第3話 『Erregungsimpuise』

 ベランダに降り立つ白煙の凍てついた空気を感じ、私は目を醒ました。

 朝焼けに染まった雄大な灯火の強い光に目を細め、涙を振り払う。薄い毛布ケットに脚を露呈しながら、小さなくしゃみが鳴く。

 珍しく早起きしたな、寝癖で固まった髪をいじりながら、両目をぱちりと瞬かせる。

 起き上がろうとすると、右足に妙な重みがあった。薄暗い視界の隅に、横たわる影に気付く。毛布を体に巻き付けて小動物のように小さく蹲った恋人が、秀麗な顔立ちを呆けたようにすやすやと眠っている。時折聞こえる、呻くような声とともに顔を苦悶に染める姿に、くすりと笑う。

 早起きも悪くない。そう感じる1日だ。

 起こさないようにベッドから這い起きて、シャワーを浴びに浴室へ向かう。作業的な動作を一通り終えて、リビングのテレビをつけた。

 時刻はまだ六時を回っていない。天気予報の途中で、画面上部に8年前の通り魔事件の犯人が逮捕されたといった記事が流れた。ベランダの窓枠には外気に触れた蒸気が水滴となって、霜のように床をほのかに濡らしていた。


「……お腹減った」


 ソファから茶柱愛用のエプロンをひったくり、きつく結びつける。普段はほとんど立ち入ることのない台所キッチンに脚を運び、冷蔵庫の扉を開けた。綺麗に整えられたなかを見て、彼らしい整頓ぶりに感心しつつ、食材と作り置きのおかずを取り出す。しばらくそれらを見つめて思案したのちに、大まかなメニューを決めて、フライパンに油を敷いた。

 卵と牛乳、それからポン酢を混ぜて、少しずつ黒鉄の上に薄く広げる。専用のフライパンもあるが、洗うのが面倒なのでいつものを使おう。上層に熱が通らないうちに上乗せして、再度溶き卵を入れる。

 卵焼きだ。簡単なものだが、味付けによっては幅も広がる優れものだ。

 残った油で昨日の生姜焼きを焼き直して、皿に盛り付ける。付け合わせのサラダを取りそろえ、こちらも同様に盛り付ける。

 2人分の朝食を作り上げ、若干誇らしく思う。料理などいつ以来か・・・・・・。感慨深し。

 席について、独り手を合わせる。茶柱が起きてくるのを待つか迷ったが、空腹には叶わなかった。

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