2-2
その後のことは良く憶えていない。見覚えのある光景が視界に写り、家に帰ってきたことに気付く。どっと疲れが出たような錯覚に見舞われ、そのまま
制服に皺ができることも厭わず枕に顔を蹲める。
―――死にたかった。
あのとき、一瞬だけそう思った。
だが叶わなかった。出来なかったのだ。肩が震え、全身が恐怖で汚染されて脚がすくんだ。もし、彼が助けてくれなかったら私は――。
答えに辿り着く前に強引に思考を停止させる。腹が立つ。全身に虫唾が走る。
いや、そもそも、私はなんで死にたいと思ったのか? 根本的な疑問が脳を
小さな溜息を吐いて身体を反転させる。ほのかな月の影が暗い室内を薄いヴェールで包み込む。天蓋にひしめく小さな光の粒へと手を伸ばし、意味も無く握りつぶす。最低限の家具しか揃えていない殺風景なここは、とても年頃の女の子が暮らしているとは想えない。一人暮らしの部屋はとても寒くて居心地が悪い。
「……はあ」
胸のなかがぐちゃぐちゃになって鬱陶しい。考えると胸が張り裂けそうだ。身体がどうしようもなく熱を帯び、切なく疼く。
少年……彼はどうして泣いていたのだろうか。
揺れ動く瞳は私を映していなかった。震える衝動は私に向けたものではなかった。
考えれば考えるほど、この胸の切なさは増していき、火照った本能を理性で誤魔化した。
唸りながら何度も体を転がす。置きっぱなしにしていた鞄が顔に当たり、頬を膨らませながら壁に投げつける。
ぼんっと空気の抜けたような音とともに紺色の学生鞄が力なく落ちる。ファスナーでも開いていたのか、中身が一気に飛び出してしまった。
「……ああ、もうっ」
やけくそ気味に体を起こし、気怠そうに壁に近寄る。鞄の紐を指に引っかけて飛び散った教材をなかに押し込んでいると、ふと、最後に手に持った一冊が目についた。
「……なに、これ?」
文庫本だろうか。見覚えのないそれをつまみ上げ、顔を顰める。月明かりに翳(かざ)してみると古ぼけて黄ばんだ表紙から埃っぽい匂いがした。
その本はどこか奇妙だった。カバーが大きい割には本自体の厚みがない。
数枚捲ると、所々に蟻喰いの箇所があり、後半のほうは文字すら消えている。そのくせに、雨風に晒されたような様子は一つもなく、汚れだけが尾を引いているのだ。
唯一読むことができるのは真ん中の数十ページだけで、それでさえも文章の所々に抜けた箇所がある。
「なんだろ、これ」
もはやこれを本と呼べるのかと苦笑して、結局それをベッドまで持ってきてしまった。眠りまでの一時のあいだ、暇つぶしにでも読もうと思い、さっそくページを開く。
本を読むときは眠りにつくようだ。私はいつもそう感じる。深い、深い眠りに落ち、この退屈な世界に安らぎをもたらすように、空想の世界への切符を切る。
溜息のような深呼吸を漏らし、小豆は文庫本を手に
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