第10話 インベージョン
氏家隊員が放射能生命体レディオアクティビティクリーチャに放射能汚染防止シールドが壊され放射能の霧が侵入した日本国の様子を見に旅立った。
放射能人間レディエーションヒューマンの男性の飛鳥は、放射能の霧の中で黒マントの男たちのリーダーの使いの円城寺と会っていた。
「やるのか?」
男性は黒マントの男に問う。
「ああ、一度人類は滅んだ方がいい。人間は世界を・・・いや、地球を蝕む悪魔だ。いなくなった方が地球にとっては良いはずだ。」
黒マントの男は男性の問いかけに答える。黒マントの男は自分が放射能に汚染されて人工的にきれいな地球を作っていた日本国から捨てられて初めて経験した。人間の強欲というものを。自己都合で地球を破壊してきた人類などいなくなってしまった方が良いと本気で思えるのだった。
「そうか。俺も日本国の偉い政治家やお金持ちの既得権益者たちに捨てられたから気持ちは分かる。だが恨みや復讐だけのために命の費やすのは虚しいと思わないか?」
男性は黒マントの男たちを止めたいのか、自分を捨てた連中に対して復讐してくれるので応援したいのか悩んでいた。
「気にするな。もう俺たちは人間ではない。人の意志を持った化け物だ。そんな俺たちをおまえやさくらは人として接してくれる。それだけで嬉しいんだ。」
黒マントの男は自分のことを化け物と言うが、化け物であっても元の人間として見てくれて接してくれる男性や女性に感謝していた。
「感謝しているのはこっちの方だ。もしあなたたちに助けてもらっていなければ、今の俺たちはなかった。本当に感謝している。」
男性は黒マントの男に礼儀正しく感謝の気持ちを述べる。
「礼なんかはいらない。俺たちが何かをしなくても、さくらの偉大なる意志は、おまえたちを守っていただろう。人間の愚かな行いの性で放射能に汚染された地球も、どれだけの年月がかかるかは分からないが、さくらなら水の惑星と呼ばれた美しい地球に戻してくれるだろう。」
黒マントの男も見てみたいと思っていた。水と緑の溢れる鳥や魚が生きていた生命を感じる美しい地球の姿を。放射能生命体レディオアクティビティクリーチャになってしまった自分の寿命があるのかないのかも分からない。ただ、それでも美しい地球を死ぬまでに1度見てみたいと願った。
「それに愛子は俺たちの希望だ。俺たちは愛子のことを自分たちの娘のように陰から見守りながら成長していく姿を楽しみに見ている。だから化け物でも人の意志を保ち人の心が残っているのかもしれない。愛子が純粋な心のままで無邪気に笑っていられる世界を俺たちが守らなくてはいけない。」
大人として子供が笑って暮らせる世界を作りたいと黒マントの男は思っていた。
「そうだな。全ては愛子のために。」
男性は父親として娘の幸せを願う。
「そのためにも権力やお金に囚われた人間は抹殺しなければいけない。もし奴らが美しい地球に再生しようとしている奇跡の谷のことを知ったら、絶対に攻め込んで奪いにやってくる。」
黒マントの男の言葉は男性にも理解はできるが衝撃的である。きっと欲にまみれた人間は自分よりも豊かな良い生活をしている者を見つけると攻撃して奪い取っていくからだ。このさくらの意志により作られた水と緑の溢れる美しい奇跡の谷も人間のエゴによって汚く染められて蹂躙されてしまうのだ。
「・・・俺も行こう。皇居の放射能汚染防止シールドの中にいる悪魔どもの討伐に。さくらと愛子のいる地球を守るために。」
男性は意を決した。やはり男性も考えて考えても、自分の大切なものを守るためには相手が攻めて侵略する意志があるのなら、相手を滅ぼさなければ、自分の愛する者たちを愛する地球を守ることができないのだから。さくらが見てみたいと願った水と緑の溢れる美しい地球を。
「助かる。ありがとう。皇居攻めは明日、決行する。」
「分かった。」
こうして男性は黒マントの男たちと共に人類抹殺計画に参加することになった。愛する妻と娘のために。
その頃、氏家隊員は放射能汚染防止シールドの破壊された日本国の内部にやって来ていた。
「・・・。」
隊員は目の前の光景に絶句して言葉も出なかった。人工的ではあるが放射能汚染防止シールドに守られていた日本国は水と緑があり電気やきれいな空気があった。それが全て灰色になっていた。街を行きかう人々の笑い声はどこにもなく、外の世界のように放射能汚染の霧の中に覆われてしまっていた。
「そ、そんな・・・。」
隊員がやっとの思いで口から出した言葉だった。隊員自身が1番想像していた最悪のシナリオであった。予想出来ていたからか、不思議と隊員の瞳から涙は流れなかった。
「こんなことが起こるなんて・・・。」
隊員は灰色の世界を見渡して絶望して膝から地面に崩れ落ちた。決して目の前の光景に絶望した訳ではない。何もできない無力な自分に嫌気がさしていた。
「・・・。」
隊員は自分を落ち着かせるように少しの間、何もしゃべらなかった。
(どうすればいい!? 俺はどうすればいい!?)
気持ちばかりが焦ってしまう。
(俺はここに何をしに来たんだ!? 落ち着け!? 落ち着け!? 氏家!?)
まるで娘に言われているみたいに隊員は自分に言い聞かせた。すると少しずつ呼吸も落ち着いてくる。
(俺はここに生き残っている人を助けるためにやって来たんだ!? 俺がしっかりしないでどうする!?)
隊員は自分を奮い立たし、再び立ち上がった。そして放射能の霧の中を生存者を探し始めるんであった。
「誰かいませんか!? 生き残っている人はいませんか!?」
出来る限り声を張り上げて叫ぶ。隊員のできることはそれしかなかった。人間1人でできることは少なく微力なのかもしれない。それでも隊員は自分のできることを全力でやるしかなかった。
(今の自分にできることを一生懸命やろう。それでもどうすることができなかったら、それはその時だ。自分のできることを全部やり切って、納得したら愛子ちゃんたちが待っていてくれる奇跡の谷に帰るんだ。)
隊員にも分かっていた。おそらく生きている人間はいないだろうと。ただそれでもここまでやって来たのだから自分のできる限りのことをしようと必死だった。そして全てをやり終えた後で温かく迎えてくれた男性たちのいる奇跡の谷に戻ろう。きっと自分のことを心配していてくれているはずだと男性は思った。
「誰かいませんか!? いたら返事をして下さい!?」
隊員は自分が生きているような充実感を感じていた。
「何者だ!?」
その時だった。隊員の目の前に放射能汚染防護服を着ている日本国の警備隊の隊員が2名現れた。
「おまえ!? どうして放射能の霧の中で防護服も無しで生きていられる!? 怪しい奴め!? 捕まえてやる!?」
日本国の警備隊の隊員は有無を言わさずに隊員を拘束した。
「うわあ!? やめろ!? 離せ!?」
隊員は皇居の日本国に連行されてしまった。
翌日、放射能人間レディエーションヒューマンの男性の飛鳥は、放射能生命体レディオアクティビティクリーチャの黒マントの男たちと一緒に放射能の霧の中にいる。
黒マントの男たちは下山手の放射能汚染防止シールドを破壊した。それによって日本国は放射能の霧に包まれて日本国は、日本人は、人類は滅んだと思われた。放射能生命体レディオアクティビティクリーチャの黒マントの男たちの復讐は果たされたかにみえた。
しかし日本国内部の陛下や権力者、お金持ちが住む皇居には放射能汚染防止シールドが2重にも3重にも張られていたのだった。その皇居に攻め込み放射能汚染防止シールドを破壊しに行くのだった。
「いいのか? 日本国の陛下と言われている奴は、おまえの知り合いじゃないのか?」
黒マントの男たちのリーダーが男性に問う。
「昔は友だったかもしれない。だが、一条は陛下になり膨大な権力を行使してしまった。今では人間ではなくなったようだ。少しずつ狂気に呑み込まれてしまっている。」
男性は黒マントの男のリーダーの問いに、自分と陛下の微妙な関係を語る。
「あいつも放射能に汚染されているな。」
黒マントの男のリーダーは陛下が放射能の霧の中で放射能汚染防護服も着ずに、男性と同じように普通に出歩いていた。その姿を見て陛下も放射能に汚染されていると感じた。
「人である心のバランスも崩れている様だった。奴は放射能生命体レディオアクティビティクリーチャになるということなのか?」
男性は黒マントの男のリーダーに問いかける。
「詳しくは俺たちにも分からない。放射能に汚染されて放射能生命体レディオアクティビティクリーチャになっても、意識のある者、言葉が喋れなくなった者など様々な状態があるようだ。」
放射能生命体レディオアクティビティクリーチャは放射能人間レディエーションヒューマンから変化した姿だとされている。
「飛鳥、教えろ。あいつの能力はなんだ? 一瞬で放射能生命体レディオアクティビティクリーチャ・タイプ・ウルフを消し去ったぞ。敵の能力が分からなければ危険が伴うからな。」
黒マントの男たちのリーダーの逢坂は放射能生命体レディオアクティビティクリーチャ・タイプ・ドラゴン。放射能汚染防止シールドも一撃で壊す破壊力を持っている。おそらく放射能生命体レディオアクティビティクリーチャとしては最強だと思われる。それでも黒マントの男たちのリーダーは陛下の能力を見て、自分たちとは違う異様な能力に脅威を感じていた。
「あいつの能力はインヘール。」
今、明かされる陛下の放射能人間レディエーションヒューマンとしての能力。
「吸い込むというやつか!? それでは放射能生命体レディオアクティビティクリーチャ・タイプ・ウルフは吸い込まれて消えたということになるのか。」
黒マントの男たちのリーダーも男性から陛下の能力を聞いて納得する。これで敵の能力が分かったのだった。
「放射能汚染防止シールドを壊して中の人間が全員放射能に汚染されて死んだとしても、あいつは生きて、俺たちに戦いを挑んでくるだろう。なんてこった、日本国の陛下が放射能人間レディエーションヒューマンだなんて。」
黒マントの男たちのリーダーは頭を抱えて、馬鹿馬鹿しくて笑っている。
「1番厄介なのは一条だ。一条の相手は俺がやる。」
男性はかつての友との決着を着けようと心に決めていた。なぜ自分が放射能に汚染されたのか、また愛する女性さくらも放射能に汚染されることになったのか、その全ての原因は一条にあった。
こうして男性と黒マントの男たちは皇居に向かった。最後の放射能汚染防止シールドを破壊し、人類を滅ぼすために。
「皇居が見えてきました!」
男性と黒マントの男たちは皇居にたどり着いた。皇居の周りを放射能汚染防止シールドが張り巡らされている。
「シールドは俺が壊す。おまえたちは出てくるであろう化け物の相手をする準備をしていろ。」
黒マントの男たちのリーダーは仲間の黒マントの男たちに指示を出す。
「おお!」
黒マントの男たちも最終決戦の覚悟をしている。
「・・・。」
一緒にやって来た男性も陛下との腐れ縁を終わらせる時がきたと思った。なぜなら陛下は友でもあったが自分と女性を放射能に汚染させた張本人だからだ。そして人では無くなり化け物になろうとしている。それならばかつての友として自分の手で始末しようと思った。
「作戦を開始する! いくぞ!」
黒マントの男たちのリーダーは無い右腕に放射能生命体レディオアクティビティクリーチャ・タイプ・ドラゴンとして、竜を宿す。その異様な光景が黒マントの男たちが、もう人ではないと物語っている。
「吠えろ! ドラゴン!」
黒マントの男たちのリーダーの右手がドラゴンのような形になり手がドラゴンの顔のようになる。そして大きく開いた口から炎のようなエネルギーの塊を吐き出し、放射能汚染防止シールドに向けて放たれる。
バキンっと放射能汚染防止シールドが砕かれていく。それは2重3重に張り巡らされていたであろう皇居の放射能汚染防止シールドを貫通して破壊していった。黒マントの男たちのリーダーの放射能生命体レディオアクティビティクリーチャ・タイプ・ドラゴンの破壊力は並外れていた。
穴の開いた放射能汚染防止シールドの部分から放射能の霧が侵入していく。これで皇居にいる人間は全て息絶えるだろう。
「・・・。」
男性や黒マントの男たちは、皇居の中に放射能の霧が充満していく様を黙って見ていた。これで自分たちの戦いも終わるのだろうと感慨深いものだった。
皇居の放射能汚染防止シールドに穴が開き数時間たっただろう。放射能の霧が入って来てもがき苦しむ声が聞こえてくることもなく、依然として皇居の中は静かだった。
「変だ。何か変だ。」
その違和感を男性も感じていた。
「そうだな。円城寺、中の様子を見てきてくれ。」
黒マントの男たちのリーダーが部下に指示を出す。
「わかった。見てこよう。」
黒マントの男の部下も中の様子に関心があった。
「俺も行こう。」
男性も黒マントの男の部下と一緒に放射能の霧が侵入した皇居の中に偵察に行くことになった。
「助かる。飛鳥、ありがとう。」
こうして男性と黒マントの男の部下の2人は皇居の中に侵入して消えていった。
皇居の中は放射能汚染防止シールドが壊された部分から放射能の霧が入り全面放射能の霧に覆われていた。
「どういうことだ!? 誰もいないな。」
黒マントの男の部下は皇居の中で倒れている人間や苦しんでいる人間すら見ないこと違和感を感じた。
「そうだな。どこかに地下シェルターでもあるのかもしれない。」
男性は皇居の真下に地下シェルターがあり、放射能の霧に汚染される前に逃げたのかもしれないと考えた。
「それにしても変だ。まるで・・・引っ越しをしたみたいな。」
皇居の中は皇居の放射能汚染防止シールドが破壊されて、慌ててどこかに身を潜めたという感じではなかった。前もって準備をして移動したという感じだった。
「いったいどこへ・・・まさか!?」
男性は最悪の可能性を考えた。そう今の状況で1番最悪の状況だ。
放射能の霧の中を進む影があった。その影は大集団で1万人ぐらいの大規模集団だった。まるで民族が大移動しているみたいに。
「さくら! もうすぐ会えるぞ! ワッハッハー!」
陛下だ。この集団は陛下や生き残った日本国民。皇居に住んでいた自己都合と権力と欲の塊の豚共である。
「奇跡の谷に行けば放射能に汚染されても治るんだ!」
「そんな良い土地があるのなら、奪い取ってやる!」
「地球だ! 伝説の水と緑のある青い星で暮らすんだ!」
歩く集団の人々は放射能の霧の中で放射能に汚染されていた。それでも人々の生き残りたいという強欲、自分よりも良い生活をしている者を許せないという嫉妬が亡者の集団を進行させる。
「奇跡の谷は、こっちです。」
そして、先頭で集団を率いてやって来るのが氏家隊員であった。
(これは人助けなんだ。きっと飛鳥もさくらさんも愛子ちゃんも分かってくれる。)
隊員は純粋な心故に、困っている人を放っておくことができなかった。欲望の塊たちに利用されているとも知らずに・・・。
皇居内部の捜索から男性と黒マントの男の部下が慌てて戻って来た。
「大変だ! 皇居はもぬけの殻だ!」
男性は待機していた黒マントの男たちに大声で叫ぶ。
「どういうことだ!?」
黒マントの男たちのリーダーが男性に聞き直す。
「ここの連中は皇居を捨てた。」
男性は皇居に誰も居なくなった理由に心当たりがある。
「じゃあ、どこに行ったって言うんだ? この放射能の霧の中で。」
黒マントの男たちのリーダーには、生身の人間が放射能の霧の中を移動するなど自殺行為でしかないと思われた。
「谷だ。奇跡の谷に向かったんだ。」
男性は苦渋の表情を見せながら言う。
「なんだって!? だが谷の正確な場所は陛下すら分かっていないはずだ!? どうやって奇跡の谷にたどり着くというんだ!?」
黒マントの男たちのリーダーには想像もできなかった。
「氏家だ。あいつは昨日、日本国に生き残りの人がいれば助けたいと帰って行った。あいつなら奇跡の谷の場所を知っているから、皇居の人間を案内することができる。」
男性の推測に隊員が裏切ったのか、囚われて拷問されて白状したのかは関係なかった。もし放射能の霧に守られている奇跡の谷に日本国民が移動するとすれば、確実に道先案内人がいる。
「さくらと愛子が危ないんだ!?」
男性はいても立ってもいられなかった。陛下がさくらを好きだったことをしっているからだ。奇跡の谷には陛下も好きだったさくらがいる。
「全員! 急ぎ谷に戻るぞ!」
黒マントの男たちのリーダーの判断は早かった。男性と黒マントの男たちは捨てられた皇居を後にして、女性や娘の住む水と緑の溢れる美しい地球を再生しようとしている奇跡の谷に至急戻るのだった。
これは昨日の出来事の回想である。
「陛下、放射能の霧の中を防護服も身に着けなくても平気な怪しい人間を見つけました。」
警備隊に縄で縛られた氏家隊員が陛下の前に現れる。
「離せ!? 俺は警備隊の隊員だ!?」
隊員が暴れながら陛下の前の連行されてくる。
「また、会ったな。」
陛下は放射能の霧の中で隊員と出会っている。
「あ、あなたは・・・!?」
そして男性に助けられて娘と一緒に逃げたことを鮮明に覚えている。隊員は一瞬背筋に汗をかく感覚になった。身の危険を感じる。
「私は日本国の陛下だ。」
陛下は自己紹介をする。初めて隊員は放射能の霧の中で放射能生命体レディオアクティビティクリーチャ・タイプ・ウルフを一撃で倒した危険な人間が日本国の陛下であると知る。いや、放射能の霧の中に生身でいたのだ。隊員は陛下も男性と同じく放射能人間レディエーションヒューマンだろうと感じた。
「飛鳥に倒されたはずなのに!?」
隊員は自分と娘を逃がした後に男性に倒されたと思っていた。男性の強さを知っているからだ。
「ハッハッハ! 私と飛鳥は昔からの友だ。飛鳥が放射能に汚染されて日本国を出るまでは仲良しだった。あの後、放射能生命体レディオアクティビティクリーチャの集団に襲われてな。飛鳥は私を逃がしてくれたということだ。」
これは陛下が思っているだけで、実際には陛下は男性と黒マントの男たちに追い払われたのだった。
「飛鳥の友達。そうだったんですか、知りませんでした。」
隊員は陛下の言葉を聞いて純粋で人の良さから、陛下と男性が仲間だと思ってしまった。
「では答えてもらおうか。なぜ放射能の霧の中で生身で生きていられる? おまえも放射能人間レディエーションヒューマンに進化したというのか?」
陛下は隊員に疑問に思っていることを聞いた。
「いいえ。俺は普通の人間です。」
隊員は素直に答えた。
「なに!?」
陛下は隊員が放射能の霧の中を生きているのに、生身の人間だと聞いて疑いを隠せない。
「奇跡の谷をご存知でしょうか?」
隊員は男性に誰にも話してはいけないと言われていたのに、陛下が男性と友達だと聞いて信じて奇跡の谷の話をしてしまう。
「奇跡の谷?」
陛下は初耳だった。
「はい。この放射能の霧に覆われた地球で、水と緑の溢れる美しい地球が再生を始めています。不思議なことに、その谷に行けば放射能に汚染されていた自分の体からも放射線が消えたんです。」
隊員は自分に起こった出来事を言う。そして奇跡の谷のことも話をしてしまう。
「地球が再生を始めているだと!? しかも、その奇跡の谷では放射能に汚染されていた人間の体から放射能が消えるというのか!? そんな話、信じられるものか!?」
陛下もそうだし、周りにいた日本国の臣下たちも隊員の言葉を疑った。人間の愚かな行いで地球は放射能の霧に覆われた世界になってしまった。それなのに自分の知らない奇跡の谷という場所で、水と緑の溢れる美しい地球が再生されているというのだ。信じろという方が無理があるのかもしれない。
「本当です!? 奇跡の谷で飛鳥やさくらさんも生活しているんですから!?」
そう奇跡の谷に住居を置いて男性と女性は平和に暮らしている。
「・・・さくら!?」
陛下の耳には、奇跡の谷も飛鳥もどうでもよかった。隊員の言った女性の名前に極端に反応した。
「そうです。さくらさんも暮らしています。」
隊員は正直に女性も暮らしていると行ってしまった。女性は陛下の想い人であった。
「な、なんだと!? さくらは放射能に汚染されて死んだはずだ!? さくらが生きているだと!?」
陛下は死んだと思っていた女性が生きていると聞いて動揺して取り乱す。女性が死んだと思い女性の遺伝子データから女性のクローンを作った。しかし女性のクローンは姿かたちは同じだが、心が無かった。女性の心が無ければ、見た目は同じでも陛下は女性のクローンを愛することはできなかった。
「・・・。」
陛下は少し沈黙し考え込む。
「これより皇居を捨て、奇跡の谷に日本国は大移動を始める!」
陛下は決断した。
「陛下!? おやめください!? 我々には放射能の霧を超える術はありません!?」
臣下たちは猛反対した。
「聞いてであろう! 奇跡の谷に行けば放射能は治るのだ! 旅の道中の放射能汚染は奇跡の谷に行けば治るのだ! それとも放射能汚染防止シールドを破壊した者共が皇居の放射能汚染防止シールドを破壊しに来るのを待っているつもりか!? それこそ放射能の霧に包まれて逃げ道が無くなるぞ!?」
陛下は、日本国を、皇居を捨てて、女性の居る奇跡の谷に移住することを選んだ。
「氏家隊員、これは人助けだ。人類の生き残りの日本国民の命がかかっている。皆を奇跡の谷に案内してくれるな。」
陛下は隊員に人助けだと言い問う。
「分かりました。ご案内致します。」
単純な隊員は多くの人の命が助かるのならと快く快諾してしまった。
「我々は奇跡の谷に向かうぞ!」
陛下は号令を全員にかけた。
(さくら! さくらが生きている! さくらに会えるのだ! 今度こそは絶対に手に入れてみせる!)
これが陛下本心であった。
日本国民は直ぐに引っ越しの準備をして、放射能の霧の中、放射能に汚染されても治るという奇跡の谷を目指し民族大移動を開始したのだった。
そして日本国民大移動で放射能の霧の中を進む陛下。その移動は困難を極めた。
「ギャア!? 放射能だ!?」
放射能に汚染される人間が現れ始めた。手足の形が変わり肌の色が肌色から変わっていく。人数分の放射線汚染防護服がある訳もなく、大多数の人間は生身の服を着ているだけの姿で移動をしていた。陛下の奇跡の谷にたどり着けば放射能に汚染されても治るという言葉だけを信じて、放射能の霧の中を行進している。
「ギャア!? 化け物だ!?」
約2万人の最後の人類が大移動しているのである。放射能生命体レディオアクティビティクリーチャに見つからない訳がなかった。化け物と叫びながら、殴られたり爪で引っかき殺される者、鋭い牙で肉を食いちぎられる者、生身の人間では放射能生命体レディオアクティビティクリーチャに戦っても勝てる訳はないのであった。無残にも人々は殺され逃げ惑うしかできないのであった。
「ギャア!? 化け物だ!?」
そして数体の放射能生命体レディオアクティビティクリーチャは陛下にも襲い掛かる。何もできない臣下たち慌てている。
「・・・。」
それを陛下は驚くことも呼吸を乱すことなく、それこそ動くこともなく襲い掛かってくる放射能生命体レディオアクティビティクリーチャを一瞬で消し去る。
「おお!? さすがは陛下だ!? 陛下がいれば我々は無敵だ!?」
臣下たちは陛下の強さに恐れを抱かずに、自分が助けるためには陛下の側にいるのが安全だと考える。自分が生き残るためなら権力やお金が大好きな強欲な人間は何にでも魂を売るのだ。化け物と呼ばれる放射能生命体レディオアクティビティクリーチャを一瞬で消し去る陛下に恐怖は感じないのである。
「先を急ぐ。」
陛下は女性がいるという奇跡の谷を目指すのだ。道中の雑魚には構っている暇はなかった。
「ああ!? 谷だ!? 陛下、奇跡の谷が見えてきました!」
一団の先頭を歩き道案内をしている隊員が声を荒げた。遂に奇跡の谷が見えてきたのだ。隊員は多くの人々の命を助けたいという想いだけで、最後の人類の権力とお金の強欲に塗れ他人を犠牲にしてでも自分だけは生き残ってきた日本国民の集団を男性や女性、そして娘が平和に暮らしている奇跡の谷に連れてきてしまったのである。
奇跡の谷にいる女性も精霊たちがざわめいているのを感じている。この水と緑の溢れ新しい生命の宿る美しい地球が再生しようとしている奇跡の谷に何か良からぬことが起ころうとしている。
「なに!? なにか邪な者が近づいてくる!? ダメ!? このままでは水が、緑が、美しい地球をイメージできなくなってしまう!?」
女性の頭には頭痛の様な痛みが走る。女性の意志が反映されている水と緑の溢れる美しい地球を再現している奇跡の谷では、女性に負荷をかけることは絶対にしてはいけないことであった。
「お母さん、頭が痛いの?」
無邪気な娘は母親の様子がおかしいので尋ねる。
「大丈夫よ、愛子。ありがとう。」
女性は娘に心配をかけたくないので気遣うが、確かに何者か良からぬことが奇跡の谷に起ころうとしていた。
つづく。
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