眠りの森の愛しい君。

 ピコーンッ、ピコーンッ。



 規則正しく鳴る無機質な電子音が無数に蔓延る電極のなかで、異彩に存在を強める。


「それにしても大変だったわねえ」


 医療スタッフの一人が、凝り固まった肩を回す。


「ええ、運ばれてきたときは正直駄目かと思ってました」


 もう一人の若い看護師も長時間の手術で疲労したのか、ふうと長椅子に腰を下ろす。時計の短針は午前零時を過ぎて患者は眠っており、気を遣う必要がない。

 だが通路奥の右側、ICUへ続く道の手前で、手術オペを終えた主治医が、患者の両親に容態を伝えていた。先ほどまでいざこざを起こしていた夫婦は、それを聴いてやり切れない表情をして、母親のほうは再び顔を覆っている。


「まあ、無理もないですよね。肋の開放性骨折と頭部強打による意識不明の重体。仮に意識を回復したとしても、脳挫傷による後遺症の可能性があるんですから」


 それがたとえ予め覚悟を持っていたとしても、実際に現実として聞かされると、やはりいたたまれない。ましてやまだ年端もいかない自身の子どもに、それを背負わせるのは、親として歯がゆい以外の何物でもない。


「……でも、お子さんの方も不憫ですよね」


「全くだわ、一緒にいたお友達の話に寄れば、だいぶ追い詰められていたそうよ」


 事故に遭った少女は、親に進路を断たれ、精神的に参っていたそうだ。


「子を子とも思わない親はいつの時代にもいますからね」


「でもまさか、自分から車に突っ込むなんて……」


 他人事ではあるが、同じ子を持つ母として、年配の看護師は蹲る母親を見詰めた。だが、その直後、ふはぁという間の抜けた声が、場違いなほど無骨に吹き出る。


「ちょっと、アンタ。さっきから聴いてんの?」


「~ん?」


「もう、先輩。夜勤だからってしゃんとしてください」


 眠そうに瞼を擦る無精髭の看護師が、くちゃくちゃと口を開く。


「なんの話~?」


 どうやら、二人の会話は耳に届いていなかったようだ。


「ほら、あの子よ、えっ……と、事故の」


「そうそう、あの」


 本来こういう個人情報を漏らすような会話は厳禁なのだが、いまは深夜。他にいる人はご親族程度だ。ゆえに彼等の口も滑る。ほぼ同時に、口を揃え、その少女の名前を吐く。

 遠くで泣き腫らす患者の母親の瞳には、無惨に汚された少女の四肢が横たわっている。

 唯一包帯の巻かれなかった表情は、王子を待つ白雪姫のように、夢見がちな瞳だった。

 手首に巻かれたネームバンドにゴシック調の文字が記されている。






 ――御手洗、と。

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