第13話 笑う標的

 暗殺者アサシンの予想される侵入口は、ひとつに絞られていた。

 執務中のミリオンが背を向けている、上げ下げ式の小窓だ。


 まっとうな出入り口として、扉も一枚あるが、その向こうは控えの間である。

 衛兵が訪問者をチェックし、伝令たちが詰めている。

 そもそも、その部屋にたどり着くまで、要塞の将兵たちに気付かれてしまう。

 計画の露呈にいまだ気付かぬ暗殺者アサシンが、そんな無謀を選択するはずがない。


暗殺者アサシンのルィジーから、ミリオン隊長の心臓に向かって、一直線で伸び続ける赤い光線。それを〈死の視線〉というらしい」


「どうやって付けたか謎だが、一度狙われたら、屋内にいても居場所を隠せないぞっ」


 敵を執務室におびき寄せるには、赤い線も、執務室に消えている必要がある。

 そこでミリオンは、隊長執務室の納戸の中に隠れることになった。

 影武者として執務机にいるプーランを貫通するので、おそらくバレないだろう。


 はじめプーランは、その長い黒髪を切る予定であったが、ミリオンが「その綺麗な髪を切るのは惜しい」と強く引き留めたので、軍服の襟の中に隠すことになった。


 細かな手はずも整え、プーランが影武者となって数日が経過したとき、ふるちんが動きを察知した。赤い線にさえ観察していれば、敵の動きは筒抜けだったのだ。


「ルィージが時計塔を離れて近づいてきた」


 天井裏のふるちんが、室内にささやく。


 ミリオンは、愛用の剣を抱えてはいるものの、あくまでそれは護身用だ。


「プーランの十八番とくいは、迫真の死んだふりだっ。ヤバイと思っても絶対に外に出て助けようとするなよっ」


 それが彼女の厳命であった。


『もくろみ通りに、来てくれたね』


 フレンドだけの遠話チャットで、カルラがつぶやく。


『ああ、プーランたちの全面協力があったとは思ってないだろうからな』


「ミリオン隊長は、体調をくずして執務室で仕事をしている」

「いままで率先して警邏に出ていたのが、急に姿を見せなくなったのは、そのせいだ」

 そんなウワサを貧民街にまで流しておいたのだ。


 ふるちんが、ゲッゲッゲと、イモリの鳴き声で合図を送る。「ルィージが窓の正面に来た」との意味だ。近づいたときは、カウントダウンを始める。


『しかし、雨の日を選んでくると思ったんだけどな』


 曇り空とはいえ、身を隠すには不十分な天候だ。


『足場の確かさを優先したのかもね』


 窓向こうの建物とは距離があり、途中、別の木造屋根を歩かねば、執務室のある壁には張り付けないのだ。

(そしてそれらの建物内には、潜伏に長けた兵士や、盗賊ギルドの手練れが潜んでいる。)


 なおもプーランは、お行儀良く執務机に向かっていた。

 騎士物語好きで小難しい文章も読めるが、彼女に軍務はさっぱりだ。適当に読んだふりと、サインのまねごとを繰り返している。

 退屈なのか、いつも早く寝る習慣なのか、何度も舟を漕ぎかける。


『あんな調子で、大丈夫なの?』


『プーランのスキル〈幻影〉は、自動発動のパッシブ・スキルだそうだ。寝ていても、初撃は回避できる。ほどよく油断を誘ってくれて、好都合だな』


 適度なふらふら加減が、病気を押して仕事をしているようにも見える。


『ちなみにアクティブ・スキル〈死んだふり〉は、自らの意志で心臓まで止められるそうだが、解除は人任せらしい』


『どうすんの?』


『トリガーがあるそうだ。察知ディテクトスキルで、死体のどこかにメモが出現するらしいが、解除条件が本人にも予測できないんだとか』


『ここがゲームの世界だって思い出させてくれる、すてきな仕様ね』


『〈死んだふり〉は動物の擬死みたいなもんで、長らく死んだままでも、腐ったりしないらしい』


『あ、それ漂流船で生き残るのに便利そう。大きな空き瓶に手紙と一緒に入っていれば、そのうちどこかの島に流れるつくかも』


 島と言えば――


『オープンチャットの子、じんたさん? なんとか落ち着いてくれたね』


 どこにいるのか不明のままだが、人の声と、本がいっぱいある場所とまでは突き止めた。

 本当に古代の伝説の島なら、時空を越えたチャットということになる。


『少なくとも海の底ではなさそうだ』


職業クラスは、ラノベ作家だっけ』


『いや、それは現実リアルのほう』


 パニックって話が通じず、個人情報をだだ漏れさせていたのだ。


『ゲームじゃ獣使いビーストマスターだったはず』


 何ができる職業クラスか二人にも分からなかったが、それより問題なのは、彼女の種族である。


 種族:闇トカゲダーク・リザード


 種族を聞き出したカルラが、視界に頼らず、五感を使うようアドバイスをした。

 試行錯誤の後、彼女は嗅覚と聴覚で周辺を探ることに成功し、自分が本だらけの場所で、崩れた本に埋もれていること、視力を持たない生物であることを理解したのだった。


 まとめると、


 名前:じんた

 職業:獣使い 137

 種族:闇トカゲダークリザード

 現在位置:バルバデン=ギリウス(六分儀がないので緯度経度は不明)

 所持品:大逆鱗だいげきりん


 把握しているのは、これだけだ。


『沈んだ島だっていうから慌てたが、人も住んでいるようだな。きっとどこか同名の土地か、店の名前じゃないのか。ゲームスタート直後に溺死なんて、あり得ないからな』


『それがそうでもないんだな』


 カルラは、『アウターワールド』というゲームの例をもちだした。


 オープニングのデモでは、実験中に異世界に転移させられる主人公が描かれる。

 ごぼりと水中に出現する主人公。彼の運命やいかに?


 ……溺死である。

 あるいは水底の海藻に食われての死亡である。


 つまり、水中に出現したときに、すでにゲームのコントロールは、プレイヤーに委ねられていた。

 それに気付かず見守っていると、沈んでいってしまうのだ。


 こんな意地の悪い仕掛けだらけのゲームだが、ファンは多い。

 クソゲーというよりは、あっぱれなムズゲーである。


『このゲームの謎解き、すごくよく出来てるから、ふるちんも勉強しておくといいよ』


 過去の名作は、過去問のようなもの。

 リスペクトした開発者が、同じトリックをしかけてくる可能性は高い。

 それがカルラの言い分である。


『目を使えない種族とは、ちょっとやりすぎな気がするな。レベル高すぎだろ。それにしても、よく種族違いに気付いたもんだ。PCプレイヤーは、みんな人間だろうと思ってたから』


『あ、それね』


 わずかな間をおいて、カルラが打ち明ける。


『あたしもハーフエルフだからね』


『……まじ?』


 たしかに銀髪は顔の両側を覆い、帽子も目深だったせいで、ふるちんが耳を見たことは皆無だった。


『てっきり、アレも格好付けファッションかと』


『森エルフと人との混血なんだ』


 カルラは、ログインした直後のことを、ぽつりぽつり語り始めた。


『王都って、なんでか亜人が少なくてね。怪しまれて衛兵に出くわすたび尋問されるし、街の人に話しかけても無視されるし、あれはツラかったなあ』


 それは、ふるちんが初めて聞いたカルラの弱音だった。


――だから俺に、あんなに親切にしてくれたのか。


 ふるちんがプレイ初っぱなに盗賊シーフを名乗って、住民からタコ殴りにされたところを、すでに信頼を勝ち取っていたカルラが救ったのだ。


 初心者プレイヤーである彼を、家に住まわせ、食事も与え、さまざまな操作を教えた。

 このログアウトできないゲームで絶望せずにすんだのは、すべて彼女のおかげだったと、ふるちんは断言できる。


『やっぱ、ゲームは楽しくなくっちゃ。リアリティにこだわってプレイヤーを苦しませるのって、違うと思う』


『なんか、すまねぇな』


『うん?』


『ゲームと関係ないことに巻き込んじゃって』


『そんなことないって。楽しいよ。いま、すごい充実してる。こういう大変さは、ゲームとして、大いにアリだってば』


『そっか。……ありがとう』


 ふるちんは、要塞内の別室に待機しているカルラが、いまどんな顔をしているのか、見たくてたまらくなった。直接顔を合わせて、感謝を伝えたかった。


 そんな想いにひたるのを、現状が許さない。


『おい、名前が増えたぞ』


 ふるちんが、ヤモリの声真似で、室内の二人にも知らせる。


 先ほどから、屋根の上で遠巻きに窓を眺めて動かないルィジーのそばに、もう一人、誰かが近づいたのだ。


全身像ペーパードールは?』


『ちょっと待て……高位なる銃士シニア・マスケティア……だって?』


 装備を確認したふるちんが、天井板を踏み抜いて飛び降りる。


「待避! 手砲ハンド・カノンだ、プーランもミリオンも部屋から逃げろ!」


 ミリオンが飛び出し剣を抜く。


手砲ハンド・カノンの砲弾くらい、ボクの剣なら」


「部屋ごとぶち壊すつもりだよ! 破片がめっちゃ飛んでくる。撃ち手は軍人、名前も分かっているんだ。逃げたもん勝ちなんだって」


「おまえらこそ逃げろっ。プーランは、死なぬっ」


 イスから立ち上がりもせず、敵のいる窓に背を向けたまま、プーランは平然と笑っていた。

 楽しくて仕方がないというふうだ。


「盗賊ギルド第三十五代ギルドマスターたる、このプーランの妙技――とくと後世に伝えよっ」


「本当に死んだら、殺すからな!」


 ふるちんは、ミリオンだけを強引につれて隣室へと走る。


 直後、背後からの爆風で、ふるちんは吹き飛ばされたのだった。


        ◆        ◆        ◆


 ふるちんは、控えの間で倒れていた。

 大小の破片を浴び、体力ゲージは真っ赤だったが、かろうじて命だけは失わずに済んだようだ。


――気を失っていた?


 ミリオンが愛剣を構え、爆風を斬り裂いたのは覚えている。ログには〈風を断つ剣〉と記録されている。


――あいつも、特殊なスキル持ちだったか。そりゃそうだよな。十六の小娘が近衛騎士の現役トップに、試合で勝っちまうんだ。


 どこからか心地良い音楽が聞こえていた。


 これはカルラの癒やしの曲だ。さすが偉大なる音楽家グランドマスター・ミュージシャン、じわりじわりと体力が回復している。


「みんなは無事か」


 その声に、カルラの演奏がとまる。


「窓側の壁が全壊、扉付きの納戸が大破。控えの間への扉が吹っ飛んだかな」


 チャットでもないのに、頭に声が響いてくる。ゆっくり目を開けると、見事な前傾壁オーバーハングがあった。


――ああ、この姿勢はひざ枕ってやつか。気絶した人間には回復体位が基本だろうに。


 などと不平を思い浮かべつつ、その快適さに二度寝しそうになる。


「人的被害のほうは」


「ルィージと、裏切り者の銃士は、タンゲたちが押さえたよ。高スキルの盗賊シーフばっかだったから、察知ディテクトしても気付かなかっただろうね」


「わざと話をそらしてるだろ」


 カルラが身じろいで、楽器をかたわらに置く音がした。


「直撃を受けたはずのプーランは?」


「〈幻影〉で回避してたよ。そのあと律儀に〈死んだふり〉をしたってさ」


 ふるちんが安堵の息を吐く。


「そのまま居残ってたら、首を狩られてもおかしくないのに。おかげで、まんまと室内までルィジーをおびき寄せて、捕縛が確実になったんだけどさ」


「あいつがどんな人生を送ってきたか知らないが、ここはどう考えても、命を賭けるタイミングじゃないだろうがよ」


 まだ体力は黄色だったが、ふるちんは身体を起こす。

 バランスをくずしカルラに支えられると、「よしよし、いい子でちゅねー」と抱きかかえられ、また子ども扱いだ。


「そういうの、いいってば」


「でも、嬉しいんでしょ」


 母親に優しくされた記憶がないせいか、ふるちんは時折、カルラの甘やかしに溺れそうになる。


「体力が全回復するまで、もうちょっと休んでなよ」


「ん」


 ふるちんが再びまどろみかけたとき、


「えーと、お邪魔ですか?」


 突然、ミリオンの声がして、ふるちんは数メートルは跳びすさった。


「すみません、驚かせて。でも、ふるちんさんも、年相応のところがあるんですね。ちょっと安心しました」


「なんなんだよ、ほら、要件!」


「あ、はい。まずは、この度の暗殺未遂、おかげさまで犯人を二人とも確保できました」


 ミリオンは、胸に手を当てて、小さく頭を下げる。優美な仕草だった。


「二人は要塞内の牢獄に収監して、すでに取り調べが始まっています。第三盗賊ギルドのギルドハウスは、プーランさんの配下が、隠し部屋に踏み込んで、ほぼ全員を捕縛。ギルマスが殺されかけたので、かなり殺気だってるようですね。第三ギルドのほうは身に覚えがないので、かなり混乱していますが」


――プーランが退かなかったのは、その効果を狙ったのか?


 ミリオン隊長の暗殺未遂は、盗賊シーフにとっての掟破りではあるが、末端の団員にとっては、まだ他人ごとであった。そこで自分が殺されることでギルド員を焚きつけ、その怒気をもって、第三ギルドを一気に制圧したのではないか。

 そう、ふるちんには思えたのである。


「で、大活躍のプーランは、まだ死んだままか?」


「はい。先ほど、解除方法のメモが発見されました」


 パッシブ・スキル〈死んだふり〉の解除方法は、その腐らない遺体から、察知ディテクトスキルでのみ発見できると説明を受けていた。


「なんて書いてあったんだ?」


「〈彼女が最愛する者の口づけ〉とだけ」


 三人の間に、なんともいえない空気が満ちていくのだった。

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