、ふるちんは、のたうちまわった。


「いてぇ、なんだこりゃ、焼けるように熱い」


 右手首から先がなくなっていた。


「これが体を削られ、血を流す痛み……か。ふふ、新鮮、だな」


 ゲーム開始早々、街の人々にボコられた時ほど、衝撃的ではなかったが、それでも激痛である。


「生きてる証拠だ。これは、生きてる証拠だ」


 痛みを悦びに変換する呪文を唱えると、肉体的な苦痛は、少し落ち着く。


 しかし、精神的な苦痛が、まだである。

 体力ゲージがどんどんケズれていく。

 自分の一部が失われた、回復手段がわからない。

 戦闘能力が著しく損なわれている。

 それらが、数値データとしても、次々と報告され、焦燥を生み出していた。


『ふるちん、大丈夫!?』


 体力ゲージの激減に気付いて、カルラがチャット内で叫ぶ。

 パーティを組んでいるので、ステータスの多くを視認できるのだ。


『なんかドールの右腕のところが真っ赤なんだけど、いまどうなってるの!?』


『ああ、ミスった。右手首を切り落されて、利き手が使えない。痛みは……なんとか、声を出さずに耐えられる……が、ショックで体がうまく動かないな。とりあえず右手の行方を探しているんだが』


『ふるちん、やっぱ痛覚設定が、敏感すぎるのかも。すぐ、そっち行くから。……体力が減ってるけど、もしかして血が止まらない?』


『そうか、止血が必要なゲームなのか。ベルトを外したいんだが、もう片方で手首を押さえてるから……』


『いいから、そのまま押さえてて!』


 カルラの必死さが、そのまま文字に自動変換されて伝わってくる。


『痛みはなんとか耐えられるが、体の一部を失うってのが、ここまでショックとはな』


『そういうこと考えないで! 体力が余計に減っちゃうから! コレはゲーム。そう、ゲームなの。痛いのは気のせい!』


『そうだな、ゲームなんだな』


『重症患者は、自分のケガっぷりを知ると、一気に症状が悪化するっていうからなー』


 じんたが、のんきな口調で会話に割り込んでくる。


『そいや、プラモデルをスキャンして、仮想空間で戦わせるってマンガが昔あってさー』


『……ん?』


『試合のあとに、プラモデルを見たら、きっちりやられた部分が破壊されてるんだよー』


『なんで、今その話をするの! よけいにゲージ削れてくじゃないっ』


『なんでさ、テンパってる二人をリラックスさせようとした軽いジョークじゃん』


『ははは……』


 ふるちんは笑っていた。


『ああ、ヘンテコな聞いてる間は、意識がそっちいくから痛みも軽くなるな。ああ、もとの体なんて、俺は気にしちゃいないんだ。生きてんのか死んでんのか分からん状態だったし。いまこうして傷を押さえてる最中のほうが、生きてるって実感がしてるくらいだ』


『そ、そうならいいけど』


『ボーパルバニーっていうからには、牙で攻撃してくると思ってたんだけど……』


『ん? そういうものなのか? 手刀を振り抜いたまま、硬直してるぞ』


『それくらいの大技だったってことかな』


『もしもし、じんたさんや、こいつ弱点とか知らねーか?』


『満月だから、ちょっと暴走気味なのかもねー。銀の武器で殺せるかもよー』


『いや、殺しちゃまずいし、手持ちに銀の武器がない』


『聖なる手榴弾……』


 ぼそりとカルラがつぶやく。


『なんて?』


『ボーパルバニーの元ネタ映画では、聖なる手榴弾で、首狩りウサギを倒すの。聖なる手榴弾は、同シリーズのゲーム中にも登場するし』


『持ってねーよ! それに殺しちゃだめだってんだろ』


 カルラが馬を駆ってくる気配こそあるが、今すぐ役には立ってくれそうにない。


「考えろ、こいつの過去と素性、趣味、性癖。プロファイリングするんだ」


 走って逃げながらも、対策を練る。魔法か何かを使えれば、まだ何とかできたかもしれないが、この世界にやってきて、密偵のまねごとしかしていない。


「かぁーっ、俺って弱ぇー」


 無力すぎて涙が出そうだった。


『ふるちん、意識ある? あたしのスキルで止血くらいはできると思うから、それまで待ってて』


『大丈夫じゃねーの? 聞いてる限り、この子の武器いっぱいあるみたいだし』

 じんたが、カラカラと笑う。


『ねーよ! そんなんあったら、教えてくれよ!』


『悪賢いとことかさ』


 何かが閃きかけた。


「俺の武器、俺の武器」


 今日のログをさらって、ドロフネとの会話からヒントを探す。


「やつの弱み……弱点……ああ、そもそも、なんでドロフネは、はるばる北の国から、こんなところにまで来たんだっけ?」


 大技の硬直がとけて、ドロフネがまた動き出す。


「――」


 ふるちんが小さくつぶやいた言葉に、浪人の体が一瞬とどまった。


「ずいぶん耳がいいじゃねぇか。聞きたい言葉だけは、しっかり聞こえるってやつだな」


「――」


 ふるちんは、囁きを放ちつつ、じりじりとドロフネに近づく。

 ドロフネは、せわしなく周辺を見回し、もはや目の前にいる、ふるちんのことなど、意に介さない。


「これでダメだったら、おっさん……その首もらうぞ」


 ギリギリまで迫ったふるちんは、すらりと盗賊の短剣を抜きはらい……跳躍した。

 握っていた手を離したせいで右手首から再び、血が噴き出す。

 それでもドロフネの首にしがみつき、彼はウサギの耳に、決め手の言葉を放つ。


「パパ。戻ってきて」


 疲労と出血により、ふるちんの意識はそこで途切れた。




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