第2話 更なる犠牲者
あれから3日が経過した。俺は今日も何も変わらず、いつも通りの配達業務をこなしている。
結局自首はしなかった。したところで、死体はどこへやったと警察に追求されるに決まっている。俺はそれに答える事が出来ないからだ。
バンパーのへこみに関しては、ガードレールにぶつけた事にした。社長には当然怒られたが、逮捕されるよりは遥かにマシだ。
しかし、それで一安心など出来るわけもない。今朝の新聞で俺は見てしまったのだ。
『
あの現場近くにある高校だ。顔写真も載っていた。どことなくオタクっぽい、目立たない感じの顔だった。
実際の顔は、あの時は気が動転していた事もあって、正直はっきりとは覚えていないが、多分俺が轢いた少年に間違いないだろう。
あの血だまりが見つかっていれば、警察は轢き逃げや通り魔による殺人事件も視野に入れ、タイミング良くバンパーをへこませた俺に疑いがかかる事もあり得ただろう。
でも幸いなことに、俺が去ってからすぐに雨が降り始めたのだ。光野勇人があそこにいたという痕跡は、もうほとんど残っていないだろう。
とりあえず俺がすぐに逮捕されるような事にはならなさそうだが、不可解な出来事であった事に変わりはない。二度とあんな事故は起こさないように、俺は教習所の時以来の安全運転を心掛けていた。
「ん~……住所的にこの辺だよなぁ」
カーナビでピンポイントで番地が出てこない。こういう場合は、ある程度近くまで来たらぐるぐる回って探すしかない。家の表札に書かれている番地を頼りに、目的地を探す。
「3丁目12-9……。このお宅が12-1だから、もうちょい先か」
番地を確認しながら曲がり角を曲がった瞬間、何かにぶつかったような音と、何かに乗り上げたような振動を感じた。
「……えっ」
瞬間、3日前の出来事がフラッシュバックした。まさか……まさか……またなのか!?
俺は大慌てでトラックを下りた。何も無い……はずはなかった。
左の前輪から、血のような赤い液体が側溝に向かってちょろちょろと伸びている。
俺は既に覚悟を決めていた。無意識に忍び足になり、車体の左側に回り、身を屈めて下を覗き見た。
うおおおおおお!!!!
声には出さずに叫んだ。まただ。またなのだ。こんな短期間で、故意でもないのに二度も人を轢き殺した者など、日本の交通事故の歴史上に果たして存在するのだろうか。
今度は中学生ぐらいの少女だ。どうやらぶつかった後に腹の上に思い切り乗り上げてしまったらしく、その腹はペチャンコに潰れてしまっていた。口端からは今も血が頬を伝って、アスファルトに染みこんでいっている。
光野勇人と違って頭は無事だが、何とも悲惨な死に方だ。何故もっと腹筋を鍛えておかなかったんだ。
2度目という事もあってか、俺は不思議と冷静だった。いや、もはや開き直りと言っていい。もう死刑にでもなんでもしてくれ。俺はもう終わりだ。閑静な住宅街で、今回も目撃者はいないようだが、流石に今度こそ逃げ切れはしないだろう。
……ん? 俺は妙な事に気づいた。横たわる少女の傍の空間に、直径1メートルくらいの穴がポッカリと空いているのだ。穴の中は真っ暗で何があるのか分からない。これは一体……。
「すいませーん、ちょっとどいてくださーい」
「!?」
振り返った瞬間、白いワンピースを来た小さな女の子が俺の横をすり抜け、手帳を見ながら少女の顔を覗き込むように腰を下ろした。背中には小さな翼が付いている。天使のコスプレか?
「んーと……
女の子はそう言って手帳に何やらチェックマークを付けて、少女の脇の下に両手を差し込み、車体の下から引っ張り出した。かと思えば、そのまま乱暴に穴の中に放り込んだ。
すると穴は徐々に小さくなり、何事もなかったかのように消えてしまった。一体何がどうなっているんだ? 今の穴は……この女の子は何なんだ?
「お勤めご苦労さまです! それじゃ、私はこれで」
女の子は突然俺に敬礼し、そのまま何も言わずに去ろうとしていた。俺は慌てて引き止める。
「ちょ、ちょっと待って! 君、今何したの?」
「へ? 何って……異世界送りですけど」
女の子は、わけが分からないという風に目をパチクリさせた。わけが分からないのは俺の方だ。
「イ、イセカイ送りって?」
「え? あなた、救世主選定人の方ですよね?」
イセカイ……救世主選定人……話がまるで噛み合わない。しかもそう思っているのは俺だけじゃなく、この女の子も俺に対してそう思っているようだ。
「……あれ。もしかして、女神様から何も聞いてらっしゃらない?」
「……」
俺は無言で頷いた。
「なるほど道理で……。もう、女神様ったらいつもいい加減なんだから。本人の了承も得ずに勝手に選んだのね」
女の子は困ったような顔で考え込んだ。一体何だってんだ。本気で意味が分からない。
「分かりました、ご説明します。信じられない話ばかりだと思いますが、全部事実なのでいちいちツッコまないで下さいね」
女の子はそう言って軽く咳払いした。
「コホン。え-、自己紹介が遅れました。私の名はレキ。この世界とは別の次元に存在する、異世界デコトーラの女神様の、使いの天使です」
早くも思い切りツッコみたい衝動をぐっと堪えた。子供のごっこ遊びに付き合わされているわけではない事だけを願う。
「まず確認です。光野勇人さんを殺したのは呂助さん、あなたですね?」
「なっ!?」
何故その事を……。しかも俺の名前まで知っているなんて。
「そ、そうだ……」
「では、こちらをご覧下さい」
レキが懐から、手の平サイズの長方形の板のような何かを手渡してきた。スマートフォン……? いや、どちらかというとモバイルテレビか。
「それは女神モバイルという便利グッズです。横の青いボタンを押して下さい」
言われたとおりに押してみると、画面に何かが映し出された。
そこには、剣を片手にモンスターの群れと戦う少年の姿があった。まるで俺が好きなあのアニメの主人公さながらに、次々とモンスターを斬り捨てていく。
しかしこれはアニメではない。実写だ。何かのファンタジー映画だろうか。
「えっ、これは……!」
俺はとんでもない事に気付いた。その少年は、紛れもなく俺が3日前に轢き殺した高校生、光野勇人だった。
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