第1部 バルバデン=ギリウスの復活
第1章 王都改革編
第1話 目覚むれば地下墳墓
初めてこの世界を訪れたとき、あたりは闇に覆われていた。
新世界への扉を開け、勢いよく一歩を踏み出したはずの彼は、見えない壁でヒザをしたたかに打ち付けたのだ。
漆喰と石灰の粉が舞う。
「いな、いな……」
あまりのダメージに声が出ない。
「なんだよ、真っ暗だぞ。しかも、前も後ろも何かあって動けない。いきなりバグってんのか。この匂いだって、サーバーが焼けてるとしか」
ひとしきり悪態をつくと、冷静に考えはじめる。
「身体が満足に動かないってことは、操作をまだ受け付けていないのか」
オープニング・ムービーの続きか。
あるいはチュートリアルが始まるのか。
オンラインRPG初挑戦という彼でも、それくらいの発想はできた。
しだいにガンマ値が変化し、情景が見えてくる。
どうやら自分が石造りの棚に寝かされていることがわかると、彼は身体をじりじり横滑りさせて、ようやく足を床につけた。
土ともカビとも違う、渇いた臭いが鼻をつく。
「くっさ!」
どうやら、このキャラクターは夜目が利くようだ。
あたりを見回すと、ひからびた死体や、破壊された棺桶が、あちこちに散らばっていた。
「なんだよ、死体置き場じゃんよ」
正確には共同墓地である。
それも、久しく打ち捨てられた地下墳墓だ。
棚という棚には、剥き出しの遺体が無造作に寝かされ、さながら黄泉路への寝台列車である。
「おかしいな、マニュアルでは街はずれに出現するはずなのに。まあ、まだ正式リリース前だから、いろいろ調整してる最中なんだろうな」
自分の身体を手探ると、どうやら半袖の服を着ているようだが、バッグの類いはない。
腰には短剣。
頭には帽子。
ポケットには
「つぁー、ヒザ、すげぇ腫れてるじゃん。いてて。没入型って、ダメージも痛みで把握するのな」
没入型RPGとは、俗にVRMMOとも呼ばれる、精神を丸ごとサーバーに預けたかのごとき超リアル体感を可能にしたロールプレイングゲームのことだ。
彼が涙目になってるうちに、ステータス画面が表示されていた。
「ずっと目の前に表示されてたのか? 観ようと思ったら焦点が合うって、不思議な感覚だな、これ」
上から内容を確認していく。
名前:ふるちん
「うぉぁあっ? なんだ、これ!?」
キャラクター・メイキングの段階で、適当に付けた記憶はあったが、とんでもない名前になっていた。
「いいのかよ、これ。猥褻な言葉とか、差別用語とか、規約で禁止されてたはずだろ」
職業:
後ろの数字は年齢のようだ。
「十八歳以上ってのも規約にあったはずだが……キャラはいいのか。しかし、十二で盗賊たぁ、
この職種というのは、ゲーム開始時の心理テストの結果が反映されているらしい。
深く考えず、ほぼ直感でいいかげんに回答したので、問題文はほとんど覚えていない。
その他もろもろ、数字の羅列を眺めてみる。
集中していないと、すぐに消えてしまう難儀な
「他の能力値と比べると、やっぱ
初めて見る画面なのに、不思議と理解が脳に流れ込んでいる。
この最新の没入型ゲームでは、五感のすべてが脳に直接送られているそうだ。
情報も、見ようと思った瞬間、直感的に転送されているのかもしれない。
「おっそろしい技術だな。このゲームの基幹技術が一般社会に応用されたら、どんなことが起こるやら」
彼――ふるちんはゲームに疎い。それでも、この技術がとんでないことは理解している。
そんな高度な科学技術によって創造された仮想空間が、この古めかしい石造りの共同墓地だとすれば、ずいぶんギャップと
どこまで現実の史跡に似せているかは不明ながら、実感としてのリアリティは、申し分ない。
「監修に文科省がからんでるって話、まさかこのへんの絡みか?」
ぐしゃりと踏んだのは、すっかり枯れ果てた手向けの花や、色あせたリボンの類。そして、時代もわからない遺骸の一部だ。
足の裏の感触もまた、不気味なほど現実味があった。
「とにかく人がいる場所を探そう」
より暗い方向を見つめるたびに、何かの数値がチキリ、チキリと増えていく。
「『人生これ修業』……ってやつか。何でもかんでも評価されるんなら、寝てるだけで開花する才能もあるんだろうな」
ようやく見つけた扉から外に出ると、そこもまた墓地だった。
やはり
石碑のほとんどは倒れて久しく、コケと木の枝で覆われていた。
平型の墓石の上には、野良イヌが寝そべっている。
「この世界にも、イヌはいるんだな」
地下から表れた彼に驚くふうもなく、すんすんと臭いをかいでくる。
「お前の主人もここに眠っているのか? さっき蹴飛ばした遺体がそれでないことを祈るぜ」
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