6ー3
ようやく二人が脚を止めたのは、普段誰も立ち入ることのない旧校舎の教室だった。古びた木造建築の建物は建て付けが悪く、細心の注意を払いながらそっと聞き耳を立てる。
あれ、私なんでこそこそ盗み聞きなんてしてるんだろう、そんな考えが頭を過ぎるが、いやいやと首を振る。
浮気なんて滅多なことはないと思うが、やはりあの二人がいるのはおかしい。胸の内で疼く、名前のない焦燥が余計に拍車掛けた。
小豆がひとり苦悶してるなかで、当の本人たちは話を進めていた。静寂のなかに異様な二人の影が立ち並ぶ。
「……で? 話って何よ」
切り出したのは梨花だった。苛立ちの混じった声音で少年を威嚇する。けれど少年は割れた窓ガラスを見つめているだけで、こちらに振り向きもしない。
「アンタ、『あの子』の
ひょろひょろの茶柱の体を心配に思ったのか、彼女なりに喝を入れておく。
「……」
だが少年は応えない。さすがにそれを不審に思ったのだろう。訝しげに眉を寄せる梨花は、少年にのしのしと近づいて額をとんっと小突いた。
「どうしたのよ?」
「……あの子は――」
次いで漏れた言葉は、いつになく力強く、開かれた瞳に宿る静かな確信を告げる。
「はあ、どういうことよ?」
「時間が無い……が、――るんだ」
途切れ途切れに聞こえる言葉の意味は、小豆にはわからない。それでも、想い人のやつれたような声に胸が鋭く痛む。
「そんなこといったって、他に人なんていないでしょ。あの子を
まるで駄々をこねる子どもをあやすように、梨花は好意もない少年に言い聞かせる。それはひとえに『あの子』のためであり、強いていえばこいつ自身のためでもある。
「――君に……はない」
「っ」
興味のなさそうな口調が余計に梨花を苛立たせる。反射的に少年の襟首を掴んだ。俯いた彼の顔を無理矢理に上げる。
「ふざけないでよっ! あのさ、私はしがない■■だけどさ。アンタに協力してやってんのは、あの子のためなのよ。アンタだってそのために生かされてるようなもんでしょ? それに――」
怒り狂うような叫びが誰もいない室内に響く。小豆も段々穏やかな状況ではないことを悟り始めて、にじり汗をかく。
「なんとかいいなさいよッ!!」
振り乱された少年に梨花の言葉は届かない。ただ嘲るように繰り返される少女の言葉を反芻する。
――そのために生かされている。
虫唾が趨る。冷笑な眼差しが梨花を捉える。筋肉が瞬間的に強化され、絡まっていた腕を引き離す。
ああ、そうだよ。
この世界にとってオレはちっぽけな存在でしかない。
いや、ここだけじゃない。あそこだって同じだったじゃないか。
憎い、すべてが憎い。力んだ腕が震え、茶柱は梨花をはね飛ばした。睡っていた憎悪がゆっくりと起き上がる。
「……るさいんだよ」
その瞳に表情はない。あるのは冷酷な殺意。
どうせその気持ちも、偽りのプログラムのくせに……。
「――っ!?」
なかから漏れる異様な殺気に、小豆は身震いをした。会話の詳細はわからない。だが、二人が揉めていることは明白だ。
間を割って入ろうと、咄嗟に扉を叩きつける。だが運が悪かった。もともと古びていた引き扉は、数ミリ動いたところで鈍い音を立てて静止し、それ以上動かなくなった。そして――。
「――え」
その隙間から、爆発染みた閃光がまたたいた。
なにかかが破裂したように、炸裂音が耳をつんざく。頭を塞ぎたくなるような轟音に、悲鳴を上げた。そのなかで、聞き慣れた少女の断末魔が轟く。
「――り、か……?」
まるで爆発の中心に彼女がいたかのように、短い声が届くことはない。白光が少女を包む。
意識が暗転した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます