2-4
「……だからそこ、僕のとこです」
風になびいた薄い布が、うつらうつらと輪郭を描く。色白の首筋は
「……な、なんで君がここにいるの?―――ていうか先輩?」
「いや、僕ここの生徒ですから―――一年です」
驚愕と訝しさの入り交じった表情をする小豆に少年は呆れたような顔をする。
「ていうか、どいてください先輩」
「いや、だから―――」
「むぅ、強情な人ですね」
「え、ちょ――ッ!?」
ぎちりとした音が、一層大きく伝わる。か弱な苺の果実に少年の吐息が掛かる。心拍の数値が跳ね上がり、妙な汗が身体を包む。
「ち、ちちちょっと――ッ!」
「声が大きいです、静かにしてくださいっ」
「そういっても、心の準備が」
「――何言ってるんですか?」
しーっ、少年が一差し指を立てる。
その合図に戸惑いながらも、こくこくと首を
ひとりこっくりと頷いたあと、繊細な指に連れられてそれを見た。
木の葉で遮られていた視界が、指摘されることで鮮明になり、景色を色濃く映し出す。
綺麗な鳥だった。黒いインクがぶちまけられたような柄の青い鳥は、それに似合わず、くりっとした瞳を木漏れ日に照らし、ダイヤモンドの輝きを帯びている。
「……わぁ」
無意識に声が漏もれてしまい、隣から鋭い視線を感じて慌てて口元を抑える。
少年は、半ば強引に私のベッドをもぎ取ると、そこに腰掛けてじっと窓の鳥を見つめた。数秒の沈黙の後、ぱっと目を大きく見開く。鞄からノートサイズのスケッチブックを広げ、一子爛漫に
「鳥、好きなんだ」
「嫌いです」
即答だった。若干のたじろいで、体を強ばらせる。けれど言葉とは裏腹に、彼の目は笑っていた。
「え、じゃあ――」
「憧れです。鳥って飛べるじゃないですか」
この広い空を自由に飛び泳いでみたい。そう話す彼の瞳は輝いてみえた。
「自分には翼がない。だから、ただの嫉妬ですよ」
自嘲気味に微笑んだその瞳は笑っていない。栗色の髪の1つ1つが陽にあてがわれて、薄白く発光する。
小鳥が鳴いた。繊細なタッチで描かれていくそれは、まるで置物のように動かない。少年と意思疎通しているように、ぴくりとも。
視線が交じわる。追憶の欠片を探す眼は、まるで傷ついた獣のように弱々しく、儚い。身体だけが息をしているようで、心はすでに事切れたているようだ。
その姿になんとなくシンパシーを感じたのは気のせいだろうか。
新鮮な空気とともに、閉ざされていたカーテンが開け放たれる。暗闇を光が絶ち、自身を照らす。一年ぶりの、秋の匂いだ。
小豆の目線は、いまだ彼に釘付けになっている。気付けば、鳥はすでに飛び去って、代わりに胸の奥が満たされるような感情が湧き上がる。
「あ、そういえば――」
唐突に少年が思い出したように手を叩き、こちらに向き直った。
「……?」
「名前、茶柱です」
フレッシュな笑顔が光の輪郭で彩られる。そこに少し、誰かの面影を垣間見たのはきっと気のせいだろう。
「――私は御手洗小豆……よろしくね」
作りものの笑顔を懸命に歪めて、人形は腕を伸ばす。茶柱は一瞬、顔をきょとんとさせ、やがておずおずといった表情で手を伸ばした。
2つの手が触れ、指と指が絡む。無意識に頬がほころび、まるで本物のように、微笑が柔らかくなる。
冷たい手だった。鼓動を無意識に速めていた少女はいやに体温が熱い。
互いの異なる感触をどこか懐かしく感じると同時に、なぜだか胸が切なくなる。
数秒にも満たなかった握手を、限界に感じた茶柱が、どぎまぎしながら離す。美しい精工のようなそれに、一瞬、名残惜しくも思ったが、冷静に考えた途端、顔を俯かせる。恥ずかしい。
髪の隙間から上目でそっと、身体を背にした少年の耳が真っ赤になってるのを見て、かわいいと思ってしまったのは、私だけの秘密である。
調子の狂ったように頭をかく茶柱。子どもらしいその姿になんとなくいとおしさを感じた。
まあそうやって私たちは知り合い、仲を深めていったのである。翌日も、そのまた翌日も彼は現れた。私の道行く先々で、彼はそのとろんとした無気力げな瞳を私に向けてくる。廊下でのすれ違いざまに、挨拶を交わしたり、ほかにも色々と会話をした。
そうしてあの時、私という人間は根源から死んでいった。
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