異世界を救うため、今日も俺はトラックで轢き殺す
ゆまた
第1話 初めての轢き殺し
「はい、こちら伝票すね。ありがとやんしたー」
「ご苦労さま~」
可愛い団地妻の熟した胸の谷間と、甘ったるい労いの言葉をしっかりと目と耳に焼き付け、俺は玄関扉を閉めた。
ふう……。ようやく今日の最後の配達が終わった。時計を見ると、既に7時半を回っていた。これから会社に戻って、それから家に帰るのは11時を回ってしまいそうだな。これでもまだ早い方だ。まあどうせ俺には、帰りを待つ家族なんていないけど。
オートロックのエントランスを出て愛用の2トントラックに乗り込み、アクセルを踏み込んで会社への帰路についた。
夜の田舎道をひたすら走り続けるのも退屈だ。退屈は眠気を誘う。眠気覚ましのためカーナビでテレビを付けると、ちょうど好きなアニメが放送中だった。
大まかな内容は、勇者が打倒魔王を目指す冒険活劇だ。ありきたりなストーリーではあるが、少年漫画チックな熱い展開が多く、俺は子供の頃からずっとこのアニメを観ている。
「はあ……俺もアニメの主人公になりてえなぁ……」
子供の頃から幾度となく思った事だ。ファンタジーな世界で、剣と魔法で悪いモンスターをバッサバッサとやっつける。男の子なら誰でも一度は憧れる事だろう? 俺は誰ともなく、言い訳がましく問うた。
しかし現実の俺は、何もかもが並以下。客観的に見ても冴えない人生だ。
名前は
おかげで毎日肉体を酷使し、眠気と戦い、自由な時間も持てない日々を送っている。まあ自業自得だし、とりあえず飯は食っていけるから、これでいいのだと自分を納得させていた。どちらにせよ、ファンタジーの世界などこの世に存在しないのだから。
「おっ、今回の作画すげーな。めっちゃ動くじゃん」
激しい戦闘シーンにはどうしても目が奪われる。自分が運転中だという事も忘れてしまうほどに。
まあ、この時間のこの道に、人なんてそうそう通る物では……。
「……!? うわあっ!!」
反射的にブレーキを思い切り踏んだ。しかし、車は急には止まれない。そんなのは小学生でも知っている。重い車なら尚更だ。
空気を切り裂くようなタイヤの摩擦音。それを無視するかのような鈍い衝突音。何かに乗り上げたような嫌な振動。
それらを経てからトラックは更に10メートルほど進み、ようやくその前進を止めた。そして俺の全身から血の気が引いた。
まさか……冗談だろ? き、きっと野良犬か何かだ。じゃなかったら、何かが道端に落ちていたんだ。人なんて轢いてない。絶対に轢いてないぞ。こんな所で俺の人生が終わるはずが……。
俺は震える手でドアハンドルを引き、恐る恐るトラックを下りた。暗くてよく見えない。でも、トラックの後方の約10メートル先に、何かが横たわっている。
俺は歯をガチガチと鳴らしながら、祈る思いで歩を進めた。頼む……何かの間違いであってくれ……!
「……や……やっちまっ……た」
そこには、高校生と思われる学生服を着た少年が、力無く仰向けに倒れていた。白目を剥いており、パックリと割れた頭からは今も大量の血がドクドクと溢れ出てきている。
ピクリとも動かない。近寄って確かめるまでもなく、既に死んでいた。
「あ、あ……あう……ぅ」
俺は膝から崩れ落ち、頭を抱えてその場にうずくまった。
ひ、人を……殺してしまった。殺人罪? いや、この場合は業務上過失致死罪? そんな事はどうでもいい!
この少年は、俺が運転していたトラックにぶつかって死んだ。それは紛れもない事実だ。
俺は周りを見回した。目撃者はいない。どうする……自首するか?
いや、自首したところで実刑は免れない。まだ若いのに、オッサンになるまで刑務所で暮らすなんて嫌だ。今まで無事故無違反だったのに、何でよりによって最初にやらかすのがこれなんだ、ちくしょう。
それなら、このまま逃げるか? 駄目だ、日本警察はそんな無能じゃない。タイヤの跡、車体の塗膜片、飛び散った車の部品、警察が本気を出せば、証拠なんていくらでも出てくるだろう。
やはり……自首するしかない。最悪か超最悪の2択しかないのだから、最悪を選ぶしかないだろう。俺は、一生分の絶望に身を打ちひしがれながら、ゆっくりと顔を上げた。
「……へっ?」
無い。死体が無い。煙のように消えてしまっている。
俺は、幻でも見ていたのか? それにしてはリアルだったが……。
いや、違う。消えたのは死体だけだ。血だまりはそのまま残っているし、トラックのバンパーもへこんでいる。血液もタイヤにベッタリと付着している。轢いたのは間違いない。
ならば、死体はどこへ消えた? 仮に実は生きていたとしても、ここは見晴らしがよく、隠れる場所など無い。
俺が頭を抱えている僅か十数秒の間に、ここから見えなくなる所まで、あの大怪我で走っていったとでも言うのか? 出来るはずがないし、そんな事をする意味もない。
神隠し? それとも怪奇現象? 得体の知れない恐怖に包まれ、俺はすぐさまトラックに乗り込み、逃げるようにその場を走り去った。
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