第21話 北の国から来て失敗

 一瞬で間合いを詰めながら抜刀したサムライの剣先は、ふるちんの眼前に迫っていた。


――やべえぇ!


 ガッ。


 鈍い音とともに、横なぎの刀は、ふるちんの持つ魔術師の杖に食い込んでいた。


「マジカル仕込み杖~」


 ぎしりと、ふるちんが鞘を下にずらし、刀身がのぞく。

 斬撃で曲がり、抜ききれないものの、魔力を帯びた光がサムライの目を射貫いた。


「うご!」


 男はかまわず刀を斬り上げる。

 しかし、数瞬の硬直を見逃さず、ふるちんは〈窃盗スティール〉スキルを発動させていた。


「可憐な魔法少女だと思った? ざーんねん!」


 あやまたず日本刀を盗み取ったはずが、手にはつかの感触がない。


――げ、〈無刀取り〉!?


 懐に入ったサムライが、ふるちんの手首をとらえ、いともたやすく得物を奪い返していた。


 組み打ちに持ち込まれては、体格差から確実に殺される。

 ふるちんは、〈縄抜け〉で手首の拘束を逃れ、すれ違いざまに無心で短剣を走らせる。


 はじめて人に刃物をふるった瞬間だ。

 しかし返ってきたのは、革鎧の感触。


 ぞくりと悪寒が走り、大げさなほど距離を開けた直後に、自分の額すれすれに、切っ先が通り過ぎた。逃げを察して、ためらいなく片手で振り切ったのである。 


「ひゅー」


 ここで初めて、ふるちんは息を吐く。


 サムライは動かない。

 すでにカルラの竪琴リュラが、〈鎮静化カーミング〉を成功させていたのだ。


「……ふむ?」


 我に返ったかのように、サムライはあたりを見回す。


「ただの子どもでござったか、これは失敬。ちと飲み過ぎたようでござる」


 悪びれもせず納刀する所作には、ムダがない。本当に酔っ払っていたのか怪しいほどだった。


「ほんと失敬なやつだな」


「最近、あたりに人を化かすモノノケが出没しおってな」


「化かされただなんて、それこそ酔っ払いの妄言たわごとじゃないの」


 カルラは、粟立つ肌を沈めようと息継ぎを深くする。


「ああ、その酔っ払いが、いま目の前にいるわけだ。俺たちは伝承の生まれる瞬間を目にしている」


 命の危険にさらされ、ふるちんもカルラも辛辣である。


「モノノケは本当のことでござるよ。怪しい足跡を、村の衆だれもが目撃しておる」


「じゃあ、村中みんな酔っ払いだ。で、あんた何者だ? 酔っ払い一号さんよ」


「拙者は、ドロフネ。この村の用心棒でござる」


「あんた、いつもあんな感じか? あんたのせいで、この村から誰も出入りできず、雪隠詰め祭り開催中とかいう話はやめてくれよ」


「村人の出入りは自由でござる。拙者が止めるのは、ケモノ、モノノケ、怪しき来訪者のみ。見たところ、そちらは吟遊詩人と、魔術師……に見えるが、どうも先ほどの動きは違うようでござるな」


「旅の曲芸師だよ。いまは王都にとどまってる」 


「して、この村に何用でござる」


 吟味するドロフネの視線は、鋭い。


「音楽の女神、ムジナ様の神殿があるって聞いたのよ。吟遊詩人としちゃあ、一度くらいお参りしておきたいからね」


「ムジナ女神……。もしかして、あのぶっ壊れた建物のことでござるか?」


 今更ながら妙な名称の神である。


『たぶん、ラテン語の音楽ムジカあたりが由来なんだろうけど、ゲーム制作者がダジャレ好きだったら、絶対にむじな狐狸こりの姿をしてるはずだぜ』


 チャットでふるちんが話しかける。


『このゲームの音楽って幻惑スキルだから、わりとあり得る話だね。あたしたちも化かされないよう、注意しないと』


 いまこの場でも、実は二人が化かされており、底なし沼に沈みかけている可能性だってあるのだ。そういった幻惑を打ち破る術を、ふるちんらは教わっていない。


「ふむ、あのような建物でよければ。無駄足であっても、せっかくの客人でござる。案内あないいたすぞ」


 そりゃどうも、と、ふるちんは徒歩で、カルラは馬に乗ったまま柵の中に進んだ。


『化かすといえば、ふるちんもだよ。その仕込み杖、なに?』


 カルラが、ふるちんの杖に疑いのまなざしを向けている。


『学問所のシルベウス老師が、この服とセットでくれたやつだよ。あいつドワーフだから、服飾ドクトリンが〈接近戦上等〉らしくって』


『あー、タンク・メイジだっけね』


 金属製の武器・防具は、魔術師にとって詠唱の妨げとなる。

 そのため原則として、魔術師は刀剣をもたず、かわりに魔道書か木製の杖を手にしているものだ。防具もせいぜい革ヨロイどまりである。


『ドワーフだったら、防具なしでも頑健だもん。まさに戦車タンクね。敵の攻撃を一身に集めることから、水槽タンクの意味も込めて、そう呼んでいる人もいるみたいだけど』


『で、種族にかかわらず接近戦に使えるよう、さらに魔術にプラスになる魔力剣を、木の杖でカモフラージュしたのが、コレって話で』


 杖からは、ほのかに柑橘系かぼすの香りがする。


『ところで、ふるちん、気付いた? あのドロフネさん、名前が緑色になってる』


 名前表示オールネームしてみると、すっかり普通のNPCノンプレイヤーカラーであった。


『つまり敵対行動中は名前が赤いってことか? 名前の属性カラーが、そんなにコロコロ変わるものかな』


『さっきは本当に酔っ払ってて、別人格扱いだったとか』


 中央の広場まで降りていくと、物珍しそうに村人たちが仕事の手をとめて、集まってきた。

 住人は皆、そろって体格は良いものの、ツギだらけの布服を着ており、経済的に恵まれているようには見えない。

 装飾品が皆無で、唯一の飾りつけといえば、男女を問わず、ノドに紋章らしきものを入れ墨で彫っていた。


「おやおや、吟遊詩人の人かね。こんな辺鄙へんぴな村じゃ、儲からんろうに」


 おひねりは出せないと暗に牽制をしているのだ。


「今日は、神殿に献納にきたんです。皆さんもご一緒にお聞きください」


「ほう、そうなのかえ」


「だったら、夜がええな。今日は満月だから、お月様にも聞いてもらうべ」


 話を聞くに、神殿は長らく放棄されていた。

 ムジナ神のものだとは、村の古老にすら伝わっていなかったのである。


 農業をもっぱらとする村人は、むしろ農業暦を司る月に愛着をもっており(太陰暦か?)、麦の収穫を前にして豊穣を願う五月祭メーデーといえば、月に祈りを捧げる儀式のようだ。


「王都から来たそうでござる」


「おやまあ、近いけんど、夜道は危ないで、朝に帰るがええよ。寝床くらい用意するからに」


 王都の間近にあるとはいえ、村は本当に貧しいようだ。

 そして、娯楽に飢えているらしく、ぞくぞく家から村人が出てきて、カルラたちを歓待したがっているのがわかる。


「ふふーん、こういう雰囲気、悪くないね。ふるちん、今晩ゆっくりしていいかな」


「一晩くらいなら、大丈夫だろう」


 ミリオンとの連絡手段がないのは心配だが、向こうから火急の用事があれば、早馬がすぐに着ける距離である。


「なんか、みんなで食えるもんあったかな」


 ふるちんが二人で共有するバックパックを確認すると、これまでカルラがもらってきた肉やら魚やらが大量に残っていた。


「腐ってないよな。よし、女神様だかに、こいつを献納してこよう。置ききれないぶんが、みんなで食べられる」


「あ、いいねえ。バックパックにとっといても、食べきれないからね」


 ふるちんがお供え物として食材を積み上げはじめると、村人の目がだんだん大きく見開かれていく。

 なにしろ、馬一頭で運ぶには、物理的にあり得ない量が、山をつくっていったからだ。


 ブタのまる焼き

 魚の切り身(レア)

 焼き魚

 りんご

 みかん

 鳥のもも肉

 キャベツ

 レタス

 ぶどう

 洋なし

 干し肉

 ブロッコリー

 チーズ

 牛乳

 発泡酒

 はちみつ酒

 にんにく

 くるみ

 ハーブ

 黒パン

 リゾット

 ピザ

 かぼちゃ

 ケーキ

 マフィン

 ビスケット

 卵

 ベーコン

 ニンジン

 エトセトラ、エトセトラ……

 

 村人にとって、肉など年に一回食べられるかどうかの貴重品。

 新鮮な果物など、生まれてこのかた見たことすらないわけで、いちいち驚くのに疲れはて、彼らは早々に考えるのを諦めてしまった。


『いくらでもスタックできるって便利だな』


『一応、腕力ストレングスに応じて重量制限あるから気をつけてね。むかし、すごく重要そうだけど、ものすごく重いアイテムが、結局最後までなんの役にも立たなかったっていうゲームがあったから』


『重くて重要そうで役に立たないアイテム? そりゃなんだ』


『つけもの石』


『は?』


『漬け物をつくるとき、重しにする大きな自然石。これがあると固い素材も、塩と密着して漬かりがよくなると思うじゃん』


『それ、そういうゲームなの?』


『ううん。ファンタジーRPG。宝箱の中に入ってたの』


 脈絡がなさすぎて、逆にその意外性が、重要アイテムっぽさを出してしまって事例である。

 他のアイテムを捨ててまで、この石を後生大事にラスボス戦まで抱えていたプレイヤーは少なくなかったという。


「あんれまあ、たくさん食べ物が出てくるねえ」


 村人たちは、次々と現れる食べ物や食材を、大道芸人のトリックだと納得することにした。こうなったら、だまされて楽しんだ者勝ちであると。

 いったん開き直ると、彼らは大いに歓喜し、村中総出で祭りの準備を始めるのだった。


「こいつぁ大層な奉納でござるな。拙者も、つい先日、豚肉を囓ったきりで、あとはジャガイモと大麦ばかりの毎日でござったよ」


「なんで自分だけブタ、ちゃっかり食ってんだよ」


 金をもらって歌を披露するはずの吟遊詩人の一座が、今夜は村人におごって、歌もタダで披露するというのだから、実にあべこべな話である。


 しかし、古来、民衆の不満をガス抜きする〈祭り〉には、身分の逆転劇がつきものだった。王が物乞いとなり、物乞いが王となる風習が多々あったのだ。


「ささ、旅の吟遊詩人さん、こちらへこちらへ」



 二人は、大勢に囲まれて神殿あとに案内された。

 塔をともなう建物は、外壁こそレンガ造りであったが、梁を木でまかなったせいで、すでに屋根が抜け落ち、どこもかしこも雨風にさらされていた。


 部屋も幾つかあるようだが、どこも石畳の間を突き抜けて雑草が生い茂り、屋根材の石や泥、しっくいの破片がわずかに散乱して、ほどよいアクセントを与えていた。

 妙に趣深い廃虚である。


「雨が降ると、雨水がみんなこの中心部にたまっていくから、水浸しなんですよ」


『排水溝が詰まったのかな』


『上下水の不備で滅亡した文明は、少なくないからなあ』


「だからもう、この建物も直しようがなくって」


 ふるちんたちが神殿内を念入りに調べると、最奥の部屋の床に、雑草や苔に覆われた魔法陣の一部がのぞいていた。


「こりゃ、なんじゃろうね」


「丸いね。月じゃないのかな」


 ふるちんが適当なことを言うので、「じゃあ、キレイにしてあげよう」と村人達が雑草を取り除きはじめた。今日はもう、祭りの準備に徹して、日常の作業はすべて投げ出すつもりのようだ。


 ほどなくして、魔法陣の全容が明らかになる。


「よーしキレイになった。お月様も満足だ」


 硬質の石畳を彫って刻んだ、真円の陣。

 明らかに目的の意匠とは異なっていた。


「ああ、ハズレだ。もとから期待してなかったがな」


 しかし、明日にでもミリオンたちに報告しなくてはならない。

 ふるちんはスケッチをはじめる。


 魔法陣のある部屋はあまりにも狭かったので、奉納の儀式は、入口を入ってすぐの中庭で行うことに変更はない。

 そこからなら、魔法陣のある部屋も、むかし神像があったとおぼしき祭壇も、扉が失われた今では、ぶち抜きで見通せるのである。


 ふるちんたちは、祭りの仕度を村人に任せて、夜までは村のなかの散策にあてることとする。

 なにしろ二人とも、王都の城壁を抜け出したのは、これが初めてなのだから。


「村の外にも出るつもりか。暗くなる前に戻ってこられよ」


 手持ち無沙汰のサムライが声をかけてきた。


「盗賊でも出るの?」


「ケモノでござるよ。先日も、貴重なブタが一匹、まるかじりされたそうろう


 村の西側に広がる森は、国王の代官が管理している。しかし、村の住人は賦役の見返りとして、森の地面にあるものの採取と、ブタの飼育を認められている。


 村人が放牧しているブタは、キノコや落ちているドングリを食べて、極上の味に育つ。毎年、それを市場に売って、大層な金に替えるのだという。

 一匹やられるだけでも大損害でが、村人を襲うようになったら一大事である。そこで雇われたのが、ドロフネである。


「それってオオカミとかのシワザじゃね?」


「拙者もはじめそう考えたのだが、食われた現場を見るに、大いにオオカミとは違った。歯形といい、足跡といい、もっと巨大なケモノがおる」


「一匹やられるだけでも、大損害なんだろ」


「さよう。しかし、夜中に森で番をするわけにもゆかぬのでな。それよりも住民の命が優先でござろう。拙者が呼ばれてからは、村の囲みを補強させておったところでござるよ」


 いかにも浪人歴の長そうなドロフネであるが、兵法にも通じているらしく、村の守備や戦闘訓練、住民の配置にも助言を与えているらしい。


「森を歩くのは構わんが、落ちているもの以外はとってはならぬぞ。その森は王国の所有物で、代官が管理人を巡回させているでござる。捕まれば、牢屋行きにて候」


「野獣を放置してる時点で、そのお代官様は義務を果たしてないと思うのだが」


「ふるちん、村の中にいようか。もうすぐ夕方だし」


「そうすっかー」


「ならば、いったん我が家で休むがよかろう。西門近くの空き家を住み処に当てられており申す」


 案内された家は、他の家と同じく木造で、屋根は茅葺かやぶきである。

 杭に馬をつなぐと、鍵のない引き戸から、ふるちんらは入った。


 小さな家だが、内部は土間が広くとられて、靴を脱いで板張りに上がるという、どことなく和風な構造だ。


 調理用のカマドとは別に、家のかどには、大きな炉とフイゴがあり、すぐ脇には金床が据えられている。


「ここって鍛冶屋なのか?」


「もともとは、そうであったようでござる。西の端ゆえ森が近く、木を得やすい。昼夜問わず火を使い、金属を叩きつけるゆえ、あえて人の少ない場所に居を構えたのであろう。拙者も、農具を修理する程度には、道具を整えてでござる」


 炉の排煙は、板間の下を抜けていることから、冬は、鍛冶の熱を床下暖房にまわせる構造のようだ。


 玄関口には、液体の満ちた樽があり、そこに幾本かの刀が刺さっていた。

 刀は柄が外されており、中子なかご……いわゆる刀の根元だけが、いくつも突き出ている。


「油っぽいけど、サビないようにしてるのか? 白鞘に入れておけば十分だと思うんだが」


「にしても、すごい数だよねえ」


「趣味で刀を集めておるでござるよ」


「俺の仲間にも、刀剣マニアいたような気がするな」


 ふとミリオンの顔が浮かんだが、いまその名を出すと、立場を怪しまれそうなので、やめておく。


「さて、さっきの仕込み杖を、貸してみるがよい。拙者がて進ぜよう」


「え、ああ」


 二人は、土間からの上がりかまちに腰掛け、作業を見守る。


 斬撃が杖のなかまで食い込み、刀身が歪んでしまっているのを、男は手応えで把握していたのである。


「貴殿、魔術師の姿をして、その実、刀使いとはな。なかなか偽装に長けた御仁であるな」


 慎重に杖から刀を抜き取ると、ドロフネは刀身のゆがみを吟味する。


「ふむ、この程度なら。なにしろ、炭もろくに手に入らぬゆえ、欠けていたら、直しようがなかったでござる」


「え、刀って継ぎ足せるの?」


「魔法武器ならば、耐久性も下がらず修復可能でござる」


「剣使いのくせいに、いい鍛冶の腕してんだな。でも炭がないって? ここでは、燃料に何を燃やしてるんだ」


「もちろん、たきぎでござるよ。代官殿に許可をもらい、森からは、落ちている枯枝や枯葉、あとは木材のとれない灌木かんぼくなどは持ってゆけるのでござる。それ以上は租税を取られるでござるので、炭を作る余裕がないので候」


「王様ってケチだな!」


 ふるちんが憤慨する。


「そうだ、カルラ、貧民街にオガクズの山があったよな」


「うん? あのゴミ山? 製材所で木を切ったときのゴミだよね。火が付いたら危ないってのに、あの置き場所でお金を稼いでる人がいるから、ミリオンちゃ……警備隊の人も困ってたね」


「あれ、固めたら炭にできると思うんだが」


「そうなの?」


「バーベキューや焼き肉屋で使ってる、穴のあいたチクワみたいな炭。あれがそうだよ」


「ゴミから炭が作れるのでござるか?」


「ああ、できるかもしれねえ」


「むむむ~? ちょっと待って。炭にすると、どんなメリットがあるの? たきぎを燃やしたほうが早いじゃん。なんで、わざわざたきぎを燃料にして、他のたきぎを炭にしちゃうのか、理由がわかんない」


「いい質問だな。炭ってのは、蒸し焼きにして作るぶん、確かに手間も燃料もかかって、エコじゃあない。だが、メリットが大きいんだ」


 木炭にすると、炎も煙も出なくて、火力が一定にできる。

 火が消えにくいし、燃焼時間も長い。

 不純物が少なくて、軽い。重量あたりの熱量は、木炭のほうが圧倒的に高い

 空気の送り方しだいで、温度も自由に調整できる。

 積み上げておいても、たきぎみたいに、カビたり腐ったりしない。

 そもそも、炭を作るときの余分な燃料は、ちょっとだけでいい。


 といった内容を、ふるちんは挙げていく。


「準備に手間がかかるけど、使いやすくて便利な火……ってことね」


「そう。だから、料理や鍛冶にはもってこいだな。不純物が少ないし、無駄な炎を上げないから、熱が材料に伝わりやすい。煙が出ないから煙突が必要なく、それだけ熱が逃げにくいってのも、あると思う」


「じゃあ、あのオガクズの山を、処分費用をもらいながら引き取って、ここでさらに炭にすれば、すごいお金儲けができるってわけね」


「あるいはあのオガクズ置き場を、俺らで買い取るとかな」


「でも、どーやって固めるの? 特別な接着剤とか必要じゃない?」


 この世界に実在するの?とカルラは問う。


「オガクズの成分で、勝手に固まるそうだ。そもそも炭にしなくても、固めただけで、たきぎの代わりになるそうだぜ。オガライトって言うんだが、この世界でも通用するかもしれない」


「じゃあ、そっちのを先に商売にしたほうがいいよ。炭にするのって、専用のかまだか炉だかを作るんでしょ? 大変そうじゃん」


「それもそうだな。あと、オガクズがどれくらいのペースで発生するかも考えなきゃだ」


 あくまでゲームの世界なので、オガクズの山を使い切ったら、ぽんと次の日には湧いている可能性もある。

 木材だって、ほとんどのゲームでは、木を切りまくっても禿げ山にならず、時間さえ開ければ、無限に斧を当てられるのだから。


「ってわけで、俺はこの村に、オガライトづくりを提案するね」


 ふるちんは、ドロフネにウインクしてみせる。


「ダ……ダフネ?」


 女性の名前らしきを口にするドロフネ。


「ほえ」


 信じられないものを見るかのように、ふるちんに手を触れかけたドロフネは、あわてて、それを引っ込めた。


「いや、なんでもない。オガクズの話でござったな。村長が聞けば、たいそう喜ぶ話でござろう。いっそカルラ殿が、今夜の奉納演奏で、女神殿から神託を受けたことにしてはいかがか」


「あ、それ、おもしろそー」


「おっさん、なかなか悪いこと考えるねえ」


「人聞きの悪いことを、ふふっ」


 笑いながらドロフネは、溝を掘った柱に、例の刀を差し入れる。

 クイクイと捻って、曲がりを直した。


「ふむ、こんなものでござろう」


 すとんと、刀身は常の中に収まった。


「お、さんくすー。結構、簡単に直るもんなんだな」


 魔法少女の杖を手にして、ふるちんは上機嫌でくるくると板間で踊りだす。


「それは熟練の技ゆえ。素人がマネして、直してはならんでござるぞ。最悪、ぽっきり折れてしまうで候」


「うえ」


 ふるちんは、板間ですべって転んだ。


「ってー」


 尻をさすりながら、ふるちんは足を組んであぐらをかく。


「ふるちん、はしたない」


「いーじゃん、誰も見てないし、聞いてないんだから」


 ドロフネが貸し与えられた家は、村の西のはずれにあり、周りもほどんど空き家か倉庫という状態である。


「ここを訪れるのは、森のケモノくらいでござろうか」


「俺たちを招いたってことは、そっちからも秘密裏に話があったんじゃねえの?」


「なかなか嗅覚のするどい御仁であるな。しかしながら、鼻は拙者も自信があり申す」


 ドロフネは、実際に、鼻息あらく匂いをかぐ仕草をする。


「貴殿、男であろう」


「あ、すごーい」


「わかるのか」


「声変わり前で、あやうく騙されるところでござったが、その仕草ではな。あとは何より、匂いござろう」


 ふるちんは、自分の両腕の匂いを服ごしに嗅ぐ。昨日から着たままんの服だから汗っぽいが、常人に男女の区別ができるものだろうか。


「ふるちん殿の格好は、そちら……カルラ殿のご趣味か。それとも、失礼ながら、売りをしておられるのか」


「ん? おっさん、衆道だんしょくに興味あり?」


「拙者は、そっちの気はあり申さん。貴殿くらいの娘がいたので、逆に辞めよと説得するつもりでござった」


「過去形ってことは……」


 医療の発達していないこの世界では、幼子の病死と事故死は、日常茶飯事らしい。ふるちんたちも、当然それを想像したのだったのだが、


「恥ずかしながら、五年前に人買いにかどわかされたでござる」


「想定外にブラックな世界だった」


「拙者の出自は、北方アイサーン。そこで我が娘ダフネと暮らしておったが、生き別れたときが、ちょうど貴殿と同じくらいのよわいでな」


「五年前かあ」


「たった五年。その何十倍にも感じられ申した。もはや娘の声も容姿も忘れてかけており申す。しかし、いたいけな子どもに過酷な生活を強いるものは、許さぬつもりでござるよ」


 じろりとカルラをにらむ。


「い、いやいや、安心してくれ、売りとかやってるわけじゃない。俺のこの格好は……俺は、魔術師の弟子でもあるんだ。その師匠の趣味が半分。残りはまわりの趣味」


 自分でも気に入り始めているのだが、それは黙っておく。


「正式に魔術師のお弟子でござったか。それなら納得だ。一家の後継たる男子は、人に妬まれやすく、呪われやすく、ゆえに魔除けに女児として育てる風習があるときく。その師匠殿も考えあってのことかもしれぬな」


「そんなもんかねえ。まあ、俺としては、こういう偽装工作っぽいのが割と性に合ってる気がしてるよ」


 時々自分でも忘れそうになるが、彼は盗賊クラスである。

 こっそり仕掛けを施したり、いたずらしたりという内在する欲求が、キャラメイキング時の性格診断で反映された可能性が多分にある。


「で、オッサンは、わざわざそんな遠くから何しにきたんだ」


「娘の足跡を追ってるうちに、王都まで来たのでござる。普通、奴隷にした娘は、少し離れた地域で売り飛ばされてオシマイでござるが、どうにも人買いが手放さなかったようでござる。闇の奴隷市を追ってるうちに、とうとう拙者、ここで路銀がなくなったわけで候」


「それで、村の用心棒か。ここって、なんだか知らねぇけど、貧乏そうだよな。用心棒たって、そんなに儲かるように見えねえけど」


「然り。謝礼は食い物だけでござる。とりあえず生きてはいけるが、刀の修繕すらままならぬ状況で候。畑も与えられ耕してはいるものの、収穫はまだまだ先。それゆえ、先ほどの貴殿のオガクズの話は、渡りに船というもので候」


「街にいけば、すぐに金の入る仕事もあったんじゃね?」


「それがどうして。王都は、よそ者には厳しいでござるよ。役人につつむワイロもなければ、紹介を頼めるツテもない。とくに拙者は北部出身の田舎者ゆえ」


「冒険者ギルドとか行ってないのか? おっさんの腕なら、引く手あまただと思うぜ」


「それが、なかなか」


「そうだなあ」


 ふるちんが顔を向けると、その意図を察して、カルラは無言でうなずいた。

 ふるちんが思った通りやれという支持の表明だ。


「おっさん、あんた何ができる? 王都に近々、学校ができるんだけど、教師を探してるんだ」


「ほう、学校とな」


 ドロフネは居住まいをただす。


「拙者、これでも地元では、剣術指南役と、寺子屋の指導をしておったでござるよ」


「へー、寺子屋なんてあったんだ」


「領主様が、開明的な方でござってな。読み書きはもちろん、算術や天文学など、王都よりも教育には力を入れておったでござる」


「こいつぁ、掘り出しもんを見つけたかもな。働く気はあるかい?」


「それは願ってもないことでござるが、王都ともなれば、下級貴族の子弟か、商人の子どもが学びに来るのであろう? 拙者のような田舎者が教師では、勤まるか心配で候」


「うんにゃ、学校は貧民街に作って、通うのはそこのガキどもだ。言うこと聞かないやつあ、切りつけたって文句は言われないだろうぜ」


「それは問題あると思うけどなあ」


「貧民街に、学校とな? それはさらに興味深いでござる」


「王都の治安を担う警備隊がバックについてるから、うまくすれば、そのコネで、娘さんや人買いの情報も集められるかもしれねえぜ」


「ぜひ務めさせていただきたい。伏してお願い申し上げる」


 ためらいなくドロフネは、土間に降りて両手をついて頭を下げる。


「いやいや、先生が頭を下げるなって。それに実際に採用できるのかは……誰だろう。警備隊長か? それとも宰相か? そいつの腹づもり次第だ」


 今の流れだと、ふるちんに全て押しつけられそうだが、やはり誰か学長的な人物を据えるべきだろう。素性あやしからず、内外から人材を集められそうな人物を、である。


「ただ、一番の懸念と言ったら、さっきのアレだな」


「ん?」


「おっさん、今まで何人斬った?」


 視線を下に落とし、サムライは黙り込んだ。


「おっさんが剣を握って、切り込んでくると、気迫っていうかオーラっていうか、修羅の血が噴き出して見えんだよ。まあ、だから腕の立つ剣客だなって、俺も評価してるんだけどさ」


 名前が赤く見えたという話はしない。


「修羅の血、か。なかなか言い得てござるな」


 ドロフネが立ち上がり、すそのホコリを払う。


「なんかで顔が割れてて、王都で職に就けない立場じゃないのか? 冒険者ギルドにも寄れないってのは、ちょっと怪しすぎるぜ」


「そうで、ござるな。実は拙者――」


 ドロフネの声を、鐘の音が遮った。


 カンカンカン カ カンカンカン


「なんだ、火事か?」


「ケモノだ! あれは、村の中にケモノが出た合図!」


 用心棒は「やはり満月か」と言い捨て、扉を蹴破る勢いで戸外へ飛び出していった。


「ケモノって何だ? ブタを食い散らかしたやつ?」


「それか、人を化かすモノノケかな」


「とりあえず俺たちも行く……うおわっ」


 二人の目の前に、前触れもなく、クエストが表示されていたのである。


《クエスト:村を襲う敵を撃退せよ》


「もー、未達成のクエストがどんどんたまってくー」


「……ふざけるな」


 押し殺すような声が、可憐な姿から漏れ出していた。


「どったの、ふるちん?」


 カルラが顔をのぞき込んで、その背筋を凍らせた。


「ふざけるなってんだ! 開発者の野郎、出てこいッ。これじゃあ、まるで俺たちが来たせいで、村が襲われたみたいじゃねえかっっ」


 ふるちんの叫び声が、家の中にこだまするのを、カルラはどこか遠い国の出来事のように聞いていたのだった。

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