第3話 残念なヒロイン

「マジで死ぬかと思った。殴られてる最中って、本当に痛いのな」


「弱虫だなあ。あたし、こないだ結構な高さから落ちたけど、体力ゲージが真っ赤になるだけで、たいして痛くなかったし、骨も折れなかったよ」


 わりと無茶な娘だった。


「それ弱虫とか気合い不足とかのレベルじゃないぞ。〈没我ヘブン状態〉とか、吟遊詩人の特殊なスキルじゃないのか?」


「個人差かなあ。盗賊だっけ? 手先の器用さにかかわるから、デフォルトの触覚設定が、わりと高感度になってるのかも」


「それって、変更できるのか? いちち」


「こら、動くとターゲットが外れる」


 カルラの住む下宿に転がり込んだ少年盗賊は、寝台に腰掛けて、自働実行オートパイロットによる治療を受けていた。


 傷口を水で洗い、薬を塗り、包帯を巻く。その一連の動きは、この吟遊詩人が意識することなく為されている。


「町の治安は、基本、住んでる連中で守るもんなのよ。でも、ここは王都だから、貴族さんも大勢いて、正規の警備隊もいるってわけ」


「やたら服が豪華で、貴族っぽかったけど、あんなんで賊と戦えるのかな」


「このゲームの舞台設定が、フランス革命前のヨーロッパに近いから、軍服はみんな豪華みたいだね。とくにあの隊長さんは、たしか公爵だかの子って話で、格式が違うんだよ」


「公爵って、上から数えたほうが早いやつ?」


「この国では、いちばん上の爵位。よっぽどすごい功績があったか、王様の親戚だろうね。貴族の長子は、軍務を経験しとかないと格好がつかないみたい。王都の警備隊長は、たいした危険もないし、箔付けにはもってこいの名誉職だってさ」


「へーえ」


「さすがに近衛騎士には劣るけど、あっちはもう、本職の軍人さんがなるの。あ、治療終わったね」


 二人が気付かないうちに、カルラの手は止まっていた。


「体力、どう?」


「ん、だいぶ回復したかな」


「満タンになるまで、ゆっくり座ってて。なんなら、そこで寝てもいいよ」


「いや、さすがにそれは」


 ゲームとはいえ、なにしろ、このリアリティである。


 映画のセットのような構造物が目の前に広がり、足下には羊の毛で編んだ敷物の感触。


 部屋の中には、コルク材と接着剤の匂いが満ち、かすかに汗と香水の匂いも混じっている。


――ああ、この子は、ここで生活しているんだ。


 そう気付いた瞬間、気恥ずかしさという概念が彼にダウンロードされ、脳内に高速解凍されたのである。


――落ち着け。これはゲームだ。ゲーム世界なんだ。オレは先任プレイヤーに助けられた新人ニュービーにすぎない。そもそも、彼女は、現実では男かもしれないんだぞ?


 そんな懸念を察したのか、カルラは吹き出す。


「子どもがそんなこと気にしないの」


「いや、子どもなのは、キャラクターの外見だけで」


「キャラクター・メイキングで心理テストやった?」


「あの質問がやたら多いやつ? あったけど」


「あれ、精神年齢を調べる意味もあるんだよ。あたしは、実年齢に近い乙女。子どものアバターを与えられたってことは、キミは、お子様ってこと」


「たしかに、性格診断みたいなやつもあったけど、残りの大半は、単純なクイズや、古典的な思考実験ばかりじゃないか」


 そうそう、とカルラは両の手を打つ。


「あたしね、あれの半分は、『Ultima』のオマージュだと思うんだ」


「それは何のことだ?」


「最古のコンピュータRPGの一つ『Ultima』シリーズの第九作……ううん、やっぱり第四作ね。正式なタイトルは『Ultima Ⅳ 聖者への道』。現在まで連なるあの独特の世界観を確立した記念すべき作品よ」


 急に饒舌になって、心のなしか片目も金色に輝いている。


「これって、八つの〈徳〉を極めるっていう、当時としては斬新なテーマのRPGだったのよ。そして、徳に応じた八つの職を選ぶため、どちらも間違いとはいえない二択の問いを仕掛けてくるの。例えば、預かった金貨を届けるか、見かけた貧しい人に一部与えてしまうか。これは〈誠実〉と〈慈悲〉を天秤にかけた問題ね」


「なるほど。で、残り半分は?」


「たぶん『ホーリーグレイル』のオマージュ」


「そ、それもゲームか?」


「そそ。ちょっと前の、たしかWindows3.1時代の伝説的なアドベンチャーゲームね。正確には『モンティ・パイソンのホーリーグレイル』。アーサー王たちが聖杯を捜し求めるんだけど、冒頭でユーザー登録と称して、好きな色から、アッシリアの首都まで質問攻めにするの」


「アッシリア?」


 脳内データベースを検索する。


「かつてはアッシュール、やがてニネヴェに遷都したようだが、どちらが正解だ」


「んもう。アーサー王伝説がテーマなのに、脈絡なくアッシリアの話題が出てくるってのが面白いんだから、素直に笑いなさい。でもって、これって英国コメディ集団の同名映画のネタを、ゲームに落とし込んでるわけよ」


「ああ、つまり映画の内容をゲーム化したわけか。ようやく話が見えた」


「映画ファンは、そうだと思って適当に答えちゃうんだよね。でも、自分がどう回答したか忘れてると、あとでハマるのよ。よくできた引っかけ。その意味では、アーサー王つながりの『惑星メフィウス』を彷彿ほうふつとさせるかな」


 次々と知らないゲーム名が出てきて、ふるちんは検索に追われる。


「そして、この冒頭の質問攻めをやったゲームが他にもあるの。本当にくだらない質問ばっかりで、途中で『そろそろ飽きてきませんか?』とか聞かれるのが、プレイヤーをなめてるけど」


 聞いてほしそうだったので、そのタイトルを問う。


「これは人気OVAオリジナル・ビデオ・アニメのファンディスクで、『天地無用!魎皇鬼 ごくらくCD-ROM2 今度はRPG(笑)だってよ!』ね」


「長いな!」


「えー、短い方だよ。もっと長いソフトなんて、いくらでも」


「先を続けて」


「えっと、この『ごくらくCD-ROM2』は、もちろん『ホーリーグレイル』のあとの発売で、ああいうネタまみれのゲームもどきを作りたかったってのがヒシヒシ伝わってくる怪作だったわ。一方的に影響を受けた劣化コピーなんかじゃなくって、スタッフロールの上を歩けたり、オリジナルな仕込みも豊富で」


 とにかくこの女性は、ゲームの話となれば、文字通り目の色が変わるようだ。

 ふるちんは、一方的にもたらされるデータの洪水に圧倒されつつも、懸命に自分に役立ちそうな情報をすくいとろうとしていた。


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