第24話 じんた参入
村の中心にある神殿跡には、崩れ掛けの鐘楼があった。
そこに昇った吟遊詩人のカルラが、村を襲っているケモノたちに、音楽を奏ではじめると、村のあちこちから聞こえてきた喧噪が、みるみる鎮まりはじめた。
「効いている?」
神殿からの鐘の音は、おそろしく音がよく届く。
円形劇場のような形をした村の地形が、それを可能にしていた。
おそらくこの村は、ドイツにあるネルトリンゲンという街をモデルにしている。
隕石が衝突してできたクレーター都市で、演劇や音楽でも歴史があり。
「ゲーム・デザイナーの思惑を、うまく汲み取れたようだな」
少年盗賊ふるちんが安堵する。
自由度が高すぎるゲームだけに、イベントの解法など無限にあったはずだが、
『ふるちん、北東だけ、まだ揉めてるみたい』
カルラからチャットが飛び込む。
やはり鐘楼からは、村の詰め所からの合図がよく見えるのだ。
『わかった、応援にいく』
カルラと相乗りしているうちに、そこそこ騎乗スキルも上昇していた。
一人でなんとかできそうだ。
鐙に足をかけ、身の軽さを便りに、ふるちんは馬に飛び乗った。
鞍にまたがって気付いたが、鐙が長すぎる。カルラに合わせてあるのだ。
乗ったままベルトを調整しようとして、馬の腹を両足で挟んで踏ん張ったところ、いきなり馬が歩き出す。
「え、ちょ」
あわてて手綱をたぐり寄せ、後ろに引く。
馬は停まったが、明らかに不機嫌だ。
「すまん、引きすぎたか?」
『大丈夫?』
上から様子を見ているカルラから、チャットが飛んでくる。
『鐙の長さが合ってない。あと、発進の合図がわからん』
『両足で、レジーナちゃんのおなかを締め付けるんだよ』
『え、さっきのアレが合図なのか。てっきり、声をかけながらカカトで腹を蹴るとか、そういうのだと』
『お馬さんによって合図は違うけど、警備隊は、みんな声はいらないよ。あとは、ふるちんに合わせてくれるはず。ミリオンちゃんが、いちばん訓練されてる子を貸してくれたはずだから』
「そっか、よろしくな、レジーナ」
首筋をなでる。
馬の側も、ふるちんを乗馬の素人と理解したのか、やれやれと首を左右にすると、「どっちに行きたいんだ?」という目で見てくる。
「あー、北東だよ、北東」
ふるちんが指さすと、馬は「ぶるる」と鼻を鳴らし、歩き始め、だんだんと速力を増す。
『手綱を持つ手は、安定させてね。合図は、最小限で通じるから、引っ張りすぎないで』
『どう、やって、バランス、とるんだ』
ふるちんの両足は、鐙に届いていない。
前後にかっくんかっくんしながら、
『んー、なんとなく乗れたから、すごく説明しづらい』
カルラはログイン直後から吟遊詩人だったが、馬にもすぐ乗れたらしい。
『音楽と乗馬の知識があったから、吟遊詩人に選ばれたのか。それとも、そのクラスになったから、サポート機能が働き、上手く乗れているのか』
『んー、乗馬の知識なんか、なかったけどなー』
あるいは。
『ログインした瞬間、吟遊詩人にふさわしい知識が与えられたとか?』
『なに、それ怖い』
『鐙が使えないんだったら、それこそ古代の乗馬っぽく、頑張るしかないよね』
突然、割り込む別プレイヤー。
遠い伝説の島にいるはずの動物調教師じんたが、会話に混じってきた。
グループチャットで話しているつもりが、ちょこちょこと、オープンチャットに切り替わっていたようだ。
「なんか、ショートカットが暴発したのかな?」
オープンといっても、結局、参加しているのは、ふるちんとカルラ、そして、じんたの三人だけだから、とりたてて問題はない。
『古代って、マケドニア騎兵か? アレクサンドロスⅢ世の時代かよ』
『おうよ、馬の腹を、両足で挟んで踏ん張るんだぜー』
調教師になるだけあって、動物の知識はもともとあるようだ。
『それって発進の合図とかぶっちまわないか?』
ふるちんは村のレーダーマップを凝視しつつ、騎乗スキルや
「これ、たどり着く頃には、鞍の上に立てるんじゃないか? 雑伎団みたいに」
『会話が断片的で分かりづらいけど、いま、ふるちんさんが乗馬してるんだよね? そのお馬ちゃんのユニークIDってわかる?』
『なんだそりゃ?』
『わたしって、嗅覚で人物を見分けてるじゃん。その仕組みを調べてたら、人にも動物にも、固有のIDがふられてるのに気付いたわけですよ』
『そりゃゲームだから、IDくらいあるだろう』
『それをプレイヤーでも見る方法があるっての。まず
『え、馬にも
『調教下にある動物は、仲間扱いだし、とくに動物は、空腹具合や、従順さも見えるはず』
『従順さ?』
『それが一定値を下まわると振り落とされるし、さらに下がると野生にかえる』
『これか、従順度。うえ、下がってるっぽい。なにしたんだ』
『で、ユニークIDが、その近くにあるから、わたしに教えて』
◆ ◆ ◆
馬はいままでで最高の走りを見せている。
王都の警備隊長ミリオンが貸し与えてくれた「よく訓練された馬」というのは、「命令に忠実」であり、決して「どんな初心者の意志もくみとってくれる、度量の大きい馬」ではなかった。
それを動かしてるのは、はるか遠い南の島バルバデン=ギリウスにいる
固有IDを入力すれば、目の前にいなくとも、パーティーの共有物として、馬を遠隔操作できる。それが、「ドキッ! 魔術師だらけの大図書館」で過ごしたトカゲの最大の発見だった。
『いやはや、開発者によるバグ報告が、
ふるちん感心し、
『エンディング後に、開発室に遊びに行けるゲームとかあったね』
と、カルラが思い出す。
視力の無い
『固有IDのおかげで、離れていてもギルドに招待できた』
『やっぱグループ・チャットで密に話せるのは安心できるね』
『ああ、オープンチャットは、いつ誰が聞いてるかわからないからな』
よこしまなプレイヤーがこっそり読んで、ふるちんたちの動向を監視し、
死だけは避けたい。
ログアウトできないこのゲームで死んだら、いったい実体はどうなるか想像が付かないのだ。
とくにダメージ感覚が軽減されていないふるちんは、キャラクターが死ぬときのショックで本当に死にかねない。
『グループチャットもありがたいけど、相手の健康状態までモニタリングできる、いいよな。さすがに治癒魔法はムリっぽいけど』
『距離判定がシビアだからね。アイテムの受け渡しもできないし。でも、ログやマップの共有は便利だね』
「これで、じんたと合流するための魔法陣探しは、さらに進みそうだ」
手綱さばきに神経を使わずに済んだぶん、ふるちんには考える余裕ができた。
そのおかげで、北東の門に、最短距離で突っ走りながら、用心棒のドロフネに追いつかなかった理由が、なんとなく分かってきた。
この村はすり鉢状だから、村の中心を貫くのは、直線的には最短でも、高低差が激しいのだ。
ドロフネは馬がなかったから、おそらく村の柵に沿って、大きく円周を走ったに違いない。それだけ距離は伸びるが、勾配はゆるやかだ。
「そう考えると、なんてまあ馬を酷使するルートを通っちまったんだ」
従順度も下がるわけである。
ふるちんは後悔すると同時に、
「でも、そのおかげで神殿の鐘楼を使おうって案が思いついたんだよな」
効率とはなんだ?と改めて思う。
それを求めることは、正しいのか?
最も効率が良さそうだと選んだルートが、より広い視野で俯瞰したとき、その場しのぎでしかなかった、なんてこともある。
「ならば、求められるのは、戦略の多様性じゃないだろうか」
いろいろな考え方をした連中が、それぞれベストと信じた行動をとったとしよう。
結果として、最善手をとった者が生き残る。
そう、最短ではないが、最善であった手が、そこに残るのだ。
「つまり、必要なのはシミュレーション……か?」
将棋も囲碁もチェスも、最善手を導き出すために、何千、何万という手を頭の中で試すというではないか。
「しかし、それだって、結局、効率を求めることだろう?」
ふるちんは、自分が何を悩んでいるのか、わからなくなってきた。
「そもそも、このオンラインゲームだって、壮大なシミュレーションみたいなもんだろう。さまざまな価値観をもったプレイヤーが織りなす、無限の実験のための箱庭だ」
思考があちこち乱れ飛ぶうちに、
ケモノの群れに近づいたのだ。
『種類は……マイコニ・ベーシック・ドッグが九匹!』
ふるちんが報告する。
『おっけー、調べる』
じんたが分析を請け負う。
彼女の手元には、膨大な量の動物やモンスターの資料があるという。
『わかった』
ものの数秒で、見つけ出した。
『そいつぁ、マイコニッド系のキノコに寄生されたワンコ魔獣だ。触るだけで、胞子がやばい。胞子混じりの屁も吹くから注意しろよ』
『屁だって?』
『ああ、可燃性だ。爆発するぞ』
言ったとたん、柵のほうから、火柱が上がった。
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