0ー3

 降り注ぐ雨が、悲しみに濡れた男を暗闇に隠す。傘ひとつ指さずに行き場もなく歩道を歩き続け、辛うじて精神を繋ぎ止めていた。

 行き過ぎる車のヘッドライトが、孤独な影を作り虚ろな瞼が後悔を生成する。

 最終的に行き着いた駅の改札で何度も足止めを喰らっては、駅員が訝しげな視線を送ってくる。

 だが、そんなものどうでもよかった。終電など遠に過ぎ、階段を上がる酔い気味のサラリーマンをすり抜けて、ひとりホームへ向かう。

 誰ともいたくない。いまはただ、そっとして欲しい。

 星一つないベンチの上に腰を下ろし、茫然と雲を眺め視る。

 男に失敗は赦されなかった。それは、彼の信念であった。かつて大罪を犯した。決して赦されることのない、くだらない正義を。

 やり直しはきかなかった。タバコが吸いたい。オレはもう、前へ進めない。

 いつからだろうか、こんなことになったのは。

 あてどころの悪かった頭部は、血で溺れ、包帯が体中を縛り上げている。愛おしく可憐な四肢をボロボロにして、我が少女(ロリータ)は眠っていた。


 あなたの所為よ。


 かつてきいた嘆きが蘇る。その通りだった。

 ため息をつく気力さえ衰え、無気力に瞳を据える。なんど自嘲してもしたらない。

 弱々しげな言い訳を延々と頭に繰り返しながら、今日も息をする。

 無人の線路が沈黙をつくる。このまま身を投げ出してしまおうか。そんなくだらない考えさえ、いまは鎮座している。

 男の精神は限界だった。ぎちりっと、ベンチの板が軋む。

 けれど、立ち上がったその刹那、なんとなく手に持っていた蒼い花弁が、男の意識を加速させる


「……っ」


 こぼれ落ちた雫はきっと幻想、黄昏のように曖昧。だがそれでも確かなのは、こんな花が好きな少女がいたのだった。

 そうして男――御手洗美鶴はかつての記憶を噛み締めた。


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