第22話 『湖の下』

 とは言え、本当に大きい湖で、あたりを見回しても魔物一匹いる気配もない。本当にこんな静かな所にみんなが戦いたくない敵がいるのかな?

というか本当に湖に住んでいるのかな。


「んー、どこにいるんでしょうか」


マミさんですらわからないとなると私たちが分かるはずがない。


「あの、バニラを落とす魔物ってどんな奴なんですか?」


 町を出る前から思っていた疑問を投げかけてみると、マミさんはブックを取り出し魔物図鑑を開いた。

そしてこの湖にいる魔物の一覧を開き、最後のページを見せてくれた。


「バニラを落とす魔物はこれです」


 開いたページを見ると、

白くて丸い小さな魔物が映っていて、左上には名前が書いてあった。


「【バニラゼロ】・・・?」


 こんな可愛らしい魔物がみんなの戦いたくない敵だなんて、どうかしているのではないだろうか。それとも可愛いからこそ倒したくないという感情的なものが生まれているのかな?

右の説明文はとても長く小さく見にくかったが何とか読めた。


『バニラゼロはバニラを落とす可愛い魔物。いつもはふわふわと宙に浮いていている。

暗い所が好きなので、地上には殆どいなく、大量に群れを作って行動をする。ある日冒険者がバニラゼロを倒そうとしてある洞窟に入った所、全身に真っ白の粉を浴びさせられて帰ってきた事から誰も近づかなくなった』


 真っ白の粉って・・・もしや危ない粉とかじゃないよね。しかも私たちこれからこの魔物に挑もうとするなんて少し気が引けてきた。


「もしかしたら湖の下にいるかもね」


 メルちゃんが少し笑いながら冗談半分で言っていた。

湖の下に行ける筈がない。そもそも湖の下に入る洞窟なんて・・・


「あ」


 そういえば川が流れ込んでいるぽっかりと空いた穴があった。もしかしたらそこから入れるかもしれない。


「行ってみましょうか」


 私たちは川が流れている穴に少し早歩きで向かった。

穴の前に立つと、穴の横に小さな道が見え、私たちは顔を見合わせ、一回頷いてから穴に入って行った。


 穴の中は暗く、私たちの歩く音と、川の流れる音が壁に跳ね返って響き渡っている。

奥へ行くたびに地上の光が入らずに益々暗くなっていき、もう目の前が見えないほど奥に来てしまった。


「暗くて何も見えない・・・」

「これ使ってください。とってもよく見えるようになりますよ」


 マミさんが差し出して来たのは瓶に入った透明な薬のようなものだった。

この薬は一体何の薬なのだろうか。同じようにメルちゃんにも渡し、その薬をメルちゃんは何も疑わずに飲んでしまった。


「あの、これって?」

「これは暗視薬です。私特製のイチゴ味なので美味しく飲めますよ」


 暗闇の中、マミさんが微笑んでいるのが見えた。メルちゃんは両手で瓶に入っている暗視薬を美味しそうに飲んでいる。

私も両手で飲んでみると甘いイチゴ味で、とても飲みやすかった。

飲み込み終わると目の前が段々明るくなってきた。

完全に見えてくると、少し奥に広い空洞があった。奥に少し見えるのは、先ほど湖の中央から吹き出ていた水。私の予想通り本当に下から吹き出されていたとは。


 空洞にたどり着くと、川の水が真下に落ちていき、下を見ると水が吹き出している場所があった。

あんな遠い所から水が地上まで勢いが変わらないまま吹き出されているなんて。

周りを見てみると、道が螺旋状になっていて、少しずつ下に降りて行ける様になっている。

ここのどこにバニラゼロがいるのだろうか。


「ここにいても仕方ないですし、降りてみましょうか?」

「そ、そうですね」


 少し戸惑ったが、降りる事にした。

 ぐるぐると回り続けると段々感覚が狂ってきてしまうらしく、今どこらへんにいるかも分からなくなってくる。横を見ても水が上に勢いよく上がっているだけで、何も変わらないこの景色を眺めているのは正直辛い。

ここまで歩いてきた分の疲れが蓄積されていて、段々歩きが遅くなっていく。

 やっとの事で一番下まで着くと、そこには地底湖が広がっていた。

上から流れてくる川の水が小さな滝になっていて、水飛沫が跳ね上がっている。

 そして、地底湖の少し奥の陸地に、小さな丸いものが複数浮かんでいるのが見えた。

きっとあれがバニラゼロだろう。やっと見つける事ができたけど、どうやって向こう岸まで渡ろうか・・・あ、普通に橋かかってるじゃん。

私たちのいる陸地と少し奥の陸地にはボロボロの橋がかかっていた。

一人でも通ったらすぐ壊れそうな橋だ。きっと何年も何年も修理もされず使われもせず腐っていったのだろう。

 恐る恐る足を橋に乗せると、橋が軋む音がして、驚いてしまい足を橋から離してしまった。

こんな橋を渡れるはずがない。一体どうやって行けばいいのだろう・・・


「あのー、なつめさん?」


 マミさんが不思議そうに聞いてきた。

後ろにいたメルちゃんも首を傾げている。


「み、みんなどうしたの?」

「あのー、こっちにちゃんとした橋ありますけど・・・」


 マミさんの指差している方を見ると綺麗な橋が向こう岸にかかっていた。

私はこの橋の存在に一切気づいていなかったのでその場に立ち尽くしてしまった。今まで私がしていた事は無駄だった、そう思うと恥ずかしくなってきた。


「あ、いや、これはその・・・」

「ふふ、さあ行きましょうか」

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