第5話 カタリヤと語り手

 通い慣れたいつもの道。交通量は少ない上、人通り自体も少ない。それでも時折通る車には普段以上に注意を払って歩いていた。

 それなのに、僕は今病院のベッドの上に居た。頭には包帯が捲かれている。怪我をしたらしいがその時の記憶もない。後で看護師さんが教えてくれたのだが、僕は病院に運ばれた時に車に撥ねられたとうわ言を言っていたという。しかし車というのは自動車ではなく、子供用の車。足で漕ぐタイプの玩具を避けて、バランスを崩して後頭部から倒れて、落ちていたガラス片で運悪く頭を切ったという。偶々見かけた人は頭を打った上に出血、さらにうわ言云う僕を見て酷い頭の打ち方をしたに違いないと心配し救急車を呼んでくれたらしい。

「確かに切れたけど脳や頭蓋骨に問題なし。切れた頭皮がくっ付けばもう大丈夫よ」

 担当してくれている女性の看護師さんは明るく笑っていた。丸一日目を覚まさなかったので脳に何かしらの障害が残るかもしれないと心配も有ったが、目覚めてからの診察の結果は何の問題もなかった。

 4人部屋に移され、念のための検査入院も問題が無かった為、明日には退院できそうだと聞いてほっとした。

「そう言えば貴方が眠っている間にお客さんが、多分クラスメイトの子かしら?男の子が何度かお見舞いに来てくれていたわよ」

「見舞いですか?誰だろう」

 上田か榊田か、はたまた佐々木か。考えていると看護師さんが指をさす。

「彼よ」

「おー、眠り姫はやっと起きたか!ほれ、見舞い」

 下の売店で買ってきたらしいジュースを投げてよこしたのは久木だった。

「じゃあ、あまり騒がないでね。他の方も居ますから」

 看護師さんはくれぐれも騒がないようにと念押しをしてナースセンターへ戻っていった。

「車に撥ねられたって騒ぎ起こしたんだって?お前を撥ねちまった子供はさぞかしビビっただろうな」

「騒いだ記憶は無いんだけどね。そう言えば件の彼女さんには会えた?」

「会った、俺にも死ねって言ってきたわ。まぁ死ななかったけどな」

 そう言って左側の袖を捲って腕を露わにする。湿布が捲かれており、湿布に収まり切らなかった場所もうっすらと赤黒く変色しており、どうやら痣になっているらしい。

「どうしたらそんな色に?」

「頭の上に花瓶が降ってきて防いだらこうなった。折れなかっただけ僥倖さ」

 ヘラヘラ久木は笑っていた。僕はよく痣だけで済んだものだと彼の身体の丈夫さに感心していた。

「あの女、自分の云った通りにならなかったって酷く取り乱してた。ついでにお前が気にしてたカタリヤさんとやらの事も聞いてみたわ」

 そう言って久木はボイスレコーダーを取り出した。

「一応録音しておいたからさ、まぁ聞いてみろ」


 *   *   *


「なんで生きてるのよ!Bだけじゃない、アイツも死なない、あんたも死なない!」

 女子の叫ぶ声が録音されている。

「偶々あんたの言ったような事態に巻き込まれただけ、アンタの実力じゃない。それともアンタは自分が言った事が全て現実になるなんてお花畑見たいな頭をしてるってのか?」

 挑発する様な口調で笑う久木に女子の声はさらに甲高くまるで悲鳴のような声になる。

「バカにするな、バカにするな!!私は本物なんだ!!私は本当に語り手としてカタリヤ様に選ばれたんだ!!あのお方同様に私の言葉に意味がある、私の言葉は現実になる!」

「なってねーよ。ほら、死ぬどころか骨の一本も折れてない。アンタの言葉なんて天気予報以下の精度だっつーの」

 バン!と壁に叩きつけるような音の後、女子の声が一層大きくなる。

「私の言葉は本当になるの、いまから証明してあげる。アンタは今から血まみれよ。頭から真っ赤に染まるのよ!!」

 ガラン、と何かが崩れるような音の後、ぐしゃりと何かが潰される様な音が聞こえてきた。それきり女子の声は聞こえなくなった。

「血まみれね……まぁ、確かに」

 そこで録音は切れていた。


 *   *   *


「カタリヤ様か……この噂は本当に居るんだね」

「いやいやいや、そっちかよ」

 久木の質問に僕は数秒間意味を考えた。彼は僕の為にカタリヤという存在が居るかもしれないという情報を仕入れてきてくれた。それだけだと思っていたのだが、彼からしたら僕の反応は可笑しいという。

「えーっと、じゃあ。ありがとう?」

「……え、まぁ。うん、それでもいいや」

 やはり腑に落ちないような顔をしていたがもう何も言わなかった。

「お前が気になってるカタリヤってのはいるようだけど、関わらない方がいいんじゃないか?今回みたいな事に、それ以上のひどい目に遭うかもしれないんだから」

「いや、噂が実在するならそれに会ってみたいよ。まぁ、もう少し周りの噂を調べて対策を立ててからにするけどね」

「それなら……まぁいいか。とにかく、今は安静にしておけよ」

 久木は僕の額を軽く小突いて帰って行った。安静にしろと言いながらなんてことをするんだ。

「……カタリヤ様か、なんかカリスマっぽいな」

 僕は自分のノートに今の話をまとめつつ過去のカタリヤさんとの話を見比べながら残りの入院時間をベッドの上で過ごす事にした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る