10ー4

 死にたくない。真っ暗な闇のなかで少女は叫ぶ。海に沈んでいくいかりのように、いくらあがいても自分から海面に上がることができない。



 それが自分の過ちだった。自ら望んでおいた『死』を、少女は拒否した。

結局、私は何にもなれないのだ。

 たとえ檻の鍵が開かれても、私はそこを抜け出せない。いや違う。抜け出したくないのだ。それが私に埋め込まれた家畜としてのプライド。



 もういい。もうなにも考えたくない。眠りから醒めなければ、いつまでも幸せでいられる。


『ほんとうにそれでいいの?』


 停止しかけた思考に、聞き慣れない声が届いた。沈んでいく体が静止する。


「――誰?」


『誰でもないよ。君にとっては』


 声は少年のものだった。そしてそこには僅かに怒気が孕んでいる。


「そんなことより、眠るなら夢を見たらどう?」


「夢?」


『そう。どうせただの眠りだ。それが一時的なものであれ一生のものであれ、ただ眠るだけじゃつまらないだろ」


『夢のなかは自由だ。君が望むものすべて、いかようにも現れるさ』


 その声は死にゆくひとの走馬燈のように。最後に送るエールのように。

 海面から手が伸びる。錨を上げる空の鎖が、手をつかみ深淵から引き上げる。


 さあ、願え。ここは君の――。


 そうして、私は世界を創った。

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