第6話 欲しい物は……
「ん……」
俺は閉じていた瞼をゆっくりと開けた。どうやら眠っていたらしい。
まずいな……今何時だ? 確かまだ配達が終わってなかったはず……。
「!!」
俺はハッとなって勢いよく身を起こした。
思い出した。俺は魔王に追われていて、でも逃げ切れなくて、トラックで轢き殺そうとして、首を絞められて……その後どうなった?
「ていうか、ここどこだ?」
上も下も、前も後ろも、どこを見ても真っ白だ。何も無い。病室ってわけでもなさそうだ。何故俺はこんな所に……。
「呂助……目が覚めたようですね」
どこからか、透き通るような女性の声が聞こえた。目の前の地面から突如光の柱が飛び出し、その光と共に女性が地面からゆっくりと姿を現した。
俺好みの年上の美女だ。それでいて、どこか近寄りがたい神々しさをも感じさせる。この人はまさか……。
「もしかして、女神様?」
「ええ、いかにも。初めまして」
「は、初めまして」
天使と魔王の次は女神が現れたか……。まあ、今更疑うことも驚くこともない。俺はとっくのとうに、ファンタジーの世界に片足を突っ込んでいるのだから。
「えと……ところで、ここってどこなんすかね?」
「ここは、あなたのいた世界と、デコトーラの狭間の空間です。あなたが今まで送ってきた救世主達も、まずはここで仮蘇生を行い、私と話した後で力を与えて、デコトーラへ転生させてきたのですよ」
ああ、なるほどね。穴の先がそのまま異世界に直結してるわけではなかったのか。転生術とやらを施さなければ異世界には行けないってレキも言ってたし、それをこの真っ白な空間で行うというわけだな。
「……えっ。ちょっと待って。てことは、もしかして俺は……」
「お察しの通り、あなたは死にました。お悔やみ申し上げます」
……マジか。まあそうだろうな。あの状況で助かるとも思えない。せめて一瞬で死ねただけ運が良かったと思うしかない。
それでも俺はここにいるという事は、俺が死んだ後にレキが俺の死体を穴に放り込んでくれたのか。まさか選定人の俺が送られる側になるとは。
「そういえば魔王はどうなったんです? レキは無事なんですか?」
「……ご覧になります?」
そう言って女神が手渡してきたのは、1枚の手鏡だ。顔面血だらけだな俺……。この出血じゃあ、そりゃ死ぬわな。
そんな事を思っていると、鏡が何かを映し出し始めた。大勢の人だかりだ。そして赤い光がチカチカと辺りを照らしている。どうやらパトカーと救急車のようだ。
そしてその中心にあるのは……俺のトラックじゃないか。ビルの壁に正面から突っ込んでいて、フロント部がペチャンコになっている。
何とも見るに無惨な姿になって、可哀想に。正面から首を絞められていたせいで前が全然見えず、それでそのまま突っ込んでしまったんだな。それで俺は死んでしまったと。
「……あっ」
「気付きましたか?」
魔王が……死んでいる。トラックとビルの壁に挟まれて、胸から下が完全に潰れて絶命しているのだ。
流石の魔王といえど、2トントラックの重量とパワーには勝てなかったという事か。何とも呆気ないものだ。
「数々の救世主達をデコトーラに送るだけでなく、最期は自らの命を犠牲にして、諸悪の根源の魔王自身を轢き殺してしまうとは驚きました。あなたには、感謝してもしきれません」
「いや……ま、まぐれっすよ」
当たり前だ。もう1回やれと言われても出来るわけないし、もうあんな怖い思いは2度とごめんだ。
「それと、レキは無事です。ぶつかる直前にドアを開けて外に飛び出しましたから。ただ、あなたを死なせてしまった事で、ひどく落ち込んでいました」
「ああ、それなら良かった。俺の事は気にしないでくれって言っといて下さい。別にレキのせいで死んだわけじゃないし」
「……呂助、あなたはとても優しい人ですね。しかし、あなたを巻き込んでしまった事は事実。せめて何かお礼をさせて下さい。あなたの世界に蘇らせる事は出来ませんが、せめてデコトーラに転生させて差し上げましょうか?」
デコトーラに転生か……。女神モバイル越しにしか見たことがないファンタジー世界。何度も行ってみたいと思った場所だ。断る理由は何も無い。
「ぜひ、お願いします。それと、出来れば救世主達みたいに、俺にも何か凄い力を与えてくれませんかね? えへへへへ」
俺は調子良くわざとらしい笑顔を作った。それに対し、女神も優しく微笑み返す。
「お安い御用です。では、いきますよ。アブラカダブラ!」
またどこかで聞いたことのあるような呪文だな。まあいい、これで俺も超戦士の仲間入りだ。
剣士かな。それとも魔法使いかな。そうなったら、モンスター狩りの日々にでも明け暮れるか。いや、王国の親衛隊長ってのも悪くないぞ。今から妄想が捗るなぁ。
「あら? おかしいわね……」
「どうしたんです?」
「何も変化が起こらないんです。今までは、皆何かしらの力に目覚めたのに、呂助には全く効いていないんです」
「……もしかして、俺って何の才能もないっすか?」
「……恐らく」
何てこった……。それじゃせっかく生き返っても、一般人と何も変わらないって事じゃないか。
せっかく剣と魔法のファンタジー世界に行けるってのに、ただの村人Aにしかなれないなんて……。俺はガックリと肩を落とした。
「お、落ち込まないで下さい。呂助には救世主選定人という、立派な才能があったではないですか」
「……それ、向こうに行っても何の役にも立たないでしょ。現に今、女神様も過去形で言ったし」
何のフォローにもなっていない女神の慰めに、俺は更に肩を落とした。
「うっ……。で、ではこうしましょう。あなたが望む物を何でも1つ差し上げます。例えばこの拳大のレインボーダイヤモンドなどいかがです? デコトーラで売れば、一生遊んで暮らせるお金が一瞬で手に入ります」
「それは凄いっすね」
でも何かパッとしない。一言で言うと、ロマンが無い。巨万の富を手に入れ、一生豪遊するというのは確かに憧れるが、そういうのは日本でやりたかった。異世界でやりたい事ではない。
「もしくは、この神々の剣はどうでしょう。これは、かの有名なオリハルコンという金属で作られた、凄まじい斬れ味を誇る最強の名剣です。どんな硬いモンスターでも、これさえあれば一撃必殺ですよ。本当は勇人が充分に強くなって、魔王に挑むその時に勇人に渡すつもりだったのですが、もうその機会はなくなったので……」
「まあ、もう死んじゃいましたからね……」
しかし剣士の才能を与えられなかった俺に、こんなゴツイ剣を振り回せるとは思えない。文字通り宝の持ち腐れとなるのは明白だろう。
俺は腕を組み、俯き加減に思案した。さて、どうするか。プレゼントは1つだけ。よーく考えてから慎重に選びたい。
金か。武器か。それとも女か。何でもくれるとは言ったが、女神に彼女になってくださいって言ったら怒られそうだな。
そもそも、魔王を倒した報酬として女を要求するというのは、せっかく上がりきった株を自ら大暴落させるような気がしてならない。どうせなら最後まで英雄を気取りたい。
……結局のところ、俺にはアレしかないか。まあ、それも悪くない。俺は自嘲気味に笑い、顔を上げて女神と視線を交わらせた。
「それじゃあ、言いますね。俺の欲しい物は……」
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