第5話 ウイル

過去の回想。

ここは放射能汚染防止シールド内の日本国。

「わ、私も放射能に汚染されたわ。」

女性が意を決して自分が放射能に汚染されたと告白している。

「なんだって!?」

男性は女性の告白にビックリしている。驚いている男は陛下の友達の飛鳥である。

「これで私も外の世界に捨てられる。」

女性の目的は放射能に汚染された世界に行くことだった。日本国には放射能に汚染された人間は住むことは許されない。放射能に汚染してしまった人間は他の人間に移さないために、死の世界と言われる準日本領土に捨てられるのだ。

「さくら!? まさか!? おまえ!? 自ら!?」

女性の名前はさくら。男性は女性の話し方を聞いて、技と放射能に汚染されたのではないかという可能性に気づいた。

「この世界はきれいな世界よ。水も緑も何もかも。外の世界が放射能に支配されているなんて分からないぐらいに。」

放射能汚染防止シールドの中の日本国で暮らす人間には、外の世界などどうでもいいのだった。自分たちさえ無事であれば、自分たちのために他人が犠牲になってもなんとも思わない人間になってしまっている。

「それでも、私にはあなたの居なくなるこの世界で、平和に生きていても意味がない。あなたの居ないこのきれいな世界は放射能で汚染された世界よりも、人の心が汚染されている。私にはあなたがいる世界が、私の生きる世界なの。」

女性は男性のことが好きだった。男性は何らかの原因で放射能に汚染されてしまって、日本国から準日本国へと行かなければならない。女性も男性と一緒に外の世界に行くことになった。外の世界に行くということは放射能に体が蝕まれ死ぬことになる。

「さくら。」

男性は女性を強く抱きしめる。女性は自分の願いが叶い男性の腕の中で涙を笑顔で流す。



しかし放射能に汚染された外の世界での生活は優しくはなかった。いざ内の世界の壁から放り出された多くの放射能に汚染された人々。

「これは!?」

まずは絶句するか、言葉を失う。外の世界に捨てられて3秒で泣き出し狂いだす者もいる。

「何も無い!? 誰もいない!?」

目の前に広がるのは何もない世界。放射能に汚染された世界は手付かずなので、新しいものを開発するということはない。昔の建物が劣化して、分かるものは分かるが、ほとんどのものは原型を留めていなかった。

「さくら、まずここから離れるんだ。」

男性は女性の手を取り、多くの捨てられたばかりの人間がいる地点から逃げるように去って行こうとする。

「痛い!? どうしたのよ!?」

女性は男性に強く手を引っ張られるので、腕が痛かった。

「あそこに居てはいけない。すぐに極限の緊張感で感情が高まり、人間同士の荷物の奪い合いが始まるぞ。きっと水や食べ物のためなら他人を殺す人間もいるはずだ。」

男性は頭脳明晰なのか頭の回転が早く、女性を危険な目に遭わせないために考えて行動している。放射能に汚染されてしまった自分のために、自ら放射能に汚染されてまで一緒に外の世界に来た女性のために。

「とりあえず、水を探そう。川でも海でも何でもいい。」

水は人間が生きていくためには必要だった。しかし放射能の霧に覆われている世界で水源を見つけるのは難しかった。

「あと、できるだけ放射能に触れなくてよい場所を探そう。地下でも建物でも何でもいい。」

自分たちが長生きするために放射能汚染の速度を遅らせることができる住処を求めた。しかし、もう地球上には放射能に汚染されていないエデンは無かった。

「飛鳥、私たちなら何とかなるはずよ。頑張りましょう。」

女性も死の世界の光景に不安と心配しかない。放射能しかない世界は気が狂ってしまいそうだった。しかし愛する人と2人なら、頑張ろうという気持ちが、まだ湧いてくるのだった。

そして2人は誰もやってこない深海のような深い谷底にたどり着いた。



男性と女性が外の世界にやって来て、数日が経った。

「うう・・・うう・・・。」

女性は体調を崩し寝込んでしまった。2人の想像以上に体が放射能に汚染されるスピードが早かったのだ。

「大丈夫か? さくら。」

男性は女性の心配をしながら、自分の考えが甘かったことを後悔した。放射能に汚染された死の世界に水は無かった。また放射能の汚染を遮るような建物やシェルターも無かった。

「だ、大丈夫よ。」

女性は、もうこの時には死を覚悟していたのかもしれない。女性のもしかしたら外の世界なら愛する人と幸せに暮らせるのではないかという女性の夢は現実にかき消された。

「すまない。俺が放射能に汚染されなければ、君を巻き込まなくて済んだのに・・・すまない。」

男性は自分が放射能に汚染されたことを後悔した。何より愛する女性を不幸にしていることを1番悔やんでいた。

「飛鳥が汚染されたのも、飛鳥が悪い訳じゃないじゃない。それにあなたと共に生きると自分で選んだの。だから私は幸せよ。」

女性は笑顔を作り、自分を責めているのが分かる男性に自分を責めないで欲しいと願っている。

「さくら。」

男性は女性の手を握ることしかできなかった。放射能で汚染された世界、もしかしたら2人ともすぐに死んでしまうかもしれない。それでも2人には一緒に居られて幸せだったのかもしれない。

「飛鳥。」

男性が手を握ってくれて伝わってくる温もりが、女性の顔を幸せそうな微笑みにする。日本国では幸せに結ばれることのなかった2人が外の世界で短い間だけでも愛し合い幸せに暮らしている。例え周囲は放射能だらけでも、口を潤す飲み水が無くても、男性と女性はこの一時が幸せだった。



そして2人でいる最後の時が直ぐにやってきた。

「あ・・・飛鳥・・・私・・・幸せだったわ。」

放射能に汚染された女性の命が消えようとしていた。寝込んでいた女性はあれから良くなることは一度もなかった。

「俺もだ。俺も幸せだ。君が、さくらが一緒に来てくれて嬉しかった。俺はさくらと一緒に居られるだけで幸せなんだ。」

男性は女性に感謝の気持ちを一生懸命に伝えようとする。男性は寝ている女性の上半身を起こし腕で抱きしめ寄り添っている。

「ゴホゴホ。」

女性が咳をする。

「大丈夫か、さくら。」

男性が女性を心配する。

「大丈夫、飛鳥。ありがとう。」

何のこともない普通の会話である。それでも寄り添う2人には幸せだった。もしも放射能汚染防止シールドの中で生きていたとしても、今のような命の大切さを感じたり、一分一秒を一緒に居ることを幸せだとは思わなかっただろう。

「ねえ・・・飛鳥。」

女性が最後に自分の想いを男性に伝えようとする。

「なんだ? さくら。」

男性は女性の話を聞く。

「一度でいいから・・・きれいな・・・地球が見たかったな・・・きっと・・・水と緑の溢れた・・・きれいな・・・星・・・だったんだろうな・・・。」

女性は住んでいた世界に2人の幸せがないのであれば、外の世界に行けば愛する人と幸せに暮らせる世界があるかもしれないと夢と希望を抱いていたのかもしれない。

「そうだな。見てみたかったな。きれいな地球を。」

男性は女性の想いや願いを何も叶えてあげることができなかったと後悔している。女性はこの情けない男性と一緒に居れたことが幸せだと感じているのに。

「もしも私が死んでも、私の意志があなたを守るから。飛鳥・・・あなたは生きて。私は・・・いつも・・・あなたの側に・・・いるからね。」

女性は笑顔で涙を流す。もう自分の命は長くはないと悟ったのだろう。力の限り声の出る限りの想いを愛する男性に伝える。

「分かったよ。大丈夫だ。何があっても俺たちは一緒だ。」

男性は女性を励まそうとできる限りの言葉を言う。そんなことを言うな、俺を1人にしないでくれとは命の尽きそうな女性に言うことはできなかった。男性の女性を愛する思いは女性にも伝わっている。

「飛鳥・・・私・・・あなたに出会えて、幸せだった。」

女性は涙を流しながら、男性に微笑む。その笑顔は本当に幸せそうな顔をしていた。女性が存在して生きてきたことを男性が知っている、愛する男性が自分のことを覚えていてくれるのが、女性は生まれてきて本当に幸せだったと思った。

「さくら、俺も君に出会えたて幸せだよ。」

男性の言葉を女性は聞き、幸せそうに瞳を閉じた。そして女性の体から力が抜けてぐったりと男性の体にもたれかかってきた。

「さくら? さくら?」

男性には何が起きたのか分からなかった。女性は話疲れて眠ってしまったのだけなのか、愛する女性が死んでしまったなど認めることはできなかった。

「さくら!!!」

気がつけば男性は女性を力一杯抱きしめて女性の名前を叫んでいた。

「うわあああ!!!」

男性は発狂した。本来なら放射能に汚染され、外の世界に捨てられた瞬間に目にする何もない絶望の広がる世界を見た時に、人の心が壊れてしまい、精神が病んで狂ってしまい、生きるために他人を襲い人間ではなくなるのかもしれない。

「俺を置いていくな!? 君の居ない世界で生きていても仕方がないじゃないか!? 俺が・・・殺したんだ!? 俺がさくらを殺したんだ!? 俺なんか生きていてはいけないんだ!?」

男性は愛する女性が息を引き取り1人きりになった。途端に今まで言えなかった男性の本音が声となって表現された。本当は2人で外の世界に捨てられて救われていたのは女性よりも男性だったのかもしれない。女性がいることで獣道を選ばずに、人間として生きることを選ぶことができたのだから。

「さくら・・・さくら・・・さくら!!!」

男性は泣きながら狂い叫び続けた。声が出なくなるまで。涙が枯れ果てるまで。人間として命が尽きるまで。



眠っていた男性がふと目を覚ます。

「ここは・・・。」

眠りに着いていた男性は少しだけ眠る前の自分が何をしていたか思い出そうと考える。目の前には愛する女性が遺体が横たわってっている。

「さくら・・・。」

男性は立ち上がり、近くの土を犬のように手で掘り始めた。そして人間が入る大きさの穴が掘れると男性は女性の体を持ち上げ穴の中に移す。

「さよなら、さくら。そして、ありがとう。」

男性は女性に永遠の別れと今までの感謝を最後の言葉に選んだ。もう男性の目から涙がこぼれることはなかった。男性は女性に土をかけていき、女性の全身が土で埋まり女性の墓ができた。

「俺はあとどれだけ生きられるのかは分からない。生きようが死のうが俺たちはいつも一緒だよ。」

男性は亡くなった女性に誓う。そして、死ぬ前に彼女の言った言葉を思い出して行動しようとする。

「さくら、俺は生きるよ。この命が尽きるまで。君が見たいと言った、きれいな地球。どこかで水を見つけて、緑の植物を育てて、少しでも、少しでも君が見たかった世界を俺は作ってみせる。さくら、どうか君の意志が俺を導いてくれ。」

男性は目を閉じ女性の墓に手を合わせ願い事をした。死しても女性の意志が男性を守ってくれているかのようだった。2人は生死を越えて、いつも、いつまでも2人一緒なのだった。

「今日は放射能が濃いいな。」

男性は墓に手を合わせることを終えると立ち上がり、これから自分が挑む放射能に汚染された世界を見て独り言のように呟いた。男性は愛した女性が見たかった世界を作るために旅に出た。



それから男性は体の動く限り、放射能に汚染された世界で水と緑を求めて探し続けた。しかし男性は水も緑も探しても、放射能の霧で視界の悪い中で水や緑を見つけることはできなかった。

「きっとどこかにあるはずだ!? さくらの見たかったきれいな地球が!?」

男性は探しても探しても見つからない水と緑を探し続けた。それは亡くなる前に女性が水と緑で溢れた、きれいな地球を見たいと言ったから。男性は不思議とお腹が減ったり、喉が渇いて水が飲みたいと思うことはなかった。

「しまった!? 遠くまで来過ぎたか!?」

男性は水と緑を求めて探し回っている間に自分の居場所が分からなくなってしまった。こうなると天気のいい日に放射能が薄くなり視界が良くなるまで動くことはできない。男性はその場に座り込んでしまう。

「こっちよ。」

声が聞こえた。どこからか分からないが女の声で男性を呼んでいる。

「ん? 声!?」

男性は誰も生きていない放射能に汚染された世界で声が聞こえてきて驚いた。

「こっちよ。」

また声が聞こえた。幻聴なんかじゃない、確かに声が聞こえるのだ。その声は自分が来た道も分からなくなり迷子になっている男性を呼んでいる。

「誰だ!? 誰かいるのか!?」

男性は立ち上がり謎の声に導かれるように声のする方へと足を進める。その声は懐かしく、どこかで聞いたことのあるような声だった。

「フフフッ。」

声の女はまるで鬼ごっこをしているみたいに楽しそうだった。声だけでなく、そこに姿がある様に。

「待て!? 待ってくれ!?」

男性は必死に声に追いつこうと駆け足で放射能の中を走るが、一向に声の主には追いつけない。手が届きそうになると声の主は消える。そして男性を導くように道の先に姿を現す。

「君は誰だ!? もしかして・・・さくらなのか!?」

男性は声の主の声を聞いたことがあるように感じた。それはまだ覚えている愛した人の声のように聞こえた。男性には愛した助成を忘れることなどできなかった。

「こっちよ。」

女性は言った。死んでもあなたの側にいて、私の意志があなたを守るから。私たちはずっと一緒よと。まるで亡くなった女性が道に迷った男性を導くように。

「待ってくれ!? 俺は君に何もしてあげられなかった!? 今も君のために水や緑を見つけて、さくらが見たいと言っていた、きれいな地球を見せてやりたいと思っているけど、俺は君に何もしてあげられてない!? 待ってくれ!? 俺を置いていかないでくれ!? 俺を1人にしないでくれ!?」

男性は誰もいない世界で周囲の目を気にすることなく必死の形相で声の主を追う。もしも声の主が愛した女性のさくらだとしたら、生前に言えなかったことを声に対して言っている。男性には声の主は亡くなった女性に見えていたのかもしれない。

「おかえりなさい。」

声の主は逃げるのを止め、追いかけてくる男性の方を振り返り笑顔で、男性が帰ってくるのを待っていたかのように優しい微笑みで向かい入れてくれる。放射能に汚染された世界なのに、ここだけは血のぬくもりが通っているみたいに温かかった。

「あれは!?」

もう声が聞こえなくなる。声の主の幻影のような存在感が消え、その場には男性が1人だけ取り残される。

「木だ!? 木が生えている!?」

そこには小さいながらも木が生えていた。あれだけ探しても見つからなかった緑の元である木が生えていたのである。そしてその気は呼吸をするように、僅かだが酸素を吐き出しているように思え、木の周囲だけは放射能の空気ではなく澄んだ空気が感じられた。

「水だ!? 水もある!?」

小さな木の側から水が湧いていた。川のように流れるものではなく、谷底に小さな湖として溜まっているような水たまりがあった。昔の水の星と呼ばれた美しい地球が、そこにはあった。

「水がある!? 緑もある!? やった! やったぞ! さくら! 俺は君の見たかった水と緑を見つけたんだ!」

男は声をあげて喜んだ。やっと自分が亡くなった愛する女性のために何かをしてあげることができたような気持ちになれたからだ。

「きっと、この星は水と緑の惑星に戻ることができるんだ。」

男性は放射能に汚染された世界で、奇跡とも思える可能性を感じたていた。亡くなった愛する女性が、きれいな地球を見たがっていたから、男性はきれいな地球を作ることに自分の命を捧げようと思った。



男性が水と緑を見つけてから歳月が流れた。水は小さな水たまりが2倍か3倍の大きさになり、緑は小さな木が葉を生やすようになり、木の根っこ周辺には草が生え始めた。水たまり周辺にもコケのようなものが生えてきたように見える。

「ここにはさくらが望んだ水と緑の世界が広がっている。」

男性は澄んだ水たまりを見たり、木や草が成長していく姿を眺めるのが好きだった。女性が望んだ世界を自分が作っているのだから。男性は水や緑を亡くなった愛する女性のように愛した。

「放射能に汚染された世界のはずなのに、ここだけは、ここだけがきれいな世界に思える。」

男性は木にもたれて座り瞳を閉じて、木の臭い、木漏れ日の光に幸せを感じている。男性が吸っているのは放射能に汚染された空気ではなく、木から排出される酸素なのである。

「幸せだ。もう幸せなんて感じることはないと思っていた。水と緑があるだけで、こんなにも幸せになれるなんて。」

男性はもう戻らない女性と一緒に暮らした日々のように、水と緑を発見してからの日々に幸せを感じていた。愛する女性を失い男性は、もう自分は幸せを感じることはないだろうと思っていたのに。

「まるで、さくらと一緒に生きているようだ。」

男性の幸せは、女性と一緒にいること、女性のために生きること、女性が望むことを叶えること、女性が笑ってくれること、全ては自分が女性に何かしてあげたかった。男性は女性のことを想うだけで幸せだった。

「ん!?」

男性は何かに気づいた。

「まさか!? ここは!?」

男性は立ち上がり周囲を見渡した。そう、ここは男性が女性と一緒に過ごした、誰もやって来ないであろう放射能の霧に閉ざされた谷の底であった。

「それじゃあ、この木が生えている場所は、さくらのお墓!?」

そう、まだまだ小さいが木が生えている場所は、男性が愛する女性の亡骸を葬って土に埋めた場所だった。男性が謎の声に導かれてたどり着いた水と緑のあるきれいな世界は、女性の墓がある場所だった。

「やっと気づいてくれたね。」

男性をここまで案内してきた声と同じ声が聞こえてくる。男性が声のした水溜まりの方を見る。

「さくら!?」

水面に亡くなったはずの女性が立っている。人間が水面に立つなどあり得ないことだった。男性は水辺まで走っていく。もう会うことのできない女性が目の前にいる。

「さくらなのか!? 本当にさくらなのか!?」

男性は亡くなった女性が現れて動揺している。自分は幻を見ているのか、それとも化け物か何かが化けているのか、若しくは自分の死期が訪れて走馬灯のように会いたい人の面影が見えているのだろうかと考えるが男性には答えは出せなかった。

「そうだよ。私は、さくらだよ。」

水面に現れた女性は亡くなったはずの男性の愛した女性だった。

「会いたかったよ、飛鳥。」

女性は生きていたころのように優しく男性に微笑む。男性も嬉しかった。会いたい人に会えることが、こんなにも嬉しいことだと初めて知った。

「俺もだ。俺もさくらに会いたかった。」

男性がさくらに触れようと手を伸ばす。男性の手が女性に触れようとすると、男性の手は女性の体をする抜けた。

「な!?」

男性は空振りした手の平を不思議そうに眺める。そして男性は何がどうなっているのか分からないまま女性の表情を伺う。

「これは私の意志。」

女性は見えるような消えるような映像のような姿になる。女性の意志が男性に触れてもらうことができずに心が揺らいでいるのだ。

「意志!?」

男性は女性の意志と聞いて、何が起こっているのか、理解ができない。自分の許容範囲を超える出来事が起こっているのだ。

「そう、ここにある水と緑は、私が見てみたいと願った、きれいな地球を私の意志が生み出したの。」

女性が男性と短い期間だが幸せに過ごした深い谷の底。女性の墓もあり、女性の意志を反映させるには、もっとも適した場所であった。

「さくらの意志が、この水と緑のあるきれいな世界を作ったというのか!?」

男性は女性が言ったことに対して半信半疑だった。本当に意志の力で、放射能に汚染された世界に水と緑を誕生させたということが信じられなかった。

「そして、あなたを守りたい、あなたに生きていてほしい、あなたと一緒にいたい、あなたの側にいたいという、私の意志があなたに力を与えているの。」

女性の意志が男性を支えている。これは女性だけが男性を支えていても、男性には女性の姿は見えない。男性が女性の意志を感じなければ、体無き女性の姿を目にすることはできないのだから。

「さくらの意志が俺を生かしてくれているというのか!?」

男性には、まだ精神論のような女性の話を全て真に受けることができなかった。男性が女性の意志を疑うと女性の姿は揺らいで消えてしまいそうになる。

「飛鳥、あなたが私のために生きようと思ってくれたり、私のために水や緑を探そうとしてくれたから、あなたの意志が私の意志を叶えてくれた。あなたが私に会いたいと、私の意志を感じてくれたら、私はあなたにいつでも会えるから、私の意志は、いつでもあなたの側にいるから。」

そう言うと女性の姿は消えてしまった。男性が唐突な出来事に、女性の意志を感じ想いが実体化したが、男性は女性の言っていることが不可解過ぎて、女性の意志を疑ってしまった。

「さくら!? どこにいった!? さくら!?」

男性は消えてしまった女性の姿を探すが周囲には誰もいない。男性の動揺が女性の意志を感じなくさせている。男性は女性を探すのを諦める。

「いつも側にいてくれたんだね、さくら。」

それでも男性はもう会えないと思っていた女性に会うことができ、幻のような姿であるが見ることができ、聞くことのできない女性の声を聞くことができた。一瞬でも女性と時間を共有できた男性の表情はにこやかだった。

「自分なんか生きていても仕方がないと思っていたけど、こんな自分でも生きていてよかったんだな。君の意志が俺を導いてくれる。」

男性は決して1人で生きている訳ではなかった。女性の意志が男性を守り、生かし、力を与えてくれている。

「さくらの意志は水と緑を再生して、この放射能に汚染された世界を、元のきれいな地球にしようとしている。君の意志は俺だけじゃない、さくらの意志は地球を救っている。」

男性は女性の意志自体が地球であり、放射能に汚染された世界を女性の意志が水と緑の溢れる地球に戻そうとしていると感じた。

「これからは、これからも俺は君のために生き続けるよ。この世界が君が望んだ世界になる様に。さくら、君の意志を感じながら。」

男性は1人で孤独な生活でも、愛する女性の意志を感じながら、これからの人生を生きていこうと純粋に思った。



話は現代に戻ってくる。

放射能に汚染された世界で日本国の警備隊が4人中3人殺された。そして最後の警備隊の氏家隊員だけが生き残っている。警備隊の隊員は放射能生命体レディオアクティビティクリーチャと呼ばれる未知の生物に殺された。

「俺はレディエーションヒューマンだ。」

隊員がレディオアクティビティクリーチャに殺されそうになった時、放射能空間でも放射能汚染防護服も着ずにその場にいた不審な男性が言った。自分のことを放射能人間だと。

九死に一生を得て生き残った隊員は、人が死ぬところを見たのも初めてで、しかも自分の同僚だった。頭の中が混乱していて現在の状況が理解できない。そして何よりも目の前にいる放射能人間のことが信じられなかった。



「レディエーションヒューマン!? 噂話にはあったけど、本当に放射能の中で人間が生きているなんて!?」

隊員は自分の目を疑った。放射能の霧の中で人間が生きていくことは不可能だからだ。すぐに体が放射能に汚染されてしまい人間は命を落としてしまうからだ。警備隊に所属する隊員は、隊員になる過程で放射能の恐ろしさを十分に教育されている。

「おい、助けてやるから、ついてこい。」

男性は隊員に声をかけると歩き始めた。しかし隊員は男性に素直について行かない。隊員は放射能人間に対して、何か心に引っかかるものがあるようだった。

「ちょ、ちょっと待て!?」

隊員はこの場から移動しようとする男性に声をかける。男性は歩くのをやめて立ち止まり隊員の方を振り向く。

「なんだ?」

男性は助けてやると理由も付けて言っているのに、後をついて来ようとしない隊員の方を面倒臭そうに見る。

「どこに連れていく気だ!? 俺を殺す気か!? それとも食うのか!?」

隊員は放射能人間を信じてはいなかった。男性は隊員に向かって答える。

「それがおまえが本当に聞きたいことか?」

男性は隊員の心の中を読んだみたいに隊員の気持ちを言い当てる。隊員は動揺を見透かされたみたいで気持ち悪かった。逃げ場がないと思い隊員は自分が本当に思っていることを覚悟を決めて言う。

「それだけ強いなら隊長や他の隊員も助けられたはずだ!? どうして助けなかった!? 助けてくれなかったんだ!? 3人も、3人も人が死んだんだぞ!? どうして助けてくれなかったんだ!?」

隊員は震える体に勇気を振り絞って言った。それでも、もしかしたら自分も放射能人間に殺されるという恐怖からか、話している途中から涙がこぼれてきた。

「地球が汚れるから。」

放射能人間レディエーションヒューマンの男性は表情を変えることも無く、ただ地球が汚れるからとだけ答えた。


つづく。

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