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 学校から北大橋を渡り川沿いを歩いて数十分のところ、城北通りの裏手の小道にその店はあった。店内は薄暗い照明にレトロな雑貨が鎮座しており、どことなく落ち着いた印象を抱いた。



 クレープ専門店というからには若い女性を中心とした客層が目立つが、人数ひとかずが少ないせいか、ひっそりと森に佇む小屋ログハウスを連想させた。


「……へえ、こんなところがあったんですね。全然知りませんでした」


 向かい席に腰掛けた茶柱が、感嘆を漏らす。


「ここ最近できたらしいよ。フランスで六年間修行してたパティシエが経営してるんだって」


「ミシュランでもあるまいし……」


「まあまあ味は保証されてるようなもんなんだし」


 メニュー表を開いて真剣な目つきで吟味する後輩に苦笑いしながら、自身も注文を決めて呼び出しベルを押す。すかさず女性店員がメモを持って現れ、待ってましたと言わんばかりに注文を書き留める。笑ったら素敵そうな小顔はショートボブで整えて、なんとなく少女らしさを感じた。


「そういえば」


 店員が厨房に下がるのと、注文を言い終えた茶柱が言葉を発したのはほぼ同時だった。


「先輩、さっきの本持ってます?」


「本って?」


「ほら、さっき学校で言ってたやつ」


「あの破けた小説のこと?」


「そうそう、それいま持ってますか」


「いや、持ってないけど……」


 咄嗟に私は嘘をついた。鞄の紐を握る力がきゅっと強まり、嫌な汗が背筋を濡らす。


「ええ~」


 残念そうにうなり声を上げる茶柱に無意識にひやりとしながら、小豆は傍らに置いた鞄のなかに目配せを送った。


「でも急にどうしたの、ただの古びた本だよ?」


「読書家にはどんな本も等しく愛するという義務がありますからね」


「なにそれ」


 朗らかに笑う少年に乾いた笑みを返しながら、早く店員が帰ってこないかと後ろのカウンターに視線を移した。


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