第5話 転生4
「…えっと、どう、かな?」
「ん?おお…」
背後からの声に振り向いて見れば、そこには上から下まで黒ずくめな瑞希が、恥ずかしそうにモジモジしながら立っていた。
瑞穂は最初くのいちのような感じになるかなという想像をしていたのだが、実際には女性のSPといった雰囲気だった。
靴は中学校のローファーから、瑞穂のものよりスリムな厚底ブーツに。
下はスカートではなくズボン。上もシャツとジャケット、そしてコート。
サイズや全体のバランスに多少の差異はあるが、ポケットの位置なども含め、基本的には瑞穂が着用しているものと全く同じ構造の服装となっていた。
それだけを見れば、可愛さの欠片もない機能性を追求した無骨な黒服といった感想しか出て来ないのだが、艶やかな黒髪を持つ細身な瑞希が着ることによって、不思議と魅力的な女性に見えてしまうのだから不思議なものだった。
ただの可愛い服やセクシーな服を着たときには出せない、妖艶さとでも言おうか。そんな類の魅力を感じさせるのだ。
「なんというか、不思議なくらい似合っててびっくりしたぞ」
「…それ、褒めてるの?」
言葉では不貞腐れている様に聞こえても、浮かべる表情は恥ずかしさと嬉しさが半々といったはにかんだ笑みだった。
兄はこういうとき、絶対にお世辞やおべっかを言わない。似合ってなければ似合っていないとはっきり言うことを瑞希は知っている。
だからこそ、余計に嬉しく感じてしまうのだ。素直にありがとうと言えないのは、単純に恥ずかしいからである。
「ああ、ちゃんと褒めてるぞ。それで、着心地とかはどうだ?俺のは機能性という意味では抜群の着心地なんだが」
「ん!?…う、うん…」
すると突然、可愛らしく思えていた瑞希の表情に影が刺した。
「?」
「…まあ、すごく動きやすいよ?ほぼ全身(…胸以外)にフィットしてて、変な締め付け(…特に胸…)も無いし…、っていうか、締め付け感(…特に胸の…!)ゼロだし…!」
「…?」
妙に歯切れの悪いその感想に、瑞穂は首を傾げた。
「別にね、この服自体はすごくいいの(…胸以外)…。森の中とか動き回るのに最適だと思うし…。…ただね、…(胸の!)締め付け感がね、…ゼロ以下なんだよ…。(なんで胸回りだけ少しダボついてるのよーー!!)」
「……??」
瑞希の表情は、先程と打って変わって、とてつもなく打ちひしがれたような、諦めと惨めさを混ぜ込んだ乾いた笑みだった。
その原因の一端がこの服にあるのは分かる。しかし、その全貌が全く見えて来ない。
しかし、瑞穂は妹がこうなった時に取るべき選択肢を、幸運にも持ち合わせていた。
それは、
「…よし、これで一先ず確認すべきことは全部終わったな!次はどうしようか!?」
万民の味方、スルーであった。
「…ん~、とね~…」
瑞希が顔を上に向けてみれば、暖かな日差しを降り注ぐ太陽は丁度真上に来ていた。
ちなみに、スルー先輩のおかげで瑞希にかかっていた暗い影は取り除かれた。太陽からの日差しを全身で浴びる妹の姿に、瑞穂はいろんな意味で安堵したのだった。
そんな兄の心境など知る由もなく、瑞希は思考を走らせる。
(ん~、せめてどれくらいで森を抜けるかが分かればよかったんだけど、現状だと八方塞がり…。朝一で移動しても森を抜けれない可能性もあるし、結局森の中で野宿するのは変わらない…。それなら体力のある今のうちに移動し始めたほうがいいのかな…?でも、ここみたいな開けた場所がこの先しばらく無いかもしれないし、初めての夜営と見張りをするならなるべく見通しのいい場所で経験しといた方がいい…。それに森についての情報収集を残り半日でやってから移動する方が安心して進めるかもだし…)
「よし、決めた!ここをキャンプ地とする!」
瑞希は胸を張って腕を組み、久しぶりに浮かべるドヤ顔で言い放った。
「了解。じゃあ、先にテントだけ張っておくか?」
「(あ、突っ込んでくれないんだ…)ううん、それは最後にする。モンスターが出てきたりして逃げなきゃいけなくなるかもだし」
「ああ、それもそうだな。なら、それまでは周辺の調査ってやつか?」
「そだね。今日はここをベースにして、森の中にいる動植物とかについて少しでも調べよ。全く情報がない手探りで森の中を進むよりは安心できるだろうし」
「あいよ。しかし、こっちの世界に来てからというもの、瑞希に頼りっぱなしだな」
「え、そうかな?まあ、異世界転移モノの創作物を読みまくったおかげで事前知識があるだけだと思うけどね」
「その事前知識に助けれられてるからいいんだよ。ほら、調査行こうぜ」
「うん!」
そうして2人は手を繋ぎ、明日の移動のことも踏まえ、街があると言われた日の出の方角へと歩みを進めた。
意気揚々と行動を開始した兄妹の第一調査対象は、
「…樹だな」
「…樹だね」
草原を不自然なほどに綺麗な円形に囲って生えている、見たところ普通の樹だった。
「まあ、普通に樹だよね。地球にあったものと同じどうかはわかんないけど」
「ちなみに瑞希、こういう樹についての知識はないのか?」
幹に軽く触れてみたりしながら、何の気なしに聞いてみた瑞穂だったが、
「あ~、あるっちゃあるんだけど…」
「あるのか!?」
予想外の答えに驚いてしまった。
「でも、この樹は普通に大丈夫だと思う。傷付けたり強い衝撃を与えたらまた違うんだけど――」
「じゃあやってみるか」
「え?」
瑞希が樹に向けていた視線を慌てて兄に向けてみれば、腰に下げていたマチェットを丁度引き抜いたところだった。
「ちょ、ま、おにいちゃんストーップ!」
「へ?」
妹からの予想外な制止の声に、瑞希は変な声をあげながらその動きを止めた。
「おにいちゃん何してるの!?」
「え、何って…、調査?」
瑞希には、妹が何に対して焦っているのか、皆目見当もついていなかった。
「それは調査じゃなくて無謀な行動だよ!」
「む、そうなのか…」
そう言いながら、瑞穂は妹の言葉に納得出来ていなかった。
あくまでも、瑞希自身に考えあってのことだという点については理解したうえで、その根本がわからないという意味において。
「…瑞希、調査とか情報収集が重要ってのはわかるんだが、具体的にどういうことを知りたいんだ?」
先程斬り付けようとした樹を、今度は軽く叩きながら瑞穂は尋ねた。
「そりゃもういろいろだよ。例えば今、おにいちゃんはこの樹に触れてるよね?」
「ん?お、おう。触れてるぞ?」
「それはつまり、この樹は触っても問題ないってことが分かったってことなんだよ」
「…は?」
瑞希の話す内容に、間違いはない。矛盾もない。
だが、その意味が理解出来なかった。
「あのねおにいちゃん。これは確かに私の考え過ぎっていうか、過剰なほどの心配性みたいに感じるかもだけど、可能性としてある話しだからちゃんと聞いてね」
それまでの軽い雰囲気から一転、瑞希は真面目なトーンで話しだした。
「お、おお」
つられて、瑞穂も真面目に妹の話に耳を傾けた。
「まず、ここは地球じゃない。しかも、分かってるだけでもアイテムバッグとサイズ調整がついてる指輪が存在してる。なら、地球では考えられない様な事態が普通に起こり得るの」
「…それはつまり、モンスターが出るとか、そういうことだろ?」
それは先程、瑞希自身から聞いた話しだった。
が、瑞希の中ではそこで終わったりはしていなかった。
「うん。でも、ただ出てくるだけじゃない。例えば、普通の樹だと思って触ったら樹に擬態していたモンスターだったとか、通り道を横切っていた葉っぱが凶暴なモンスターの一部だったとか、近くを通っただけで胞子を撒き散らして攻撃してくるキノコみたいなモンスターだとか、どこにでもいるような小さな虫がとんでもないモンスターの子供で親が復讐に来るだとか。他にもたくさん思い付くけど、それらが全部有り得ないとは言い切れないんだよ」
「…」
普通であれば、考え過ぎだと一蹴するような内容。そんなことを考えていたらどこにも行けないじゃないかと逆ギレするような内容。
だが、瑞穂は一蹴することも逆ギレすることもなく、瑞希の話を真摯に受け止めていた。
「…情報が足りない、少な過ぎると何度も言っていたのは、そこに繋がるんだな…」
「そういうこと。私達はチートや幸運を持って転生したわけじゃない。これは常にハッピーエンドに向かって進む物語じゃない。不老っていう、戦闘や生活には何の意味もないスキルを持っているだけの、いつ死ぬかわからない状況。それが今の私達なの。」
「…」
「さっき私が慌てておにいちゃんを止めたのは、この樹が危険だからじゃない。この樹を傷付けた結果起こるかもしれないいろんなことが頭に思い浮かんで、それで咄嗟にあんなことをしちゃったの」
「…」
軽い気持ちで叩いていた、斬り付けようとした樹が、実は自分達を殺すかもしれないものだった。
「…」
瑞希の制止が間に合わなければ、もしかしたらそのまま2人とも、死んでいたかもしれなかった。
「…」
そんな前提で周囲を見回してみれば、長閑に感じていた草原が、まるで剣山に囲まれた牢屋に見えてきた。
「…」
瑞穂は、自身を落ち着かせるかのように、目を瞑り、深呼吸を始める。
「…」
それは、怒りを鎮めるためではなく。
「…」
怒りを表に出さないというだけの、爆発だった。
「(…くそったれが…!)」
表面上は平静を装いながら、瑞穂は内心、かなり、ブチギレていた。
「(何を、何をしていたんだ、てめぇは!)」
瑞希に対してではない。
あまりにも楽観的だった、己に対してだ。
「(…思い出せ、あの6年を…!)」
瑞希に、最愛の妹に会えたこと。そのこと自体はいい。
「(何をボケている…!そんなザマだから俺は瑞希を失ったんじゃないのか!!)」
許せないのは、そこで瑞穂自身が満足し、その先を見ようともしていなかったこと。
いや、見ているつもりだったことに対してだ。
「(瑞希の復讐をやり遂げて満足したのか?瑞希とまた会えて満たされたのか?違うだろ!!!)」
表情には出さず、傍目には静かに黙祷しているかのように見えるよう。
その分、全てを自身の内側で爆発させていく。
「(俺はまた、護るべき相手を護れず、失うのか!奇跡が起きて生まれたチャンスを、自分でぶち壊すのか!!)」
瑞穂は改めて、瑞希のことを考えた。
自身が護るべき、最愛の相手を、考えた。
「(…俺が成すべきことを思い出せ…。…俺が抱いた感情を思い出せ…!あの時感じたものを、俺は再び味わいたいのか!!)」
「…お、おにいちゃん…?」
最初は、兄が自己嫌悪に沈んでしまったのだと思った。
さっき言ったことは、別に兄を責めるつもりで言ったわけではない。そもそも、こんな考えを持っている自分の方がイレギュラーなのだから。
でも、だからといって全力を尽くさなくていいことにはならない。
今の自分がやるべきことは、周囲に隠してきたこの異世界オタク知識も含め、全てを曝け出してでも、今度こそ兄と2人で幸せに生きることだと考えているから。
それ以上に、兄を苦しめてしまった分、余計に、兄に幸せになって欲しいから。
だから、兄の無知を責めるような言い方になってしまったけれど、それも必要なことだと割り切ることが出来た。
しかし、
「(…なんで、こんな…)」
今目の前にいる兄の姿は、瑞希の知らないものだった。
確かに、瑞穂は自身の怒りを表に出さない人だった。
傍目には普段と変わらず、穏やかに微笑んでいる裏で怒る、そんな人だった。
ずっと一緒にいた瑞希にさえそれを感じさせないレベルで、怒りや悲しみといった負の感情を隠し通せてしまう。そんな人だった。
だが、今の瑞穂は、少し違う。
「(なんで、こんなに怖いの!?)」
確かに、見た目に変化はない。
身体は自然体に見えるし、表情も落ち着いているように見える。昂ぶった感情を落ち着かせているのだと言われれば納得できるだろう。
近くに寄らなければ。
極寒と獄炎の狭間に囚われた、どす黒い闇を感じ取らなければ。
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