第21話 『噂をされている』
町から出て大平原へと出る。歩いている途中で滝へと向かう道とは別の道を通って行った。
「湖は地図によると南西の方にあるみたいですね」
マミさんが自分のブックを取り出し、地図を開く。
目の前には大きな大陸地図が表示されていた。
「歩くの疲れるなあ」
メルちゃんがグダッとして腕を降ろしている。でもこんな大きい湖どうやってできたのだろう。地図の左の方をよく見てみると、川が流れている。北の山から流れて来た川の水が町を経由して湖に流れ込んでいるみたいだった。
しかし一つの川が大陸を横断できるほど長いなんて。
私たちは黙々と湖に続く道を歩いて行く。
運が良いことに魔物はほとんど出てこない。
旅人も全くいる気配がなく、西からそよ風が吹いているだけの静かな平原で、私たちは三人、道を並列して歩いて行く。
ザトールは大陸の下方にあり、北の山からは遠いので大陸の下までおよそ2時間から3時間程で行けるだろう。
森の近くにある滝に行く時もそんなに時間はかからなかったし。
湖から滝に水が流れてるみたいだから、少し傾斜になっている事だろうな。
でも滝から流れている水は何処に行くんだろう。やっぱり海に行くのかな?
「ここ少し道が傾斜になってるんだ・・・」
「確か湖は平地よりも少し高い位置にあるはずなので仕方ないと思います」
マミさんが知っていたようで答えてくれた。
「え?じゃあ、川から流れる水ってどうやって湖に溜まるんですか?」
平地を流れている川が、高い位置に流れるはずがない。
「確かに・・・でもこの世界は不思議だらけですから・・・」
マミさんも仕組みは分かっていない様子だった。
しかし不思議だらけだからと言って、川が逆流せずに上に流れて行くなんて聞いた事がない。
考えているうちに湖についたみたいで、川を見てみると、湖の近くにあるぽっかり空いた穴に流れ込んでいる。
水は下に流れ込んでいるのに、上に湖ができるなんて一体どうなっているんだろう。
湖の下に川の水を持ち上げる何かがあるとか、そんな事しか思いつかない。
「着きましたね」
軽い傾斜を歩いていくと、広大な湖が見えてきた。
驚く事に湖の水は透き通っていて、下が見えるほど透明度が高く、周りに木も何も無いので何も浮かんでいない。
湖の中央付近からは噴水のように水が吹き出しているみたいで、吹き出てきた一粒一粒の水滴が湖に落ち、形の綺麗ないくつものミルククラウンを作り出し静かな平原に安らぎの音を与える。
あれ・・・あそこに誰かいる。
少し離れた所に誰かが立っていた。
その人の身なりからすると男性の様で、黒い長ズボンに白いTシャツというシンプルな格好に、何処かで見た事があるマークがついているエプロンを着ている。
「あ、パン屋さんの人だ!」
メルちゃんが気づいた様で大声で叫んだ。
その男性はその声に気づいたみたいで、こちらにやってきた。
そうだ。メイド服を買ってきた時にメルちゃんが立ち寄ったパン屋の店員さんだ。
真ん中に見た事のない文字で何か書いてある特徴的なエプロン、恐らくお店の名前が書いてあるのだろう。
「おや?あなたは確か前マロンクリームパンを買いに来た方ですか?」
「そ、そうです!今度また買いに行きますのでいっぱい作っておいてください!」
男性な微笑み「いいですよ」と答えた。
「そちらの方々は・・・」
「あ、私はなつめっていいます。クズ兄を養っている妹です。で、こちらがマミさんです」
「ああ、君たちが噂の人たちでしたか」
何かを思い出したかの様に手をポンと叩いた。
噂?私たちって噂されていたの?
「え、どんな噂ですか?」
首を傾げて聞いて見ると、男性は手を口の下にあて、クスっと笑っている。
何か嫌な噂を流されていそうだ。でもそんな事をした覚えはない。
「メイドの事とか、北門前での闘いの事とかで噂されてますよ」
あの「お帰りなさいませ、ご主人様」って言った事とかも広められていたみたい。それにマミさんの下着の件やらお兄ちゃんの汚い戦いっぷりも全て。
だから町を出ていこうとする時に少しコソコソと話し声が聞こえてきたんだね・・・
マミさんは思い出してしまったのか、少しモジモジしているみたいだ。
「・・・あの、何でここにいらっしゃるんですか?」
「そうだなあ・・・簡単に言えば、思い出の場所・・・って言っておこうかな」
湖をの方を向いてしみじみとした面持ちで言った。
ここが思い出の場所・・・?
こんな湖しかない様な所で思い出なんてできるものなのだろうか。
「その思い出って何ですか?」
メルちゃんが話に混ざってきた。
「もう一生会えない恋人に会った所____かな。
っと、そろそろパン屋を開店しなきゃいけない時間だ。この話はまた今度しますね。では」
そう言うと、男性は会釈をして私たちの横を過ぎ去る。
前髪の隙間から僅かに見えた目は、ほんの少しだけ潤んでいるように見えた。
そして段々遠ざかっていく背中を私たちはただ静かに見ていた。
「なつめ」
沈黙を断ち切ったのはメルちゃんだった。横にいるメルちゃんを見ると、口をぽかんと開けていた。
「ど、どうしたの?」
恐る恐る聞いて見ると
何かに気づいたらしく、
恐ろしいものを見たかのような顔をした。
「あの人って・・・パン屋一人でやってたの?」
「・・・え?」
斜め上45°をしっかり捉えてくる質問にビックリする。
というか今その質問する?それよりも気になる事があるでしょうよ・・・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます