2ー3
消毒くさい匂いが鼻を
日頃の行いがすこぶる良好な所為か、珍しいという言葉を一年分聞いた感覚に陥りながら簡素なベッドに入ると、意外とすんなり眠りに浸かれた。自室より気を張らなくて済むためだろうか。
「じゃあ先生、職員室行ってくるから、体調戻ったら帰りなよ」
規則的なリズムを奏でる少女に養護教員の女教師はそう言い残して、カーテンを閉じた。少し強い風と共に、爽やかな空気が肌に触れる。昨日に比べてだいぶ涼しくなった外は夏の残り香とともに、秋の匂いを運んでくる。
こつこつと吐息を立てるなかで、私は無意識に昨日読んでいた本の内容を思い出していた。
『死人は夢を見ない。僕は生まれたときから死人のような存在だった。世界は今日も停滞を続けていて身体は日に日に腐っていく。夜は寒く、陽は遠い。顔面が生ぬるいマグマでただれ落ち、苦痛が頂点を達して感覚がなくなる。汗でぐっしょりと濡れたベッドでようやく朝を迎える。数枚の紙束を握りしめ、水を求めて歩きだす。あと少し、あと少しで……』
「……いて……ださい。どいてください、先輩」
世界が歪む。まるで異次元から頭に直接話しかけてくる声はどこか綺麗で、艶めかしい。
苦しげなアルトヴォイスが頭をさすり、私の世界を壊す。
「……っ……先生?」
重い目蓋を押し上げ、乾いた口を開ける。相変わらず消毒液の匂いが充満していて、息をしづらい。時計をみると五分ほど針がずれているが、まだ眠りに入ってそれほど経っていないようだ。
「……どいてください、先輩」
二度目の忠告が私の耳を
小豆が彼を認識すると同時に、視界がクリアになった。病的とも呼べる白い腕が露わになり、日のもとに晒される。制服を着ていなければ、おそらく男子のものとは判別できないだろう。
見覚えのある顔だった。最近どこかで似たような顔を目にしたことがある。秒針が動くに連れ、意識は鮮明になっていき、おぼろげな記憶が確信へと変わる。
いや、待て。どうしてここに。 だって、君は……。
「そこ、僕のとこです」
昨日のあの少年ではないか。
「……ふぇ?」
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