第4話 カタリヤさんとは

 最近耳にした噂の一つにカタリヤさんというものがあった。

 これは旧校舎時代にもあった噂で、実体という実体がない存在だった。カタリヤさんは騙利冶と書くらしい。騙して利用し、本来ならただの話を実害のあるものに練り上げるとかなんとか。過去にソレと対峙したという部活の記録ノートを読み返しながらため息を漏らす。

 相変わらず部室にある教卓を祭壇代わりにしてUFO召喚の儀式を執り行う部長の謎の呪文の所為でついついそちらに意識が引っ張られてしまう。

「まーったそんな古いノート読み返してるのか?」

 校内の自動販売機で買ってきたであろう苺豆乳を見ながら声を掛けてきたのは久木だった。今日は首輪の付いた散歩紐を引きずって歩くという奇行で一部の生徒から指さされていたが本人はまったく気にしていない。なんでもペットのマリーが居るとかなんとか。

「そうだ、久木君はカタリヤさんの噂聞いた事ある?」

 ついでと言わんばかりに僕はノートを彼に見せながら、最近聞いた噂話も絡めて質問してみた。

 カタリヤさんを教えてくれたのは2年生の、Bとしておこう。

 委員会が一緒だった彼はそっと僕に教えてくれた。


 *   *   *


「最近妙な出来事が多くてさ」

 Bは黒板を消しながらそう話しかけてきた。

「妙な出来事?」

「そう、なんか彼女が言ったことは大体本当に起るっていうか、予言……ぽいけど、そういうんじゃなくて適当に喧嘩して当たり散らすように文句言うんだけどさ――」

 内心僕は何でお前たちの痴話げんかの内容を聞かなければいけないのかという苛立ちを覚えたが、妙にBの顔色が悪く怯えているようにも感じたので大人しく話を聞くことにした。

「物騒な事言う訳よ。この間の喧嘩は俺がクラスの女子と話をしてただけで浮気だって言われて、そうじゃないって言ってもなかなか信じなくてさ」

 Bの彼女は「Bに近づく女子なんてみんな消えちゃえ!」と怒鳴ったらしい。嫉妬する彼女も可愛いな程度にしか思っていなかったのだが、それから変わらずに親しくしていたクラスメイトの女子が行方不明になった。

 表向きは家出となっているが、忽然と姿を消したらしい。お風呂に入っていたはずのその女子が中々出てこないから可笑しいと思った母親が風呂場を覗いたらお湯を出しっぱなしで誰も居なくなっていたという。下着など着替えはそのまま、全裸で出ていくはずもなく、どこへ消えてしまったのかいまだに行方知れずだと云う。

 この女子生徒失踪の噂は知っていたが、まさかBの話とつながるとは思ってもみなかった。

 それ以降Bは女子と関わるのを止めた。それでも彼女は何かにつけてBを疑い、その度に喧嘩になっていたという。そして必ず最後には「居なくなればいい」「消えればいい」「死んじゃえばいい」という様な過激な事を口走り、該当した存在が彼女の言葉通りになっているという。

「昨日の喧嘩じゃ、とうとう『俺なんか豆腐の角に頭ぶつけて死んじゃえば良いんだ』なんて言うんだぜ。参るよ」

 Bはその為昨日の夜から念のために豆腐を避けているという。

「豆腐の角じゃ頭ぶつけても死なないけど、万が一があるからさ」


 *   *   *


「でー、B君とやらはどうなったのさ」

 膝の上にエアマリーを乗せて撫でながら久木は興味深そうに聞いてきた。

「3日前の交通事故知ってるかな?」

「たしかうちの学校の生徒がトラックの荷物に押しつぶされて現在入院中だったんだっけ?」

 そこまで口にして久木は笑った。

「はは、そう言えばあのトラックに乗ってた荷物は豆腐だったな。すげぇなそのカノジョ。まぁ豆腐の角に頭ぶつけた訳じゃないし、まだ死んでないから100%の効果とは言い切れないけど中々のものだな」

「で、ついでにおまけの話なんだけど」

 僕は改まって向き直り、久木をじっと見た。

「今日は僕が死ぬかもしれません」

 そういうと久木は不思議そうに首を傾げる、そりゃそうだろうなと僕も思う。いきなり死ぬかもしれないと言われても困るだろう。僕も逆なら困る。

「例の彼女さん曰く僕の所為でBは死ななかったらしいんだよ。だから今日車にはねられて死ねって言われたんだ」

「ドストレートな事言われたな。でも、お前は死なないぞ」

「どうして言い切れるんだい?」

 久木はにかっと笑って空を指さす。

「天が言ってるから。あー、でも怪我はあるかもしれないから気を付けておけよ」

「久木君って時々電波な事言うよね」

「オカルト野郎に言われたくないね。それよりかさ、その彼女さんに会ってみたいんだけど、クラス教えてくれよ」

 どうにも久木はその女子の事が気になってしまったらしい。確かに外見はそれほど悪くは無かったと思うけれど僕としてはもう会いたくはない。

 しかし、ぞくっとする様な視線が僕に向けられている。

「多分、今廊下にいるんじゃないかな。嫌な感じがするから」

「サンキュー!ちょっと見てくるわ!」

 久木は本当に楽しそうに廊下に走って行った。

「……ゆーくんも変なのに目を付けられたね」

 いつの間にか召喚の義式を終えた部長が憐みの目を向けてくれていた。やめてほしい。

「それより、部長もカタリヤさんって知ってるんですか?」

「ああ、昔の方は知っているよ。旧校舎の図書館に出るって噂だった子だよね、でもあれは普通の女子だったよ。本が好きないじめられっ子で虐めっ子から逃げる為に旧校舎によく隠れていたんだって。図書館に隠れてよく本を読んでいたよ」

「有った事あるんですか?」

 興奮気味に問い詰めると部長は困ったように笑っていた。

「有った事があるっていうか、何度か見かけただけで言葉は交わした事は無いよ。女子と話をするのは勇気がいるからね」

「ノートに書かれていたカタリヤさんとも部長が知ってる話は少し違うみたいですね」

「噂話なんてどんどん変質していくものだから仕方がないんじゃないかな」

 確かにどんどん噂話は大きくなる。1が10になって帰ってくるなんてよくある事だ。

「噂話を広めてるそこら辺の女子こそこのカタリヤさんなんじゃないかな」

「たしかに、そう言われちゃうとそうっぽく思えますけど……」

 所詮噂なんてそんなモノなのだろう。

「とりあえず今日は気を付けて帰った方がいいよ。言霊ってあるから、言われた事気にしてると実際に事故にあうよ」

「……ご忠告ありがとうございます。じゃあ、まだ明るい内に帰ります」

 部長に一礼して僕は部室を後にした。廊下にはもう久木の姿は無かった。

 新旧語られるカタリヤさんは実際に居ると思っていただけに、その実像がうさわ話好きな女子かも知れないなんてちょっと白けるな。

 ため息をつきながら岐路についた僕はこの後、衝撃を受けて意識失った。

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