最終話 これが俺の天職

 早いもので、俺がこの異世界デコトーラに来てから1ヶ月の時が経った。初めは何をどうしたらいいのか分からず、戸惑うばかりの日々だったが、こっちの生活にも大分慣れてきたところだ。

 本当に困った事があればレキが駆けつけてくれるから、今のところ特に不自由はしていない。俺は自由奔放に、この美しい異世界デコトーラの各地を放浪している。

 いや、放浪という言い方は正しくないか。何故なら、徒歩ではないからだ。

 もちろん、馬やラクダなどでもない。俺がそんなものに乗れるわけがない。俺の相棒は以前と変わらない。この2トントラックだ。

 俺は今そのトラックで、ガードレールもない崖っぷちの海沿いの道を、潮風をその身に感じながら走行しているところだ。


『絶対に壊れなくて、ガソリンも減らないトラックを下さい』


 俺は女神にそう望んだ。もちろん女神はそんな物は持っていなかったが、その場で特注で作ってくれた。

 本当にこんな物でいいのか、もっといい乗り物はいくらでもあるのにと、何度も女神に確認された。しかし俺は、首を横に振る事はなかった。俺にはこれが性に合っている。


「うおっ、凄え……」


 水平線付近にうっすらと見える、海に浮かぶ水色一色の大都市だ。都市の中心部には、高さ1000メートル以上はありそうな、巨大な水晶の城が建っている。

 何とも幻想的だ。あっちの世界では、絶対にこんな景色は拝めないだろう。こっちに来てからは、本当に驚きの連続だ。


「えーと……多分この辺りだよな」


 俺は地図を片手に、目的地を探した。日本にいた時のように、住所をカーナビに打ち込んで目的地まで一直線というわけにはいかない。弱ったな……迷ってしまったかもしれない。


「キャアアアーー!」


 女性の悲鳴。どこからだ? 俺は辺りを見回した。

 いた、あそこだ。熊のようなモンスターに、1人の若い女性が追われている。俺はハンドルを切り、迷わずアクセルを踏み込んだ。

 モンスターに向かって猛スピードで直進するトラック。モンスターがこちらに気付いた瞬間には、既にトラックはモンスターを撥ね飛ばしていた。


「グギャァ!!」


 悲鳴を上げて吹っ飛んでいくモンスター。その先は崖だ。海の中にドボンと落ちる音を聞き届けてから、俺はトラックを下りて女性に歩み寄った。


「大丈夫?」


「あっ……は、はひ……」


 モンスターへの恐怖と、トラックへの驚きのせいか、女性はすっかり腰を抜かしていた。まあ、無理もない。この世界の住人から見れば、このトラックも巨大なモンスターみたいなものだ。


「ちょっと聞きたいんだけどさ、この辺にケトラって人住んでると思うんだけど、知らない?」


「ケトラは私ですけど……」


「おお! 良かった、あんたにお届け物があるんだよ」


 俺はトラックのハッチを開け、1つの箱を取りだしてケトラに手渡した。


「あっ……田舎のお母さんからだ」


 強張っていたケトラの表情が少しだけ綻んだ。それを見た俺も、少しだけ嬉しくなる。


「確かに渡したからね。あっ、ここに受け取りのサインもらっていい?」


「は、はい」


 よし、配達完了。俺はケトラに別れを告げ、再びトラックに乗り込んで走りだした。前世と変わらず、これが俺の収入源というわけだ。

 まあ、世界を観光しながらの、ついでの仕事ではあるがな。当然ながらトラックを使う同業者なんていないから、その需要は計り知れないものがある。

 そして、この異世界の人を救うため、今日も俺はトラックでモンスターを轢き殺した。こんな事は日常茶飯事だ。

 魔王をも葬ったこのトラックは、俺にとって商売道具であると同時に、最強の武器でもある。今みたいに誰かが襲われていたら、前世での経験を活かし、俺は恐れることなくモンスターを轢殺するのだ。

 ただ困ったことに、1ヶ月経った今でも見込みのありそうな人を見ると、つい轢き殺そうとしてしまう癖が抜けないのだ。選定人の仕事はもう廃業になったというのに。いい加減そろそろ切り替えないと、本当にいつか殺りかねない。


「ん? あれは……」


 遥か前方から、9人の若い男女がこちらに向かって歩いてきている。もしやと思い、目を凝らしてみる。

 やはりそうだ。光野勇人……海福真帆……俺が最後に轢き殺した湯見野半太もいる。懐かしい顔ぶれだ。といっても、写真や映像以外では死に顔しか見た事がないのだが。

 向こうもこちらに気付いたようだ。驚いた様子で指を差している。俺はトラックを減速させ、勇人達の横に止めて窓を開けた。


「よう、勇者御一行」


 俺は気さくに声をかけた。


「うわ、やっぱりトラックだ! 珍しいっていうか懐かしい~」


「な、何でこの世界にトラックが?」


「驚いたわ。デコトーラには自転車すらないのに……」


 仲間達がガヤガヤと騒ぎ立てる中、勇人が1歩前に出た。まだ幼さは残るが、すっかり男前になったな。勇者の貫禄が垣間見える。


「こんにちは。あなたも日本から転生してきたんですか?」


「ああ、まあな。このトラックは、女神様に貰ったんだよ。向こうでも運ちゃんやってたからな」


「それじゃあ、こっちでも配達の仕事を?」


「これが俺の天職だからな」


 俺はニカリと笑った。憧れていた剣士にも魔法使いにもなれなかったが、これでいいのだと今では心からそう思える。


「ところでさ、トラック見ると死んだ時の事思い出しちゃうよなぁ」


「うんうん。あたし達みんなトラックに轢かれて転生したんだもんね。あの時は痛かったわ……」


「へえ、そうなのか? 非道い運転手もいたもんだな~」


 俺は白々しく言った。すまんな。お前らを轢き殺した犯人は、今目の前にいるんだよ。流石にそんな事は口が裂けても言えないが。


「でもさ、こっちに来て良かったよね。向こうじゃ、あんまり楽しい人生だったとは言えないし」


「俺も俺も。毎日引き籠もってゲームばっかやってたけど、今の方がよっぽど充実してるぜ」


 前世に未練が無い者達の集まり……か。だから勇人の運命の糸に導かれたんだろうな。俺が選定した人達も、あまり人生を楽しんでなさそうな人を狙って轢いてたからな。

 最初にレキが狙っていた剣道やボクシングの達人なんかよりも、こういうタイプの人間の方が異世界では活躍できるのかもしれない。

 未練がないのは、俺にしたってそうだ。どうせ俺は今頃、街中を暴走して身元不明の老人を1人殺し、行方をくらませた凶悪犯として、全国に指名手配されているだろうしな。

 まあ、どうせ天涯孤独の身だ。後のことは知らん。トラック1台おしゃかにしてしまったから、社長には迷惑をかけてしまったけどな。


「じゃあ、そろそろ次の配達行くわ。魔王退治、頑張れよ!」


「はい。あなたも頑張って下さいね」


 俺は軽く手を上げ、トラックを発進させた。

 魔王が日本で死んだ事を、勇人達はまだ知らない。いきなり目標を失っても逆に可哀想だからと、女神は勇人達には秘密にしているらしい。

 だから主のいなくなった魔王城を、勇人達は今でも目指し続けているのだ。それはそれで可哀想な気もするが……。

 まあ、魔王の残党はまだ残ってるだろうし、さっきみたいに人を襲うモンスターを退治しながら旅を続けてもらえばいいか。


「さてさて、次の配達先は……。うへっ、2000キロ以上あるじゃねえかよ」


 まあいい、慌てる必要はない。これまで通り、ゆっくりと異世界デコトーラを観光しつつ、そして悪いモンスターを轢き殺しつつ、配達業務をこなしていくとしよう。

 この先、一体どんな光景が見られるのか。どんな出会いが待っているのか。俺は心を躍らせながら、安全運転を心がけ、道無き道に向けてアクセルを踏み込んだ。



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異世界を救うため、今日も俺はトラックで轢き殺す ゆまた @yumata

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