第22話 王宮処置

 人はなぜ、ムダな生き方しかできないのだろう。

 考えても仕方のないことに思い煩うのだろう。


「パピテリアス!」


 謁見室に、いらだちを含んだ声が小さく響く。

 玉座の貧相な男が発したものだ。


「パピ……」


 再度、かぼそい声を荒げようとしたとき、ガチャリと音がする。


「これに」

「うがあ!?」


 飛び上がる男の傍らに、黒衣をまとった猫背の男が、うやうやしく頭を下げていた。


「ひ、人を呼びつけておいて、遅れてく」


「不遜の極みにございます」


 言葉を遮られるたび、この男、副王のいらだちは増す。


 今日の政務は先ほど終わったばかりだ。

 早く自室に戻って読書に戻りたいという焦りが態度に表れていたものの、黒衣の宰相は、忖度するそぶりすら見せなかった。


 その機械の足をガチャガチャと動かし、機械の左手で杖をさばき、決して狭くはない室内を、若者もかくやという勢いで、縦横無尽に歩き回るのである。


「もう少し、ひとところに落ち着いてくれぬか」


「失礼。小回りが利きませぬゆえ」


 王から離れ、また王に近づいた宰相は、軽々と玉座の段差を乗り越え、鼻息が届くほどの距離にまで王に近づく。


「近い。近すぎるぞ、パピテリアス」


「失礼。制御が利きませぬゆえ」


 謁見の間は、王の寝室の隣にある。


 扉一枚を隔てて、趣味に没頭できる楽園があるのだから、王の気持ちがそぞろになるのも無理はない。

 ただでさえ、この副王は妻子をもたず、ただひたすら亡き国王の弟として、毎日不向きな政務を執り仕切っていたのだし。


「して、重要な用事とはなんだ」


 そんな副王、一部の家臣はあきらかに軽視し、慇懃無礼な態度で接していた。

 その筆頭が、いま落ち着きなく歩き回っている宰相パピテリアスだったのだ。


かんむりが盗まれましてございます」


 副王はしばし黙り込む。

 室内は人払いをしているから、衛兵の姿すらない。

 謁見の間には、宰相の義足の音だけが響いている。


「……亡き兄君の冠か?」


「いえ。そちらは、ご遺骸とともに、神殿に祀られております」


 遠くにあっても、パピテリアスは副王の言葉を拾う。

 そして、ことあるごとに、副王を試すような物言いをする。


「では、なんの冠だ。余の副王の証は、いまもこの頭上にあるぞ」


 地味に輝く銀色を指で触れる。

 副王というのは、王族に与えられる名誉職であるが、宰相が侮れるほど軽くもないはずだ。

 

「いえいえ、もっと大切なもの――わが王国の至宝、『百王ひゃくおうかんむり』でございます」


 ふたたび副王は立ち上がった。


「それは真か? 確かか?」


「は。今朝方、宝物庫を確認したところ、あとかたもなく」


 ガチャガチャと宰相は玉座に歩み寄る。


「なんと……いうことだ」


 しばし立ったまま声を失っていた副王は、やがて真横の宰相を見やる。


「ともかく、これは極秘だ。国内外に知られてはならぬ。それと国境の軍備を固めよ。冠の守護なくしては、いつ敵が攻めてくるやもしれぬ」


「そのあたりは、つつがなく」


「犯人の目星はついておるのか」


「あの厳重な結界を密かに破り、冠を盗み出すとすれば、魔の者にしかかなわず。となれば、北の魔王ラーウェルしかおりますまい」


「あの辺境伯め」


 両手をたたき合わせる。


「兄の亡き後、一度も王都に挨拶に来ぬと思えば、やはりよこしまな野望を抱いておったか。冠の守護なき王都に、魔の軍勢とともに攻め込むつもりか、それとも他国の軍勢も引き入れる気か」


 北の広大な領地は、大国の二国と国境を接している。

 いずれも険峻な山脈が自然の要害となり、あらゆる生物の往来を阻んではいるが、夏のわずかな日だけ通れる間道があるとのウワサも絶えない。


「冠が宝物庫から消えたとはいえ、外海はまだ濃い青のまま色を変えておりませぬ」


「つまり冠はまだ国内……か。当然ながら、ラーウェルの手元にあるのであろうな。すぐにでも北の領地に討伐軍を差し向けるべきだ」


「いきなり討伐軍では、民と諸外国に変事を悟られます。それにつきまして、案がひとつ」


「ふむ?」


「師団を新設し、その行軍訓練として北方に行軍をさせます」


「なにゆえ新設なのだ。あの魔王の軍勢に対抗しうる精鋭をもって、遠距離行軍の訓練をするのはまずいのか?」


「なりませぬ。陸の最精鋭はすべて王都周辺に配されており、騎士団もそれぞれ色付きのヨロイを許されております。王都防衛の要が、たとえ訓練でも遠方へ移動すれば、たちまち国民と諸外国の知るところとなり、千年の安寧を破る危機が近づいたことを悟られます」


「そういうものかのう」


 副王は腑に落ちぬといったふうに、クビを動かす。


「民衆とは、少しでも例年違いのことが起これば、『これは世界の終わりだ』『政治の腐敗を神が糾弾したのだ』と、想像をたくましくするものでございますれば」


「しかしのう。しかしのう。師団をひとつ作るとばれば、その兵士たちは、どう集めるのじゃ。大半が傭兵になるであろうし、そんなのもので、まともにあの魔王にかなうものか?」


 この国では、王都の防衛は、国王の雇用する〈正規軍〉が担っている。

 それ以外の地域は、その地の領主たちが、己の才覚で軍を徴募・維持しており、それは国境であっても例外ではなかった。


 そして王の正規軍に限って言えば、複数の大隊から成る〈連隊〉がひとつの独立組織である。

 これは会社のようなもので、採算も兵隊集めも独自に行っており、一度、どこかの連隊に契約書を交わして所属した者は、特別な事情がないかぎり、一生をそこの連隊で過ごす。


 彼らは、連隊ごとに独自の旗と、強い結束をもっているため、たとえ国王であっても、ひとつの大隊だけ抜いて、まったく別の連隊に再編成しなおすといったことは事実上不可能であった。


 ゆえに、新しく軍を創設する場合、現役の兵士の応援は期待できない。

 王の直轄地から若者を集め、あるいは傭兵団に声をかけるしか手がないのだ。


「そこに工夫がございます。こたびの編成には、魔術師を加えます」


「もとより、魔術師は伝令の要であろう」


「伝令ではなく、攻撃の主力として、でございます」


「魔術師が? あの非力で、風が吹くだけで骨が折れそうな連中がか?」


「よくよくお考えなされ。そもそも北の魔王ラーウェルの、恐れられる根源と言えば、その魔力でございましょう」


「もとは、そうじゃな。それゆえ、恐ろしい魔物どもを生み出し、軍勢を従えているときく」


「魔術師に対抗できるのは、やはり魔術師でなくては」


「そういうもの……か?」


 さらに副王は首を傾ける。

 疲れているのだろうか、宰相の主張がまったく理解できない。


「『大火事に、火をもってあたる』という言葉もあるが、無意味ではないのか?」


「爆破消火という技術もございますれば」


「そもそも、魔術師で軍を編成するなど、前代未聞。それこそ、新兵よりも長き訓練と研究が必要であろう」


「それは、ご賢察のとおり。王立学問所から引き抜いた学生と、在野から採用した研究者はもとより、軍務にある伝令魔術師たちも、一年かけて鍛え直し、軍隊のなんたるかを叩き込んでご覧にいれましょう」


 王都には王立学問所があるため、魔術師やその可能性を秘めた卵が大勢いるのだ。

 なかには研究で食うや食わずといった学生も多く、彼らに声をかければ、それなりに人材は確保できただろう。


「いやいやいやいや、待て、待つのだ」 


「どこにも行きませぬが」


 などと言いつつ、控えの間を縦横無尽に歩き回り、めったに停まらない宰相。


「冠が盗まれたのじゃぞ。魔王がいつ攻めてくるやもしれぬ。魔王がいつ王国を脅迫してくるやもしれぬ。冠の力を悪用し、我が物とするやもしれぬ。ことは一刻を争うというのに、一年もかけて訓練じゃと? 悠長にすぎるぞ」


「ラーウェルは動きますまい。まだその時ではございませぬ」


「なぜわかるっ」


「理由は私にも説明つきませぬが、わかるのです。なにか理由があって、ことは起こせないと」


「……」


 副王はしばし黙考する。


「わかった。おぬしは、余のあずかり知らぬ情報を持っている。その分析を信じよう」


 折れるのは、いつも副王だ。

 諸外国に間諜を送り、あらゆる情報が宰相のもとに集まるが、副王はいつも蚊帳の外であった。


「つきましては、副王陛下のご承認をいただきたく、その長たるにふさわしい者を呼び出してあります」


「今朝の今で、準備の良いことだ」


「入れ!」


 パピテリアスが両手を打ち鳴らした。


 衛兵が扉を開き、一人の若者が入ってくる。

 頭を伏せたまま入って来たかの者は、玉座のだいぶ離れたあたりで、片膝をつき、さらに上半身を折り曲げた。


「ここにおりますのは、王都の警備隊長であるミリオン・オーガナーでございます」


「おお、公爵家のも、少し見かけぬ間に、ずいぶん成長したものじゃ。昨年の武闘大会では見事であったぞ」


 ミリオンは一瞬ピクリと肩を動かし、しかし何ごともなかったかのように、さらに深々と頭を下げた。


「して、この者に、一個師団を与えると?」


「は」


 宰相がうなずく。


「師団長に任ずると?」


「さようで」


「王都の警備隊長は、たしかに重職であるが、軍ではない。せめて正規軍の大隊長を経験させてからというのが順当では」


「遅すぎます。軍の訓練に一年。それ以上をかけるわけには、まいりません」


 実はこのとき、ミリオンは話の流れをまったくつかめていなかった。


――宰相閣下がついてこいって言うから、てっきり魔法陣を案内してくれると思ってたのに、なんで王弟様の前にいるんですかー。


「まだ成人したか、どうかという若さであろう。本来ならば、騎士団のひとつを担って領地で修養を積む時期」


――しかも軍隊を率いろって? しかも師団規模を? ボクは都の警備隊長ですよ? 三つの大隊を指揮してたから、たしかに陸軍では連隊長クラスかもしれないですが、そしたら次はせいぜい旅団でしょう。それを飛ばしていきなり師団ですか? いくらボクの父が大公爵とはいえ、ヒイキにすぎるってものじゃあ。


「ミリオンの将器は、隠しようのない希代のもの。いま登用せずして国難は乗り越えられませぬ」


――いきなり無理じゃん。古参の兵が、たかだか剣術がちょっと得意だからって従うわけないじゃん。しかも、ボクは女ですよ。なめられるに決まってます。王弟様が言ってるほうが正しいです。王弟様ガンバレ!


「そのようなことを申すがな、宰相、おぬしは子飼いの将軍を増やしたいだけではないのか? 己の配下に都の警備隊をもちながら、なおも力を欲するのか」


――でも、宰相閣下は『余計なことは言うな。副王は敵だ』としか言わないしなあ。なんでガウスは、付いてきてくれないんですか。


 副官の名を思ったとき、宰相からその名が飛び出した。

 

「師団長の甲副官として、ガウスをつけまする。例の事件さえなければ、今頃は将軍になっていたかもしれない男」


「おお、ガウスか。今は何をしておる」


「第一警備大隊の副官として、このミリオンを補佐しております」


「ガウスが警備大隊の副官だと? なんと懲罰的な人事だ。国の損失ではないか。いますぐ然るべき地位に戻すがよい。だが、新たな師団は論外だ。どうなるかもわからぬ魔術軍など、いきなり師団規模で試す者があるか。せめて大隊規模で始めよ」


「王都警備隊の長たる者の格に合いませぬな。それでは降格に等しい」


「ええ、ならば連隊だ。二個か三個の大隊で、編成を許可する」


「おそれながら!」


 勝手に進む話に、とうとうミリオンが口を挟んだ。


「おそれながら、申し上げたきことがございます!」


「よかろう。もっと、近くに参れ」


 副王が鷹揚に頷く。


「ボクは……いえ、わたくしめは、いままさに王都の治安改善に大きな布石を打ちつつある段階です。身に余るお引き立ては感謝の言葉もありませんが、なにとぞ、王都を離れる段はご容赦いただきたく」


「ミリオン」


 ひどく宰相の思惑を害したことと悟り、警備隊長は身をすくめた。


「おぬしの働き、わしもよくわかっておる。それゆえ、おぬしには、もっと王都の外のことを知ってもらいたいのじゃ」


「は……」


「いいぞ、続けよ、パピテリアス」


 宰相が目礼する。


「ミリオン。いまの警備隊で、おぬしの抜擢した者はどれも優れ者じゃ。おぬしが築いた道を必ずや守り、拡大し、きっと王都を良きものとするであろう。何人でも思いつくであろう? 後事を託すに足る者たちが」


「は……はあ、いや、でも」


 ミリオンの脳裏に、大勢の部下の顔が通り過ぎたあとに、色濃く、ふるちん、カルラ、盗賊団の首領プーランなどの姿がよぎった。

 わずか数日で鮮烈な記憶を残していった者だちだ。


「あの人たちなら、きっと――」


 思わず、つぶやいてしまった。


「ならば決まりじゃ。連隊規模での編成なら、承認する」


 あっさりと副王の裁可が下された。


        ◆        ◆        ◆


「副王に、気になることはあったか?」


 がちゃり、がちゃりと、二人だけの廊下で義足の音が響く。

 宰相がつけているのは、王国随一の技工士が手がけた、きわめて複雑な足だ。


「いえ、拝謁の栄誉を賜るのは、これが初めてです。以前との違いなど気づきようも」


 ミリオンは、貴族の子弟が幼い頃より経験しているはずの社交界を、すべてすっ飛ばして軍隊生活を送っていたのである。

 最後に遠目に副王を見たのは、武闘大会のときくらいだ。


「しかし、わしが見ていると、おぬし一度だけ動揺があった」


「そうでしたか?」


「副王がと呼んだときじゃ」


 ぐっとミリオンの息が詰まる。

 いままで男扱いされることを全く意に介さなかったのが、どうして今日に限って、気取られるほど反応してしまったのか。


「まあ、おぬしも良い年頃だということじゃ。軍人だからと、女を捨てろとは言わぬ。むしろ、その感性を伸ばすほうが自然にかなっておるぞ」


 自分の顔が赤らむのを感じていたミリオンは、薄暗い廊下に感謝した。


「そもそも、なぜボクに軍隊を? しかも魔術師を主力にするなど」


「おぬしはすでに、一軍を率いる才がある。いまから学べば、この王国を襲う未曾有みぞう艱難かんなんに、その力を発揮できよう」


 すべてを見通すかのような宰相の言。


「艱難とは」


「それは、まだ言えぬ。だが、その日は近い」


 これ以上問うてもムダだと判断し、ミリオンは実務的な会話にうつる。


「編成は」


「まずは大隊ひとつが限界であろう。まともに使える魔術師は、それくらいじゃ。残りは、そやつらを守るための騎馬、歩兵、工兵じゃな」


「二個、三個の大隊で、それらすべてをまかなえと?」


「はじめは混成連隊じゃ。この広大な王国の、いかなる地にも赴き、どれくらい長きに渡っても戦闘を継続できる、そのようなバランスのよい軍が求められておる」


「それは……ゆくゆくは国外に出兵する可能性があるということでしょうか」


「それもあり得る。アステラント王国は、この数百年間、冠の守護によって、生ぬるい国境防衛しか経験しておらん。だが、そうも言っておられぬようになる」


 ようやく窓のある明るい廊下に出る。


「すでに別の者に編成を任せておる。副王の裁可があったゆえ、正式に契約書をとりつけていくだろう。おぬしは警備隊の後事を引き継ぎ次第、連隊司令部に赴け」


 聞けば、司令部が置かれるのは、警備隊のある要塞であった。


「古の魔術師は、万能の兵科であった。訓練が進むにつれ、他の兵士は不要になっていくじゃろう。いずれは、魔術師だけの連隊となるはずじゃ」


「それを、魔術にまったく適性のないボクに任せる意図は」


「適性がないわけでもなかろう。おぬしは、武術に精力を傾けすぎただけじゃ」


 ミリオンは返す言葉もない。


「先王の長子、すなわち第一王子が、平原の城に隠遁しておる。王国随一の細剣の使い手だが、その真価は魔術にある。異才の持ち主だ」


「魔法剣士」


 今では吟遊詩人バードの唄う昔物語にしか聞かない、失われた職業クラスである。


「まずは王子に会え。そして、剣と魔術の調和を学び取れ」


「連隊で?」


「無論」


「北の魔王の居城とは、正反対ですが」


「一年間、じっくりふらふら、世直し気分で王国中を動き回れと言うのじゃ。いきなり北へ目指してみよ。訓練中に、ラーウェルの阿呆に気取られるわ」


「北の魔王を……阿呆とは」


「阿呆じゃよ、あやつは。ったく」


 吐き捨てる宰相の口調が、あたかも旧知の友をおもんぱかるようにミリオンには聞こえた。


「それと、魔法陣であったか?」 


「はい、今日はそちらが本題で宰相府にうかがったのですが」


「まったく面白いきものに目を向けるものじゃのう」


 発端となる不思議な二人組の名を、ミリオンは挙げたくなったが、かろうじてこらえた。


 信賞必罰を旨とする警備隊長のこと。いつもであれば、ささいな褒め言葉すら、部下に届かせようとするのだが、なにしろ、素性も行動も知識も謎だらけの姉弟である。


 その存在を、この冷徹な宰相に知られては、危険にさらされかねないと直感した。


「確かに数百年前まで、大勢の人間を、魔術で遠隔地に送り飛ばしておったのは確かじゃ。眠っている魔法陣の調査を進めるにくはない。しかし極秘裏にじゃぞ」


「はっ。最重要機密に相当しましょう。王都防衛にとって、もろ刃の剣となるのは必定でしょうから」


 かつて王国には、地方の隅々にまで石造りの道が整備されていた。

 それは商取引を活発にして、王国を富ませるはずであったが……うち捨てられて久しい。


 領主たちにとって、国王の軍隊がものの数日でやってくるような道は、恐怖の対象でしかなかったのだ。


「露呈の仕方如何いかんでは、内乱が起きるやもしれぬ。なにしろ、地方領主による分割支配という概念が、根本から覆されるからのう」


「国王による、国土の再統一?」


「そうなれば、おぬしの父親すら、ただの一代官に成り下がるかもしれぬな」


 オーガナー家は、大公爵の家系である。

 王家とは縁戚関係にあるが、いざ対立が起これば、ミリオンも一族の安泰を優先せざるを得ない。国王の軍を預かる身でありながら、である。


「やっかいな話ですね」


「世の中やっかいでない案件を見つけるほうが、大変じゃわい」


「いっそ虫のように、唯々諾々と与えられた運命に従っていれば、どれほどラクでしたか。思うに、やっかいだと思うから、やっかいなんですよ」


 宰相は機械の足をとめた。

 そして、ミリオンの横顔をじいっと眺める。


「おぬしにしては達観したものじゃ。己が、歳に見合わぬ矜恃や自尊心で、がんじがらめなことに、ようやく気付いたのか?」


 それには答えず、ミリオンは問いを虚空に投げかける。


「どうしてボクらは悩むんでしょうね」


「わしらはんじゃからな。息をするのも、悩むのも、すべて生物のことわりの一部じゃ。それは虫ケラも同じじゃろうて」


 宰相の言葉が、ミリオンを納得させることはなかった。


 彼女は、自分たちの悩みの数々、そして喜怒哀楽のひとつひとつまでもが、全知全能の神々に弄ばれている気がしてならなかったのだ。

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