第3話 救世主選定人

 どういう事だ? 光野勇人は俳優だったのか?

 しかし、俺は割と映画は詳しい方だが、こんな映画はCMですら観た事がない。

 それにしてもこのモンスター、凄いリアルなCGだな。よく出来た映画だ。


「呂助さん。あなた今、よく出来た映画だな~とか思ってるでしょ」


 心を読まれ、俺はビクリと体を震わせた。


「えっ。ま、まあ……」


「映画じゃありません。それはたった今、デコトーラで起きている出来事なんです」


「な、何だって?」


「デコトーラは今、かつてない危機に直面しています。悪の魔王が突如姿を現し、凶暴なモンスター達を率いて世界征服に乗り出しました。デコトーラにも軍事国家はありますが、魔王の強さには太刀打ち出来ませんでした。魔王の魔力は女神様をも上回っているのです。女神様は悩んだ末、別世界から戦力を補充する事を考えたのです」


「別世界って……つまりここ?」


「はい。最初は剣道とかフェンシングとか、はたまた弓道とかボクシングの達人とかを連れてくるつもりだったのですが、異世界の住人を呼び出すためには、転生術でないと呼べないのです。つまり、まずは死んでもらわないと駄目という事ですね。しかしそうそう都合良く、死にたてホヤホヤの戦いの心得がある人の死体なんて転がっているわけもなく……」


 死にたてホヤホヤって……。酷い言い草だな。人の命を何だと思ってるんだ。しかし俺は、敢えてツッコまずにスルーした。いちいち口を挟んでいたら、本当に話が全く進まなさそうだ。


「私も女神様に無理矢理スカウト役に任命されたはいいものの、どうしたらいいのか分からず途方に暮れていました。仮に死体が見つかったとしても、異世界に通じる穴だって、こちら側からは簡単には開けられないんですから。本来は日数をかけて、私が物凄い疲れる思いをして、ようやくこじ開けられるんですよ。そんな悠長な事をしていたら、デコトーラはあっという間に魔王の手に落ちてしまいます。女神様ってすぐに思いつきで行動するから、基本的に計画性がないんですよねぇ。あっ、今のは聞かなかった事にして下さい」


 そんなに大変なのか? その割には、随分簡単に穴が開いていたけど……。


「その時、ちょうどあなたが光野勇人さんを轢き殺す現場に出くわしました。しかもおあつらえ向きに、ぶつかった衝撃で次元の歪みが生じて、すぐ傍に異世界への穴まで作られました。トラックに轢かれて異世界に転生するなんてのはよくある話ですが、現実にはそれを可能とする人は限られています。私も実際に見るのは初めてだったので、あの時は正直言って目を疑いましたよ」


 よ、よくある話か……? 俺は聞いた事も無いぞ。フィクションならありそうではあるが。


「あんなどこにでもいるような少年が戦力になるとは思ってませんでしたが、ちょうど穴も開いているし、いないよりはいいだろうと判断しました。それで、とりあえず今やったみたいに女神様の元へ送ったのです」


「じゃあ、あの時死体が消えたのは、君の仕業だったのか?」


「はい。一応あなたに声をかけたのですが、頭を抱えて何やらブツブツ言ってて気付いてなかったようなので、そのまま失礼させていただきました」


 マジかよ。全然気付かなかった……。


「当然、勇人さんはただの一般人。そのままデコトーラに送ったところで再び死ぬだけなので、生き返らせる前に女神様がちょっとだけ力を分け与えたのです。そしたら何と、これが大当たり! ジャンジャンバリバリ大覚醒! 伝説の勇者さながらに、モンスター共をギッタギタのメッタメタ! 思わぬ形での勇者の誕生に、女神様も大変驚きました」


「凄えなそりゃ……チートかよ」


「どうやら、勇人さんの肉体と女神様の魔力の相性が滅茶苦茶良かったらしく、それでとんでもない戦士が生まれたようなのです。他の人間に同じ事をしても、恐らくああはならなかったでしょう」


 あの地味で冴えない感じの少年がねぇ……。人はどんな才能を隠し持っているか分かったもんじゃないな。


「女神様は当然、そのきっかけを作った呂助さんにも注目しました。勇者になり得る才能のある人間の死体を用意すると同時に、異世界への穴をいとも容易く作ってしまったのですから」


「ぐ、偶然だよ。何も知らないのに、狙ってそんな事が出来るわけないだろ」


「それを無意識にやるから凄いのです。現にさっきの海福真帆さんも、私が殺すように指示する前に既に仕事を完了させてしまっていたのですから。まさに天才ですよ、あなたは」


 天才などと言われた事は、今まで一度もない。悪い気はしないけど……人を轢き殺す天才って、果たして喜んでいい物かどうか。


「勇人さんがいくら強くても、1人では打倒魔王は成りません。仲間が必要なのです。そこで女神様が勇人さんの運命の糸を辿ったところ、この日本にいる何人かとの繋がりが発覚しました。その1人が海福真帆さんだったのです。彼女は勇人さんにとって、言わばヒロイン役となるでしょう。ヒロインの存在は、きっと勇者に力を与えてくれます」


 話が見えてきた。その運命の糸に繋がれた人間達を殺して、異世界に送るのが救世主選定人とやらの仕事というわけだ。そして俺は、それを命じられる前に仕事の1つを片付けてしまった。

 しかも簡単には開けられないという異世界に通じる穴まで開けて、スカウト役の天使が来るのをスタンバっていた。確かに選定人としては天才的な働きぶりだ。光野勇人だけでなく、俺にもこんな才能があったなんて。


「ん? ちょっと待ってくれ。てことは……その仲間となる人達を、これからも俺の手でどんどん殺していけって事か?」


「はい。お願いします」


 レキがペコリと頭を下げた。軽いノリで、とんでもない事を言ってくれる。


「あっ、殺る時は必ずトラックによる轢殺でお願いしますね。さっきも言ったように、あなたの運転するトラックと人間の衝突が、異世界への穴を開ける鍵となるようなので」


「ば、馬鹿言うな! そっちの世界ではどうか知らないけど、こっちでは人が人を殺すのは大変な事なんだぞ! ましてや轢殺なんて、いくらでも証拠が現場に残るんだ! 殺し終わる前に俺が逮捕されちまうよ!」


「大丈夫ですよ。証拠なら私が魔法で消してあげます」


「そ、そういう問題じゃ……」


「お願いします。このままでは本当にデコトーラは滅ぼされてしまいます。どうか何卒、何卒呂助さんのお力を貸してください。デコトーラを救えるのは、あなたしかいないんです」


「うっ……」


 レキが祈るように両手を合わせ、潤んだ瞳で俺を見上げた。ず、ずるいぞ。こんな小さな女の子にこんなお願いのされ方をされたら、断ろうにも断れないじゃないか。


「……わ、分かったよ。俺の身の安全が保証されるなら」


「ありがとうございます! お任せ下さい!」


 レキは満面の笑みを浮かべて、血だまりに向けて指を差した。


「ちちんぷいぷい!」


 レキが唱えた瞬間、地面に広がっていた血だまりが、文字通り魔法のように消えてしまった。

 同じように車体にも魔法をかけると、バンパーのへこみや、タイヤに付着した血も綺麗さっぱり無くなった。

 確かにこれなら、証拠など一切残っていない。海福真帆という少女が、この世から忽然と消えてしまったという結果だけが残る。


「はい、これで一安心ですね。心置きなく、選定人のお仕事に専念して下さい」 


「そうは言うけど、その仲間候補はどこにいるんだ? 適当に轢いたって、今回みたいな偶然そう何度も起こらないだろ」


「そこで役立つのが、さっきお渡しした女神モバイルです。今度は横の赤いボタンを押して下さい」


 言われるままに押してみた。すると画面が切り替わり、日本地図が表示された。全国各地に、いくつかの赤い点が点滅している。これはもしかして……。


「その赤く点滅しているのが、勇人さんの運命に導かれし者達の居場所です。ちゃんと拡大も出来るので、細かい場所もハッキリ分かります。見つけ次第、ドーンと轢いちゃって下さい」


 選定人って言うか、まるで殺し屋だな……。とんでもない事を引き受けてしまったものだと、改めて痛感した。

 だが、これも異世界を救うためだ。数人の犠牲は仕方ない。それに殺すと言っても、異世界では元気に生きてるんだ。別に罪悪感を感じる必要はない。むしろ俺があっちに転生したいぐらいだ。羨ましい奴らめ。

 ターゲットは……じゃなくて導かれし者達は、幸い本州に固まっているようだ。配達業務で遠出する事もあるし、近くに行く機会があれば、仕事の合間に轢きに行けばいいか。


「それと最後にもう一つ。その者達以外にも、呂助さん自身が『こいつだ!』と思った者も殺して下さい。戦力になりそうかどうかとか深く考えず、フィーリングで結構ですから」


「な、何だって!?」


「導かれし者達でなくとも、呂助さんが選定した者なら、きっとデコトーラの助けになる。というのが女神様のお考えです。魔王の力は強大ですし、世界中がモンスター共の手によって危機に瀕していますから、1人でも多くの救世主が必要なのです」


 何かどんどん話がヤバい方向に進んでる気がする……。そんなのただの無差別殺人じゃないか。 


「デコトーラの運命は呂助さん、あなたの手にかかっています。頼みましたよ」


 レキはそれだけ告げると、背中の小さな翼を羽ばたかせ、フワリと飛んでどこかへ行ってしまった。

 人を轢き殺して異世界を救う……。それが俺に課せられた使命。平凡な日常が、この数日で一気に崩れ去ってしまった。

 でも何故だろう。心のどこかで、ワクワクしている自分がいるのは……。

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