第9話 チェンジ

飛鳥とさくらの娘の愛子が氏家隊員と共に放射能の霧の中に冒険に出かけてしまった。2人は放射能生命体レディオアクティビティクリーチャに襲われピンチになるが、2人を助けてくれた謎の男は2人も襲おうとする。しかし放射能人間レディエーションヒューマンの男性の飛鳥が現れて、娘を隊員に任せて2人を逃がす。そして謎の男を陛下と呼ぶのだった。



「毎回毎回、よく抜け出してくるな。陛下が国を離れていいのか? 一条。」

ここは飛鳥やさくらの暮らす放射能の霧の中。放射能人間レディエーションヒューマンの男性の飛鳥と日本国の陛下の一条が対峙している。

「構わないさ。自分たちは放射能汚染防止シールドの中にいて安全だからと、下山手の放射能汚染防止シールドが破壊されても他人事のように眉毛すら動かさない人間の心の無い連中だ。遺伝子操作で人工的に生み出した生命では、人間の心までは再現できないのかもしれないな。ついつい寂しくて、友達のおまえに会いに態々やって来たのだ。」

陛下は日本国での暮らしに嫌気がさしていた。誰もが羨む陛下というポジションで他人が自分に跪くのだが、それは自分が陛下であるからであり、もしも自分が陛下でなければ価値がないのだ。自分に頭を下げる人間はお金や権力が好きなだけだと陛下自身も感じていた。人の温もりが欲しくて旧友に会いに来たのだった。

「なあ、飛鳥。私たちは友達だよな? まさか放射能汚染防止シールドを破壊したのは、おまえじゃないだろうな?」

陛下は目つきを鋭くして男性を睨む。友だとは言っているが、日本国の陛下としては下山手の放射能汚染防止シールドが外から壊されたらしいと聞いて、あんなシールドを壊せる者は男性しか思いつかなかった。

「・・・俺じゃない。シールドを破壊したのは俺じゃない。」

男性は少し躊躇ったが正直に事実を話した。本当は誰が壊したかは知っているが聞かれていないので答えることはしなかった。

「俺たちだ!」

その時、放射能の霧の中から黒マントの男たちが現れる。総数は10人以上はいるだろう。黒マントの男たちは目の前にいる日本国の陛下を獲物を見つけた様な目つきで見ている。

「逢坂!?」

男性はいきなり黒マントの男たちが現れたので驚く。そして黒マントの男たちが陛下を狙っていることを理解する。

「何者だ!? おまえたちは!?」

陛下には分からない。放射能の霧の中で生きているのは、男性だけだと思っていたからだ。しかし目の前に初めて見る友達の男性の他の生き物を見ている。それは人の形をしているような、化け物のような姿をしている。現れた男たちは人では無くなったことを隠すかのように黒いマントを身に着けているようだった。

「俺たちは、おまえの日本国に捨てられた者だ!!!」

黒マントの男たちのリーダーらしき男が自分たちの素性を怒り心頭で陛下に向かって吐き捨てる。黒マントの男たちは放射能に汚染されて日本国に放射能汚染防止シールドの中から無残にも捨てられた。その復讐心が放射能生命体レディオアクティビティクリーチャになっても、人の心を残しているのかもしれない。

「なんだと!?」

陛下は次々と起こる出来事に驚くしかできなかった。自分の想像を超える出来事が起こり続けている。放射能人間レディエーションヒューマンの男性の飛鳥だけでなく、飛鳥には娘がいて、日本国の警備隊の隊員もいただけでもビックリなのに、今度は放射能生命体レディオアクティビティクリーチャたちと遭遇したのだ。驚くなという方が無理であった。

「してやられたよ。まさか放射能汚染防止シールドの中にも、陛下のお住いの皇居だけは、さらに放射能汚染防止シールドを張っているとは思いもしなかった。まったく日本国のお偉いさんはいけ好かない連中ばかりだ。」

黒マントの男たちも放射能汚染防止シールドを破壊して日本国に侵入した。そして日本国の陛下や既得権益者が住まう皇居だけは放射能汚染防止シールドを、さらに張っているということを知ってしまったのだ。

「だがな、そんなことはどうでもいい。なんたって目の前に日本国の陛下がいるんだからな!」

黒マントの男たちのリーダーは目の前の陛下を見て、喜びに体が震えていた。顔も心なしか怖い笑顔になっていた。

「やっちまえ!!!」

黒マントの男のリーダーが仲間の黒マントたちに命令を下す。

「おお!」

黒マント男たちが陛下に向けて襲いかかる。

「やるというのか!? 返り討ちにしてやる!?」

陛下も黒マントの男たちが勝負を挑むなら受けて立つつもりだった。身構えて受けて立とうとする。

「逃げろ! 一条! 数が多すぎる! ここは俺が食い止める!」

余りの多勢に無勢。男性は陛下に逃げるように申告する。そして男性は黒マントの男たちの足止めをすると言う。

「クッ!? 飛鳥、最後に1つだけ聞く。おまえが研究所から持ち出したおまえとさくらの遺伝子データで何をする気だ? さくらを生き返らせるつもりか? そんなことをしても姿はさくらでも、さくらの心までは再生することはできないぞ。」

陛下は自分のした体験談を男性に言う。陛下も女性のことが好きだった。だが女性は陛下より男性を選んだ。悲しみの余り陛下は遺伝子データから人工的に女性を生み出した。しかし姿かたちは女性であっても、女性の心までは再生することはできなかった。それ故に陛下の心が満たされることはなかった。

「とりあえず、やってみるさ。一条、無事に日本に帰れ!」

男性は陛下に自分も女性の再生をやってみせると嘘を言ってみせた。さくらは奇跡の谷にいるのだから。そして陛下を心配する振りをして見せた。

「水桜!」

男性は体を水のように変化させ、地面の土を大きく払い砂埃を発生させる。即席の煙幕のようになり黒マントの男たちからは陛下の姿は見えない。

「飛鳥! また会おう!」

そう言うと陛下は、この場から去って行った。

「待て!? 陛下!? どこにいる!? 出てきやがれ!?」

黒マントの男たちの恨みのこもった怒号だけが放射能の霧の中に響いた。



陛下の居なくなった放射能の霧の中。

「ワッハッハー!」

男たちの笑い声が聞こえる。

「うまくいったな! 飛鳥! ワッハッハー!」

黒マントの男たちは愉快に笑っている。

「ありがとう。おかげで助かったよ。」

男性も黒マントの男たちと一緒になって楽しそうに笑っている。

「例の物は手に入ったのか? おまえとさくらの遺伝子データは?」

黒マントの男たちのリーダーの男が聞く。

「ああ、手に入れた。これで愛子を人間にできるかもしれない。」

おかしなことに男性は娘を人間にすると言っている。

「そうか、それはよかった。愛子は、新しい生命は俺たちにとっても希望だからな。人間が滅ぼした地球の再生、きれない人類の誕生だ。おれたちも手を貸した甲斐があるってもんだ。ワッハッハー!」

黒マントの男たちのリーダーは自分たちが生きている価値を存在して見せている。それには男性の娘の愛子が深く関わっているという。

「ワッハッハー!」

他の黒マントの男たちも嬉しそうに笑っている。黒マントの男たちは放射能生命体レディオアクティビティクリーチャという、人から放射能人間レディエーションヒューマンになり、それから進化した姿と言っていいのだろうか、化け物のようになってしまった。

「俺たちは地球が放射能の霧の中に汚染されてから、どれだけの月日が去ったのか忘れちまった。俺たちが成仏しないで意志を持ち存在しているのは、同じ人類なのに放射能に汚染されたからって、放射能の霧の中に捨てられた恨みを果たすためだと思っていた。」

黒マントの男たちは放射能生命体レディオアクティビティクリーチャ。恨みや復讐心だけが自分たちが朽ち果てない理由だと信じていた。

「それがどうだ!? おまえたちに出会って、こんな放射能の霧の中にも愛というものがあると初めて知ったんだ。もしも本当に水の惑星と言われた、美しい地球が甦るなら、おまえとさくらの子供に命を与えられるというなら、俺たちは喜んでこの身を捧げよう。」

放射能の霧に覆われた無の世界。自分たちが生きているのかも、死んでいるのかも分からない。どれだけの時間が経過したのかも分からない。憎しみだけで生き残っていると思っていたが、自分たちみたいな者でも、男性と女性の愛により奇跡的に再生しようとしている地球のためになるのであれば、こんなに嬉しいことはない。そして新しい生命になるかもしれない男性と女性の娘、愛子を黒マントの男たちは自分たちの娘のように思っている。新しい生命とは生きとし生ける者にとっての夢と希望であった。

「ありがとうございます。みなさん。」

男性は黒マントの男たちに深々と頭を下げて感謝を表す。

「礼はいらない。おまえたちは俺たちみたいな化け物にも生きていると実感させてくれている。もしも礼を言わなければいけないのなら、礼を言うのは俺たちの方だ。ありがとう。」

黒マントの男たちのリーダーが感謝を込めて言う。

「逢坂。ありがとう。」

それでも男性も自分たちだけでは、ここまでくることはできなかった。例え放射能生命体レディオアクティビティクリーチャという人では無くなった化け物であっても、放射能人間レディエーションヒューマンになった男性には偏見はない。素直に感謝の気持ちを言い合え、お互いに信頼し合っているのだった。

「見てみたいものだな。昔のきれいだった地球を。」

黒マントの男たちのリーダーは本音とも言えるようなことをポロっと言う。

「そうだな。」

男性も見て見たかった。さくらが見たがっていた水と緑に溢れた美しい地球の姿を。男性は放射能の霧に覆われた星すら見えない空を見上げせつなくなるが、その目には夢と希望があって、死んだ目ではなく、必死に生きようとする目をしていた。



ここは奇跡の谷。放射能人間レディエーションヒューマンの男性の飛鳥とその妻桜が立っている。そして2人の前には娘の愛子が気持ち良さそうに眠っている。谷の外に出て放射能の霧に覆われた世界を経験し、放射能生命体レディオアクティビティクリーチャにも出会い、怖い目にもあった。それでも隊員のおかげで無事に奇跡の谷に帰ってくることができた。充実した1日を過ごし疲れただろうが満足そうに眠っている。

「やるぞ。さくら。俺たちの意志の力を信じよう。」

男性は何かをしようとしている。

「ええ。放射能に汚染された地球も美しい地球に甦らせることができるんですもの。私と飛鳥の放射能に汚染される前の遺伝データがあれば、きっとできるはず。」

女性も何かをしようとしている。それには日本国の遺伝子研究所から盗んできた2人の放射能に汚染される前の遺伝子データが必要だという。

「愛子を生み出す。」

男性と女性の意志はピッタリで、2人の願いは自分たちの放射能に汚染される前の遺伝子データを利用して、かわいい愛娘の愛子を放射能に汚染される前のきれいな体の人間にすることだった。

「それが私たちの唯一の望み。」

そう言うと2人は輝き始め、まるで錬金術士が錬成するかのように、愛子と遺伝子データのチップを交わり始めた。

「愛子。愛子。俺のかわいい娘よ。おまえが水と緑に溢れる地球で、平和に笑顔で暮らしてくれることがお父さんの願いだ。」

男子は眠っているような娘に優しく語りかける。娘も親の愛情を感じながら生きてきたのだろう。優しそうな寝顔をしている。

「愛子。愛子。私のかわいい愛子。お母さんが見ることのできなかった美しい地球で、あなたが幸せに生きてくれることが私の願いよ。私がお父さんに出会ったように、愛子、あなたにもきっと素敵な人との出会いがあるわ。その人と幸せに生きてね。お父さんとお母さんの分まで。」

女性も眠っている娘の幸せを願っている。美しい地球、きれいな世界で、自分の大切な娘にはいつも元気に明るく前向きに笑顔で生きてほしい。どれだけ月日が経とうが、世界が放射能の霧の中に覆われようが、親が子に願うことは不変であった。

「愛子、生きろ。」

娘の体がまぶしく輝きだす。男性と女性の2人の意志が娘には伝わっているのだろう。今、まさに娘は人間として生まれようとしている。

「ドクン。ドクン。」

娘の心臓の音が聞こえる。見た目は5才位の女の子のままだが、確かに心臓が鼓動する音が聞こえる。これが男性と女性の2人の娘、愛子が人間として生まれた瞬間だった。

「やった! 成功だ!」

男性は大声を出して喜んだ。まるで我が子の誕生を祝うように。

「よかった! 生まれてくれてありがとう! 愛子!」

女性は嬉しくて思わず眠っている娘に抱きついてしまった。

「・・・ん・・・んん・・・お母さん?」

寝ていた娘が寝ぼけながらに目を覚ましてしまった。

「ごめん、愛子。起こしちゃった?」

女性は寝ていた娘を起こしてしまい娘に謝る。それでも謝っている女性の顔は笑顔を抑えることができなかった。

「・・・んん。」

娘は目をこすりながら、ベットの上で腰まで起き上がる。

「愛子、どこか頭が痛いとか、お腹が痛いとかないか?」

男性は娘に恐る恐る尋ねる。もしも娘に何かあったら男性と女性は、これからの人生を公開し続けなければいけない。それどころか水と緑を育み、まだ地球の一部だけが再生を始めた美しい地球の奇跡の谷も消えてしまうだろう。男性と女性の意志に悪影響があれば、この世からもう一度美しい地球を見たいという夢と希望がなくなってしまうからだ。

「愛子が愛子じゃ無くなっちゃうとかダメよ!?」

女性も男性と同様で娘を人間に生み出したことで、なにか娘に良くないことが起こっていないか心配する。

「お父さんもお母さんも寝ぼけてるの? 愛子は愛子だよ。」

夜中に起こされた娘からすると夢でも見ているみたいに両親が変に思えた。

「愛子はお父さんとお母さん、それに谷の人々や精霊さんたち、新入りの氏家・・・愛子は好きな人に囲まれ幸せに暮らしているよ。」

娘はこれは夢だと思った。どうせ夢を見ているのならと、起きている時では恥ずかしくて言えないような、両親に対する感謝、周囲にいる者たちへの感謝を言った。

「愛子!」

男性は娘が可愛くて思わず抱きしめる。

「い、痛いよ!? やめてよ!?」

娘は夢のくせに力強く抱きしめてくる父親を邪険に扱う。

「そうだわ!? 今日は3人で一緒に寝ましょう!」

女性は娘の意志に体を与えることができて嬉しくて、家族3人で一緒に寝ようと提案する。

「それがいい! さくら、ナイスアイデアだ!」

男性も女性と娘と家族で一緒に寝ることに賛成だった。

「ええ!? 愛子のベッドに3人も寝たら狭すぎて眠れないよ!?」

娘は照れというより本気で3人で寝ることに抵抗していた。

「お母さんもいくわよ!」

女性も男性と娘のいるベッドに飛び込んだ。そして3人で幸せそうに眠り始めた。

「もう・・・これは夢・・・夢に違いない・・・zzz。」

嫌がっていた娘も眠たさが勝ち3人で寝るのは夢の中の出来事だと、すぐに眠りについた。

「愛子、幸せそうに眠ってるな。」

男性は女性に娘の幸せそうな寝顔を見ながら言う。

「そうね。私も幸せよ。」

女性も男性に娘が人間に生まれ変わることができて、母親として人生で1番の幸せを感じている。

「ああ、俺も幸せだ。」

男性と女性は娘を間に挟んで力強く抱きしめ合った。男性と女性の念願だった娘を人間にしてみせるという夢が叶ったのだから。

「・・・く、苦しい。」

娘は夢の中で押しつぶされる悪夢を見て苦しんだ。



ここは一条陛下の住まう日本国。といっても下山手の放射能汚染防止シールドを放射能生命体レディオアクティビティクリーチャ破壊されて現在の日本国は皇居の放射能汚染防止シールドの中だけになってしまった。

「どういうことだ!?」

陛下の間で玉座に座りながら陛下が家臣たちに罵声を浴びせている。

「放射能の霧の中で生きている者どもがいるぞ!? 一体どういうことなのだ!?」

陛下は放射能人間レディエーションヒューマンの男性の飛鳥は何故か意志を持って放射能の霧の中に漂っているのは知っていたが、陛下自身の目で初めて男性のほかに放射能の霧の中で生きている生物を見てきたのである。

「陛下!? 落ち着いてください!?」

家臣たちは必死に荒れ狂う陛下をなだめる。

「これが落ち着いていられるか!? 放射能の霧の中でも生きている化け物の正体が分からなければ、我々は皇居の放射能汚染防止シールドを破壊されたら、日本国は、人類は滅んでしまうのだぞ!? それが分からないのか!?」

陛下は冷静ではいられなかった。もしももう一度、放射能の霧の中で生きていける化け物に襲われたら日本国、日本国民は滅んでしまうのだ。

「ですが、相手が何者か分からなければ手の打ちようがありません!? それに我々には放射能の霧の中では生きていけません!? どうしようもないのです!?」

家臣たちは現状を陛下にお伝えするが打開策は見当たらなかった。しかし、それでも陛下の怒りは収まらない。

「放射能汚染の防護服を着せて、警備隊の周囲への警戒を2倍3倍に人員を増やせ! 決して皇居に化け物を近づけさせてはならないぞ!」

陛下は感情が高まるが頭脳は冷静で、指示としては的確な指示をしていた。

「はは!」

家臣たちはきりの良いところで陛下の間から逃げ出すように下がって行った。

「それにしても飛鳥と一緒に居た男は、警備隊の隊員だった・・・なぜに生きていられる!? まだまだ放射能の霧の世界には、私の、人類が知らないことがあるというのか!?」

陛下は苛立ちを隠すことも無く、壁を叩いたり蹴り飛ばしたい気分だった。あの初めて見た化け物集団は自分のことを知っていた。元々は放射能汚染防止シールドの中で人間として暮らしていた。そして放射能に汚染されて、日本国の放射能汚染防止シールドの中から他の正常な人間から伝染病に感染したかのように隔離するために捨てられたのだ。

「これでは自由に外に出ることもできない!?」

恨まれも当然なのだが、放射能生命体レディオアクティビティクリーチャの化け物たちは、陛下である自分のことを狙ってきた。化け物も1体や2体であれば負ける気はしないが、10体前後で同時に襲われると流石に勝てる可能性は低いだろう。そう考えると友達である男性に気楽に会いに行くこともできない。

「くそ!?」

放射能の霧の中の世界の情報が欲しいのだが、身の危険がある以上、皇居に留まるしかなかった。



ここは水と緑の溢れる美しい地球に再生しようと徐々に領土を広げている奇跡の谷。飛鳥とさくらの娘、愛子が人間に変わることができた。愛子が人間になったからといって特に変わることはなかった。

「おはよう。愛子。」

眠っていた娘が目を覚ましてきた。なぜだか分からないが娘は眠っている間に何かに挟まれたかのように体が痛かったので、ストレッチをして関節をほぐしながらやって来る・・。

「おはよう、お父さん、お母さん。」

娘の両親も起きてきた娘を気持ちよく受け入れる。娘に自覚はないが、娘が人間になった初めての朝である。親である男性と女性は素晴らしい朝を迎えている。

「おはようございます。」

そこに氏家隊員がやって来た。少しソワソワした感じで何か言いたいことがあるみたいだった。

「おはよう、氏家。」

相変わらず娘は隊員を格下のように気楽に扱う。

「おはよう、愛子ちゃん。」

隊員は娘なフレンドリーな対応に、まだ慣れないので少し戸惑ってしまう。

「おはよう、氏家。」

男性も隊員に挨拶をする。

「おはよう、氏家さん。」

女性も隊員に挨拶をする。

「おはよう、飛鳥に、さくらさん。」

隊員も男性と女性に挨拶を交わす。隊員にとっては何の変化もない普通の朝が訪れた。4人は普通に女性の作った朝食を食べている。

「実は、一度日本国に戻ろうと思うんだ。」

隊員が話を切り出す。日本国の放射能汚染防止シールドが壊されたという話を聞いて、自分が暮らしていた国がどうなってしまったのか、自分の目で見てみたくなったのである。

「日本国のみんなが無事なのか、心配なんだ。どうなったのか知りたい、確かめたいんだ!?」

隊員の心配もごもっともであった。自分の暮らしていた街がどうなってしまったのか知りたいのである。日本国の人は無事なのか、放射能の霧が日本国に侵入しているのだろうかと隊員は居ても立ってもいられないのだった。

「わかった。じゃあ、俺が送ろう。」

男性は隊員が心配なので一緒に日本国まで行こうと言ってくれた。

「いいよ。俺は1人でも大丈夫だよ。その代り精霊さんを10体ぐらい連れて行かせてくれ。最悪の場合は、ここに帰ってくる分もいるかもしれないんだ。」

隊員にも分かっていた。自分の住んでいた日本国が放射能汚染防止シールドが壊されて放射能の霧に覆われていたら、もう人間は暮らすことはできないどころか、生きていくことはできないだろう。一警備隊の隊員には日本国の陛下やお金持ち、権力者が住む皇居だけは放射能汚染防止シールドが2重にも3重にもなっていることを知らなかった。

「希望を持つな。待っているのは放射能の霧に覆われた悪夢の世界だ。」

男性は正直に現在の日本国の状況を言った。

「な!?」

隊員はドキっとした。自分でも分かっていた。もしかしたら日本人は全滅しているかもしれないと隊員も分かっていた。

「見ない方がいいと思うわ。きっと人が朽ち果てている悲惨な光景が広がっているわ。」

女性もせっかく体から放射能が抜け健全な人間に戻れたであろう隊員に平和に暮らしてほしかった。

「・・・かもしれません。そうかもしれませんが、もし生きている人がいたら助けたいんです! ただのきれいごとなのかもしれませんが・・・。」

隊員は自分だけが助かっているのが申し訳なかった。もし男性に出会っていなかったら自分も日本国の放射能汚染防止シールドが破壊された時に死んでいるのである。そう思うと自分にできることは微力なのかもしれないが、自分にできることを少しでもやりたいと思った。だから奇跡的にでも助けられる命があるのなら助けたいと思ったのだった。

「分かった。行きたければいけ。ただし、この谷のことは誰にもしゃべるな。」

男性は隊員の覚悟に渋々折れた。

「わかった。ありがとう。飛鳥。」

隊員は男性が認めてくれたのが嬉しかった。自分みたい頼りない者を信じてくれたのが嬉しかったのだ。

「生きて帰って来いよ。」

男性は隊員に生きていてほしいと願った。なぜなら隊員は女性の意志に排除されない純粋な心の持ち主だったからだ。

「ああ、必ず帰ってくるよ。」

隊員も男性や女性、それに娘の3人が好きだった。本当は放射能の霧に覆われた日本国など見に行かずに、このまま水と緑の溢れる奇跡の谷にいた方が幸せなのかもしれないと隊員にも分かっていた。

「・・・。」

大人の会話が行われている間、娘は不機嫌そうな顔で黙っていた。



奇跡の谷の湖と森の境目で隊員が放射能の霧を越えて行くために大きなリュックサックに精霊を詰め込んでいた。

「よし、精霊さん捕まえた。」

隊員は水の精霊をしっかりと捕まえてリュックサックに詰め込もうとしていた。少し、いや、かなり水の精霊はリュックサックに詰め込まれるのを嫌がっている。

「愛子ちゃん!?」

隊員が水の精霊をリュックサックに詰め込もうと振り返ると娘がいた。

「精霊さんたち! 逃げていいよ!」

娘は隊員がやっとのことで捕まえた6、7体の精霊をリュックサックから逃がした。娘はかなり不機嫌そうだった。

「うわあ!? 何するんだよ!? 愛子ちゃん!? せっかく捕まえたのに!?」

隊員は苦労して捕まえた精霊たちに逃げられ娘を問い詰める。

「行くな! 氏家!」

娘はまだまだ少ないボキャブラリーのため、思ったことを感情的に正直に口にする。その表情はまるで永遠の別れのように苦渋に満ちていた。

「あ、愛子ちゃん。」

隊員の怒りのような感情は娘の表情を見て治まった。自分はこんなに小さい女の子にも心配をかけているのだと隊員は気づいた。

「行かなくていいよ! 氏家! ずっとここで愛子たちと暮らせばいいよ!」

娘は自分の願望を隊員に伝えた。お父さんとお母さんと隊員のやり取りを聞いていて、わざわざ危ないところに行かないでいいと思った。

「愛子ちゃん、そんなことを言わないで。必ず生きて戻ってくるから。そしたら、もうどこにも行かないから。ずっと愛子ちゃんと遊んであげるから。」

隊員は娘に小指を差し出す。指切りげんまんをして約束すると言っているのだった。

「絶対だよ! 氏家! 嘘をついたら針千本飲んでもらうからね! 愛子が死ぬまで遊んでもらうんだから! 逃がさないからね!」

娘は渋々と隊員の小指に自分の小指を絡めて約束を交わした。

「はい。分かりました。」

隊員は拗ねている娘に優しい笑顔で微笑みかける。娘の悪かった機嫌も約束をしたことで少し良くなった。

「精霊を集めなおさなくっちゃ。」

隊員が精霊集めを再開しようとした。

「精霊さんたち集合!」

その様子を見た娘は、そこら辺に浮遊している精霊たちに号令をかけた。一瞬で娘の前に100体以上の精霊たちが集まってきた。精霊たちは女性が生み出した者なので女性の娘の言うことには絶対服従なのだった。

「好きなの選んでいいよ。」

娘は勝ち誇ったようなドヤ顔で隊員に言う。

「あ、ありがとうございます。」

こうして隊員は娘のおかげで精霊を集めることができ、奇跡の谷から放射能の霧の中に旅立って行ったのだった。


つづく。

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