第12話 学校へ行こう!

「というわけで、ミリオン・オーガナー警備隊長どの。あんたには、死んでもらうことになった」


 要塞内の執務室。ふるちんと向かい合って座る隊長は、静かに〈少年盗賊〉ふるちんと、彼が連れてきた二人の仲間を観察している。


「これが一番、黒幕に近づける最善手だと思うんだが」


 隊長は、じっと一箇所ひとところを凝視するのではなく、ぼんやりと全体を見つめている。いかにも剣術家らしい目線に、ふるちんは感心する。


「案としては面白いのですが」


 隣にいる副官をちらりと見て、ミリオンは口を開く。


「部外者の女性を、武人であるボクの影武者に据えるというのは、どうにも承服しがたいですね」


「そうは言ってもなあ」


 ふるちんは頭をかく。


「俺の侵入も察知できないアンタじゃ、暗殺者アサシン相手に分が悪すぎる。俺が四六時中、見張ってても、万が一ってこともあるんだ」


「プーランなら、ルィジーごときに遅れはとらんっ。いくらでもなりすましてやるっ」


 陳情の修道女に変装した女性が立ち上がる。


 ギルドマスターたる彼女の実力は、十分に実証済みである。ふるちんたちが正門を通って執務室に通されたとき、同時に窓から侵入した彼女に、隊長はまったく気付かなかったのである。


「俺は約束通り、許可証で入ってきたぜ?」


 ふるちんは少しも悪びれていない。


「ええ、まあ、はい。彼女とは今日が初対面ですから、確かに窓から入るなとは約束はしていませんけど」


「でも、言われてみれば似てるよね。遠縁の親戚ってくらいには」


 カルラが二人を見比べると、


「そうですかな? 漂う武人としての覇気がまったく異なります」


 ガウスが不服をのべる。


「このジイちゃんが、おまえの世話役かっ?」


 ジジイ呼ばわりにムッとする四十男。


「まったく隊長は奇妙な協力者を、次から次へと」


「ボクも、一晩でこんなに増えるとは想定外です。ふるちんさんですら、身辺調査が終わってないのに。ふるちんさん、この方たちは信用できるのですか」


 初めは〈少年盗賊〉の実名を呼ぶことに躊躇のあった少女も、周りが気にせず連呼するものだから、いつの間にか慣れてしまっていた。


「おいおい、王都の隊長やっといて、このプーランを知らないとは言わせないぞっ。由緒正しい、元祖盗賊ギルドの元締めだっ」


「はい、名前と人相書きは存じています。そして堂々たる賞金首だってことも」


「おまえらごときに捕まるプーランではないぞっ」


 腕組みをして仁王立ちのまま、高笑いをする。


「はいはい、今は味方なんだから、プーランさん落ち着こうね」


 カルラが、ほとんど同年代のはずのギルマスを、保護者のようになだめる。


「解せませぬぞ、隊長。いくら仲間の不始末を仕置きするためとはいえ、本来は仇敵たる盗賊どもが、王都の警備隊長の身代わりを買って出るとは」


 ガウスはまた同じ話を蒸し返す。


「こやつらが今日、ここに顔を出さねば、もし隊長が襲われたところで、盗賊ギルドのシワザと疑う者はいなかった。いわばヤブヘビ、自らを窮地に追いやるだけの理由が知りたい」


「そりゃ、もちろん報酬はいただくぜっ」


 プーランが口走り、ふるちんが額を押さえる。


「それは、もっと関心をもたせてからって言ったろう」


「なにを言ってるっ。こいつら十分、乗り気だぞっ」


 これがギルマスの勘というものか。


「報酬なら、もちろんご用意しますよ」


 隊長は、胸に手をあててうなずく。


「命のやりとりに見合うぶんは、お支払いできると思います」


 会って間もないふるちんに、ぽんと銅貨の袋を渡したほどである。相当の経費を彼女の決済で動かせるのであろう。


「それとも、特別なおねだりでもあるのかな?」


 老練な副官が、ふるちんに水を向ける。


「そりゃ魚心あれば、下心ありってやつだぜ」


 ふるちんが、隠していた案を仕方なしに話しはじめる。


「俺も、盗賊ギルドも、一時いっときの稼ぎが欲しいってわけじゃない。これも何かの縁ってことで、以後も組んだ手を離さず、街の利益に協力してほしいってことなんだ」


「貧民街の治安維持ですか? それはもちろん、ボクたちの仕事ですから」


「いきなり軍隊を駐留させてくれとは言わない。まだ早すぎるからな。そうじゃなくて、俺たちに、自治を任せて、資金や人を融通してほしいんだ」


「もともと無法地帯です。自治はあるようなものでしょう」


 ミリオンは、ギルマスを見やって、


「そこのギルドマスターさんが、街一番の顔役だってことは、みんな知っています」


 ここまでは、ミリオンも異議はないようだ。


「具体的に何を始めようと?」


「まずは学校かな」


「学校、ですか」


「昨日、泥棒市での買い物帰り、スリにあってさ」


「第三ギルドの下っ端だなっ。マヌケそうなヨソ者だけを狙うのだっ」


「解説どうも。マヌケでゴメンな。で、俺は考えた。昼間っから、ああいうことガキがしてるってのは、よっぽどヒマなんだなと」


「ヒマというか、それ以外に食べる手段がないのでしょう?」


「なんだ分かってるじゃないか」


 ふるちんは企画書をテーブルに並べる。

 まだこの国の文字を理解していないため、代書屋に書かせたシロモノだ。


「だったら、学校で、食う手段を身につけさせる。文字を教えてもいい。手に職を付けさせるのも結構。学校にくれば、少なくともメシだけは食わせる。食費を浮かせたければ、勉強にこい、と」


「貧民街に学校だと? しかも子どもに? なんと無駄な。贅沢な」


 ガウスが露骨に顔をしかめた。


「王都にすら、学問所は二つしかない。よほどの富豪か、コネのある地方地主か、あるいは貧乏貴族でよほど優れてた者だけが、そこに通うことを許される。賤民が、僧侶でも気取ろうというのか。あんな生まれ卑しい者たちに学問が身につくはずがない」


「おっさん、文字読める?」


「無論」


「書く方は?」


「う、まあ、多少は」


「隊長殿は読み書きカンペキ?」


「それは、もちろん。ボクは指令書を作成する立場ですし、家庭教師から、一通りの教養は学んでいます」


 剣術にかまけて結構サボりましたが、と付け加える。


「なるほど、これがこの国の限界だ」


 ギルドで聞いたかぎりでは、王都の識字率は決して高くはない。まともに読み書きできるのは一割程度だろう。


 そもそも一部の政治家・軍人以外は、神官くらいしか、文字を読み書きする必要がないのだ。紙も羊皮紙も高価であり、印刷は木版がせいぜいで、人は口約束をなにより神聖視していた。


「読み書きを学ぶだけでも、ほんの一握りに許された職に就ける。街でたった一人でも商人として大きく成功すれば、街が潤うぞ」


「そんな都合よくいくものか」


「そりゃ、ガキは親の背中を見て育つからな。ダメな親の子は、大半ダメだろう。けどさ、あのスリのガキどもって、ギルドが親代わりなんだろ?」


 大半が、親をなくし、あるいは親に捨てられてギルドに拾われた身である。


「プーランは、読み書きくらいできるぞっ」


「こいつ、盗賊ギルドのトップのくせに、むかしから本好きなんだってよ」


「ほう、どのようなジャンルを? ボクは兵法書が好きなんですが」


「プーランは、騎士物語を好むのだ!」


「待て待て、おまえらが仲良しだってのはわかったから、あとにしてくれ」


 脱線しかけるのを、ふるちんが軌道修正する。


「親が変われば、子も変わる。いちばんガキを抱えてる第三ギルドは、今回の事件を理由に、プーランの強権を持って解体し、彼女の指揮下に置く」


「もともと、先代が死んだときに、泥棒市の利権ほしさに勝手に出てったヤツラだっ。ギルマスさえ取り押さえれば問題ないっ」


 ない胸を張るプーランだが、その主張は頼もしい。

 

「プーランが手本を見せたところで、なにも最初から、全ての子どもに学問が身につくとは思っちゃいない。だが、このままじゃアイツら、ジリ貧なんだよ。少しずつ変えていきたい」


「試してみる価値はあるでしょう」


 とくに思案するまでもなく、ミリオンが肯定する。


「いままで救民策として、定期的に食料をほどこしてきましたが、確かにタダで恵むだけでは芸がない。今後はその資金を、学校運営に割くということですね。ボクの裁量で、協力できるはずです」


「それは、ありがたい」


 この隊長、若いが決断力がある。さぞかし剣術以外に、帝王学的なものも修めているのだろう。


「隊長、こんな得体の知れない連中の提案など」


 ガウスはよほど頭が堅いと見えて、まだ反論を試みる。


「得体は、これから知ってくれればいいんだが……」


『どうする、このオッサン。隊長も、ずいぶんガウスを信頼してるから、ちゃんと説得しておかないと、あとで問題になるぞ』


 閃き一本勝負のふるちんには、どうにも根回しや説得が苦手である。

 詰まったときは、即カルラに相談する流れになっていた。


『学校造りのメリットから、ガウスさんが好きそうな話をピックアップしてみようか? たぶんこの人、貧乏なのは努力が足りないとか思ってるタイプよ』


『うー、任せる』


「ガウスさん、学校経営って、治安維持にはとても有効なのよ」


「ふむ」


 聞く耳はあるようだ。


「まず食べるのに困ってる子どもを集めて、生徒をリストにするでしょ。そしたら、次は保護者も掌握してくの。どこに誰が住んでいて、どんな仕事をしているか。誰と仲が良いか。いままで魔境に等しかった貧民街の実態が、つぶさに見えてくるのよ」


 カルラが、管理したがっている側の琴線に触れそうな利点を挙げる。


「確かに……それは妙案」


 なにしろ、当番制の自警団ですら、どこに誰が住んでいるのか把握できず、一握りの有志でしか組織できていなかった。


 小さな街なのに、意外に人の移動が激しい。どんどん貧しい地区へ追いやられるか、死ぬか、衛兵に捕まってしまうからだ。街での盗みがバレて、私刑にあう者も少なくないのが現状である。


「先人の知恵でこんなものがあったという」


 先ほどまで否定的だったガウスの態度が、目に見えて変わっていた。


「新しく赴任した領主が、すべての領民に施しを与えると布告し、家族を申告させ皆に銅貨を与えた。そして、そのときの帳簿をもとに、次は銀貨を税として徴収したという」


「なにそれ、頭いい」


「奪わんと欲すれば、まず与えよ、か」


 ふるちんも感慨深げに、後を続ける。


「名言ですね。古の賢人の言葉ですか」


「老子だったかな」


「ローシ……。初めて聞く名です。軍人とばかり接していると気付かないものですが、教養のなさというのは、あるとき不意に自覚するものですね」


「その軍人には、無論、このガウスも含まれるのでしょうな」


 副官が鼻を鳴らすので、ミリオンが苦笑いをする。


「教師は、原則、王都から派遣する。わずかな間諜を送り込むよりも、ずっと多くの誤解のない情報が手に入り、有効な施策を打てることになる」


 ミリオンは、ギルマスにも改めて確認を取る。


「これは支配の始まりだが、ギルド側では不満はないか?」


「好都合だっ。その情報をもって、我らがギルドが、街からコソ泥や強盗、殺人者どもを一掃するっ。殺しや、身内への盗みはもとより御法度っ。さらにギルド外のコソ泥や人殺しをボコる委任状さえ得られれば、我らギルドは、看板をたたんでも、街の平和に協力するぞっ」


 貧民街の盗賊ギルドは、その掟からも察せられるように、もとより義賊を名乗る犯罪集団である。


 身寄りのないあぶれ者から、働けそうなもの、見込みのある者だけでも保護し、盗み仕事を教える。街の外に出稼ぎに行っては、街で金を使い、盗んだものを泥棒市で売り飛ばし、街の経済を活性化させる。


 そんな生業を続けてきた彼らは、街では義士・義人を自認していた。

 宰相直下の王都警備隊と組むことで、盗賊ギルドは、大きく変わるだろう。


「なにしろ、プーランほど、あの街を愛し、愛されている者はおらんからのうっ」


 根拠不明の高笑いを横にして、ミリオン隊長がふるちんに問う。


「これは、あなたが考えた計画ですか?」


「最初の提案だけは、な。あとは、カルラとギルドの連中とで検討した」


「ボクよりだいぶ歳下だと思っていたのですが……しっかりした人ですね」


 聞いた話では、ミリオンはおそらく十六くらいとのことだ。

 この室内では、ふるちんを除いて最年少であるが、数百人の兵を指揮する者として、その立居振舞は誰よりも堂々としている。


「しっかりしてるのは、あんたのほうさ。俺はとくに処世術ってのが分からないんで、いつでも直球勝負になる。まあ、これからも、無礼と欠礼の連続になるが、仕事内容で評価してくれ」


 大筋の合意を見たことで、ふるちんは力を抜く。

 背中をイスに預けて、今日いちばんの深呼吸だ。


『ねえ、ふるちん、隊長さんのクエストって、まだ未達成?』


 念話でカルラが尋ねる。


『ああ、まだ表示されている。達成率は……二〇%だそうだ』


『ってことは、この学校づくりは、あんたのクエストじゃないってわけね』


『直接は関係ないようだな。俺が単純にやりたくなっただけってこった』


『これ、絶対にこのゲームの目的から外れてるよね。面白そうだけど』


『自分専用の音楽スタジオまで作ってたカルラに言われたくはないなあ。そもそも、人との関わり合いを楽しむのが、ネットワークRPGなんだろう?』


『それは、プレイヤーどうしの話。NPCを巻き込んでまでイベントやらかすとは普通思わないわよ』


『そうかな。これだけ自由度が高く、NPCのAIも優秀だと、もう、ひとつの世界をまるまるエミュレーションしてるとしか思えない。そういうゲームだって言ってるようなもんだ。そもそも、こいつらは本当にAIなのか? 開発会社のやつらが人力で操作してるって話、あながち妄想でもないかもしれん』


『そりゃないでしょ。だってリアル世界と比べて、こっちじゃ時間の流れが一四四〇倍も早いのよ。外の世界でオペレーションできるもんじゃないわ』


『そうか、そりゃ無理な話だな。神は天にいまし、全て世は事もなし、ってやつだ』


『また名言引用いただきました。あ、ちょっと待って。チャットに、見たことない表示が』


 ふるちんも、チャットに視線を動かす。


 これらのやりとりが、室内の出席者には、二人がわずかなアイコンタクトだけで意志を通じているように見えていた。


――すばらしい姉弟ですね。お互いをわかりあっている。血は繋がっていないようですが、長く一緒に旅をしてきたのでしょう。そのことを、いつかうたっていただきたいものです。


――得体の知れない連中だ。有能なのは確かだが、監視を怠るのは危険だろう。副官として、よく隊長をお守りせねば。


――つくづくコイツら、へんな組み会わせだなっ。恋人どうしかっ? いつか暴いてやるぜっ。ワクワクするっ。


 そんな思惑をつゆ知らず、ふるちんたちは、チャットの対応に追われていた。


『誰か聞こえていますか? 助けてください! ゲームを始めたら真っ暗なんです!』


 オープン・チャットという、ログインした誰もが発言できる一斉同報通信ブロードキャストの機能だった。

 いままで誰の通信もなかったせいで、ふるちんたちも機能に気付かなかった。


『俺たち以外のプレイヤー初発見!』


『どうしたの? あなた、いまどこにいるの?』


『見えない、怖い、どうしたら場所がわかるんです? 声が近いけど、あなたたちは今どこ?』


 若い女性の声だった。


『これはチャット機能よ。距離はわからない。まずは場所ロケーションを表示して』


『どうやったらログアウトできるんですか? 痛い、息が苦しい!』


『落ち着いて、居場所を表示しろって。操作卓コンソールは見えてるんだろ?』


『場所? 場所は……』


 操作を説明している間も、チャットから恐怖が伝わってくる。


『場所、場所はバルバデン=ギリウス……です』


 新プレイヤーの言葉に、カルラの表情が凍り付いた。


「それは……助けられない」


 室内の全員が、カルラを見る。


「カルラ、どこなんだ、そこは。バルバデン=ギリウスって、何の話だ」


 両肩をゆさぶるも、蒼白な顔のまま反応がない。


「バルバデン=ギリウスがどうかしましたか?」


 心配げな表情で、ミリオンが問う。


「ああ、そこに行きたい急用ができちまったんだ。行き方を教えてくれ」


「行き方……ですか。ボクが知ってるのは島なんですが」


「たぶん、そこだ。航路はあるのか」


「航路もなにも、数百年前に沈みましたよ。神々の怒りをかって」


 ふるちんが固まる。


「沈ん……だ?」


「そういう伝説がある幻の島の名前です。誰も行ったものはありません」


 ふるちんの耳に、オープン・チャットからの悲痛な叫びが、なおも響いていた。

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