第3話 『マスターと勇者と召喚士!』

酒場・・・一体どんな空間なのか。


私はまだ子供だから、一回もそういう所に行ったことも連れて行ってもらったこともない。


お兄ちゃんは行ったことあるのかな?


「お兄ちゃんって酒場行ったことある?」

「家でほろよいしか飲まないから行ったことない。」

真顔でそう応えた。


「あっそう・・・」


・・・・・


「すみませーん。アルバイト募集中の張り紙が見て入ったんですけども・・・」

恐る恐る木製のドアを開け中に入る。


入ってみると、ゲームなどでよく出てくるような、何の変哲も無い、普通の酒場だった。


ただ、テーブル、椅子、床など全てが綺麗に掃除されていて、まるでまだ新しく造られたばっかりのような空間だった。


「ん・・・こんな時間に誰だ。バイト志望か?」

私たちに気づいたらしく、カウンター越しに背の高い男性が低い声で話しかけてきた。


たぶんこの店のマスターだろう。

バーテンダーの格好をして、とってもダンディな感じを醸し出している。

カールマンかな?


「はい、そうですけども・・・」

「そこに座れ。」

グラスと白い布巾右手に持ち、左手でカウンターの前の席を指差して私たちに指示をした。


え!?まさか面接的なものあったりするの!?

ちょ、張り紙には大きくアルバイト募集中の文字しか書いてなかったのに!

どうしよう・・・


「とりあえずこれを飲め。」


と、差し出してくれたのは、オレンジジュースとお酒のようなものの入ったグラスだった。


「え・・・でも、私たちまだ来たばっか・・・」


「イリア。知ってるだろ?

昨日イリアが、明日おめぇらが俺の酒場にバイトをしに来ると言ってたんだ。

だからそれは、何というか、その、アレだ。」

マスターは私たちの方から目をそらし、さらには後ろを向き、グラスをまた拭き始める。


____まさかマスター、私たちに「バイトに来てくれてありがとう。」と照れ臭くて言えないが為、その感謝の気持ちをこのグラスから溢れそうなくらい一杯のジュースで表現しようとしてるのでは!?


一見怖そうに見えて、実は優しい人なんだなあ・・・


「で、『どっちが』バイトをするんだ?」

マスターがこちらに振り返り、話し始める。


え?どっちかって・・・


「イリアから片方しかバイトをしないと聞いているが・・・」

頭を傾け左手の上に右肘を置き頬杖をつく。


まさか、イリアさんが、昨日の時点で兄がアルバイトをしない事を予知していたなんて・・・


「あ、俺がしません。」

いつの間にかグラスに入っていたお酒を飲み干した兄は、我先にと言う。


「って、ちょいちょいちょいちょい!ちょっと待ってよ!二人でアルバイトするんでしょ?」

そうだ。普通まだ高校生の妹に働かせるなんて普通はしない。


「だって、俺接客業できないし、第一働きたくないし。」

接客業できない事は承知の上だったけど、ただ単に働きたくないとは・・・


「じゃあ、バイトをするのは、おめぇさんって事でいいんだな?」

「うーん・・・わかりました。私がやります。」

渋々私が引き受ける事になった。


「よし決まりだ!」

マスターは右手の親指と中指で指を弾き、良い音を出した。


何だか不服だ。

何故妹の私が働いて兄は働かないのか。

くぅ・・・もっと強く言えばよかった。


「そんじゃあ、バイト自体は毎日17時から23時までだから、また7時間後に来てくれ。それまでもう少し、この町を見て回るといい。

あと昼飯も晩飯も食べ忘れるんじゃねぇぞ?

ほら、3000ギフだ。今日はこれで何とか昼夜を過ごせ。働かざる者食うべからずとも言うが、食わないとよく働けないだろ?」

見た目には似合わない満面の笑みで、3000ギフを渡してくれた。


「あ、はい!ありがとうございます!」

凄くいい人だ。ここまで優しくしてくれる人は初めてだ。

親でもこんなことしないよ。


その後、言ってもらった通り、私たちは町を見て回ることにした。のだけど・・・


「さてと、町を見て回りますか?」


「俺はいいよ。そのベンチにでも座って待ってるから、そのくそウサギと一緒に見て回ってこい。」

兄は町の中心部っぽい広場の木の下にあるベンチを指差し、怠そうに歩いて行く。


「えー!お兄ちゃん町見ないの?」

と呼びかけたが、全くこちらを見向きもせず、

「俺は不動が一番なんだ。」

と言い、ベンチに座り背もたれに寄りかかる。


はぁ、情けない。まだ何も分からない土地で、女の子を一人にする兄がどこにいますか。


「わかったよ・・・行ってくるから、ここで待っててよ?

若しくはどこか寝る場所でも探して来て。あ、あと1500ギフあげるから、これでお昼とか済ませてね。」


はいはい、と言ってお兄ちゃんはベンチに寝っ転がってしまった。


さて、まずは何処に行こうかしら。

町の人に聞いてオススメのスポットを教えてもらおう。


「あのー、ここら辺でオススメの場所ってないですか?」

野菜などが入っているカゴを運んでいる、おばあちゃんに話しかけた。


「え?オススメの場所・・・そうねぇ。

この町から少し南の方にある【英雄の滝】にいってみたらどう?

あそこは絶景よ〜。

あ、でも、道中で少し魔物が出るから、気をつけて行ってね。」

微笑みながら私に教えてくれる。


「はい!ありがとうございます!」

魔物が出るのかー、怖いなぁ・・・

私ヒーラーだし、このウサギさんもなんか弱そうだし・・・


「はあ、仕方ない、頼り甲斐のないあなたの兄に変わり、私が着いて行きましょう。」


そう声をかけてくれたのは、イリアさんだった。


「え?いいんですか?」

「いいわよ。用も済んで今暇だし、何だか久しぶりに戦ってみたい気分だしね。」

笑顔で承諾してくれる。


それは心強い!イリアさんが仲間になってくれるなんて、百人力だ!


「では、行きましょう!」

元気よく声を出す。


初めての世界で、初めての冒険をする。

こんなに心が高鳴るのは初めて!

魔物が出てくるのは少し怖いけど、イリアさんがいるからきっと大丈夫!のはず。

5分ほど南に歩き、大きな門を抜け町から出ると、そこは緑いっぱいの大きな平原が広がっていた。

地平線が見えるくらいだから、相当大きいのだろう。

でもなぜだろう?魔物などどこを見回してもいない・・・

本当に魔物はいるのだろうか?


「今日は珍しいわね・・・魔物が一匹もいないなんて。」

不思議そうな顔をしている。

「いつもはいるんですか?」


「えぇ、いつもならこの辺に、ゴブリン達が屯たむろしてるはず・・・なのに今日はいない。今までこんなことはなかったのに・・・もしかして・・・」

何か考え込んでいるが、何か心当たりがあるのだろうか?


「あの、何か心当たりが?」

「え?あ、いや、何でもないわ。さぁ、モンスターが出てこないうちに行きましょう。」

考えるのをやめたのだろうか?


「はい・・・」


イリアさんは、何かを私に隠してるような、そんな感じがした。


道を歩いている時も、やはりずっと何かを考えているみたいで、私が話しかけると

「え?あ、もう一回言って頂戴?」

と、まるで聞いていなかったかの様に聞き返してくる。

一体何を考えているのだろうか・・・


そんなことをしてるうちに、いつの間にか【英雄の滝】と呼ばれる場所に着いた。


「きれい・・・」

周りは滝を囲む様に木々が生えており、

崖の上から流れ出る滝は、水飛沫をあげ、まるで空中に橋があるかのような、綺麗な曲線の虹を描いていた。

これぞまさに絶景と呼べるものだろう。


「ここはね、私の古い戦友が眠っている場所なのよ。」


そう、小さい声でイリアさんが口を開いた。


「古い戦友・・・?」

咄嗟に疑問をなげかける。


「私はね、昔、魔王討伐の勇者の四人のうちの一人だったの。」

私は衝撃的な話にびっくりし、目を丸くする。


え、イリアさんが・・・!?


「えっと、では他の3人は・・・?」


「1人はあなた達が会った、ザトールの酒場のマスター。名前は ガイル 。彼は鉄壁の要塞と呼ばれるほど屈強なパラディンだったわ。」


あのマスターが勇者の1人・・・そんなに強かったんだ。


「もう1人は、女魔法使い。名前はマグ。確か彼女は今はアクスフィーナ家の館主を務めていたような・・・」

思い出す様に話をしているが、

アクスフィーナ家とは一体何のことだろうか。


「アクスフィーナ家?」


「あぁ、説明してなかったわね。アクスフィーナ家っていうのは、この町を統治する一家で、

代々素晴らしい魔法使いが生まれている一家よ。」

と、私の方を見て優しい笑顔で応えてくれる。


そんな一家があったなんて・・・

町の人も教えてくれなかったのに・・・


「そして最後____。

この英雄の滝の中で眠る、生きる伝説と呼ばれていた勇者 ゼル。

彼は20年前に、魔王を自分の魂諸共封印した。

そして彼の抜け殻はこの滝の中に。

それからよ、いつも元気でうるさいと言われていた程のガイルが、表舞台に立たず、自分の酒場をつくって、静かになり、素直ではなくなってしまったのは。」

滝にかかる虹の橋を見ながら、イリアさんは思い出す様に話す。


「あの、何でガイルさんってそうなってしまったんです・・・?」

恐る恐る聞いてみるが、もしかしたらとんでもないことを聞いているのかもしれない。

でも、聞きたかった。どうしても。


「彼はね、ゼルと幼い頃からの幼馴染だった。」

イリアさんは目を瞑り昔を思い出す。


・・・・・


「昔はよく彼からゼルの話を、嫌と言うほど聞かされたわ。何回も喧嘩したこと、遊んだこと、一緒に魔王に立ち向かおうって、ここで約束したことも・・・」

下を向き、左手を胸に当て、涙を流しながら語っていた。


「そんなことが・・・」


「彼はおそらく、ゼルがいなくなった時から、今でも、一週間に一回は必ずここに来て、物思いに耽ふけっていると思う。ゼルとの思い出を。」


・・・・・今改めて思う。

本当は私達に、一人だった自分の所へきてくれた、感謝の気持ちを心から伝えたかったのではないだろうかと。勝手な解釈なんだけど。


「話も終わり、滝も見れたことだし、さぁ帰りましょうか。」

私の方を見て微笑み、私の手を取り行こうとした。


と、私たちが帰ろうとした、その時____。


『そうはさせねぇぜ!』


私たちが出るのを待ち構えていたのか、体が緑色のゴブリン達が、ゾロゾロと出てきた。

・・・一、いや、十、いや、ざっと三十匹くらいだ。


イリアさんは驚き身構えた。


どうしよう・・・こんなに多いんじゃとても太刀打ちできない・・・



「仕方ないなあ!もう、今回は手伝ってあげるよ!」



さっきまでぐったりしていたウサギが私のポーチから飛び出してきてそう言い放った。


「あなた、その身体で戦えると思ってるの!?」

イリアさんは身構えながら、ウサギに向かって大声を出す。


「もちろん私だけでは戦えない、だから____」

ウサギはそう言うと、魔法陣の様なものを周りには作り出し、呪文の様なものを唱える。



「聖なる月、太陽から生まれし双子そうしよ!

今ここで私に力を貸し給え!


アンヴォカシオン!【ルナ&サン】!!」



そう、ウサギが唱えると、ウサギの隣に、私と同じくらいの年だろうか。

二人の女の子が舞い降りてきた。

どちらもポニーテールで、片方は髪が青く、白ウサギの髪飾りを左に付けていて、もう片方は髪が赤く、そちらは白ウサギの髪飾りを右につけている。

服装はどちらも、女子高生がよく着ている様なもので、同じ学校の同じ制服みたいだ。


「さぁ、ルナ!サン!いくよ!」

ウサギが二人に向かい声をかける。


「はーい!」

と、二人は手を挙げ元気な返事をした。


「あなた!もしかしてサモナー!?

なぜ占い師のあなたが魔物を操って・・・!」

イリアさんは驚きを隠せない様子であたふたしている。


「・・・話は後!今はこいつらとの戦闘に集中して!」

ウサギはいつもにない真剣な声でみんなに話しかける。


ウサギさんがサモナー・・・?

この女の子2人が魔物・・・?

一体何の話をしているの?


とりあえず、言われた通り、今は戦闘に集中しなきゃ!

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