第4話 転生3
「それで、身体の調子はどう?変な違和感とかない?」
服装や武器については一段落したところで、瑞希は本題であった身体の確認を問いた。
「違和感、っていうのは特に…」
そう返しながら身体を動かしてみるが、少なくともおかしいと感じることはなかった。
太ったり痩せたり、大きくなったり小さくなっているようには見えず、瑞希との身長差についても変化は感じられない。ちなみに、地球にいた頃の瑞穂は身長175センチの体重58キロ。そして瑞希は149センチ(本人は150だと言い張っていた)の、体重は軽い方(正確な数値は教えてくれなかった)とのことだった。
「う~ん、テンプレだと身体能力が上がってたりするんだけどな~。ここは変に期待しないで、地球にいた頃と全く同じって考えた方がいいかも…」
どうやら瑞希の中では不安要素や懸念材料を一つずつ潰していっているようで、瑞穂はそんな妹に頼り甲斐を感じる一方、何の役にも立てていない自身に不甲斐なさも感じていた。
だが、そこで変な意地を張ったりカッコつけようとは考えないのが瑞穂だった。
「瑞希、次はどうする?何を確認したい?」
そして瑞希もまた、そんな兄を頼りないとか、情けないと感じることはなく、純粋に頼られていることに喜びを覚えながら、より一層気を引き締めることが出来るのだった。
「そうだね、次は…、あれの確認かな」
瑞希の視線の先にあったのは、2人から数メートル程離れた所に転がっているもの。
それは薄茶色の布製の袋であり、少し大きめなリュックサックくらいのサイズ。口を紐で縛るタイプのシンプルなものだった。
「リリエル様は、野宿について言ったうえでの最低限の道具や衣服を用意するって話してたから、おそらくあれがそうなんだろうが…」
白い空間での遣り取りを思い出しながら、瑞穂もまたそれに視線を向ける。
「…にしては、随分小さいな」
確かにそれは道具や衣服が入っていてもおかしくは無い代物である。だが、2人が数日の野宿をするためのものが入っているかと問われれば、首を傾げざるを得ないサイズの代物でもあった。
「ん~、でも、私の予想が正しければ――」
しかし瑞希はそこに疑問を抱いた様子もなく、どこか期待するような面持ちでリュックサックに近付いていく。
そしてその口を開き、
「やっぱり、これって――」
その中へ手を入れ、
「あ、なるほどこうなるんだ。じゃあ――」
その手を引き抜いてみると、
「お~、こうるんだ~」
「…ん?」
そこには、布の塊。正確には、折り畳まれて丸められた一人分の毛布があった。
「おお、これは便利だわ」
「…んん?」
瑞希が手を引き抜くたびに増えて行き、今ではそれが6つ。
それは明らかに、リュックの容積から考えると、有り得ない内容量だった。
「おにいちゃん、やっぱりこれ、アイテムバッグだよ!」
「…アイテムバッグ?」
目の前で起こった不可思議な現象に、しかし瑞希は歓喜するばかりか、瑞穂には聞き覚えのない単語を嬉々として発していた。
「瑞希はそれがなんなのか、わかるのか?」
「うん!なんとなくだけどね」
言いながら、瑞希は今しがた取り出した毛布をリュックに入れていく。いや、入れるというよりも、まるで吸い込ませているというか、瞬間移動させているように見えた。
「正式名称はわかんないけど、私が読んだことのあるやつの中ではアイテムバッグとかアイテムポーチって呼ばれてる物で、おにいちゃん的に分かりやすく言えば、耳の無い青いタヌキさんのお腹についてる四次元ポケットみたいな物だよ」
「ん~、つまり、そのリュックの中は異次元ってことか?」
「認識としてはそれでいいかも。簡単に言えば、このリュックには見た目以上にたくさん物が入るってこと。どれくらい入るのかとか、どのサイズまで入れられるのかとか、中身の時間経過についてとか、生き物が入るかとか気になることはいろいろあるけど、とりあえずこれで大荷物を背負わずに済むってことなんだよ!」
「それは確かに助かるしすごいことだが、よくそんなことが分かるな?」
「まあ、テンプレみたいなものだしね。でも本当にあるとは思わなかったな~、あ、着替えと水もある!」
「手を入れてるだけでそんなことまでわかるのか?」
「うん。なんていうか、頭の中にリストが浮かんでくるっていう感じでね。実際にやってみればわかると思うよ」
そう言って瑞希は、わくわくといった様子でリュックの口を瑞穂に向けてきた。
「ではでは…」
本来であれば、そんな摩訶不思議で理解不能な代物に手を突っ込むことに躊躇いの一つでも感じそうなものだが、妹の言うことに一切の疑いを持ちえない瑞穂にとっては、そこに躊躇する理由はなかった。
「…おお!」
袋の口はまるで水面のような膜であり、その向こう側を見通すことは出来なかったが、手を入れた瞬間、脳内にはリストのようなものが浮かんできた。
「出す時にはその出したいものを念じてみて。そしたら何か掴むような感覚があるから、そのまま手を引き抜けば出てくるよ」
言われるがまま、試しに水筒と書かれている項目を見つけたので、それを念じてみれば、確かに何かを掴んだような、何とも言えない感触を感じた。
そのままリュックから引き抜いてみると、瑞穂の手には革布で出来た袋。前にテレビで見たことのある、昔使われていたという水筒のようなものが握られていた。
「…おにいちゃん、それって、もしかして水筒?」
「そう念じてみたんだが、…どうやらその通りのようだ」
口はコルクのようなもので塞がれており、引き抜いて軽く傾けてみれば、無色透明な水にしか見えない液体が出てきた。
「…飲んでみるか」
「え、いきなり!?もう少し調べてからでもいいんじゃないかな?」
「そうは言っても、水っぽいものはこれしかなかったからな」
瑞穂はそのまま革袋の口から直接水を飲んでみた。
「…だ、大丈夫?」
「…まあ、水だな」
「よかった~…。でも、何があるかわかんないんだし、あんまり軽率な行動はしちゃダメだよ?」
「ああ、多少は気をつけるさ」
「多少じゃなくて普通に気をつけて欲しいんだけど…」
それからは2人でリュックの中身を確認していった。
まず中身についてだが、簡単に分類分けすると、水筒・保存食・毛布・テント・硬貨・ローブ・着火道具一式・指輪×2・着替え一式だった。
「水は、これだけあれば2人で1週間は生き延びれるか」
「…それって、飲み水として使うだけだと、だよね?」
「…瑞希には悪いが、風呂のことまで考える余裕はないぞ…」
「そ、それぐらいわかってるもん!ただ、…うん…」
「街に着くまでの我慢だ。それと食料については、まあ、栄養バランス的にはあれだが、こっちも腹の足しになる程度としてみれば約1週間分か」
「おにいちゃん、そんなことよく目算でわかるね?」
「サバイバルみたいな生活もしてたからな。ほとぼりが冷めるまで森の中にいたりとか」
「…今度、その辺りのことも、詳しく聞かせてね」
「ん、まあ別に構わんぞ。それと毛布に、…これは、テントか?」
「リストにはテントって書いてあったけど、私には鉄の棒と布の塊にしか見えないよ…?」
「いや、この鉄の棒は組み合わせられそうだし、こっちの布にも紐がいくつかついてるから、たぶんテントになると思う。出来れば明るいうちに組立て方を試しておきたいが、今は後回しだな」
「そだね。で、この袋は…っ、金貨だ!それに銀貨と銅貨、あ、大きさが違うのもある!やった!」
「お金か?この世界では紙幣じゃなくて硬貨が主流なんだな」
「何呑気なこと言ってるのおにいちゃん!これってすごいことなんだよ!?」
「ほへ?」
「ほへじゃないよ!硬貨があって、しかも種類があるうえにそれぞれデザインまで違うんだよ!?」
「…硬貨なら、そういうもんじゃないのか?」
「確かに地球の日本ならそれが普通かもしれないけど、これはここにあるってことはつまり、この世界には金銀銅を加工できる生産技術と、貨幣経済を成り立たせるだけの文化水準を保てる文明が存在してるってことなんだよ!」
「…硬貨の存在だけで、よくそこまで考え付くな…」
「これくらい常識よ!まあ、これが使えるかどうかわかんないし、もしかしたらトラブルの基になるかもだからそこまで楽観視は出来ないけど、とりあえず所持金ゼロじゃないってのはありがたいね!」
「その辺りのことは瑞希に任せた方が良さそうだな。俺だと考え無しに使っちまいそうだし。そんじゃお次は…、ローブ?」
「あ、これ似たようなの見たことある。ほら、映画とかでよく魔法使いが着てるやつ、あれに似てない?」
「確かに、そう言われるとそれにしか見えなくなってくるな…。色は深緑で、お、サイズが違うってことは俺と瑞希の分ってことか」
「それぞれのサイズで用意してくれたんだ~。これって雨合羽の代わりとか、防寒具とか、野営のときには布団代わりになるって小説ではよく書かれてたけど、確かにそういう使い方も出来そうだね」
「小説ってそんなことまで書かれてんか…。まあ、便利な物ではありそうだな」
「それで次は、着火道具一式って書いてあるけど、…何これ?」
「お、火打石じゃん。種火用の綿も一緒に入ってるし、これはありがたいな」
「火打石って…。なんか一気に縄文時代まで退化した気がするんだけど…」
「いやいや、確かにライターがあれば一番いいけど、マッチなんかと比べたら信頼性はこっちの方が高いんだぞ?多少湿気ってもこいつなら案外なんとかなるしな」
「…その辺りはおにいちゃんに任せるよ…」
「おう、任された!そんでお次は、指輪?」
「あれ、2つあるね」
「う~ん、見た感じはただのシルバーリングだが…、換金用か?」
「それは無いんじゃないかな…。(これは、もしかしてチャンスかも!?)…えっと、試しにつけてみない?もしかしたら何か意味とか効果のある物かもだし…」
「そうだな。まさか天使様が呪いの品を渡すなんてことも無いだろうし、試しに嵌めて――」
「あ、おにいちゃんストップ!」
「ん?」
「えっと、その、せっかくだから!お、おにいちゃんにつけてもらいたいな~、なんて…」
「ああ、別にいいぞ。どの指にする?」
「え、あ、えっと、じゃあ…」
「…左の薬指って、それは結婚指輪だろ?」
「い、いいの!ほら、言い寄ってくる男避けとか、そういう意味で嵌めてる女性も結構いるから!」
「ん?そうなのか?まあ、瑞希がいいって言うならいいか。ほら」
「う、うん…。あ、ありがと…」
「ああ、やっぱりサイズ合ってないか。これじゃすぐ抜けちまうな」
「あ、それならたぶん――、ほら」
「…縮んだ?」
「こういう装飾品とか装備品だと、サイズが自動で調整される機能がついてるっていうのがテンプレなんだよ。アイテムバッグがあるってことは、そういう不思議アイテムがあってもおかしくないかな~って」
「は~、便利なもんだな~。んで、つけてみてどうだ?何か変わったりしたか?」
「ん~、今のところは特に何も、かな。…もしかしたら、2つセットで意味のあるものかもだし、おにいちゃんもつけてみようよ」
「ん、そうだな。じゃあ早速――」
「あ、おにいちゃんには私がつけてあげるね!はい、左手出して!」
「お、おお…、って、俺も薬指なのか?これだと瑞希と俺が――」
「いいの!世界が違うんだから、左手の薬指が結婚指輪をつけるっていう文化がないかもしれないんだし!」
「それだと、最初に言ったことも意味がないんじゃ――」
「あ、おにいちゃん!この指輪の効果わかったよ!」
「え、マジで!?」
「おにいちゃんがどこにいるかがわかるみたい!」
「…うん?」
「えっと、つまりね?この指輪と対になってる指輪の位置を、なんとなくだけど、感じ取ることが出来る、みたいな?」
「ん~…、ん?ああ、なるほど、確かになんとなく瑞希の位置を感じるな」
「探知距離とか精度についてはまた改めて検証しなきゃだけど、これさえあれば迷子にならなくて済むね!」
「確かに、これはかなりありがたいアイテムだな。リリエル様が言ってた不老の条件を考えれば妥当な効果だし」
「そうだよね!じゃあ、次は着替えだね!どんなのが入ってるんだろうね!?(よし、薬指の件は誤魔化せたっぽい!)」
「あ~、俺のはなんとなく想像出来るんだが…」
「…うん、この黒いの、たぶんそうだね」
「…全く同じ服か…。しかも2着分…」
「下着まで真っ黒って、逆になんかこだわりがあるような気もしてくるね」
「って、俺の下着をまじまじ見詰めるな!」
「あ、ごめんごめん。じゃあ私のは中学のブレザーが2着なのかな~…っ!」
「ん?どした?」
「…これは、ちょっと驚きかな~…」
「なんだ、なんか変な服でも入ってたのか?」
「変っていうか…、なんでこのチョイスをしたのかすごい気になるような服でして…」
「…?それで、何が入ってたんだ?」
「えっと、とりあえず1つ目は…、こんなん」
「…全身真っ黒…、ああ、俺のやつと同系統っぽいな」
「うん、まあ機能性っていう意味ではこれはこれでありがたいんだけど…、もう1つがね…」
「それが2着入ってたんじゃないのか?」
「これは3着入ってた。おにいちゃんと一緒だね。ただ、おまけでもう1つあるんだけど…、見たい?」
「いや、それがどんなのかわからんし、別に見せたくないんなら無理しなくていいぞ?」
「う~~ん……。よし、保留!でもこっちの真っ黒のやつに着替えたいから、おにいちゃんちょっと向こう向いてて!」
「お、おう。わかった」
「――…あれ、なんで私こんな真っ黒の下着つけてるの?しかも結構際どい…」
「…瑞希、着替える時は口を閉じなさい」
「え?あ、…ご、ごめんなさい…」
「(は~。まったく、兄である俺だからよかったものの、瑞希は昔から妙な所で隙があるというか、抜けてる所があったんだよな~。俺のワイシャツを間違えて着たり、寝ぼけて俺の布団に潜り込んできたり、俺が入ってることに気付かずに風呂に入ってきたり。挙句、歳を重ねるごとにその頻度は増えていったし…。学校ではそういうことは起きてないって話してたが、実際にどうだったかはわからんし…。異世界でも俺が頑張って瑞希をしっかりした大人にせねば!)」
「(むう~、おにいちゃんてば相変わらずなんだから!なんで他人の感情の機微には聡いくせに、自分に対しての恋愛感情を事前に察知して火消しするようなことまでやるくせに、どうして私に対してだけ鈍感主人公体質なわけ!?さっきだって妹の下着姿をつい想像しちゃって慌てるような様子皆無だし…。私ってそんなに魅力ないのかな…。…っていうか、天使様?転生とか不老にしてくれたのは感謝ですし、お肌が綺麗になったのも感謝ですけど…っ、だったらなんで胸はそのままなの!?せめて少しくらいサービスしてくれてもいいじゃん!!ムキーーッ!!)」
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