第20話 クレーター村の用心棒

「えーと、ふるちんさん?」


 魔法少女姿のふるちんの発言に、カルラは耳を疑った。


 愛くるしい男のの外見とは不釣り合いな〈風俗営業〉という発言内容。


「だから、風営法に関わるようなサービスが皆無なんだよ。きれいな姉ちゃんと、きれいな兄ちゃん、包容力あるマザーに、ダンディなおっさん。そいつらに、きれいな服を着させて、雰囲気のある空間で、うまい酒や料理を提供する。そんな店があってもいいと思うんだ」


「あ、あー、そっちの」


 男の口から「フーゾク」と聞くと、「性風俗」のことだと早合点したカルラは、あやうく少年を張り倒すところであった。


「そうだね。クラブとかキャバレーどころか、喫茶店すらないもんね。外で食事をするのも大変だったもん」


「この世界って、貧富や知識に差が激しいし、ケガ人や病人も多いみたいだから、もっと職種を増やして、事情や能力に合わせて仕事を選べるようにしなきゃなんだよ」


 カルラは、貧民街で見かけた人々を思い出す。


 仕事中の事故で片足を失い、職にありつけなくなった壮年の男。

 病気の後遺症で顔にあざが残り、結婚できなくなった女性。

 亜人種というだけで親が仕事にあぶれ、盗みといった子どものウラ仕事で糊口を凌ぐ家族。


 どれも、世界観をそれらしく見せるため、ゲームの開発会社が用意した小道具にすぎない。

 煩悶し、苦悩のうちに眠りに落ちた少女ミリオンにしてもそうだ。ふりかかる不幸やトラブルのたぐいは、ゲームを美味しく彩る〈演出〉にしかすぎない。


 AIで動く彼女らは、ただ悲しんだフリをしているのかもしれない。

 そうせよとシステムに命じられ、演技をしているが、プレイヤーの目の届かない場所では、お互い談笑しあっているのかもしれない。


 かつてカルラは『摩訶摩訶マカマカ』というバグだらけのゲームをクリアしたことがある。

 アイテムのひとつ〈ラジコンカー〉を使うと、おそらくバグなのであろう、どこまでも壁を突き抜けて移動可能で、城やダンジョンの隠し部屋、ボスの待機している部屋まで覗き見られたのである。


 主人公たちが来るのを、ひたすら待ち続けるボスの姿を見つけたとき、子ども心にカルラは言いようのない悲しさを覚えたのを強く覚えている。

 もしプレイヤーがそこにたどり着かねば、ボスは永劫にその場に立ち尽くしていただろう。そのボスが生まれた意味とは、ダンジョンで出世することでも、家族を養うことでもなく、ただ、そこで待ち続けるということだった。


 もしミリオンらにも、生まれてきた意味があり、この世界を恨み、悲しむ感情があるならば、『摩訶摩訶マカマカ』のボスとの違いは、どこにあるのだろう。


 いつの時代から、ゲームのキャラは、心を持ちはじめたのだろうか。


 それを考え出すと、カルラはいつも思考の迷宮に足を踏み入れた気分になる。

 心のありかた、魂の実在という問題に直結しているからだ。


 アメーバといった原生動物に心があるのか。

 イヌやネコならどうか。

 人すら心があるのは見せかけで、すべては脳内の電気信号にすぎないのではないか。


――難しいことを考えそうになったら頭がつぶれちゃうよ?


 カルラは、ふるちんとミリオンを、自分の腕でかき抱き、その体温を確認する。

 二人とも、あたたかい。確かに生きている。

 この世界にいるかぎり、この世界の法則に照らし合わせて、それは疑いようのない事実だった。


「じゃあ……手堅くメイド喫茶から始める? 優秀な服飾デザイナーシルベウスにもツテができたし、これからプレイヤーが増えていくなら、大繁盛は間違いないよ」


 秋葉原といったオタ街を席巻する店の数々を、カルラは想い起こす。


「俺はいろいろ亜人種と仲良くなれる場所がいいな。ケモ耳なでさせてくれると、チップはずんじゃうかも」


「えー、お触りはどうかなあ。そもそも、そんなん需要あるの?」


「俺、カルラのその耳、好きだぞ」


 しばしの沈黙。


「やっぱ耳のこと、バレてたかぁ」


「俺にまで隠してどうするよ」


「だって、エルフなのにケモ耳って変じゃん」


「変じゃねーよ。むしろ、ごほうびだよ」


「そっか」


 ふふふとカルラは笑う。


「ありがと」


「どーいたしまして」


 ふんぎりがついたカルラが、腕をゆるめて立ち上がる。


「さて、夜も更けてきたし、どうする? お昼に行った店で食べてく?」


 亜人種酒場〈デミアン〉で、夜なら曲も披露できると、口約束をしてしまった。少しでも期待されていたなら、顔を出したほうがいい。


「ガウスさん、ミリオンちゃんお願いします」


「承知した。切り替えの早い御仁ゆえ、明日にはいつも通りかと」


「カードやボードゲームが楽しめて、朝までずっと茶でも飲みながら、無為な時間を過ごせる……そんな社交場もいいなあ」


 構想が止まらない〈少年盗賊〉に相づちを打ちながら、カルラはその手を引いて要塞を後にした。


        ◆        ◆        ◆


「あの、もうその格好は結構ですから」


「なんだよ、もう飽きたのか。昨日はあんだけ入れ込んでたくせに」


 魔法少女の姿で、ふるちんは執務室に出仕していた。

 昨日と同じ、レースを多用した、白と銀のワンピース・ドレスである。

 門衛に何度も本人を確認されたが、通行証は正規のものであるし、カルラが同行していたので、結局は通ることができた。


「昨日の自分の醜態を思い出すので……勘弁してください」


 執務机に顔をうつ伏せるミリオン警備隊長であった。


「いいじゃん、俺もけっこう気に入ってきたんだぜ、この格好」


 机に乗り上げた少年が、耳元でささやく。


「好きなんだろ? こういうのがさぁっ」


「あ、そのセリフ、『グランブル・ファンタジー』の錬金術師っぽ。かわいー」


「じゃ……じゃあ、ちょっとだけ、ぎゅっとさせてください」


 間近にある魔法少女の色香に惑わされ、ミリオンが欲望を露わにする。


「しゃあねえなあ」


 おそるおそるハグしてくるミリオンに、ふるちんも両の手をまわす。


「ふわっ」


 予想外の反応に、ミリオンの身体が震えた。


「こっ」


 うわずった声で、


「このまま宿舎まで持ち帰ってもよろしいでしょうか!」


「よくねーよ」


 ふるちんが机から降りると、ミリオンは少し照れながらも、ずいぶんとスッキリした顔である。


「男のテラピーの効果ありだな」


「な、なんです?」


「なんでもねえ。それよか、魔法陣に進展はあったか?」


 三人目のプレイヤー〈じんた〉と合流するために、魔法陣の発見は急務だ。

 ふるちんはスカートも気にせず、イスの上で足を組み、ミリオンが目をそらした。


「ええ、シルベウス老師からリストが届いています。ほとんど国の重要施設ですので、ふるちん殿では立ち入れないでしょう」


 広げられた地図には、王宮や宰相の邸宅、裁判所などに印がつけられている。


「今日は宰相閣下と会う約束がありますので、その際に段取りを打ち合わせます」


「この王都の外にあるマルは、なにかしら」


 カルラが、竪琴リュラ用に開発したピックで指さす。翡翠でできた三角形の小道具だ。


「ここは昔、神殿があったのですが、今ではすっかり寂れて、小さな村があるだけです」


「むかしの重要施設か」


 単純に移動用の魔法陣だったとしても、神殿どうしをつなぐゲート、王宮からの脱出経路など、いろいろ用途は考えられる。


「大陸との直通ゲートの可能性は……低いか」


「でも、研究施設との往来用とかだったら、わりとあり得るんじゃない?」


「つなごうとしているのは、研究施設ですかな?」


 ガウスが聞き返す。


「ヴィカラットのおっさんは、魔術師の集まっているとこに所属してるらしい。昨日行った王立学問所みたいなもんだと想像している」


「この神殿跡は、グィジアン百十神のうちの一柱、詩才と音楽の神である〈ムジナ神〉のものですな」


「学問所とは趣が違うか」


「文献を学び、研究することも、神官の大切な仕事です。詩も献納されていたでしょうし、それなりに学者との交流もあったでしょう」


 当たりの可能性は、なくはない。ということだ。


「詩と音楽の神様だったら、吟遊詩人バードのあたしは、ぜひともお参りにいかなくっちゃね」


「いやもう、何度かの地震で、廃虚になってますよ。いまは、代わりの神殿が、イルバにあるはずです」


「それって、軍港の街だっけ? 王都のずっと南じゃなかった?」


 壁の王国地図を眺めて、指でたぐるカルラ。


「ええ、早馬で十日ほどかと」


「うわ、遠い。また今度にするわ」


「んじゃ、他に当てもないし、今日はその潰れた神殿に行ってみるか」


「承知した。護衛はいかほど」


 ガウスが当然のように提案をする。

 ふるちんたちが極めて私的な理由で動く魔法陣の探索も、すでに警備隊の公的な任務に組み入れられているのだった。


「城壁の外って、そんなに危ないの?」


「王都の外には、法はありませんからね。盗賊もケモノも暴れほうだいです」


 そもそも、外が危ないから、街全体を堅牢な城壁で囲んでいるのだ。


「村の近くまでは、街道が早馬のために整備されております。たとえ数騎でも騎兵を伴えば、道中を襲う無法者はいないでしょう」


「それは申し訳ないっつーか、大仰すぎるってーか」


 ふるちんは盗賊シーフだし、カルラは吟遊詩人バードである。

 どちらもプレイ前の性格診断で選ばれた職業クラスであり、気軽な一人旅を好む性格が反映されているとみてよい。


「今後の仕事のことも考えたら、単独行にも慣れておかねぇとな。護衛は、またの機会にしてくれ」


「そうですか。では、なるべく移動は昼間だけにしてください。軍馬をお貸ししましょう」



 カルラの手綱で、ウマに相乗りする二人は、馬車がすれ違えるほどの幅の石畳を、西に進んでいた。


 王都の城壁を抜けると、まったくといって人家はない。

 木々はすっかり切り払われ、見渡し限り平原が続いている。


 だが、人の往来は多かった。

 王都の城壁のなかには、畑も森もないため、近くの村や町から、毎日のように新鮮な食料を運びにくる人々で、道はつねに賑わっているのだ。


「なんで、こんだけの土地を遊ばせておくんだろうね。全部、畑にしちゃえばいいのに」


「人が増えたら、ここに家が建つんじゃねえの?」


「あ、そか。プレイヤーも家を建てられるんだよね」


「いや、俺はNPCノンプレイヤーのつもりで言ったんだが」


 ふるちんの思考は、つねにNPCノンプレイヤー視点である。

 なにしろ、確認されているプレイヤーが、全世界に三人しかいないのだ。

 しかも一人は、はるか南の島にいて、闇トカゲダーク・リザードとして不便な生活を強いられている。


「自分の家より先に、足がほしいな。俺も、乗馬スキル育てないと」


 道行く人々(すべてNPCノンプレイヤー)を観察すると、幼い子どもでも、ロバのような動物に乗って、荷車を進めている。

 立派に馬を乗りこなしている子どもは、身なりからして裕福そうだ。王都に遊びに来たのだろう。


 女子に手綱を握らせているのが、どうにも恥ずかしく感じた〈少年盗賊〉は、城門を出たときまでは、ウマにあわせて走っていた。

 しかし動きづらい魔法少女の装束もあって、じわじわスタミナが減り、歩くのも困難になってしまったので、仕方なく馬上の人となった次第。


「あたし、ふるちんは乗馬が苦手でいいけどなー。もうちょい、お姉ちゃんに甘えさせてよ、ぶー」


「残念だったな。こうして人に手綱さばきを任せていても、俺の騎乗スキルは、じわじわプラスされているのだよ」


「ふぬわ、なんというジレンマ! 愛でれば愛でるほど、巣立ちが早まっていくなんて」


 レーダーマップに目的の村を視認した二人は、整備された街道を外れ、村へと馬を進めた。

 まともな地図のない旅でも、こうしたPCプレイヤー限定の機能のおかげで、迷うことがない。


「ミリオンたち、ずいぶん心配してたけど、わりと簡単にたどりつけそうだな」


「こういうオープンワールド型のゲームは、運が悪けりゃ絶対に勝てない敵と遭遇することがあるけど、逆を言えば、必ずエンカウントするボス敵もないからね」


 街道を離れたとたん、土を踏み固めただけの田舎道となり、左右に木々が乱雑に生い茂り、視界をふさぐ。


 ふるちんが警戒を強めるのに反して、カルラは目に見えてリラックスしている。森エルフの血が混じっている彼女は、木々が多いほうが安心できるのだろう。


 やがて急に視界が開けると、目の前に、すり鉢状の窪地くぼちが開けていた。


「すっごい、まんまるだ。円形劇場みたい」


「隕石が落ちて出来たやつじゃね?」


「言われてみれば、確かにクレーターっぽいね。ドイツのネルトリンゲンって街が、こんな感じ」


「詳しいな」


「バイエルン州ったら、音楽やってて知らないコは、いないからね。ミュンヘンも、ニュルンベルクも、バイロイトも、みんなこの州だよ」


 ふるちんが脳内データベースを検索するより早く、カルラが説明する。


「なるほど、音楽か」


 ふるちんが独立市をリストアップしたところで、音楽にゆかりがあると察するのは困難だった。


「でも、ドイツの地名って、どれでも音楽に関係してそうだけどな」


 ふるちんは事実のリストアップを得手とするが、必要な情報の絞り込みは、どうにも苦手である。


「この地形のおかげで、村の全体が見渡せるな」


 村の中央には、なかば崩れた建物があり、どうやらそこが神殿跡のようだった。

 高くなった尖塔には、鐘がつけられていたのかもしれない。


 隣接する泉は、貯水池として機能しているようだが、昔は神事に使われていた(という設定)かもしれない。察するに、すり鉢状の地形が、雨天時に雨水を集めるのだろう。


「天から光が降りてきたから、神聖な場所にしたのかもね」


 ケモノ避けであろうか、村の周囲は、木の柵で囲われている。

 門は四方向に置かれているが、必ずしも整然と東西南北を開かれてはいない。それぞれ、行き先があるのだろう。


 そして、ふるちんたちが向かう東の門の内側には、一人の男が立ちふさがっている。


「あれは、おサムライさん……かな」


 東洋風の着流し姿で、左の腰には大小の刀を差している。

 右には、一升サイズの貧乏徳利とっくりが吊られていた。


 全身像ペーパードールを開くと、ドロフネという名の剣士ソードマンである。


「ねえ、あの人、ちょっと」


「ああ、名前が赤いな」


 野獣や盗賊に警戒して、つねに名前表示オールネームを怠らなかった二人は、さまざまな動物名を目にしていた。


 しかし、村に近づいたとたん、多くの村人の名前が緑色に表示されているにもかかわらず、ひとつだけ赤い表示があったのだ。


「モンスターか何かだと思ったんだが……ありゃあ、何者なんだろうな」


「他のMMORPGだと、殺人者の色ね」


「殺人者……か」


 ふるちんは汗ばむ背中ごしに、カルラの心臓が強く打たれるのを感じていた。


 馬をゆっくり進めると、サムライは刀に手をかける。

 どうにも目元が怪しい。口角に泡が吹き出ている。


 カルラが馬を止めると、ゆっくりとサムライは腰を沈めた。


「なあ、カルラ」


「な……に? ふるちん……」


「このゲームって、戦闘はどうやりゃいいんだ?」


「あたしだって、やったことないよ」


 ふるちんは馬から下り、魔法使いの杖をバックパックから取り出した。


「演奏の準備をしておいてくれ」


鎮静化カーミングでいいかな?」


「いや、鎮魂歌レクイエムかも……」


 言い終わる間もなく、剣先がふるちんに迫っていた。 

 


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