第五話「きっかけ」
三度の接触を経て、名残と栗原の仲は急速に縮まることになったわけだが、それにしたって仲が良すぎやしないかしらと、名残自身、自らの無差別な交友関係に驚きを隠せずにいた。中学生なんて多感な時期だし、どうしたって男女を意識してしまうもののように名残には思えていたから、自身がそうして男女分け隔てなく接することのできる所謂ひとつの仲介役であることに一種の誇りのようなものを感じていた。実際、各学期ごとに催されるクラスのイベントでは、彼女は男子と女子とを繋ぐ橋渡しとして非常に重宝されている。
もともと名残は栗原のような温厚なタイプとの相性がよかったらしく、あれ以来、クラスの活発な男子との会話に面白味を見出せなくなっていて、授業中に教師の忠告を無視して騒ぐ彼らを見れば、ああ子供っぽいなあとまで思う始末だった。態度にまでは出さないが、最近の彼女は彼らのことをあからさまに避けがちである。そうなると必然、栗原との距離は如実に縮まっていった。
そうして気付けば、夏休みがすぐそこまで迫ってきていた。
その頃にもなると、昼休みをまるまる使って栗原と話をするのが名残の日課となっていた。教室のベランダで談笑する二人を見て、クラスメイトたちは下世話な想像をするものの、それを口にしようものなら名残から容赦ないげんこつが飛んでくるので、いつからか見て見ぬ振りが徹底された。
その日の話題は言うまでもなく、国語の授業で出された宿題についてだった。
栗原はベランダに肘を置き、気怠げに頬杖を着きながら言った。
「前々から思っていたんだけど、水瀬さんって、自分の名前が嫌いなのかい?」
栗原の質問に名残は一旦沈黙を要すると、しかし、次には嫌いなものでも食べた時のような苦い顔をして、こくんと首を縦に振った。
「何故わかったの?」
「わかるさ。だって、名前の話になった途端、君ったら人が変わったように無口になるんだもの。まあ、珍しい名前だからね。気に入ってるか、気に入っていないか、どちらか一方だとは思ってたよ」
そうよ、そうなのよ。
名残はうんうんと頷いた。
「だって、ヘンテコなんだもの」
「それはまた、一体どうして、そんな風に思うんだい? 僕は綺麗な名前だと思うけどなあ。付けてくれたのは、お母さん?」
「産まれる前からそうと決めていたのかもしれないけれど、そうじゃないとすれば、こんな名前をくれたのは母親の方よ。私、父親はいないから」
「名前の由来を訊いたことは?」
名残はふるふると首を振った。
「いいえ。だって、今更になって訊けないわよ。お母さんのこと、さんざ煙たがってきたんだから」
「なら、思い切って訊いてみるといいよ。保障はできないけれど、きっと今よりは自分の名前を好きになれる筈だから」
「どういうこと?」
名残は首を傾げて問うたが、栗原は「訊けば、わかる」とだけ言って教室に引っ込んでしまった。やがて五時間目の予鈴が鳴ったので、名残もそそくさと教室へ入り、授業の支度を済ませた。
名残はその日、少しだけ夢見心地な気分で五時間目の授業を受けた。それまでの低迷が嘘のように消え失せ、心に生じたのは自身の奇異な名前に対する純粋な興味だけだった。
名残は今週のうちに母親と名前について話をすることに決めた。学校の宿題を放棄するほど、彼女は勉学に対しての向上心が低くはなかった。
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