第2話 噂好きな女子たち

 新校舎の図書館はかなり広い。旧校舎の図書館の方にも古い書籍を保存している為、かなりの書籍を有している事は間違いないだろう。放課後も勉強のために訪れている生徒はかなりいる。その為図書館は決して静かな場所ではない。

 けれど、入り口の側は割とお喋りな生徒が集まり、本当に静かに勉強や読書を楽しみたい生徒達は自然と図書館の奥の方へと集まっており、上手くすみわけが出来ているんだなと感心しながら僕はぐるりと図書館の中に目を配る。

「カメラ片手に何の用ですか?」

 図書館に入ってきた僕を見て司書は嫌そうな声を洩らす。

「ちょっと噂の検証です」

 そう言うと司書は明らかに嫌な顔になった。しかし司書と僕の話を聞いていた女子たちは好奇の目を此方に向けている。

「噂ってどれを検証するの?」

「赤い本の話?それとも自殺バイブルの事?夕方に見える自殺者の霊とかも有るよね?」

「自殺者の霊という話は初めてかも知れない、もうちょっと詳しく聞いても?」

 ボイスレコーダーの電源を入れて録音の準備をすると「ゴホン、ゴホン!」とワザとらしい咳払いをする司書。取材活動が気に入らないらしい。

「廊下でもいいですか?」

「いいよー!」

 女子たちは楽しそうに笑いながら廊下へ移動してくれた。

「えっと、自殺者の霊が見えるっていう話は貴方は見たことはあるんですか?」

 レコーダーを彼女に向けると彼女は「違うよ」と笑った。

 仮に彼女の事はAとしよう。Aの話はこんなモノだった。


*   *   *


 私の友達の体験した話なんだけどね。

 中間テストも近いからって図書館で放課後残って勉強していたんだって。

 珍しい事にこの広い図書館に誰も居ない、ふとそれが怖くなっちゃったんだ。それで一旦気分を切り替えようと思って自動販売機で飲み物でも買おうかなって席を立った時に、顔を上げたの。

 まるで血に染まったかのように赤い夕焼け空に黒い筋が見えたんだよ。

 でもそれが筋じゃないってすぐに気づいた。だって、窓の外で聞き慣れない音と悲鳴が響いたから。

 慌てて窓を開けて下を見ると人だかりが出来ていて、今のは誰かが落ちたんだって分かった途端居ても立っても居られなくなって図書館から逃げるように走って帰ったんだって。

 次の日に学校に来たらやっぱり生徒の自殺で飛び降りだった。一昨年の出来事だから君は知らないかもしれないね。

 話がずれちゃったね、それで自殺した生徒は受験生でノイローゼ気味だったって事でその生徒とクラスが同じだった子は割と納得しちゃったみたい。

 だけど、飛び降りたところを見てしまった私の友達は落ちていく黒い筋が忘れられなかったの。それどころか、自殺だと言う話を聞いた次の日から毎晩落ちていく瞬間を夢に見るようになってしまったの。

 それもだんだん落ちていく黒い筋が筋ではなくはっきりと人としての輪郭を保って、表情まではっきり見えるようになってきたんだって。

 ついには落ちる瞬間の声まで聞こえたみたい。

「次はお前だ」って……

 でも、この話は創作なんじゃないかなって思うんだ。だって私の友達はいまだに元気だし、それ以降そんな影を見たって噂は聞かないからね。


*   *   *


 話し終わったAは「あまり怖く無くてごめんね」と付け加えてくれた。

「その友人にあわせてもらう事は出来ますか?」

 僕は思わずAに頼んでいた。怖さよりも心霊体験を実際に体験したという彼女の実体験を聞きたいという好奇心に駆られていたのだ。

 あまりにも僕の顔が真剣だったのだろうか?Aとその友人は表情を引きつらせた。

「で、出来ると思うけどあんまり話したがらないよ。彼女としてはかなり怖かったみたいだからさ」

 Aの言う事は御尤もだ。

 そんな体験したら、一人で抱えるには辛すぎてふとAに洩らしたのだろう。けれど面白おかしく語れるような内容ではない。根掘り葉掘り聞かれるのは気分良くないだろうけれど僕は自分の好奇心を優先した。

「明日の放課後、図書館にくるように言っておくから後は自分で取材交渉してくれるかな?」

 それだけおぜん立てしてもらえれば十分だった。

「ありがとうございます!」

 僕は深々と頭を下げてAと一緒にいた友人たちにもお礼を告げた。次の日になるのが楽しみで堪らなかった。

 興奮から中々眠りにつく事は出来なかったが、授業中に睡眠をとったお蔭で頭の中はスッキリしていた。

 昨日と同じように録画機材を手に図書館に向かおうとすると肩を掴まれ部室に引き戻される。

「なに?」

 相手は久木康、此方はルンルンで図書館に向かおうとしていた出鼻をくじかれた事から声に苛立ちがにじみ出てしまった所為なのか、彼はなんだか機嫌が悪そうだった。

「行かない方がいい」

「取材に?」

 静かに頷く。理由はなんとなく、という不鮮明な答えだった。けれどそんな曖昧なもので自分の好奇心を満たせる機会を潰されるのかと思うと無性に腹が立ってきた。

「僕は真面目に部活に励んでいるつもりだよ。それを邪魔される理由は無いんじゃないかな?」

「そうだな、確かに」

 相変わらず不機嫌なままだったが、久木は肩を掴んでいた手を離してくれた。

「警告はした、オレは警告したからな」

 そんな意味深な言い方されると何故引き留めようとしたのかが気になってしまって仕方がなかった。目先の事に囚われやすいのは欠点と分かっているが治せそうにない。

「警告ってなに?もしかして昨日のエンジェル様のお告げとかそういう感じなのかな?」

 無意識に僕はボイスレコーダーに手を伸ばしていた。

「……それで昨日録音したのか?」

「そうだけど、なんで?」

「内容は聞き直してみたのか?」

 そう言えば記事にする為に、聞いた話を文章に打ち出すのだが今日が楽しみ過ぎて聞き返す事を忘れていた。

 まだだと告げると久木は笑顔でボイスレコーダーを僕の手から奪い取って床に落として踏み砕いた。

 僕がショックの悲鳴を上げるよりも先に部長が泣きだした。

「ひーくん?!なにしてくれてるの!!それ、部長サマが自腹切って買ったやつ!!まだ使った事ないのになんで壊してくれてるの?!」

 久木の胸倉をつかんでぐわんぐわん揺らしながら部長はボロボロ泣いていた。

「サーセン、でも明日もう少し性能が良いの買って返しますから。ほら乙名氏帰ろうぜ」

「え、でも……人を待たせてるから」

「そいつは図書館に来ないよ」

 久木は泣きじゃくる部長を引きはがして僕の鞄と自分の鞄を持って部室を出て行ってしまった。財布が入っている鞄を持っていかれるのは非常に困る為慌てて後を追いかけた。

「どうして来ないって分かるの?久木君は一体何を知ってるの?」

 喰いつき気味に質問をするが久木は明確な答えはくれない。

「何を知っているか知りたかったら当ててみろよ」

 何やら中庭の方で人だかりが出来ていたがそれよりも意味深に笑う彼が何を知っているのかが気になり過ぎてそれどころではなかった。あれだけ人が集まっているのだからあとでSNSの方を見てみれば何かしら話題になっているだろう。

「噂は嘘だった?」

 そう問いかけても笑っている。

「嘘じゃないけれど、彼女が来ないのを知っていた?」

「正解。図書館いっても貴重な放課後を無駄に過ごす事になる所だったんだからオレの心遣いに感謝してもらいたいものだね。

 っつーわけで、電気屋の近くにあるタイ焼き屋でカスタードチョコバナナタイ焼き驕って?」

 えへっと可愛らしく笑っているのだけれど、出来れば野郎ではなく身長140㎝位の小柄でショートヘアーの妹系な女の子におねだりされたかった。それなら速攻で驕ると頷けたのだが、185㎝もある運動部並みのがっちりした体型の男に言われても微妙な表情しか浮かべる事が出来なかった。

「それ本当にタイ焼き?」

「タイ焼きだって!タイの形してるんだからさ」

 僕は微妙な表情のまま学校を後にした。一瞬、誰かに睨みつけられたような冷やかな視線を感じた様な気がして振り返ったが周辺には誰も居なかった。

 それから僕は仕方なく久木と共に電気屋に向かいボイスレコーダーを購入した。壊したのは自分だからと久木が自腹で購入していた。

 会計を済ませている間にケータイで学校での人だかりが何だったのかを調べてみると、どうやらあれは自殺した生徒が居たからだと言う事が分った。

 死んだのは僕に話をしてくれたAだった。

 どうして彼女が自殺してしまったのか分らなかった。

「あー、やっぱり死んだ?」

 ケータイの画面をのぞき込んできた久木は分っていたかのようだった。

「もしかして僕を図書館に行かせなかったのはこれが原因?」

「ちょっと違うけど、まぁそんな感じ。部員がさ、呪われてるって気分悪いじゃん?」

 詳しい事を全く教えてくれない久木だったが、ふんわりした彼の説明によれば僕が図書館に行けばAは死なないですんだそうだ。代りにAの友人が死んでいたという。

 Aが死んだことにより友人は死なずに済んだらしい。

 どこからが作り話でどこからが本当なのか、久木の語り口調では分らなかった。事の詳細をもう一度調べようにもAは死んで、その友人は今日を最後に転校をしていた。

 結果として僕は生きている。そして通常よりも倍くらいの値段のするタイ焼きを久木に驕る事になったという事だ。






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