第7話 転生6
「――おにいちゃん!」
「ああ、わかってる!」
森の奥から突然聞こえた、明らかにそれまで聞こえていた自然の音とは異なる音。
それに同時に気付いた兄妹は、硬直することなく、すぐさま動いた。
「さてさて、鬼が出るか蛇が出るか…」
「いやいや、どっちが出ても今の私達にとっては死活問題だからね?」
そんな軽い遣り取りを交わしながらも2人は互いに迷うことなく、草原の中心、360度を障害なく見渡せる位置に駆け出していた。
「冗談だよ。だが実際、何だと思う?」
「ん~、楽観視するなら、果物か何かが落ちただけ。現実的には、何らかの生き物が動いたから。最悪なのは、何らかの生き物が動いていて、私達の存在に気付いていて、追いかけてくるってところかな」
「同感だ。ちなみに俺は、3つ目だと思う」
「その根拠は?」
「嫌な予感がする」
「…ほぼ確定だね…」
草原の中央に辿り着いた2人は、まるで示し合わせたかのように背中合わせで立った。
瑞穂が音の聞こえてきた方を向き、瑞希はその反対を向き、両者は周囲を警戒する。
「とりあえず、あの音が何らかの生き物が動いた所為で生じた音と仮定して、どんな生き物なのかわかったりするか?」
「さすがにあの音だけじゃ何もわかんないよ。ただ、異世界モノの定番なら言えるよ」
「それでもいい。教えてくれ」
「一番多いのは低級なモンスター。レベル1の弱い主人公でも倒せるくらいのやつ」
「それなら御の字だな。他は?」
「山賊や奴隷商みたいな悪意を持った人間。もしくは、通りすがりの優しい旅人」
「前者はきついが、後者なら助かるか」
「あとはいろいろ。とんでもなく強い敵とか、転生前の知り合いとか、仲間になってくれるモンスターとか、挙げればキリがない」
「…ほんと、よくそんな思い付くな…」
「それは地球の作家さん達に言ってよね」
「こんなことなら俺も読んどくんだったな…っ、…やっぱこっち来てるな」
断続的に聞こえていた草木が動かされるような音は少しずつ大きくなり。
瑞穂の視界には、明らかに風以外の要素によって動く草木の姿が映っていた。
「…たぶん、そんなにでかくない。数もおそらく1か2ってところだな」
そちらの様子を見ることが出来ない瑞希のため、瑞穂は分かる範囲のことを伝えていく。
「こっちに変な動きはないよ。とりあえず囲まれてるってことは無さそうだね」
「そりゃ朗報だ。…―――っ、見えたぞ!」
「っ!」
揺れ動いていた草木へ向けていた瑞希の視線の先。
瑞穂の掛け声に合わせ振り向いた瑞希の視線の先。
そこにいたのは、
「…なんだ、あれ?」
全身の色は緑。二足歩行で動き、姿形だけならまるで痩せ細った子供。
身に纏う物は何もなく、頭髪や体毛の類も見えない。
耳は尖がっており、瞳は赤一色。
「――ギギャァァァッ!」
「っ!?」
人よりも横に裂けた口から発した声は、不快感しか感じさせない獣のような叫び声だった。
「…ゴブリンだ…」
「(ゴブリン?いや、今は!)瑞希っ、周囲の警戒!」
「へ?おにいちゃん!?」
瑞穂は瑞希へ指示を伝えるやいなや、ゴブリン(仮称)に向かって駆け出した。
「ギャギャッ!」
ゴブリンもまた、突然動き出した瑞穂に向けて動き出した。
互いの距離は約10メートル。共に動き出せば僅かな時間で埋まる距離。
「(俺より遅い!)」
僅かな時間がとてつもなく長く感じるといったこともなく、考えたのはそれのみ。そんな瑞穂が取った行動は、単純なもの。
右手で左腰に下げていたマチェットを抜き、ゴブリンの左手側に向かってのダッシュ。
ゴブリンは瑞穂に向かって走りながら、右手に握った棒を振り上げ。
両者が近付いた所で、ゴブリンは勢いそのままに、瑞穂目掛けて棒を振り下ろし。
瑞穂はそれを避け、すれ違い、ゴブリンの背後に回ったところで急ブレーキ。
慌てて振り返ろうとしたゴブリン目掛け、上から下へ、マチェットを振り下ろした。
「――ギ、ギ…」
特に細かな狙いをつけずに振り下ろしたものの、その刃は運良くゴブリンの脳天に当たり、そのまま顔の真ん中辺りまで進んだ所で、刃は止まっていた。
「(…こいつ、ちゃんと骨あんのか?)」
そんなことを考えながら、瑞穂はゴブリンごとマチェットを横に振り抜いた。
「(案外軽いな)」
おかげでマチェットはゴブリンから抜け、ゴブリンの身体は糸の切れた人形のように転がっていく。
しかし瑞穂は気を抜かず、マチェットを構えたままゴブリン身体を見続けた。
「(――…9…10。…さすがに、死んでるか)…よし」
そして体感で10秒を数え、全く動かないことを確認したうえで、ようやく張っていた気を抜い――
「よしじゃないでしょこのバカァ!」
「おぅふっ!?」
――瞬間、視界の外から受けた攻撃、感触からして頭を思いっきり平手で叩かれた。
「んな、いきなり何すんだ!びっくりしただろ!?」
あまりにもタイミングが良過ぎたことで、瑞穂は心臓が口から飛び出るほどに驚き、その実行犯であるはずの妹に文句を言おうと振り返り、
「うううぅっ…!」
「…あ~、っと…」
妹がこちらを睨みながら、思いっきり泣いてる姿を見た結果、ほんの僅かな怒りと共に、言おうとしていた文句は消失した。
「…うん、ごめんな?いや、言いたいことはわかるぞ?」
「んううぅっ!」
「うん、そうだな。今回は俺が全面的に悪い。すまなかった」
「むううぅっ!」
「いやほんと、勝手に飛び出して、危ないことして、心配かけて、ごめんな」
「…っわ、わがってるなら、っ、ごんかっいは、許して、あげる…っ」
「ああ。…ありがとな」
「…ん…」
許してくれたこと。心配してくれたこと。自分のことをそこまで想ってくれたこと。
様々な意味が込められた兄の言葉を、瑞希はその意味を違えることなく理解していた。
「そういえば、あいつが出てきたときに何か言ってたよな?」
妹の頭を撫でながら、瑞穂は気を紛らせるために話しだした。
「う、うん…。…あれって、たぶんだけど、…ゴブリンだと思う」
「…なんか聞いたことあるな」
ようやく落ち着いてきた瑞希も、調査の時と同じ様な調子で返す。
「ファンタジーモノの映画とかにも出てくるから、それじゃないかな?そうでなくても、魔物やモンスターとかの代名詞って言えるくらい有名だから。それで、私が読んでた小説にもよく使われてて、見た目も結構似通った形で書かれててね。あれを見て、咄嗟にゴブリンだって思っちゃったの」
「ふ~ん。ちなみに、なんか特徴とかあったりするのか?」
「えっと、作品によって結構幅広いんだけど…、知能は低いけど集団行動を取ったりするっていうのが定石。あとは、身体能力に優れてたり、魔法が使えたり、弓矢が使えたり、集団を統率したりする、上位種や変異種がいるのもよくあるかな。他には女性を…、いや、これは今は関係ないからいいや」
「?…まあ、随分と種類豊富なやつなんだな。んで、瑞希から見た感じ、あれはそういう特殊なやつだったりするのか?」
「ん~…、あれはたぶん通常種の、物理攻撃をしてくるだけのタイプじゃないかな。何かする前におにいちゃんが倒しちゃったから断定は出来ないけど」
「なるほどな」
「あ、でも今の話しはあくまでも創作物の、想像上の話しだからね?この世界にいるゴブリンがそうだとは限らないし、そもそもあれが私の言うゴブリンなのかどうかもわかんないんだし――」
「それはわかってる。ただ、あれと似たようなやつがいたとしても、全く同じ行動パターンをするとは限らないっていう心構えとして覚えておくだけだから」
「…うん、それならいいんだけど。…私の知識って、今のところは役に立ててるけど、この先それが変な先入観になって、致命的な失敗に繋がるかもしれないから、おにいちゃんはあんまり鵜呑みにしなくていいからね?」
「…ん、わかった。それも含めて覚えておこう」
「うん。…じゃあ、そろそろ片付けよっか」
「ん?」
「それと、あれのだよ」
そう言って瑞希は、何故か兄が握り締めたままのマチェットと、いろいろな液体が漏れ出ているゴブリンの死体を指差した。
「…あ、ああ。それもそうだな。(…?なんで俺は、こいつを握ったままだったんだ?)」
妹に言われて初めて、瑞穂は自分が血濡れのマチェットを握り締めたままだったことに気が付いた。
別に緊張が抜けていないとか、戦闘時の高揚感が残っているというような感覚は無く、意識してしまえば難なく力は抜けて行く。
そんな自分自身の状態に疑問を抱きながら、一先ず血振りをして鞘に収めようとしたところで、
「あ、ちょっと待って」
「ん?」
「さすがにそのまま鞘に戻したら、血が乾いて抜けなくなっちゃうよ?それに、血とか脂が残ってるとすぐに錆びついちゃうって言うし。それを使って少し試したいことがあるから、その後で綺麗にしよ」
「お、おお。わかった。(…なんでそんなこと知ってるんだ?)それで、試したいことってなんだ?」
「やりたいのはあれの解体。具体的には、魔石があるか調べたいの」
「…やりながらでもいいから、解説を頼む」
妹からの突然の解体宣言に少々面食らってしまったが、続く魔石という単語からして、そこには明確な理由があるようだ。
「うん、もちろん。あ、でもおにいちゃんは周囲の警戒お願い。血の匂いに引かれて猛獣が寄ってくるとか最早テンプレだし」
「わ、わかった(さらっと恐ろしいこと言うなぁ…)」
瑞希は兄からマチェットを受け取り、それでゴブリンの身体の、主に胸の辺りを切り裂き、抉るようにしていきながら、話しを続ける。
瑞穂は妹の声に耳を傾けつつ、時たま解体作業の方に目を向ける以外は周囲の警戒に徹した。ついでに、血を拭き取るための布の類が無いので、数に余裕のある毛布を切り裂いたりもしていく。
「まず魔石についてだけど、ファンタジー系の物語の多くに存在する、何らかの不思議な力を秘めた結晶、って言えばいいのかな。扱われ方は物語によって似たり寄ったりで、主な用途としてはエネルギー源とか触媒、宝石として書かれてることが多かったね。それでも共通している点があって、魔石はモンスターの体内にあるっていうところと、換金出来る素材っていうところ」
「…つまり、その魔石があれば、稼ぎになるってことか?」
「そゆこと。まあ普通に考えれば、そんな都合のいいものが生き物の体内に都合よく入ってるなんて有り得ないって思うんだけど、そんな創作物に頻繁に出てくるゴブリンに似た生き物がこうして目の前にいるなら、もしかしてって思っちゃうじゃん?無ければ無いで別にいいけど、もしもあったらこれからの生活に繋がるか…ら?」
「ん?」
「ちょ、ちょっと待って…」
「うん?…っておいおい、そんなことして大丈夫なのか?」
瑞希が気付いた時には既に、瑞希は腕まくりをして、かなり乱雑に切り刻まれ開かれたゴブリンの身体の中に手を突っ込んでいた。
「…手に怪我とかは、してない、から、…しっかり洗えば、たぶん平気…っと、これかな?」
そして引き抜かれた、ゴブリンの血に染まった手には、何かが握られているように瑞穂には見えた。
「ん~、血の所為でよくわかんないな…。おにいちゃんお水出してー」
「ああ。…手もしっかり洗うんだぞ」
「は~い」
瑞穂はアイテムバッグから水筒を取り出し、瑞希の手に少しずつ掛ける形で水を流していった。
そうしてこびりついていた血を手と一緒に洗い流してみれば――
「…いや~、まさか本当にあるなんてね~…」
喜びと困惑を半々に感じさせる微妙な表情で呟く瑞希の手には、黄土色に光る結晶が乗っていた。
光自体は鈍く弱々しいもので、サイズも直径5センチほど。球状ではあるものの、その表面は叩いて砕いて成形した石のように面と角が乱雑に組み合わさって出来ている。
「なんだ、お目当てのものが見つかったのに嬉しくないのか?」
それが魔石であるかどうか、現状では断定出来ない。
しかし、モンスターの体内から出てきたうえ、それから微かに感じる得体の知れない何かが、それがただの石ころではないと思わせるのだった。
「嬉しくないわけじゃないよ?実際これが売れてくれるなら、危険と引き換えだけど、この先確実に稼げる手立てが一つ出来たわけだし。…ただ…」
「ただ?」
「…これがあるってことは、いろいろと考えるべきことが増えちゃったな~、ってね…。嬉しさ半分、憂鬱半分、って感じかな」
「ふむ…。まあ、その辺のことは結局、街に辿り着かないとどうにもならないことだろ?」
「まあね。今これについて関係あるのは、精々街までの道中で遭遇したモンスターからこれを取り出すっていう手間が増えただけだし」
「それはそれで結構手間なんだがな――っと、こんなもんか」
解体と摘出を終えた瑞希と話しながら、瑞穂はマチェットに付いていた血脂を水と毛布の切れ端で適当に綺麗にしていた。
おかげで、真っ赤に染まっていたマチェットは元の黒光りする刀身を取り戻した。
「そんで、これはどうする?適当に森の奥に捨ててこようか?」
マチェットを鞘に収めた瑞穂は見るも無残な、生臭さも感じられるようになってきたゴブリンの死体を指差しながら、瑞希に行動の確認をとる。
「ん~、それでもいいんだけど、…こっちに入れちゃった方が楽じゃない?捨てるのは明日移動しながらでもいいんだし」
そう言って瑞希は、傍らにあるアイテムバッグに目を向けた。
「…他の荷物に血が付いたりとか、匂いが移ったりとかしないか?」
「その辺はやる前に軽く実験してみようよ。私の予想だと、たぶん大丈夫だと思うけど」
それから2人は簡単な検証を行い、どうやら中の荷物はそれぞれ個別に、完全に隔離された状態で収納されていることが確認出来たところで、ようやくゴブリンの死体をアイテムバッグに収納した。
ただし、地面に流れ落ちてしまった血についてはそのままになってしまったので、若干の血生臭さはその場に残ってしまったが。
「あとはここで焚き火でもすれば今夜は大丈夫でしょ」
「う~ん…、次からは後始末のことも含めて、殺す場所とか殺し方も考えなきゃだな…」
「それは戦闘に余裕が出てからでもいいんじゃないかな。あ、でも余裕が無いからこそそういうのを考えなきゃ駄目なのかな…?」
「まあ出来る範囲でやってみるさ。一先ず今は薪になりそうなものを拾いながら、森の調査を進めようか。まだ日が沈むまでは少し時間あるしな」
「あ、そっか、薪集めないといけないんだ」
「火打石と火口しか荷物には入ってなかったからな」
「う~、それならさっき調べてたときにも集めとけばよかったな…」
「そんなに気にするなって。見た感じ枯れ枝が全く無いってわけでもなさそうだったし」
「気付いてたんなら教えてよ~」
「すまんすまん。じゃあ俺は薪になりそうなもんを適当に集めてるから、瑞希は調査に専念してくれ。あんまり遠くに行ったりはしないから」
「む~。…わかった」
そうして瑞希は再び地道な調査を始め、瑞穂は薪拾いをしながらの警戒を始めるのだった。
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