第5話「母さんと、お買い物 後編」
…………………。
航平が韋駄天走りで現場を立ち去って間もなく。
酒場コーナーには依然、国吉親子と航平が連れてきた迷子の女の子がいる。
さて、と。
例の迷子の女の子に、改めて正面から向き直る聖也。
しかし緊張のあまり、顔がこわばってしまう。
「こ、こんにちわー……。えっと、よ、よろしく、ねっ?」
すると、「ひっ」という女の子の喉笛から引き攣った声が発せられた。
女の子は泣きはらした顔を恐怖で歪(ゆが)ませ、片腕で押し抱いた菓子袋を両手で持ち替えると、再度それを胸元にて摺(す)り寄せた。
「や、やあっ、ママっ……ママど、こっ。……ぐすん」
途端に、とうの子は特徴的なその大きな眼にて涙を溜めはじめる。次第に女の子の口から
(まずいっ! こんなとこで、大声で泣かれでもしたら――――)
と、そんなとき。
かなえが泣きかけの女の子に近寄るやいなや、ひしと抱き寄せてきた。
「はいはーい、ほーら。泣かない泣かないっ。……よーしよしよし」
「んあ……」
すぐさまその子の頭に手をやると、ゆっくりと撫で始める。
しばらくすると、嘘みたいなペースで女の子の顔は悲哀の形相から一転して安堵したものへと移行しだした。
それら一連の流れを見てた聖也は、ただただその場で立ち尽くして母親に感服していた。
(す、凄いや。伊達に十二年も僕の母親をやってるわけじゃあないんだ。それにしても、うちの母さんの手そのものが大きくってあったかくって、なにより触れられるととっても落ち着くからってのもあるんだろうけど)
すると、かなえは撫でまわしている手の動きをそのままに女の子へやさしく語り掛ける。
「こほんっ。……ええと、そろそろ聞いていいころかな。あなたの、おなまえは、なあに?」
「……のりこ」
「じゃあ、のりこちゃんって呼ぶね。それで、のりこちゃんはのりこちゃんのお母さんと、ここに来たみたいだけれど、そうなの?」
女の子はそれに、黙って頷かせた。
「うんうん、それで、のりこちゃんはのりこちゃんのお母さんとはぐれて迷子になっちゃったと」
「ち、ちがうもんっ……ママったら、か、かってにっ、どっかいっちゃうんだもん」
羞恥と焦燥で顔を赤らむ彼女を見、この子見栄張ってるな、と聖也は考えた。
微かに身を揺らしたとうの女の子を前にして再び、かなえが口を開く。
「あれれー? て、ことは。もしかして迷子になったのって、あなたじゃなくって」
「っ! そ、そうっ! 迷子はこのわたしじゃちがくって、わたわたっ! ……わたしの、ママのほうなんだからっ。このお店に入るときに、わたしはお菓子のとこいこうとしたのに……。なのに、わたしのママったら、”おかずになる材料、ぜんぶ買ってから” なんていうんだもん」
「なるほど。つまり、言うこと聞いてくれないそんなお母さんにおあいそされた、と」
「”
そして、以下のような親子間でのやりとりをついつい思い浮かべたのだった。
『もうっ! いい加減で、我が儘をいうのはやめなさい! 観念して、私の申告を確定的に了承なさい!』
「イヤー! せめて、多少控除してー!』
(……いやいや、どんなやりとりだよ)
などと、自嘲めいたセルフツッコミを心の中で唱えてみる。
「この子のママがこの子をお会計してどうするのさ」
「まったく、もうっ……。ま、ママったら、わからずやなんだから。ほんとにもう……。そんなんだからっ、ママはたぶんわたしのことなんてどうでもいいと思ってるんだ……。わたしの、ことなんか…………ぐすっ、ぐすっ」
とうとう女の子は、人目を憚る間もなくその場にて泣き出してしまう。
さみしさが、幼ごころに込み上げてきて熱く頬を伝ってきた。
それを見かねた聖也が、「だ、大丈夫だよ! そのうちすぐに君のママは見つかるって。だ、だから、ほら泣かないで。ね?」と、呼びかけてみる。
しかし、そうは言っても簡単には収まらないのが子供の性というやつだ。
女の子は全力で声を張り上げ泣き、それまで大事そうにかかえてた菓子袋をポンと落とし、取り乱した。
「うわあああああああああん! ママァ――――――ッ! どこ――――――ッ! ママッ、ママァアアアアアアアアアアア! ひとりはやだよおおおおおおおお!」
「ちょ、ちょっ! ま、まあまあ抑えて抑えて……ほ、ほら! 笑顔笑顔、だから、笑って! ね?」
「笑うなんてできないうわあああああああああん! ママどこおおおおおおおおお!」
「そ、そんなあ……」
泣く子と
まさしく、彼が泣きじゃくる女の子に手を焼いてるその時である。
「ぶぇええ~~~~! ぶぇええ~~~~! 泣いている子がいるよう、ぶぇええ~~~~!」
鼻声あるいは濁声というのか、ともかくどっちつかずな名状しがたい声音が聖也の耳にて聞こえてきた。
驚いた拍子、声のしたほうへと目をあてると、そこには先ほど来女の子の手からこぼれ落ちたとされる菓子袋で顔を隠したかなえの姿だった。
「が、『ガリガリチップス』……?」
咄嗟に、袋に描かれた画太の赤黒いフォントで書かれた商品名を読み上げる。
聖也は記憶の中で、それがこの間見た
よく袋を見てみると、彼から見て下半分の右端のところにデフォルメされた幸薄そうにガリッガリに痩せこけた豚のキャラが施されているではないか。
(ええと、アレ、何て名前だっけ? 確か、)
まさに、今、聖也がそのキャラクターの名を思い出さんとしていたころ、
「……ガリブ―?」と、あどけない声でもってして答えが提示された。
そうそうそれそれ、と同意したものの即座に、ん? と思ったので幼い声のしたほうへ振り向く。
ついぞさっきまで盛大に泣きじゃくっていた、あの迷子の女の子であった。号泣するようすはすっかり掻き消え、顔には涙の流れ落ちた軌跡がてらてらと、店内の照明で輝いている。予想外の登場人物に、呆気にとられていた。
「ぶぇええ~~~~! 泣いている子を見ると、僕も涙ちょちょぎれちゃうよ~~~~! ぶぇええ~~~~!」
(あ、そうだ思い出した。『ガリブー』の声って、母さんじゃん! なんか前にお菓子のマスコットの
回想にて、脳裏で、嬉しそうに自分に対して報告をする母の様子が浮かんだ。
これだったのか、と、聖也は自分の中で合点がいった感じだった。
しばらくは、彼の母親演じる『ガリブー』が先述した感じに泣いていると、
「ご、ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! も、もう泣かないっ。だ……だからっ、ガリブーも泣かないで、ね? お願いっ」
女の子は両手で垂れた涙を強くぬぐい取ると、くしゃくしゃの顔を直ちに改め、眼前の(首から下は三十七歳の
そうした女の子の願いに、ガリブーは、
「ぶぇ……。じゃ、じゃあ、元気になるために、い……いっしょに、お歌でもどうかなっ?」
突然の提案に、女の子が応えた。
「お歌を歌うの? い、いいよ! わたしっ、ガリブーが元気になるために、なんでもするっ!」
どうやら、女の子はあのCMを知っていてなおかつガリブーにご執心なご様子であった。
ガリブーは、うんうんと首から上の菓子袋をシャカシャカと音を立て、振った。
「そっかぁ……。じゃあ、僕といっしょに、「ガリガリチップス」のTVCMソングを、のりこちゃんと歌いたいなぁ。ぶぅ――」
「う、うんっ! あ……でもっ、わたし、お歌はあんまりその……」
「だーいじょーぶぅ――――! 歌ってのはねえ、上手い下手は二の次なんだよ。大事なのは、それらを通して自分の気持ちを正直にさらけ出すことにあるんだよぉ」
そう言って、ガリブーに扮したかなえは女の子の胸元に指を差し向けた。
「君の純真無垢な心の中身を僕は、見てみたいな。ぶぅ――――」
「わたしの、こころ……?」
「うん! だからぁ、僕といっしょに、歌ってもやもやした気持ちなんてふっとばしちゃおうね! ぶぅ――――」
「う、うん! のりこ、がんばるっ!」
羨望と期待で目をバチバチさせる女の子。
とうに涙なんてふきとんだ彼女を前に、かなえはガリブーの声をそのままに、音頭を取り始めた。
「せぇー……のっ!」
「こっちです、こっちです店員さん」
「あ、ああ……はいはい」
スーパーの従業員を引き連れ、航平がやってきていた。
「もう、ね。えらいこっちゃてな感じですわ。見つけた時は、それこそおいおいと泣きじゃくっとり、とてもかなわんかったんです」
「えっと……それで、その子は今どこに」
「ええ、今ァ、酒場コーナーのとこで僕の友達と母親に預けてます」
「左様ですか」
まもなく、二人は、酒場コーナーの陳列棚付近の角にて差し掛かった。
「ここです! おーい、マサ! 連れてきたで……アレ?」
「はぁ――――――い! それじゃあ、もう一回いくよー! せぇーのっ」
「『ガリガリチップス、ガリガリ~~!
僕のあばらも、ガリガリ~~!
豚骨エキス、はいってる~~!
ついでに、カルシウムもはいってる~~!
気になるお味は、聞いてびっくり、ミルクチョコ・フレ~バ~~!
(美味しいかどうかは、買って食べてみてネ!)
ガリガリチップス(ガリッガリ!)
ガリガリチップス(ガリッガリ!)
ガリガリ食べよう! ガ・リ・ガ・リ・チ~~~~ップス!
(買って食べてくれなきゃ、疲労骨折だぶぅ――――! ……僕が)』」
ただいま、酒場コーナーに身を置くかなえの目の前には迷子の女の子ののりこを筆頭に、かなえの生歌につられたちびっ子たちが寄って集ってかなえを取り囲む状況にある。
背景が、スーパー・マーケットの酒場コーナーの陳列棚ということを除けば、教育番組のうたのおねえさん(三十七歳)とその子供たちのワンコーナーさながらな光景であった。
「か、母さん!」
かなえよろしく息子の聖也もほぼまきこまれる形で、同じくちびっ子たちの前で立ち尽くしていた。
そんななか、聖也はそばにいるかなえの肩を連叩して、呼びかける。
「ん――――? どったの、マサきゅん」
パッ、と息子の顔を振り仰いだかなえは、実に清々しい表情をしていた。
「いい顔しやがって……。アンコールまでやってなにやってんの! おかげで、収拾つかなくなったじゃんか!」
聖也は子供の群がりに対し、強く差し向けながら言った。
「しょーがないでしょ、子供ってのは自分のだろうと他人のだろうとかけがえのない存在にはかわらないもの。それに、この子たちがチップス買ってくれなきゃCMだって終わっちゃうし、ガリブーだって疲労骨折どころか
「子供のためだなんだって言いながら、結局は販売と売り上げが一番なわけ!?」
「そんなこと言ってないわよ。でも声優業界って世知辛くてねえ、たとえメインの役をオーディションで勝ち取ったとしてもたった1クール程度でリストラがあたりまえなもんだから、いかにひとつのコンテンツを持続させるかが声優にとっての永遠のテーマなの。これだってそう、声優ならみいんなやってること」
「ね、僕らはなんの話をしてるのさ」
「知らねー!」
☆☆☆☆☆☆
酒場コーナーの陳列棚の角にて、店員が遠巻きになって見ていたもの。
わんさかと集まって、顔を綻ばせながらスナックのCMソングを大合唱をする子供たち。
自慢の長髪を振り乱しながら、今日の声優の扱いについて熱く語る巨躯な女。それと、辟易とした様子で母の熱のこもったスピーチを聞いている小柄な小学生高学年相当の少年。
どれもこれも、店員がこの売り場に配属されて以来初見もいいところな光景であった。
「……え、えっと」と、航平が言葉を詰まらせていた。
航平と酒場コーナーの一連の様子を見比べて、店員が、
「特にこれといって……泣いていてかなわぬ様子では、ありませんね」
「ハハハ。ま、まあ、そうみたいですな」
この後、迷子の女の子は無事店員へと引き渡され、後に母親と再会を果たすことができたのだった。
そして、かなえのダイレクト・マーケティングのかいもあって、女の子はきっちり一袋分のガリガリチップスを無事購入したという(ついでに、あの日酒場コーナーにて『ガリブー』に集った子供たちもみな例外なくガリガリチップスを購入したことで、この日この店のチップスの売り上げは埼玉県内でトップクラスを誇ったのである)。
☆☆☆☆☆☆
気が付けば、日も傾き辺りはやや暗くなっていた。
酒場コーナーでのフィーバーも落ち着いて、ひと段落ついた頃。
「こ、コウ……」
「おうっ、どした? マサ」
スーパーの外、自動ドアの前にて立ち尽くすふたり。
聖也は店内にて伝えられなかった言葉を、ここにて言うこととした。しかし、普段通りの教室内での馬鹿話しならまだしも学区外でなによりスーパーにてケンカの言い訳をするということだったので、彼にとってはハードルの高さが尋常ではないように思えているのだった。
聖也はこころなしか、自分でもかなり手に握力が宿っていることに気が付いた。
「あ、あのさあ。え、えっとーそのぉ……」
どぎまぎした喋り方で臨んでいると航平が、
「な、なんやねんその歯痒いべしゃりは。視線もばっちり足元向いとるし……そないガチガチぃ、なっとるんなら無理して喋らんでもええで」
いつもみたく実直かつ気遣いのいい態様で身構えた、航平だった。
しかし、聖也はあえてその提案を退けた。
一旦、航平のアドバイスに則って深呼吸をする。肩の力が抜けたような気になると、彼は再び口を開いた。
「こ、コウッ!」
「うぉお! たまげたァ?! ……は、はいッ。なんですのん」
たいそう、ビックリした感じの航平。
構わず聖也は言葉を続けた。
「あ、あの時……素直に向き合えなくって、すっごく悪いと思ったよ。も、もちろん航平のことだからっ、先の言葉に関しては突発的なアレで決して悪意とかそういうものはないんだろうなんて、言われてしばらくしてから気付いたよ。で、でも……」
聖也はまるで顔から火がでているかと思わんばかりに、滾っていた。首の付け根や耳、額の端にいたるまで顔を真っ赤っかにさせてしまっている始末だった。
対して、そんな親友を前にして、航平はひとり神妙な面持ちで彼の様子を見遣りないしは静聴している。
再び、今一度、深呼吸をしてから聖也は言葉を紡いだ。
「でも、僕の中のくだらない意地が邪魔したせいで、あの時素直に航平のことを許してあげるのができなかったんだ。ほんっと、僕はなんて最低なことをしでかしてしまったんだろ。と、とどのつまり……僕が何を航平に言いたかったのかと言うと、『僕も僕だった』ってことなんだよ」
こちらこそ本当にごめんなさいっ、と。
平身低頭(へいしんていとう)の構えで、心から謝罪しつくした。聖也は己の親友にしでかしてしまった行為に対し、強く苛(さいな)まれ、非常に情けなくなった。
そんな光景を一部始終見させられて、航平はあわてて聖也を止めにかかる。
「い、いやいや、いやいや! そ、そない殊勝にならんでも! 別に俺はそのことについては特にこだわりとかもってへんし、それに、そもそもの原因は俺の口八丁からやし……ま、まあ。とりあえずはお前の言いたいことはようわかったわ、聖也」
「…………っ」
沈痛なる思いで、親友の言葉を訊きいれていく。あだ名でなく、あえて本名でお互いが呼び合ったのはいつぶりなのだろう。
そんな中、航平が再び口を開いた。
「ほな、これでおしまいにしよか」
「……えっ?」
思ったよりも明快な返答が飛び出たと実感した。予想だにしていなかった親友からの、アプローチについて、聖也が折れ曲がった己が背筋を正し始める。
直したのち、聖也は目を見開き、眼前にて立ち尽くす彼を前に視線を注いだ。
「いやだから、さあ。今回のことに関して言えばさ、お互いさまやんか。後腐れないようにきっちり、傷み分け、喧嘩両成敗ってことにしようや。ええやろ?」
聖也は、朗らかそうにそう提案してきた航平に対し、驚きを隠せない様子であった。
最悪、絶交すらも視野に入れていたので一気に肩の荷が下りたような気になった。
「なあ、ええやろ?」
呆気にとられたままの彼を前に、航平はなおも食い下がる。そして、もう一度訊いてきた。聖也は固唾をゆっくり飲み込み、それから、おもむろに口を開いた。
「う、うん。……ええ、よ?」
すると、
「なんでおまえも関西弁なんねんっ。あと、質問を質問で返しなやー! あ、あっはっはっはっはっは!」
聖也のうわずった返事を耳にした途端、航平は涙を流して破顔させた。
「かっ、噛んだだけだよっ。てかっ、なんでそんな死ぬほど笑ってんだよう!」
「い、いやっもうっ、なんかアホらしゅうてアホらしゅうてね。……あ、アカン、腹痛い腹痛い!」
「……も、もう知らない」
改悛の気持ちが一転して、杞憂に終わったとみるや彼は肩の荷が下りたどころか、むしろどっと疲れた気になった。
そんな聖也をなだめるように、夏の夕風が彼の頬にてなぜてきた。
複雑な心持ちでスーパー外にて立ち尽くしていると、突如として、そばの自動ドアが開いた。おや、と振り向くとドアのセンサーマットの上に彼の母、国吉かなえが突っ立っていた。とうのかなえの両手には、今晩の国吉家の食卓に献立として出される食材各種が半透明のビニール袋にとそれぞれ詰められていた。
「おまたせー! あれ、どったのマサくん。顔がガリブーみたくなってるよ?」
「も、もう、言い返す気にもなれないよ……」
へとへとになった息子と、隣で未だ狂ったように笑い続けている息子の親友を互いに見比べ、かなえの頭上には疑問符がいくつも乱立していった。
☆☆☆☆☆☆
「ホンマでっか?! マサのお母はんっ、俺を今晩の食卓に招待するって……」
「漏れなく、ホンマでんがな! いつもマサくんといっしょに遊んでくれたり、学校でも気にかけてくれたりと大分お世話に預かってもらってるからそのお礼っ。それに――――」
そこまで言うと、一旦切ってかなえはわきに控えている実の息子の顔を見やって、いたずらっぽく笑みを浮かべた。
「どこの誰かさんが、今日はぜひともお友達のコウちゃんにごちそうしたいんだってぇ~~~~!」
ニヤニヤ、と。
今まさしくかなえによって、彼女の思わせぶりでいやらしい笑みが聖也に届けられている有り様だった。
恥ずかしくなり、咄嗟に、聖也はそんな母を肘でつっついた。
「むっ、いたいっ?! ちょっとー、お母さんに暴力なんてやっちゃいけないことなんだよー」
「……内緒にして、っつったのに」
「一応、名前は伏せたけど」
「もうっ、全部ッ、言ってるようなもんじゃんかそれェ!」
照れ隠しも兼ねて、聖也は夕暮れ時の街並みにて吠えた。
相変わらずかなえはいやらしくにやけていたし、航平は航平でそんな国吉親子の漫才に拍手を打ちつつ笑っていた。
聖也は聖也で、今夜の献立である国吉家のカレーを、三人で食べあう様子をちょうどイメージしている最中であった。
そして、その帰り道のこと。
歩道にて横一列。車道側から聖也、かなえ、航平の順番で歩いている。
かなえと航平は会話が弾んでる最中であった。
「マサのお母はん、今度、是非ウチの店に顔出してください。泡盛を入荷したんで、なんならボトルキープのほうもさせて頂きますよ」
「え――っ、本当に!? ……でもなんだか悪いわあ。かえって、そんなによくされちゃ」
「いやいや! なにをおっしゃいますのん、なんたってマサのお母はんはウチとしても一番のお客様です! これくらいは当然でっせ」
「ほんとぉ? でも、それってみんなに言ってるんじゃないの?」
「とんでもありまへんっ。決して、そのようなことは……まだ二十人ちょいくらいにしか」
「って、言ってるやないかーいっ」
かなえはそう言いながら大げさな手振りで、軽くツッコミをいれる。
「うわ――。や―ら―れ―た―」
それに負けまいと、航平もかなえの振りにまんまのっかる形で、両手をばたばたさせて先のセリフを言う。
暫し、沈黙。
それから二人して、人目を憚ることなく思い切り笑いあう。
(と、とても……ついていけないや)
やや、げんなりしながらかなえの逆隣りにいた聖也は考えた。
早く、とにかく、今はウチに帰りたい。
そんな一心で、聖也は他二人よりほんのちょっぴり歩くペースを上げるのだった。
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