1-4

 からんっと扉に備え付けられたカウベルが先ほどと同様に冴えた音を出す。女性店員に別れの挨拶を交わし、会計を済ませて店を出ると、夕闇が空を覆っていた。


「はあ、美味しかったぁ……」


「同感です」


 味の感想を述べ合いながら帰路を目指す。線路沿いに位置するコンビニの角を曲がれば、黄金色が辺り一面に敷き詰められていた。


「うわぁ、綺麗だね」


「そうですね」


「ほらほら、こっちこっち!」


 夕陽を浴びて金色に輝きながら、降りしきる銀杏のなかを歩く。ついつい足取りが軽くなっていく小豆に、苦笑いを返しながら少年はその後を追う。



 一陣の風が吹いて、葉々が籠から放たれる鳥のように二人にふりしきった。朱く染まる金色こんじきに瞳を吸い込まれる感覚が、秋の到来を実感させる。


「寒くなってきましたね」


「秋だからね~」


 空を見れば、黄金の花びらを散らす赤銅の蕾みが徐々に彼方へと枯れていく。その光景に妙なわびしさを感じながら、小豆は表情を曇らせた。



 もうすぐ夜が来る。時刻は午後六時を回って、着々とあたりは暗闇を増していく。


「――そういえば、先輩は進路どうするんですか?」


 何気ない一言だった。



 ぴたっとそれまで聞こえていた足音が途切れる。呪詛のようなドス黒い感触が少女の耳を粘着質に覆い隠していく。



 瞬間、しまったと少年の思考が止まった。

 苛立ちと焦りが急激に少女の自我を蝕む。満ち足りた幸福を喰い殺し、恐怖と絶望が水槽に泥水を加えるように、ゆっくりと身体を浸食していった。



 いや、いやいや嫌、嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌――――――。



 振り向いたそこに、先ほどの彼女はどこにもいなかった。



 大きく開かれた瞳孔は虚構を見据え、怯えるような表情が異常事態を告げる。両の手がゆっくりと頭を押さえつけ、ぎちりっと鈍い音を合図に激しく頭を掻きむしる。まっすぐなはずの黒い髪は、滅茶苦茶に乱されて叫び声が喧噪をかき消した。



 茶柱は自身の妄言に舌打ちした。唇をきつく結んで、急いで少女を抱き締める。


「先輩、落ち着いてください!」


「いや、いやいやいや―――っ!!」


 少女の爪が肌を掠めて鮮血が頬を垂れる。半狂乱に陥った彼女から滴る雫が茶柱の肩を濡らした。振り乱された腕が少年の顔を何度も殴打する。それに一切の怯みを見せることなく、茶柱は回した腕を力一杯密着させた。



 非力な自分の細い腕では、彼女をこの胸で抱えることしかできない。



 夕暮れにひしめく朱と碧い天井。その間で煌めく小さなルビーの蕾みが、腐っていく死体の腕のなかで静かな吐息を立て始める。暗闇が影を増して、曖昧な世界を作り上げていく。



 ふいに、その影にひとつ、紺碧の花が散った。


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