第4話 俺が作る物語
あれから3ヶ月後。俺は配達の業務で、東北の国道をトラックで走っていた。確か東北にも導かれし者の1人がいたはずだ。俺は片手でハンドルを握りながら女神モバイルを手に取り、赤いボタンを押した。
やはりそうだ。このまま10キロ先の信号で右に曲がり、更に数キロ走った所を徒歩で移動している。かなり近いぞ。
この地方に来る事は滅多にない。この機を逃すわけにはいかない。俺はその地点に向かってハンドルを切る。
300メートル先にターゲットらしき人物を確認。画面上の赤い点をタップすると、対象の顔と名前が表示された。
前方に向かって歩いているから顔は見えないが、あの髪型と体格を見る限り、間違いは無さそうだ。
周りを確認。他の通行人は無し。今なら誰にも目撃される事はない。よし、行くぜ!
俺はそれに向かって一気にトラックを加速させる。残り200メートル……100メートル……50メートル。ターゲットが気付いた。しかしもう遅い!
「ゴートゥーザ、アナザーーーーワーーーーーールド!!!!」
激突と同時に、湯見野は斜め45度の角度でホームランボールさながらに吹っ飛び、マネキンのように道路をバウンドしながら転がった。俺は更にそのまま直進する。
撥ねただけではまだ息があるかもしれない。このまま押し潰す事で、確実な死を与える。出来る限り苦しませずに殺す。それが俺に出来る、せめてもの慈悲だ。
乗り上げた時のいつもの振動を尻に感じたのを確認し、俺はトラックを止めて下り立った。血まみれで横たわる湯見野の傍らに腰を下ろし、死亡を確認する。異世界への穴も、いつも通り問題なく開いている。
「お疲れさまでーす!」
その声に見上げると、レキが翼をパタパタと羽ばたかせ、ゆっくりと下りてくるところだった。レキは俺が一仕事を終えると、いつもどこからともなく飛んでくる。
多分、いつでもすぐに飛んでこれるように、どこかで俺の動向を見張っているのだろう。まあ、早いところ死体を回収して証拠を消してくれないと困るから、俺としてはこの手際の良さは助かっている。
レキは湯見野を穴に放り込んだ後、魔法でササッと血を消してトラックのへこみも修理した。これで証拠は何も残らない。
「呂助さん、凄いですね! 今月に入ってこれで5人目ですよ」
「ああ、もうそんなになるのか」
もうすっかり慣れてしまった。人を轢き殺せる海外産のテレビゲームをいくつかやった事があるが、もはやそれをやるのと気持ち的に何も変わらない。我ながらどうかしてると思う。
「デコトーラの方はどうだ? いい方向に向かってる? 俺も時間がある時には、女神モバイルでチェックしてるけど」
「はい、おかげさまで。ついこの間、勇人さん達が闇の四天王の3人目を倒したところです。導かれし者達も次々と勇人さんに合流して戦力は強化される一方ですし、いよいよ大詰めって感じですね」
それは何よりだ。最近は配達の仕事よりも、選定人の仕事の方に力を入れているぐらいだからな。そうでなくては殺り甲斐がない。
「とは言え、まだ決して気は抜けません。魔王も必死になるでしょうから、更なる戦力の強化が必要です」
「分かってる。まだ導かれし者は何人か残ってるからな。何とか時間を見つけて轢きに行くよ」
「はい! 期待してますね!」
レキが飛び立つのを見届けてから、俺は近くの自動販売機で缶コーヒーを買って喉を潤した。一仕事終えた後の缶コーヒーという物は、なんとも形容しがたい美味さがある。
デコトーラは順調……か。配達業務はまだ終わっていないが、動向が気になって運転に集中出来そうにないな。休憩がてら、女神モバイルでちょっと覗いて見るか。
俺は運転席に戻り、女神モバイルの青いボタンを押した。すると日本地図ではなく、デコトーラの世界地図が表示された。世界各地に、青い点が点滅している。
これらの点が、俺がこちらの世界で轢き殺し、異世界で活躍している救世主達の居場所というわけだ。
俺はその中の1つをタップした。北の大陸の雪国にいるのは、俺が先々週たまたま目について轢き殺した、ハゲ散らかした中年サラリーマン、
葺尾が女神によって与えられた力は、戦闘能力ではなかった。しかし、葺尾には鍛冶屋としての才能が与えられたのだ。武器不足に悩まされていたこの雪国に突如降り立った葺尾は、その問題を一挙に解決。今この瞬間も、この世界にいた時とは顔付きが別人のようになり、元気に剣を作っている。
しかし葺尾が凄いのはそれだけではない。数日前に勇人達がこの国に訪れ、葺尾と出会った時の事だ。その時に葺尾は、勇人が持ち込んだ錆びて力を失った伝説の剣を、見事に蘇らせたのだ。
導かれし者ではなかったため、直接の仲間として同行する事はなかったが、勇人達の冒険の旅に大きく貢献した。
続いて、南の島にある青い点をタップする。ここにいるのは、先月ぐらいに配達先から来るのが遅いと怒鳴られ、ムシャクシャした時に轢き殺した専業主婦、
この島は男がほとんどおらず、武器も原始的な物しかなかったため、モンスターから身を守る手段がほとんど無かった。
しかし音須子がやってきてからは状況が一変。女神から女戦士としての力を与えられた音須子は、前世で溜まった鬱憤をモンスターにぶつけるような勢いで、石槍を手に次々とモンスターを駆逐していった。
今ではその島の酋長として、島民達から絶大な信頼を受けている。たまたまこの島にやってきた魔王軍の幹部の1人も倒してしまい、人知れず魔王軍の戦力を削ぐ結果となった。
この2人以外にも、俺が自ら選んで轢き殺した者達は全て、デコトーラ各地でその才能をフルに使って活躍している。その様子を見ると、俺の目に狂いはなかったと安心すると同時に、この上なくモチベーションがアップするのだ。この仕事を引き受けて良かったと、心からそう思える。
さて、次はメインの勇人達の様子も見てみるか。地図の中央辺りに、8つの点が固まっている。これが勇人達のパーティだな。近いうち、俺がさっき殺した湯見野も合流する事になるだろう。
タップしてみると、どうやら一行はたき火を焚いて野宿をしているようだった。8人の内、起きているのは勇人と真帆だけだった。
たき火を前に2人並んで座って、何かを語り合っている。前世での思い出話でもしているのだろうか。良い雰囲気だ。
「はは、青春だねぇ。早いところ告っちまえばいいのに、もどかしいもんだ」
俺は高みの見物をしながら煙草に火をつけ、そんな勝手な事を呟いた。2人とも奥手でなかなか進展しないから、つい応援したくなってしまうのだ。
2人目の犠牲者である海福真帆は、女神から僧侶としての力を与えられ、回復呪文の使い手として、幾度となく勇人や他の仲間の命を救っている。
そして女神の目論見通り、ヒロイン役として誰よりも勇人に勇気と力を与えているらしい。
しかし気になるのは、真帆を入れて8人中5人が女性なのだが、5人とも勇人に惚れているようなのだ。いわゆるハーレムというやつである。
全くもって羨ましい限りだが、不思議と嫉妬心は湧いてこない。普通なら、リア充爆発しろなどと毒づいてもおかしくないのに。
でもそれは、俺が彼らに何らかの愛着を持ってしまっているからなのかもしれない。俺が誰かを轢き殺す事によって、その被害者が異世界デコトーラに送られて、デコトーラに何らかの良い影響を及ぼす。
そう。それはまるで、俺自身が1つの物語を作っているようなものだからだ。そんな彼らの成功や幸せを願うのは、ごく当たり前の感情ではないだろうか。
「おっと、もうこんな時間か」
名残惜しいが、そろそろ本業に戻らなければいけない。このまま覗いていても、告白まではいかないだろうしな。まあそれは、魔王を倒すまでのお楽しみと思っておこうか。
俺は煙草の火をもみ消し、エンジンをかけ、トラックを発進させた。
「ん? あれは……」
サイドミラーを見ると、何か小さい物がこちらに向かって飛んできている。あれは、レキ? どうしたんだろう……忘れ物か? 何か慌てているようだが……。
俺はブレーキを踏みこみ、トラックを左に寄せて停車させて窓を開けた。
「レキ、どうした?」
「呂助さん! た、た、大変な事が起こりました!!」
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