第14話 眠り姫

「ぶふっ」と、カルラが吹き出した。


「そりゃあ、なんの冗談だ?」


 ふるちんも疑わしげな目をする。


 お伽噺のようなリクエストだとは、ミリオンたちも感じているようだ。


「誰かのイタズラかとも思いましたが、タンゲさんが見つけましたからね。十中八九、本物です」


「ちょっとプーランの様子を見せてくれ」


 自分が察知ディテクトしなおせば、他のヒントも得られるのではと考えたのだ。


「いま彼女は手砲ハンド・カノンの直撃で服がボロボロでして……毛布だけの状態なんです」


「〈幻影〉スキルって、肉しか守れないのかよ! 薄皮一枚キズつかない無敵技と思ったら、ペロンとめくれちゃったよ!」


「高レベルな盗賊シーフほど、服が薄く、装備は少ないほど、能力を発揮できると聞きます。スキルも、服を軽視する方向で発達したのでしょうね」


「それって、メディア展開に向けた、お色気設定じゃないのー?」


「俺も、そう思う」


「メディ……?」


 知らない単語に対してNPCノンプレイヤーの反応といえば、大半は無反応。ごくまれに「よく聞き取れなかった」「それはわからない」と返してくるのが常であった。


 ところがミリオンは明らかに、いぶかしむ素振りを見せたので、二人は警戒の目を一瞬向けたものだ。


「とにかく俺も盗賊シーフ以前に、健全な男子だ。プーランが無防備な状態ならば、なおさら確認しなくては」


「待って、待ってください」


 あわててミリオンが腕をつかみ、引き留める。


「新しい発見もありえますが、とにかく今はダメですって」


「今じゃなきゃダメなんだっててて、いだだだだ!」


 すかさずミリオンがふるちんの腕を後ろにまわし、関節を極めていた。


「へー、格闘もできるんだ」


 細腕で、暴れん坊のふるちんを完全に制した技の冴えに、カルラが感心する。


「重装の騎士が相手だと、なかなか剣では倒せませんからね。組み伏せるのが基本なんです」


「その体格で、ヨロイ武者とも戦うんだ……」


「だが〈縄抜け〉」


 ふるちんの身体が弛緩し、するりとミリオンの手から抜け出した。


「ふーるーちん」


 執務室へ向かう少年の頭を、先回りしていたカルラが、ぺしりとはたく。


「なんだよ、ちょっとした冗談だろ」


「この子に、そういうの通じないんだから」


「そうか無敵の剣士様は、冗談が苦手か。これはよいことを聞いたぜ」


 ふるちんは、悪役のように口角をゆがませる。


「AIだけに、『賢者の遺言』のコンピュータみたいになっちゃうかもよ」


「またゲームの話か」


 カルラの目が金色に光るのをみて、ふるちんは口を挟むのをやめた。


「このゲームはね、後半に立ちはだかるマザー・コンピュータを、JOKEジョークを言うコマンドで倒すの。『賢者の遺言』は広義のコマンド選択式アドベンチャーだったけど、受け付けコマンドがすごく多くて、なかには一度も使わないのもあるってマニュアルに明言されてたのね。だからJOKEジョークを言うもそうだろうって思った人は、みんな盲点を突かれたってわけ」


 延々と自説を語り続けるカルラが一息つけたとき、小さく手が挙がった。


「あの、よく耳にする、その〈ゲーム〉というのは、どういう意味合いでしょう」


 フリーズしていたかに思えたミリオンの質問だった。


「ボクもいろいろと遊戯ゲームを知っていますが、先ほどから初めて聞くものばかりで。……あ、別に不謹慎と思ったわけではありません」


『これって自動学習モードが発動したの? やっぱ彼女、かなり特殊なNPCノンプレイヤーだよ。割り当てられているリソース量が全然違う』


『それ狙って、わざと会話を聞かせてたのかよ。いまヘタなこと教えたら、一生、やつのなかで誤解釈が定義づけられるぞ』


『だいじょーぶ、だいじょーぶ、メンテする方法が絶対にあるって』


『他のゲームはいざ知らず、これベータ版だってこと、忘れてるだろ』


「あの」


 黙ったままの二人に、ミリオンが不安げな表情を見せる。彼女なりに複雑な事情を想像し、それでも考えた末に質問をしたのは明らかだった。


「そんな顔するなよ。聞かれて困るようなことじゃない」


 少女の顔にすぐ安堵の色が出て、ふるちんの表情もしぜんに柔らかくなる。

 下の者が否応なく従う軍務はともかく、機微が問われる交友関係では、彼女も苦心しているのだろう。


「俺とカルラが同郷ってのは、知ってるだろう?」


「なんとなく、ですが」


「地元の格言で、『世界は神々の遊技場』ってのがある。要するに、どんな災害や事件が起きても、しょせんは神々の遊戯ゲームだっていう諦観が根付いているんだ。そんな土地柄だから、俺たちは、遊びを通して教訓や機知を得て育った。だから、ついつい遊戯ゲームを引用しちまうんだ」


 さらさらと、ふるちんはウソ八百を語る。おそらく隠しパラメータで、〈詐欺〉や〈話術〉といった要素があるのだろう。


 もしくはカルラの言っていた〈五大の力〉とやらが、『Ultima Ⅳ』の〈八つの徳〉のように、各キャラに割り当てられているのかもしれない。


 自分の生活する世界をこうやって解析するのは、ゲーム攻略というのか、それともライフハックか。ふるちんが、無駄な方向に思いを馳せる。


「そうだったんですね。すみません、余計なことを」


 ひとまずミリオンは納得したようだった。

 そして謝罪のあと、聞こえるか聞こえないかといった声で、


「お二人があまりに仲がよすぎて、きっと話題に加われないのが寂しくなって……かも」


「ミリオン」


 ふるちんが、これまでになく真顔になって、少女の両肩に手を置く。


「は、はいっ」


「おまえ、可愛いな!」


 ひとまわりも背の低い歳下の少年に、不意にそんなことを言われて、ミリオンはまたフリーズする。


「いやあ、あたしも同感だね。こんな若さで、むさい男どもに囲まれて、貴重な乙女時代を棒にふってるんだもの。おしゃべりに飢えてるのは当然よ」


 カルラがミリオンにほおずりしまくる。


「さびしくなったら、お姉さんに、どんどん甘えちゃえー」


「いえ、あの、他の兵士も通りがかりますし」


 恥ずかしがるミリオンだが、強くはこばまない。


「ボクの年齢で、結婚もせず、しかも軍務についているのは、やはり異常なんでしょうね……」


 その言葉に、彼女の苦悩が凝縮されている。


 出自や関連クエストからして、彼女は高確度でレギュラー級NPCノンプレイヤーだ。今後も、多くのクエストに関わってくるだろう。

 それゆえ、人と同じ生き方は許されていない。ときには、ゲーム制作者の思いつきで、悲劇的な死を迎えることも予想される。


「こんなボクですから、プーランさんの〈死んだふり〉を解除する方法も、さっぱり検討がつかないんです」


 擬死を続ける彼女を復活させるには、メモの通り〈彼女が最愛する者の口づけ〉を与えねばならない。恋も青春も知らない少女には、確かに難易度が高すぎた。


「それは、おまえのせいじゃない。普通の兵士は、盗賊ギルドのギルマスなんかと、プライベートを語り合うほど親交がないからな」


 ミリオンが聞いた限り、プーランに恋人や愛人がいたかは、ギルドのメンバーにも心当たりはないそうだ。


「本当か? タンゲとかどうよ」


「家族愛、という線ですか?」


「もしくは部下として。いちばん信頼してたっぽいぞ。あれは」


「あれは、最愛と言えるでしょうか」


「プーランちゃんが最愛してても、相手がそうとは限らない。そんな状況でキスをお願いするって、わりと難易度高そうよね」


「そうだ、ギルドハウスにいた覆面の二人。秘書だか護衛だかわからんが」


「その二人は先ほど到着したばかりで、遺体の着替えをお願いしています。二人のうち、どっちが愛されてるか判断つきます?」


「一度しか見てないけど、プーランはただの部下って感じに使ってたな」


「それに、あの方たちは二人とも女性です」


「性別とか、どーでもいいじゃん。あーもう、誰でもいいから、片っ端からキスしろよ」


「乙女の相談に乗ってる流れだったのに、その答えはデリカシーなさすぎでしょ」


「ガラスの靴だって、とっかえひっかえ試したろ。その眠り姫バージョンだと考えてくれ。ほら、ロマンチックだろう?」


「醜悪なパロディね」


「そうだミリオン、おまえもプーランと仲が良かったじゃん」


「え、仲って言っても、まだ会って数日ですよ? ボクは彼女を好ましく思っていますが、彼女のほうはどうか」


「ここまでして身代わりを引き受けるってことは、脈ありじゃねーの」


「ふるちん、そうやって手当たり次第に、その気にさせないの! ミリオンも、友だちが少ないからって、モジモジしない!」


 こうして三人が解決にほど遠い会話を続けているうちに、プーランの身支度は整えられ、その身体はひとまずギルドに運び込まれることになった。


「じゃあ、学校の準備はタンゲのおっさんと進めるけど、目が覚めたら、連絡くれよな」


 ふるちんが、馬車に乗る二人の覆面女性に声をかける。


「あとログを読んでたら……いや、あいつの会話を思い出して気付いたんだけど……」


 一瞬ためらったふるちんが言い直す。。


「落とすなよ」


 覆面がふたつとも小さく傾く。


なみだ橋は狭くてその馬車じゃ通れないよな。そっから抱えていくんだろうけど……絶対に、プーランを落とすなよ? 絶対にだぞ?」


 覆面がふたつとも立てに揺れる。


「いや、こういうときは、落とせって意味だから」


 ふるちんが苦笑する。


「これ盗賊ジョークな。うつぶせになるよう、こう」


 ふるちんのジェスチャーに、


「ワカッタ」


 覆面の付き人たちが初めて声を発した。


「オマエ ノ イイタイコト ハ ワカッタ」


「うまくいくかわかんねーけど、とりあえず試してくれ」


 馬車を見送るふるちんに、カルラが当然の質問をする。


「いまの、何を指示したの?」


「いや、ハズレてたら恥ずかしいから、まだ言わない」


「ぶー」


 大人げなく、ほおを膨らませるカルラ。


「そういえば、クエストどうなった?」


「ああ」


 ふるちんは、クエスト一覧を表示し、カルラに見せる。最近、フレンドには、こういう情報共有も可能だとわかったばかりだ。


 《クエスト:警備隊長ミリオンの依頼を果たせ》

  達成率 二十二%


「ちょっと上がってる?」


 クエストの発端となった暗殺者アサシンの撃退に成功したので、それが評価されたのだろう。


「思うにこれ、ミリオンの依頼をいくつもこなして、やつが満足したらクリアじゃねーのかな」


「うえー、先が長そう。こんだけドタバタして、ちょびっとでしょ。いったい次は何をすればいいっての」


「学校造りは、俺たちからの発案だからなあ。今回の件で信用も勝ち取ったし、またすぐ新しい依頼が向こうから来るんじゃね? それにさ」


 ふるちんは、目だけを動かして、カルラの視線を誘導する。


「ミリオンってのは、かなりの人気者らしいな」


「なに、押し掛けファン?」


 ふるちんの両目は、建物の影に溶けこむ男の姿をとらえていた。

 真っ黒なフードをかぶった、漆黒ローブの男だ。

 彼はふるちんの視線には気付かず、ただ、ミリオンの執務室のあたりを、ぼんやりと眺めているだけだった。


「あの暗がりに、誰かいるの?」


「また、俺にだけ見えるパターンなのかな。けど、服装からして盗賊シーフ暗殺者アサシンじゃなさそうだ。典型的な魔術師って感じ」


全身像ペーパードール開ける?」


「んーだめだ。距離があるのか、名前も表示されない」


「本当にそれいるの? 見間違えとか、バグとかじゃなくって。あたし、近づいてみよっか」


 さすがに、ふるちんにも幻覚ではないかと心配になってきた。


「いや、こちらの警戒に気付かれずに、正体を突き止めたい。盗賊ギルドから手練れを借りて、大人数で囲むか……それより、他の盗賊シーフにヤツが見えるか確認するのが先か」


「そだ、ミリオンちゃんへの〈死の視線〉はなくなってるんだっけ?」


「それは確認済みだ。ルィジーに解除させているし、もし使いたくてもヤツは檻の中」


「じゃあ、ミリオンちゃんの警護は、まだ喫緊事ってわけじゃないね。他の問題解決を優先しましょうか」


「あの闇トカゲダーク・リザードだな」



 ふるちんと離れた場所に出現した〈じんた〉は、いま研究所のようば場所にいるようだ。

 場所ロケーション名の〈バルバデン=ギリウス〉とは、数百年前に沈んだ島を懐かしんで命名された施設を示している可能性が高い。


 一日でも早く合流するため、じんたの聞き取った会話は、なるたけオープンチャットで報告させている。彼女が聞き取れない単語は、ふるちんとカルラが、断片的な言葉と、イントネーションから推理を働かせる。


 例えば「明日テナント」とトカゲ彼女が聞き取ったときは、前後の文脈から、カルラが「アステラント(王国)」と訳す。


「この国って、そんな名前だったんだ」


 どこかで聞いた気もする。ガイダンスだったろうか。


「ちなみに、この王都の名前は、〈アステランタ〉だから絶っ対に間違えないでね」


 カルラが強く警告する。


「間違ったら、どうなるんだ?」


「……田舎者ってバレちゃう」


 ふるちん脱力。


「んじゃ何か、田舎じゃ王都の名もわかってないのかよ!」


 それはもう、識字率や教育水準の問題ではないと、ふるちんは驚く。


「だって紛らわしいじゃん。それに教育じゃなくって、関心の問題。地方じゃ、地方領主のお屋敷が世界の中心なの。王都なんて、存在を思い浮かべることなく一生を終える民衆が大半だよ」


「なんか思ってたのと違うぞ、このファンタジー世界。中世ヨーロッパ要素の嫌なとこばかり取り込んでないか?」


 闇トカゲダーク・リザードのじんたが、なんとか研究施設の住人と意志の疎通をはかれないものか。それが三人の当面のテーマだった。


 彼女は人の言葉がわかるが、トカゲゆえ、話すことができない。

 なので、昨日から発声練習を始めている。


 人の声真似をするトカゲということで、さっそく今朝は、研究者の一人からエサをもらうことに成功したという。

 初めて食べるフルーツの味に感激した彼女は、その研究者を足がかりに、ペットとして保護をされ、発音を指導され、安定した生活を保障されるべく努力を続けている。


「彼女が、音と、匂いと、赤外線で感知してる研究者たちの姿格好ってのが、ローブ姿なんだよね」


「ああ、ローブ姿の魔術師だな。俺があの影にその姿を見ているのは、ひっきりなしに入ってくる、じんたの報告のせいか? あれは白昼夢?」


「人って、ぼんやりしたものを、とかく自分の知ってる何かで理解したがるからね。星座しかり、天井のシミしかり。そもそも、それが魔術師かどうかを確かめたいな。あたし、この王都で、そんな格好の人、見たことないもん」


 確かに、魔術師に会ったこともなければ、魔術師のためのショップも見かけない。そういう職業クラスは未実装なのかもしれない。


「じゃあ、街にいちばん詳しいやつに聞くか」


 さっそく二人は仮執務室に押し掛ける。


 手砲ハンド・カノンで正規の執務室を破壊されたので、修理が終わるまでは、手前にあった控えの間をカーテンで仕切り、ミリオンはそこで仕事をする手はずになっていた。


「ですから、このガウスめの部屋をご利用いただければと」


「そーすっと、今度はあんたの部屋がコナゴナになっちまうかもだぜ」


 ふるちんが、不穏当な話をしながら入室する。


「おかえりなさい。また何か、怪しい人物がいましたか?」


 ミリオンが眉根を寄せた表情で出迎える。


「ちょっとな。なにか、書くもの貸してくれ」


 羊皮紙と羽ペンを手渡すミリオン。


 羽ペンといっても、金属のペン先が付くわけでなく、大きめのガチョウか何かの羽根を、書類のサイン用に、雑にカットしただけのものだ。


 羊皮紙は、表面がゴワゴワで、決して描きやすいものではないが、ふるちんは気にせず、影の中に見えた人物を描き込んでいく。


「ふるちん殿は、なかなか達者ですな」


 ガウスがめずらしく褒める。


「たしかにうまい……けど、描き方がヘン」


 カルラが言うように、全体のアタリもとらず、頭頂部から描いていくのは、いかにも初心者である。

 ただ、妙に描写が細かい。

 印象深かった特徴を誇張するわけではなく、あくまで淡々と、写真的にインクを加えている。


「っていうか、逆に器用だね。PUT@で一ラインずつ描画してるみたいな感じ。『ポートピア連続殺人事件』の人物表示を思い出すかな」


 ふつうに、劇遅回線ナローバンドでの画像表示と表現すれば良いものを、彼女はすぐにゲームに例えたがる。


 そして、耳にしたタイトルを、ミリオンがこっそりメモするのも、ここ数日間で、当たり前の光景になりつつあった。


「ふるちんさん、左利きだったんですね。右用の羽ペンしかなくて、すみません」


「え、利き腕って関係あるのか?」


 ふるちんが顔をあげる。

 まわりに右利きの道具しかないため、普段はそちらで我慢しており、自然とふるちんは両利きになっていた。

 ただ筆記具だけは利き腕に関係なく、また精度を問われるため、だいたい左手を使っている。


「これ右利き用か。たしかに、いつも使ってる安い羽根より、ちょっと描きづらい気はしたが」


「左利きのペンは数が出ないので、たたき売りしてることが多いですね」


「ん、売れないなら、作らなきゃいいんじゃない?」


 希少な商品ほど高いのでは?と、カルラが疑問を呈する。


「それが、この国のガチョウの大半は、両手に翼をもっているんですよ」


 ミリオンによれば、左の羽根は右利き用に、右の羽根は左利き用に使うのだという。


「あ、ボクはもちろん両方で剣を握れますよ」


 たいていの城の螺旋らせん階段は、攻め手の右手を封じるよう、右回りに作られている。そのため、左手で武器をふるう能力が生死を分けるのだ。


『なんかこのゲーム、やたら設定が細かすぎね?』


 ふるちんがチャットで伝える。


『でも没入型だから、道具の違いで操作性が変わるっての、わりとアリだと思うけどな。ドライブゲームだって、ステアリングやブレーキの挙動を、細かくカスタマイズできるでしょ。人型ロボットだって、バイラテラル角で……』


『お、おう』


 描き終わった人物画をふるちんが手であおぐと、薄かったインクの色合いは時間がたつにつれ、艶やかな黒になった。


「こんな感じの服装のやつ、見たりする? 全身まっくろで」


「この服装は、雨よけというよりは、北方の防寒具に見えますね。ただ、真っ黒というのは、珍しいでしょう。不吉で鬱陶しいですから」


 ふるちんも、王都内で黒一色の服装というのは、ほとんど見覚えがなかった。

 例外があるとすれば、自分と盗賊ギルドの連中である。


「あ、実は、暗闇で目立たないから禁止されてる?」


「推奨していないのは事実です。ご明察通り、先に防犯があって、不吉云々は、後付けの理由です。明確に禁止されているのは、王都内での黒の染色ですね。すごく川が汚れるんですよ。」


「王都の外だったら、黒い服は珍しくないってことかな?」


「山がちの土地で、獣脂のロウソクを使う地方では、放っておいても服は真っ黒になるそうですよ。わざと染めているとなれば、北の魔王の親衛隊は、黒いローブ姿と聞いたことがありますね」


 さらっと魔王という言葉が出てきた。


「なんだよ北の魔王って」


「北に、そういう異名の辺境伯がいるんですよ」


 ミリオンは壁の地図を指さす。執務室にも貼られていたが、ひとつは王都の地図、もうひとつに、この国のある大陸を描いているらしい。

 じつに曖昧模糊とした島状の図が描かれており、右半分がこのアステラント王国

だという。


「辺境伯はずっと領地にいて、王都に顔を見せたことがありません。おかげで怪しいお伽噺がいっぱいなんです」


「だいたい吟遊詩人のせいじゃね?」


 ふるちんがジト目で見るので、カルラが両手の親指でそれをふさぎ、ついでに目の周りをモミモミする。


「うあー眼精疲労に効くー」


「そういや、あたしも北の魔王が云々って歌を聞いたことあるよ。昔話と思ったら、まだいたんだね」


「この黒ずくめ男が、その北のやつらに似ていると?」


「見たことはないですよ? ローブ姿と、色からの連想です。人形劇ですと、魔王の親衛隊というのは、もっと仮装のような派手な服を着ていますが、ただ色だけは黒で統一されています。それだけ見た者に異様だと記憶されているのでしょう」


「俺らの推測では、これは魔術師だ。王都には魔術師っているか?」


「ええ、学校もありますから、王国中から優秀な弟子が集まってきます。軍でも、伝令のために、ひとつの百人隊に一人二人は必ず配属されているはずです。でも、こんな行軍に不向きな格好はしません」


 なるほど、たしかに歩くにも馬に乗るにも、不便すぎる。


「じゃあ研究者タイプか」


「そもそも、この温暖な土地で、こんなローブは正気ではありません」


「北からの学生が、服を買えずにいたってのは、ありえないか?」


「そうですねえ」


 ミリオンが答えようとするのを、ひとつの羽音が妨げた。

 見慣れた白い鳥が舞い込んできたのだ。


「あー、盗賊ギルドんとこの、伝書係か」


「この子は白いわね」


「軍の伝書係と似せて、捕まりにくくしているのでしょう。軍鳩を捕獲すれば、厳罰ですからね」


 ミリオンは足首の筒から手紙を取り出すや、すぐさま声をあげる。


「すばらしい」


 その顔が喜色にあふれている。


「プーランさんの目が覚めたそうですよ」


 小さな紙切れには、ただ「イキカエッタ」とだけ書かれていた。


「これは、ぜひとも答え合わせにいかなければなりませんね。ガウス、四人乗りの馬車をすぐに」


 革手袋を手にしたミリオンは、腰に剣を吊るそうとして、愛剣がないことを思い出す。


「まだ修理に出したっきりでした」


 昨晩、手砲ハンド・カノンからの爆風を防ぐ際に、技が強力すぎたのだ。


「では、このガウスめの剣をお持ちください」


「それでは貴公の立場がありません。適当に武器庫から」


 どうやら、武人が剣を下げていないのは、かなり恥ずかしい格好であるらしい。


「ならば、この剣を使うがよろしい」


 一行が不意の声にふりむいた先には、全身をローブに包む、影のような男が立っていた。


「あ、あなたは!」


 ミリオンが驚愕の声をあげる。


「ふるちんさんの絵に、とてもそっくりですね!」


 当人をのぞいて全員が「は?」という顔をしていた。

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