9ー3

 連れてこられた店内はいかにも昭和の喫茶店といった感じだったが、後から聞いた話によるとここ最近できた新店だそうだ。内装はここのマスターこだわりなのだという。

 店員にカフェラテを注文し、眼前の少女を見据える。水色のクラシックワンピースを着た銀の乙女は、そのゴシック体質からか、どことなく蠟人形ドールの印象を強く受ける。

 初めましてと言っていたことから、知り合いではないことは確実だ。いきなり小豆の家を訪れたと思えば、こんなところに連れてこられて、どことも彼女との接点が繋がらないことに寒気を覚える。

 彼女の方はそんなこと気にした様子もなく、美味しそうに洋風羊羹なるものを頬張っていた。幼げな花を咲かせる乙女をまえに、言いようのない焦燥が襲う。


「あの……っ」


「どうかした?」


「初めまして……ですよね」


「うん、そうだよ」


 幼げな容姿に見合った口調の彼女は、それでいてとても気品のある動作で羊羹を平らげる。その年齢は定かではない。甘い香りが馨る。意識を犯すように、彼女の動きが背筋を舐める。


「ふう、おなかいっぱい」


 満足そうな笑顔が、まるで誰かのように懐かしく感じる。

 だがそれも、刹那のあとには終った。


「すこし、昔話をしましょうか」


 唐突に放たれたその一言が、手許のカップを止める。何気ない思い出話のように、呟かれたそれは、けれど小豆の体を撫でるように縛り上げる。言い表せない強制感を感じ取った。     

 遠い目をするその横顔に、意識が吸い込まれる。



 ―――私は恋をしていました。



 その瞳は、かつての甘い記憶を思い出したかのように艶っぽく、潤んでいる。

 彼女は私の身体が強ばることなど気にせず囁いた。


「これは、とある女の物語です」


 本能的な拒絶が、体をさらに萎縮させる。自分でも解らないくらい、私はその話しを聞くことを躊躇った。

 だが、彼女はそんなことお構いなしに話し始める。かつて抱いた甘い、甘い、恋の日々を。

 その瞳は憂いを含んで、満ち足りた歓喜のなかに狂気を孕ませていた。

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