第23話 満月の襲撃

『つまり、村が襲撃されたのは、あたしたちのせいだって、考えてるのね』


『どう考えてもそうだろう。俺たちがイベントのトリガーを引いたんだ』


 襲撃者を追って、用心棒のドロフネが走っていった方向にアタリをつけて、ふるちんたちは馬で駆ける。

 喋りながらでは下を嚙みそうになるため、ボイスチャットでの会話だ。


 カルラは吟遊詩人の格好だが、少年盗賊ふるちんは、師匠から押しつけられた魔法少女の服装そのままなので、馬を激しく駆ると、短めのスカートがはためいてしまう。


『こうも考えられない? この村は、いずれ襲われる運命にあった。あたしたちがいたから、こうして救えるチャンスが発生した』


『そう……なのか?』 


 声に出さずとも、会話を念じるだけで、画面にはテキストが、脳には音声が届く便利仕様である。


『同じタイミングで、複数のイベントが発生するって、よくあるのよ。あたしたちが別のイベントを優先していたら、こっちのイベントには駆けつけられなかったかも』


 ゲームではよくある仕様だ。

 プレイヤーは気付かないうちに、あるいは自分の意志で選択を迫られる。

 それだけシナリオの一本道感や、遊ばされてる感が解消され、物語に関わっている実感がわくのだ。


『そんなんじゃ、全員を助けられないぞ。まるでトロッコ問題だ』


『だから、……いっぺんには無理なのよ』


 怒りに余裕のなくなっている少年に、さとすようにカルラが説明を続ける。


『たいていは、どちらかしか選べない。そういう設計なの』


『俺はどっちも助けたい』


 まるで駄々っ子だ。


『そういうときは、セーブポイントからやりなすしかないわね。オンライン・ゲームだったら、リセット。アカウントを初期化して、最初からやり直すわけ』


『それじゃあ、パラレルワールドだろ。ひとつの世界で誰かを助けたら、ほかの世界で誰かが救われない』


『そうでもないよ。たとえばリトルバスターズってゲームは、一つのルートで助けられるのは一人。でも、最終的に全員を救えば、真のエンディングにたどりつく。それまでのシナリオは、全部、成長するための試練だったってことなの』


『試練だって?』


『なんとなく仏教っぽいでしょ。あたしたちは、輪廻転生する。死んで何度でも、いろんな生き物に生まれ変わる。善行を積んでいれば、前よりマシな生き物に。修業すれば、その輪廻から脱出できる』


『ひとつひとつのイベントをこなすのが善行だってのか』


『あたしは、そう思ってる。達成フラグを積み重ねることで、何かが変わっていく。あたしの心の中も、この世界も』


『世界が、心の中にあるような物言いだな』


『だってそうでしょう。こうやって、同じ世界に生きて、同じものを見てるっぽい気がするけど、実際あたしたちは、別々の場所にいて、別々のクライアントソフトでログインしてるんだよ。ただ、一定時間ごとにデータを同期してるだけでなんだよ』


 すり鉢状の村を、中心にある神殿に向かって、どんどん降りていく。

 貧しい村だけに、黄昏時に照明などあるはずもなく、そこかしこに村人が農具をもって走る姿も、おぼろげな影でしかない。


「敵は、こっち方向であってる?」

「そうです、ケモノは北東の門です」


 鳴らされている鐘のリズムが、村のどの方向に危機が迫っているかを知らせているのだ。


 北東の門といえば、ふるちんたちのいたドロフネの家から、まったく正反対である。


 馬で追っているのに、用心棒のドロフネの名前は、まったく見えない。すでに門までたどり着いているのか。おそるべき脚力である。


『このイベントが前もってわかってれば、ドロフネの家に行かず、神殿跡で待っていたのに』


 ふるちんが、また後ろ向きのifの話をする。


『リセットできるゲームだったら、それもアリよね。でも、ふるちん的には、そこで助けられなかった世界、取り残された世界が気になるんじゃない?』


『助けられなかった世界。また、パラレルワールドが生まれるのか』


『プレイヤーの数だけ物語があるってのは、そういう意味でしょ。でも、あたしたちが助けられなかった人は、他のプレイヤーが助けてくれる。だから安心して』


『他のプレイヤーなんているのか?』


「いるよ、絶対!」


 願いをこめて、カルラは馬上で叫んだ。

 このゲーム世界に閉じ込められたのが、自分達三人だけだとしたら――。

 そんなことは考えたくなかった。

 考えたとたん、孤独が襲いかかってくる気がして、考えたくなかった。


「いいから、まずは、この村のことだけ考えて! この村を助けられたら、ふるちんの選択は正しかったんだって誇ればいいの!」


 そのとき、頭上の鐘の音が突如変化した。


 カカンカ、カン、カン。


 カカカカカカ、カン、カン。


「今度は、何が起きたの?」


 カルラは、神殿跡で馬を停め、松明をもった村人に、たずねる。


「南東と北西にも、ケモノが出たって合図だ」


「ぜんぜんバラバラの方向じゃないか」


 ふるちんは、血の気を失うのを感じていた。

 村の中心に戻るだけで、これだけ時間がかかっている。この状況で、誰を救えばいいのか。


        ◆        ◆        ◆


 すり鉢状の村では、太陽はどこよりも早く隠れされてしまう。

 村のそれぞれの方角に、松明の火が見え始めている。

 最も多いのは、最初に鐘が指示した北東である。

 それ以外の二ヵ所は、詰め所の村人が走り回っているだけなのか、かなり少ない。


 ドロフネの言うような巨大なケモノが出没したのであれば、村人だけでは危険である。


「考えろ、考えろ、いっぺんに、みんなを助ける方法。チャンスは一度きり」


「時間差で出没って、いやらしいねー」


「指揮官がいても、おかしくない。頭のいい動物の狩りのよう」


「イベント考えたやつの性格わかるよねー」


「そうか、これもゲーム」


 ふるちんは、いまさらながら気付く。


「カルラ、こういうとき参考になるゲームはないか?」


「え、えーと、このシチュエーションだと、『ザ・ホード』かな。海外のPCゲームなんだけど、四方八方から襲撃してくる魔物たちから、領地を守るの」


「どんなテクニックがあった」


「狙われやすい家畜は、柵で一匹ずつ囲ってね。弓使いの配置もわりと重要で」


「そのへんは、今すぐには使えない。他には」


「呼び寄せの笛で魔物を一ヵ所に集めて、ドラゴンの息吹で一網打尽とか」


「そういうアイテムは……ないな。だけど、このすり鉢状の村は、野外演劇場みたいなもんだ。神殿の鐘の音が、やたら遠くまで響くし、そのへんと組み会わせて……」


「あたしの楽器なら、鎮静化カーミングでケモノの戦闘意欲を排除できるし、

扇動アジテーションで同士打も誘える。村の真ん中で演奏して、どちらにも届けばいいんだけど」


「人間……NPCノンプレイヤーには害がないのか」


「そのへんはテクニックで、なんとかします」


 なんとかなりそうだ、と、ふるちんは感触をつかんだ。


「演奏するなら、やっぱ鐘楼か。遮蔽物がなくて、遠くまで響きそうだ。それに、こっちまでケモノが来ても、安全だろう」


「じゃあ、登ってみる。監視もできそうだし」


「そうしたら、俺はカルラのチャット指示で、手薄なほうへ応援にいこう」


「戦闘、まだやったことないんでしょ?」


「そういや、そうだな。昼間のドロフネとやりあったのを除けば、これが初めてだ


 魔法少女の装束とはいえ、すぐにでも愛用の短剣やアイテムだって、バックパックからとりだせる。


隠蔽ハイディングで忍びよって、マジカル仕込み杖で不意打ちとか、いけそうな気がする」


「この手のゲームって、最初の一撃で隠蔽ハイディングは解除されるはずだから、本当に気をつけてね」


 心配げな表情を残して、カルラは鐘楼への階段を上っていく。


「マジか」


 残されたふるちんは、魔法の杖を握ったまま、立ち尽くしていた。

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