第2話 はじめまして盗賊です

 初めてのネットワークRPGにログインした〈少年盗賊〉ふるちんは、身軽に柵を飛び越えると、共同墓地を後にした。


「これってオープンタイプのRPGだろ? 街に出れば、わりと初心者向けの冒険クエストがあるんだろうな」


 何をしても、逆に何もしなくても生きていける……とのことだが、手持ちの銅貨は少ないし、のっけから腹も減っている。

 街に出て食事をするなり、仕事を得るなりしなくてはとの焦りがある。


「さすが第五世代の没入型。なんとなくで、賑やかな場所がわかるんだよね」


 自働作成される地図を傍目に見ながら、音や雰囲気、あるいは勘を便りに歩みを進める。

 ほどなくして、彼は大通りに出た。


 突如、彼の五感に飛び込んできたのは、


 石畳を踏みしめる革靴の感触。

 行き交う人々の体臭と喧噪。

 飼葉桶の干し草の香り。

 ツノの生えた獣が荷車を引く振動。

 肉やパンを焼く煙たさと匂い。

 赤い太陽と、黄色い太陽が照らす暖かさ。


 どれも、彼にとっての初めて感覚で、なのに疑いようのない現実感・臨場感の洪水だった。


「平日の昼間っから、ずいぶん人がいるもんだな。そうか、ここが王都か。たった一〇〇〇人限定のベータ・テストだって聞いてたけど、それなら納得だ」


「道の真ん中で、ぼーっと突っ立ってるんじゃねえ」


 いきなり誰かに、突き飛ばされた。

 思ったより衝突判定がシビアなようだ。


「むぎゅ」


 しかも踏まれた。

 ずいぶん荒っぽいプレイヤーがいる。


 そして通行人に「あらあら、大丈夫?」などと声をかけられる。


「あ、ありがとう」


 差し出された手をとると、かごいっぱいに焼きたてのパンを抱えた妙齢の女性だった。

 ワインでも入っていそうな色付きビンが傍らに置かれている。


「あなた、この町は初めて?」


 なんと親切な人だろう。

 初心者の扱いに慣れた、ベテラン・プレイヤーに違いあるまい。


「ああ、そうなんだ。俺の名は、ふるちん。職業クラスは盗賊なんだけど、ギルドがどこにあるか知らないかな」


「はあ、盗賊」


 女性は口を半開きにしたまま、少年の立ち姿を眺める。


「盗賊……盗賊……って、きゃああああああッ!」


 女性の甲高い悲鳴で、通行人も露天商も、通り沿いの住人の誰もが、注目だ。


「盗賊よ! 誰か! 武器もってる!」


 姿格好が、いかにも盗賊然としており、もはや言い逃れはできない。

 大通りだけに店が多い。男たちが棒きれをつかみ、じりじりと近づく。

 女たちも人垣を作って、逃がすまいとする。


「こんところ押し込み強盗続きで、もう勘弁ならねえ。半殺しにして、アジトを吐かせてやる」


「誰か兵隊さん呼んで」


「え、あの、ちょっと」


 ひゅうと振り下ろされた棒を除け切れたのは、偶然に近い。

 そのあとも、かすらせつつも、致命傷を避ける。

 数字が視線内を飛び跳ねる。

 回避するごとに、スキルが上がり、経験値的なものもゲットしているようだ。


「すばしっこいヤツ」


「刃物に気をつけろ」


 しかし子どもの身で、大人数人に囲まれては、すぐに限界がくる。

 足に長棒がからめられ、地に倒れると、あとはタコ殴りとなった。


「痛い、死ぬ、痛い、死ぬ」


「いいから死ね、はやく死ね」


 そこに、ポロリポロリンっと弦をつまびく音が聞こえていた。


 ――あれ、もうすぐ俺って死ぬのかな。痛みを感じなくなってきたぞ。


 集団リンチは、小さな竪琴を奏する女性によって、みるみる沈静化していった。


「ごめんなさーい」


 ペコリと一礼。

 そこには、帽子を目深にかぶり、両耳まで覆う銀髪でもって、片目も隠した女性が立っていた。


「あら、カルラちゃん?」


「はーい、みんなのアイドル、旅芸人のカルラでーす。どーも、うちの弟子がお騒がせしちゃってー」


「八百屋の二階に下宿してる……」


 わりと有名人のようだ。


「弟子?」


「あー、おいちゃん、どーもどーも。昨日以来のお久しぶりんこ。これ実はウチの舎弟なんですよ。練習中に役にハマりすぎると、現実と区別つかなくなっちゃってー」


「おいおい、お芝居だったのかよ」


「警備兵が来たぞー」


 馬の蹄鉄の音も聞こえてくると、みんなの視線がそちらを向く。


 やってきたのは、先頭がずいぶん若い兵士で、後ろに槍持が数人。

 いずれもマント姿で、馬の腹にはキラキラ飾り立てた盾をくくりつけ、どうやら実用性より、格好付けを重視する一団のようだった。


「すんません、隊長さん。どうも、間違いだったようで」


「間違いとは、どういうことです」


 馬上で問いただす兵の長は、髪を短く切りそろえ、声変わり前の少年か。

 服やいている剣の装飾を観ても、一介の衛兵には不釣り合いな豪華さである。


 隊長は、殴られまくって顔面がボコボコのふるちんを見て、少なからず衝撃を受けたようである。


「隊長さん?」


「た……たしかに、この昼間から、いかにも盗賊という出で立ちというのは、ありえませんね」


 カルラの弁明や、住人の目撃情報を聞き取り、納得したようだ。

 何度も馬上で振り返りはしつつも、思ったよりあっさり馬を返していった。


「さあさあ、キミも、大げさに倒れてないで、立った立った」


 うながされるまま立ち上がった少年は、額や鼻から血を流しながらも、カルラに引っ張られていく。


「みんなごめんねー。よく言ってきかせるからー」


 街のみんなに手をふりつつ、建物の陰に入るや、ふるちんに肩を貸す。


「あたしの音楽で、痛みはないよね? 家に戻ったら治療したげるから、もう少し頑張って」


 ああ、助けられたんだな、と、ようやく少年にも実感が追いついてきたのだった。 

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