袋の中身は

琉羽部ハル

ご令嬢は笑わない

 目が覚めた。何故かいつもより目覚めがいい気がする。寝起きで重いはずの瞼は、ヘリウム風船のごとく軽い。嫌な予感がし、すかさずスマホを見ると9時だった。授業開始の時間は8時50分である。家から学校までは京橋駅から京阪電車に20分間のり、そこからまた20分間歩かなければならない。よって今から全力で支度をし出かけても、2時限目の始めに間に合うか分からない。寝起き1分でここまで考えた俺は早く学校に行くのを、、、諦めることにした。

 人間万事塞翁が馬。今日寝坊したのも悪いことではなく、何か自分にとって意味があるのだと思うことで、自分の中にある罪悪感を一切排除し布団からでた。

 リビングに行きいつもは飲まない紅茶を入れ食パンを焼きジャムを塗り、窓から入ってくる眩い朝日を浴びながら朝食をとった。テレビは、「偽札大量生産の真実と見分け方‼︎」「今年はいよいよ東京五輪テロ対策はいかに?」など、物騒な話題ばかり流れている。それに対して自分の周りはなんと静かで優雅なのであろうと思った。外から鳥のさえずりが聞こえるほどに。

 テレビを消し、カバンを手に取った。学校には3時限目が始まる前の休み時間にコッソリ行こう。そう考えて少し早いが僕は家を出た。


 京阪京橋駅に着いた。寝坊していつもより遅い時間だがまだ通勤ラッシュの時間帯なようで、駅にいる人々は忙しそうに右往左往している。いつもは準急に乗り学校へと向かうのだが、今準急に乗ってしまうと早く着きすぎてしまう。ということで、俺は各駅停車に乗ることにした。

 少しの背徳感に興奮した俺は、長旅のお供にと売店でブラック珈琲を買い電車へと乗り込んだ。通勤ラッシュと言っても各駅停車には人が少なく、1車両に5〜6人ほどしか乗客はいなかった。マスクをした老人の向かいの席に座り、読みかけの推理小説片手に珈琲をすすりながら、緩やかに感じられる時間を楽しんだ。


 読んでいた小説がひと段落し、腕を上げ伸びをした。向かいに居たマスクをした老人はいつの間にか居なくなっていた。しかし、老人が座っていた席には紙袋が置かれていた。忘れ物だろうか。

 紙袋の中身を見ようと思い立ち上がろうとすると、駅についたのか電車の扉が開き、同い年くらいの女性が乗り込んで来た。俺はその女性を知っていた。しかし、この時間帯にいるのは不思議と感じ、果たして本当に思い浮かべている人なのか確かめるために脳内の人物図鑑を使い確かめた。

 結果、間違いなくその女性は自分と同じ学校、同じクラスの香山咲だった。香山といえば京阪に乗っていると見える、有名な香山病院を連想しないものはいない。そのくらい香山咲は有名だった。ご令嬢なのである。同時に勉学は全国模試に名前が載るほどであり、トドメには、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花というスペックを持つ完璧な人間なのである。そんなお方が何故ここに?などと不思議に思っていると、香山と目があった。

 いつもはクールで落ち着いた雰囲気の顔が崩れ、焦りが目に見えてわかる。

「な、なんでこんなとこにいるの?私寝坊したのに」

 初めて香山の声を聞いた。それも周りの人が注目するくらいの大きな声を。

「なんでって、俺も寝坊したんだよ。ご令嬢も寝坊とは案外そこらへんは庶民的なんだな」

「案外庶民的も何も私だって人間であって、1人の女子高生なのよ」

 やはり声が大きい。周りからの視線が感じる。このお嬢様は天然なのだろうか。

「とりあえず座れよ」

 お嬢様も周りの視線をやっと感じたのか、俺の隣の席に座った。

「私も人間だって、じゃあ学校ではなんであんなに大人しいんだよ」

「大人しく自分を演じているからよ。貴方だって、そういうふうに都合よく自分を演じている時があるでしょ。私は演じる時間がみんなより多いだけよ。全く窮屈だわ」

 この時の香山の声は少し低いような気がした。

 前言撤回というか、前言に付け足し。このお嬢様ただの天然ではなさそうだ。

「それより、貴方には弱みを握られたわね」

「弱みって?」

「私が寝坊したことをあなたは知った」

 どういうことかさっぱり分からなかった。

「つまり、私は学校に、今日は家庭の事情でどうしても外せない用があるので、3時限目から出席しますと伝えたのよ」

 理解した。お嬢様はどうやら説明を省く傾向にあるようだ。

「わかったよ。香山が寝坊したことを口外しなければいいんだろ。じゃあさゲームをしないか?香山が勝ったら俺は、今日のことを一切口外しない」

「貴方が勝ったら?」

「俺と友達になってくれ」

 自分でも何故この時こんなことを言ったのか、詳しくはわからない。ただこの時、小学校の頃、中学受験の塾に通い、いい子にしていた時のことが頭によぎった。

「友達になる?まぁいいわそのゲーム受けるしかないしね。それで、何をするの?」

 お嬢様は案外あっさりとゲームにのってきた。

「そうだな、、、」

 ゲームの内容を何にしようかと考えていると、車掌がやって来た。車掌はあたりを見渡し向かいの席に置いてある、老人の忘れ者であろう紙袋を手に取った。そして、紙袋の中身を見て、しばらく触っていた。そして突然急ぐように車掌室へと戻って行った。

「よし決めた。ゲームの内容はこうだ。あの紙袋には何が入っていたのか、推論を立ててどちらが納得できる考えを導き出せるかで競おう」

「いいわそれで。制限時間はどうするの?」

 お嬢様は乗り気らしい。目が輝いているように見えた。

「制限時間は3つ後の駅に着くまででどうだ?」

「分かったわ。じゃあ始めましょう」

 しばらく俺はスマホのメモ機能に書き込みながら、香山は薄ピンクのメモ帳を取り出して考え込んでいた。勝負を持ちかけたものの、情報が少なすぎ推論を立てれなかった。

 そうこうしているうちに一つ目の駅に着いた。するとそこには、警察官が3人駆けつけていた。人身事故でもあったのだろうかと思ったのだが、警察官はさっきの車掌と話だし、紙袋を渡したのが見えた。さらにさっきの車掌は新しい別の車掌と交代した。

「おい香山、見たか?」

 これは、これから推論を立てるにあたり、重大なことなので一応話しかけておく。

「ええ、見たわ。あの袋に入っていたのはつまり、そういう事なのね」

 その言葉を聞き、俺はまだ考え出した。ここまでを整理しメモ帳を見る。

 果たして紙袋の中身は何なのだろうか。

 しばらく沈黙の時が流れた。

「私、分かったわ」

 お嬢様が口を開いた。

「ほう、聞かせてくれよ」

「まず結論から言うと、あの袋の中身はナイフ又はそれに相当する凶器類だと思うわ。それも箱に入った状態で、かつ血などが付着している状態のね。理由を言っていいかしら」

「ああ、いいぞ話してくれ」

 少し引っかかるところがあったが、理由を聞かずに突っ込むのは早とちりであり、失礼だと思ったので理由を聞くことにした。

「まずは、そうね警察が来たことね。このこと自体が、紙袋の中に入っていたのが犯罪に関係しているものだと示しているわね。そして、犯罪に関係しているもので何故私が凶器類だと考えたのか。例えば貴方犯罪に関係するものを、凶器以外で思い浮かべてご覧。何が思い浮かぶ?」

 俺は、言われた通りに思い浮かべてみた。

「そうだな、盗聴器に偽造パスポート、それに違う線で考えると、京阪電車しか知り得ない企業秘密が書かれているものなどか?」

「そうね、大体そんなものだと思うわ。けれど、どれもこれも、車掌が少し確認しただけではわからないものばかりじゃないの?あの短時間で確認して、警察に通報しなければと思うものは血のついた凶器が箱に入れられてたとしか考えようがないじゃない。これが私の出した推論よ。どう?納得した?」

 俺は少し考え込んだ。そして頭を整理し話した。

「残念ながらそれは違う。矛盾しているんだ。俺のメモを見てくれ」

 そう言い俺は自分のスマホを見せた。


 一つ、紙袋の中身は警察に通報すべきものである。

 一つ、紙袋の中身は老人が故意に置いて言ったものである。

 一つ、紙袋の中身は、凶器類ではない。

 一つ、紙袋の中身は、軽く見ただけではわからないが、手にとり少しの確認で異変に気付くものである。


「俺のメモの3つ目に矛盾しているんだ」

「なんで、、、理由を説明してよ」

「理由は簡単。最近というか今日もニュースでやっていただろ。思い出してみろ」

 俺は今朝、耳に入って来たテレビのニュースを思い出す。

「どのニュースよ。分からないわ」

「今年は2020年だ。ということは東京五輪だろう。もし凶器類がそれも血のついた物が、発見されていたら電車を止めテロ対策の為に車両点検するんじゃないのか?国を挙げてテロ対策しているんだから」

「じゃあ、凶器類じゃないっていうなら貴方は何だって考えるのよ」

 もう一度俺はスマホの画面を覗き込む。状況を把握し、仮説を立て、それを潰していく。そして複数残った仮説から一番現実性が高いものだけを頭に残した。

「香山お前、お金持ちだよな」

「まぁ、相対的に見ればそうね」

「あの紙袋の持ち主な、老人だったんだ。多分その老人、社長か、偽札の偽造主だった」

「というと、紙袋の中身は偽札だったと、貴方は考えるのね。理由を話してくれるかしら」

「ああ、まずはだ、もしお前が大量の偽札の袋を見つけたら、あの車掌と同じ行動を必ず取らないか?偽札は、軽く見ただけでは気づかず少し触っていると、異変に気付くだろう。そして当然警察も呼ぶ。それに偽札は兇器にならない。あと、今朝ニュースでやっていたんだが偽札が大量生産されたらしい。異論があったら言ってくれ」


 その後は特に何もないまま俺たちは電車を降りた。


 次の日、俺のスマホには友達追加と、偽札が電車内で大量発見されたというニュースの通知が届いた。


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