4ー2

 教室に着くまでの間、小豆たちは一言も言葉を交わさなかった。梨花はその長い付き合いから、小豆に声を掛けることは無く、小豆もまた一言も発しようとはしなかった。二つの足音だけは廊下に張り巡らされた陽気な雰囲気に混ざることはない。

 決して濁ることのない私たちの絶対領域。


「おーっすみんな、返ってきたぞぉ~」


 教室の前で表情を作った梨花が、がらりと扉を開ける。男子学生顔負けの楽観的な声に、教室中の視線が注がれる。


「梨花、お帰り」


「おせぇぞ松風、何やってたんだよ」


「なにって、小豆とデート?」


「バカ言ってないで、さっさと稽古する!」


 どっと笑いがあがり、和やかな雰囲気が広がる。こうしたなかで準備は着々と進められて、クラスは最高にいい状態で当日を迎えられそうだ。


「あれ、御手洗さん? なんかあったの?」


 同級生の一人が訝しげに問うた。首を傾げた私に、梨花を含めた他のみんながぎょっとする。


「……小豆、あんた――」


 親友が掠れたような声とともに、私の目元を指で拭う。


「え」


 その行動に数秒意識が固まって、頬を伝うなにかに、遅まきながら気が付いた。どうしてだかわからないけど。私は泣いていた。瞳に大粒の涙を溜ながら、私は無意識に涙を流した。


「あ、あれ……なんで」


 視界が霞む。心配そうな顔持ちの同級生たちがちらつく。みんなが困っちゃうな。泣き止まなきゃ。

 懸命に目元を拭って、涙を払い落とす。けれど、それは次から次へと溢れ出て、止まることを知らない。

 ねえ、神様。私はあの時、本当はどうすれば良かったんだろう。

 かつて目にした想い人の華奢な露体を脳裏に走らせ、濡れた瞳を拭う。

 それは、愛する後輩を想って流れたものなのか、それとも――。

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