第3話 転生2
「そういえば、俺達の身体はこの世界に合わせて作ったとか言ってたな。見た目は元々の身体に似せたそうだが、完全に同じってわけにはいかなかったようだ」
「でも、そのおかげでお肌が綺麗になったんならいいんじゃ…、って、あれ?」
そこで瑞希は言葉を止めてしまった。
「ん、瑞希?どうした?」
「…ねえ、おにいちゃん。私、完全に流しちゃってたんだけどさ――」
「うん?」
「――なんか、転生とか、天使とか、言ってた?」
「ああ、言ったぞ」
「…あ~、ちょっと、ちょっと待ってて」
そのまま瑞希は目を瞑り、俯いてしまった。
「…?」
突然の妹の行動に疑問は生じたものの、特に危機感を覚える様子には見えなかったことから、瑞穂は言葉通りに待つことにした。
(…これ、中学校の制服だよな?)
昂ぶったりしていた感情や思考に余裕が生まれたことで、瑞穂はようやく妹の服装に意識を向けることが出来た。
それは忘れもしないあの日。最後に見た生きている瑞希が着ていた、中学校の制服だった。
濃紺のブレザーに、白のシャツ。真っ赤なリボンに、紺と灰と白のチェックのスカート。瑞穂の記憶にあるものと全く同じのように見えるものの、。
(…少し、違う?)
素材などについてまではわからないが、見た感じは同じに見える。しかし、よくよく見てみると、記憶の中の妹とは服装以外の部分に、多少の差異を感じた。
肌についてはさっき言った通り綺麗になっている。それ以外にも、例えば髪の艶が増して輝いて見えるし、顔の造形も記憶と全く同じというわけではない。
だからといって別人であるとは思えないし、目の前にいるのは妹の橘瑞希であると直感でわかる。
それらを鑑みたうえで感じたことを要約してみれば、
(…なんか、可愛く、いや、綺麗になってる、のか?)
元々瑞希は、妹であるということを差し引いて見ても、かなりの美少女だった。
学校での様子についてはあまり話してくれなかったので把握できていないが、都内に2人で買い物に行った時なんかはスカウトやナンパに声を掛けられることが多かった。
だが、今の瑞希はその頃と比較して、女としての魅力に磨きがかかっているように見える。
通りすがりの10人中8人が振り向いてしまうレベルだったのが、10人中10人が振り向いてしまうレベルになってしまったような。
「――…、うん、よし、整理できた」
そんなことを瑞穂が考えていると、思案していた瑞希が顔を上げた。
(…やっぱり可愛くなってるな)
瑞穂が呑気に妹のことを考えている間、当の本人はというと、
「とりあえず、この状況についておにいちゃんが知ってること、聞いたこと、一言一句余さず教えてくれる?」
「あ、はい」
真面目に現状の把握に努めていたのだった。
「――とまあ、俺がリリエル様から聞かされたのはそこまでで、光に包まれた後は気付いたらここにいた、って感じだ」
「…うん…」
瑞穂が話したのは、自身が刺された直後、白い空間にて目を覚ましてから、瑞希の意識が戻るまでの間にあったこと。一言一句余さず話せたわけではないが、なるべく詳細に話すことは出来た。
その間、聞き手の瑞希は、表情に変化はあっても特に口を挟むことなく、相槌を打つだけであった。
「…あ~、いきなり何言ってんだみたいな感じかもしれんが…」
話が終わっても大きな反応を見せない妹の姿に、瑞穂が不安を感じつつ声を掛けてみると、
「ん?いや、おにいちゃんが嘘を吐いてるとかは思ってないよ?」
「お、おお。そうか」
瑞希は普通に落ち着いた様子で言葉を返してきた。
「ただ、いろいろと気になることは多いよね。私達自身のことについてとか、この世界についてわからないことが多過ぎるし、そもそもその天使さんが言ってることが事実なのかどうかっていう点でも不安は残るし。私達の存在や記憶が正しいと言える根拠とか、そういう概念まで考え出すとキリがないし、そんなのを追い求めても意味はないからそれについてはいいとしても、やっぱり情報量の少なさが痛いよね」
「お、おう…?」
瑞穂には、瑞希が何を考えているのか、よく分かっていなかった。
瑞穂的には、もっと単純に「異世界転生ってやつじゃんやったー」くらいの感想が出てくると考えていたのだ。
「う~ん、行動の指針の示し方に自由を与えてくれてるのは助かったけどね~。国を救えとか魔王を倒せとか、転生者として政治の駆け引きの材料に使われたり陰謀に巻き込まれたりとかは今の時点ではなさそうだし。話しの内容的にも一応整合性は取れてるから、ここは額面通りに生きることだけ考えるとして、まず一番の問題はこの状況…、ねえ、おにいちゃん、聞いてる?」
「…聞いてはいるんだが、よくわかってない」
「なんでそんな呑気に…って、そういえばおにいちゃんはあんまりそういうのは読まなかったっけ」
「ん、そういうのってなんだ?」
「異世界転生モノの小説とか」
「あ~、そういえば――」
記憶を辿ってみれば、確かに瑞希の部屋にはそこそこな量の小説やマンガが置いてあり、そのタイトルには異世界とか転生といった単語が散りばめられていた。
「瑞希に勧められたやつは読んだが、それだけだったな」
「う~ん、ならそういう知識は私だけか…。あのね、おにいちゃん――」
それから瑞希は、異世界転生、あるいは異世界転移を題材にした物語におけるテンプレと言えるようなものを簡単に語った。
詳細について話すと長くなるので割愛されたが、現状の問題点は、衣食住が確保出来ていないこと、文明レベルや環境についての情報が皆無なことらしい。
「天使様との会話の内容的に、少なくとも私達と同じような人っていう存在はいるんだと思う。街ってことは多少の文明もあると思う。でも、それが地球で言うところの石器時代レベルなのか、近未来レベルなのか、そもそもコミュニケーションが取れるのか。懸念材料はたくさんあるんだよ」
「なるほどな…」
「それに、今一番考えなきゃいけないのは、ここがどれくらい危険なのかも分からないってことなの」
そう言いながら、瑞希は周囲に視線を向ける。
瑞穂も同様に視線を向けたが、種類まではわからないものの、そこには普通の植物しか見られない。
「危険ってのは、凶暴な動物がいるかもしれないってことか?」
「それだけじゃない。ここは地球とは違う世界なんだから、地球の常識は通用しないと考えた方がいい。動物も植物も虫も危険だし、もしかしたら山賊や、下手したら魔物とかモンスターが出るかもしれない。何が危険で、何が安全なのか。それがわからないのが大変なの」
「…それは、確かにヤバいな…」
ここにきてようやく、瑞穂は瑞希の感じていた焦燥感に似た不安を共有することが出来た。
「とりあえず、今すぐどうこうなるような命の危険は無いとして、まずは現状の確認が先決、ってことで…、ステータスオープン!」
「?」
途中までは真面目に話していた瑞希は、いきなりよく分からない単語を発した。
「ステータス!――オープン!――開け!――オープンデータ!――ウィンドウ!――」
「…??」
単語だけでなく、手を翳したり指を振ったりしながらしばらくよく分からないことを繰り返していた瑞希だったが、
「――…う~ん、ダメか~。出来たら御の字くらいだったけど…っ」
瑞希はそこでようやく、自分のことを訝しげに見詰める兄の視線に気付いた。
「…瑞希、大丈夫か?」
「いや、そういうんじゃないから!これはよくある定番もので、異世界来たら誰でもやりたくなっちゃうことだから!ええっと、これは――」
瑞希は、端から見れば明らかに不可解な行動の理由を慌てて説明し出した。
「――というわけで、異世界モノでは自分のステータスをゲームみたいに数値化したデータを見ることが出来たりすることが多くてね?それが出来ないか試してたの!ロマンなの!」
「そ、そうか…」
言われてみれば、確かにそういうことが出来れば便利だとは思えた。ロマンについては共感出来そうになかったが。
「まあ、今は出来ないだけかもしれないし、そういうことがあるかもってことだけは覚えといて。それじゃ次は…」
そう言いながら、瑞希は瑞穂の上から立ち上がった。
なんやかんやで結構長い間抱き合っていた2人だが、そのことに照れや羞恥を感じることはない。地球にいた頃から、瑞希が兄に抱き着くことは日常茶飯事だったからだ。年齢的には、傍目から見れば過剰とも言えるレベルで。
「…う~ん、感覚的にはそんなに変わらない、かな?」
立ち上がった瑞希は徐に自分の身体を見回し、まるで身体の調子を確認するかのように全身を動かしていた。
「ほら、おにいちゃんも確認しといた方がいいよ。下手したら腕が増えてたりとかあるかもしれないんだし」
「お、おお」
妹の行動をぼけーっと眺めていた瑞穂は、言われてからようやくその行動の意味を理解した。
要するに、地球にいた頃と今の身体にどういった違いがあるのかを確認していたのだ。
腕が増えてるというのはよくわからないが、今までとは違う身体になっていることは言われていたのだし、確かにそれを実際に確認することは重要であった。
「とは言われても、改めて確認するって難しいような…、ん?」
そして立ち上がってみた瑞穂だが、そこでいの一番に気付いたことがあった。
「あれ?おにいちゃん、そんな服持ってたっけ?」
「…いや、記憶には無いな…」
今になるまで、妹の服装には意識が向いたが、自分の服装には全く意識が向いてなかった。
「ん~、なんか不思議なくらいに違和感ないし、びっくりするくらいに似合ってるんだけど…」
それは2人とも見覚えのない服。
革製の厚底ブーツに、全身真っ黒な服。全体的にサラサラとした質感を持つズボン、シャツ、ジャケット、ベルト、そしてこれまた黒のロングコート。
まるでスーツのようなピッシリとした感じだが、動きを阻害するような締め付けはない。
「…利便性という意味では、いい服だと思うんだが――」
ズボンやジャケットの表には大小のポケットや何かを引っ掛けられるような通しが散りばめられ、ジャケットの裏も同様の作りになっていたのだが、
「――マジか…」
そこには、数本のナイフの柄のようなものがあった。
さらに腰の両側、ベルトにも2本のナイフらしきものがついていた。
「…なんで気付かなかったんだ…?」
それらを意識してしまえば、その重みや存在感は決して無視できるようなものでなく、何故今になるまで気が付かなかったのかという疑問が生じる。
「それはまあ、そういうもんだってことで割り切って考えればいいよ。それにしても、武器無しってのが避けられただけでも一安心だよ~。ちなみにおにいちゃん、それってちゃんと使える?」
瑞希にとっては、まるでナイフがいきなり現れたかのようにすら感じるこの状況は、あまり深く考えるようなものではないらしい。
「ん~、そうだな…」
言われるがまま、瑞穂は各種ナイフを確認していった。
「ん~…、ん~…――」
刃渡りや重心を確認し、振ってみたり回転させてみたり、真上に投げてみたり、居合抜きのような型を試したり、お手玉のようにしてみたり――
「…あのさぁ、おにいちゃん…」
「ん?」
「…なんで、そんなに手慣れてるの?」
瑞希としては、単純に刃物として使用が可能か否か程度の確認のつもりだったのだが、気付けば兄は熟練のナイフ使いのような手捌きでそれらを扱っていた。
少なくとも、瑞希の記憶にはあんな兄の姿はなかった。
「そうか?まあ、地球にいた頃は暇な時にはずっとこれで時間潰してたからな。それのおかげかも」
「そ、そうなんだ…」
それはつまり、四六時中ナイフが手元にある生活をしていたということで。
「あ、でもマンガとかアニメみたいに投擲するのは無理だからな。あれって実際にやってみると分かるんだが、刃先を真っ直ぐにして投げるなんてまず無理だし、そもそも刃を当てることすら運頼みみたいなもんでな。一々回収する手間とかまで考えると、そこらへんで拾った石を投げつけた方がよっぽど効果的だったわ。それでも絶対に即死するわけじゃないから結局気付かれて警戒されただけで、最終的には最初から直接やった方が速くて確実だった」
「う、うん…、そっか…」
それはまるで、実体験を基にした話しで。
「そ、それで、そのナイフはどんな感じなの?」
自分の復讐の所為で変わってしまった兄の姿に、最初は感じていた喜びも、今は罪悪感という形で、瑞希の心締め付けてしまっていた。
「ん~…」
瑞穂は手慣れた動作で全てのナイフを所定の位置に収めると、首を傾げながらその感想を述べた。
「とりあえず、使えるかな。どういう相手に対して使うかにもよるけど」
「そっか。でも今はそれだけあればなんとかなるね」
ナイフの数は3種の2本ずつで計6本。
ジャケットの裏側に収められていたのは、ペーパーナイフのような刃渡り10センチ程の両刃の小振りなものと、スローイングナイフのような刃渡り25センチ程の片刃のもの。
そして腰のベルトについていたのは、ナイフと呼ぶには少し長めの、いわゆるマチェットと呼ばれる刃渡り50センチほどの片刃のもの。
瑞希はともかく、瑞穂自身もそこまで刃物について詳しくはないので細かい差異は分からなかったが、これだけあれば例え失くしたり壊したりしてもスペアがあると考えられることから、多少の不安を払拭することが出来た。
「使わずに済めばいいんだけどな」
「それが一番だけど、どうなるかわからないからね」
「なら、瑞希も護身用にいくつか持っておくか?」
「う~ん、私が持ってても使えるわけでもないし、おにいちゃんに護ってもらうからいいや」
「それもそうか」
瑞希の中では、兄が刃物を扱えるようになってしまったことに対しての罪悪感は未だあるものの、現状ではそれが自分達の生存に繋がるものであると考えることにした。
そして瑞穂の中では、妹を護るという点については是非も無しということで、瑞希の言葉に同意したのだった。
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